第376回:わずか20MBでリアルな音色のピアノ音源「Pianoteq」

~ 有償/無償アドオンやパラメータで音の作り込みが可能 ~


「Pianoteq」

 PCを用いてソフトウェア的にピアノの音を出すピアノ音源。サンプリングの質の向上などから数十GBが当たり前となってきた中、たった20MBでリアルなサウンドが奏でられるということで話題になっているのがフランスのMODARTT S.A.S.が開発した「Pianoteq」だ。

 国内ではメディア・インテグレーションが、46,800円で発売しているソフトで、サンプリング音源ではなく、PC上でピアノの動き、振る舞いをシミュレーションするモデリング音源。今回、このPianoteqを借りることができたので、どんなソフトなのか、本当にピアノの音が出るのか試してみた。



■ “ピアノのリアルさ”を追求したサンプリング音源

 いまや電子楽器の中心となっているPCMを用いたサンプリング音源。電子ピアノやキーボードシンセサイザなどはもちろん、携帯電話の着メロ音源、子供のオモチャ、そしてPC上で動作するソフトシンセ……と高級なものから、非常に安いものまでサンプリング音源が幅広く使われている。

 80年代前半、このサンプリング音源が登場した当初は、最新デジタル技術を駆使した超高級品であったが、いまやもっとも安く作れる音源にまでなった。また、デジタル処理速度の高速化、そしてメモリの大容量化によって、サンプリング音源はよりリアルな音で鳴らせるものへと進化してきた。

 サンプリング音源が進化する中で重要な指標になったのが、ピアノのリアルさだったと思う。その昔、アナログのシンセサイザがようやく一般に広がりだしたころ、シンセサイザは、これひとつでさまざまな音が作り出せるという触れ込みだった。しかし、誰もが最初に試してみようとし、結局絶対に真似できなかったのがピアノだった。

 筆者自身も、ピアノっぽくしようと、エンベロープジェネレータやフィルタをいろいろと設定したり、本に書いてあったピアノ用のパラメータを参考にしつつ、いろいろ試してみたが、どうにも似た音にならなかった覚えがある。

 そんな中、登場した初期のサンプラーであるE-mu SystemsのEmulatorやFairlightのFairlight CMIはまさに夢のマシンだった。生の楽器の音を録音し、それを元に鳴らすのだから、本物そっくりな音になるのは当たり前ではあるが、それをリアルタイムに処理できるというのは、まさに画期的だった。

 その後、サンプラー、サンプリング音源はPC上のソフトウェアで扱えるようになり、急速に発展。NemesysのGigaSamperに付属のピアノ音源データGigaPianoは1GBもの容量を使ってピアノをサンプリングしたということで、世間を驚かせた。

 さらに、各社は競ってピアノのサンプリング精度の向上を図り、数十GBクラスが主流となってきたのだ。こうしたサンプリングは、リアルさを向上させるため、サンプリングレートや量子化ビット数を上げるのはもちろん、各鍵盤ごとにサンプリングするとともに、打鍵の強度=ベロシティを何段階にも分けてサンプリングしたり、サンプリングするためのマイクの種類や位置なども変えて行うことで、バリエーションを増やしていった。

 最近ではインストール用のDVDが10枚以上になった製品も登場するなど、インストールするだけで気が遠くなるような音源まで出てきている。


■ ファイルサイズ18.2MBのピアノ音源「Pianoteq」

 そんなサンプリング競争が激化する中、まったく異なるアプローチで製品を出し、多くのユーザーに受け入れられているのが、MODARTTの「Pianoteq」だ。

 このソフトはかつてはマリア・ジョアン・ピリス、アリシア・デ・ラ・ローチャなど、著名なピアニストの調律師として活躍し、その後、応用数理学の博士号を取得。ランス・トゥルーズにある国立応用科学院(INSA)で応用数理学部長として仕事をしてきた フィリップ・ギヨーム(Philippe Guillaume)氏が開発したソフト。INSAの研究所、MIPで開発された技術をベースにして作り上げられたモデリング音源なのだ。

ファイルサイズは18.2MB

 驚くのはそのファイルサイズで、Windowsの32bit版のインストーラのサイズがたったの18.2MB。もちろんインストールするのもあっという間で終わる。それなのに、かなりリアルな音が鳴る。

 SynthogyのIvory Grand Pianosなどのハイエンドのサンプラー系音源と聴き比べたとき、どちらがリアルな生ピアノに近いかといわれると、やはりサンプラー系にはかなわない。とくに1音をだけを鳴らして聴き比べれば、ホンモノを録音したサンプラーを上回るものはないだろう。

 でも、和音を弾いたりすると、情勢は変わってくる。さらにペダルを踏みながら演奏すると、より有利になってくる。“聴き比べる”のではなく、“弾き比べる”とPianoteqはサンプラー系音源よりリアルだ。


■ USBペダルとPianoteqのバンドルセットも発売

 ではピアノのモデリング音源とは、実際何をどのようにモデリングしているのだろうか?

 今回はWindows Vista上で、スタンドアロンとVSTプラグインの環境で動かしてみたが、WindowsのRTASプラグインとしても、またMac OS X上のスタンドアロン、AUプラグイン、VSTプラグイン、RTASプラグインとしても動作する。

 Windows版においては32bit環境と64bit環境で動作するほか、Linux版も存在し、こちらも32bit環境と64bit環境がサポートされるなど、とにかくオールマイティーな音源に仕上がっている。

 マニュアルには多くの演算を行なうので、CPUパワーはできるだけ高いほうがいいという旨が書かれているが、Core2Quad Q9550(2.83GHz)にメモリ4GBというマシンで試してみたところ、Pianoteqの負荷はほとんど感じないほど軽いものだった。最低動作環境がPentium 4 1GHz以上、RAM空き容量256MB以上と書かれているので、当然のことかもしれない……。

 スタンドアロンで起動させると、カラフルな画面が立ち上がる。まずは、Optionボタンを押して、オーディオインターフェイスを設定する。

CPUでの処理状況スタンドアロンで起動オーディオI/Fを設定

 Windowsの場合ASIOドライバが、Macの場合はCoreAudioドライバが使えるようになっており、必要に応じて2chに限らず、3ch、4chとマルチチャンネルでの再生も可能になっている。

 入力MIDIデバイスは、デフォルトにおいて接続されているものが自動的に使えるようになるため、とくに必要なければ設定しなくてもOKだ。なお、Pianoteqはピアノ音源であるため、通常のUSB-MIDIキーボードを使うより、ペダル付の重めの鍵盤がお勧め。電子ピアノのMIDI出力を利用するというのが一番よさそうだ。

USBペダルとPianoteqのバンドルセットも発売

 このペダルについては、画面にもあるとおり、4つものペダルに対応しており、サスティン・ペダルはハーフペダル表現も可能。さらにソフト・ペダル、ハーモニック・ペダル、ソステヌート・ペダルに対応しているのだ。これだけのペダルがあるキーボードというのもあまりないが、メディア・インテグレーションではUSBペダルとPianoteqのバンドルセットというものも発売している。

 このUSBペダルは連続的なコントロール・チェンジに対応しているため、ペダルを上下させた時、そのスピードに対応して「ワンッ」と弦やボディがペダル動作音に共鳴するPianoteqの機能が利用できるようになる。


■ 有償/無償アドオンを用意

デフォルトではグランドピアノがGrand C3/M3 2モデル

 まずはプリセットの音色を試してみたが、デフォルトではグランドピアノがGrand C3、Grand M3という2モデル、20バリエーションが用意されている。それぞれを選んで弾いてみると、驚くほどいい音が飛び出してくる。

 もっとも私自身がピアニストではないので、それがどこまでアコースティックピアノに近い感覚なのかを実感できたわけではないが、普通の感覚ではまさにグランドピアノという十分過ぎる音に感じた。

 このプリセットの中にはGrand Piano Instrumentsのほかに、Electric Piano Instruments(エレピ)、Vibraphone Instruments(ビブラフォン=鉄琴)というものがあったの気づいたと思うが、これらは別売のアドオンの音色。

 もっともこれらのアドオンはプログラム的にはあらかじめ組み込まれているようで、ソフトウェアを追加インストールするのではなく、単純にアドオンのライセンスキーを入力するだけで、使える構造になっている。

歴史的なピアノなどの音色データを無償ダウンロード可能

 また、この2種類の有償アドオンのほかに、ハープシコードをはじめ1700年代、1800年代などのピアノフォルテと呼ばれる歴史的なピアノやSebastien ErardやBechsteinといったグランドピアノ、そしてヤマハの電子ピアノの名機、CP-80などの音色データを無償でダウンロード可能となっている。

 こうしたさまざまなピアノが再現できるのも、モデリング音源ならではといったところだろう。もちろん、これらのデータのファイルサイズも数MBと小さなものとなっている。



■ 調律設定などが可能な「Instruments Panel」

 このようにプリセット音色を選んで演奏するだけでも、かなり楽しいが、やはりモデリング音源の醍醐味は自分でパラメータを設定して音色を作り込んでいくことにある。アコースティックピアノの場合と、エレピの場合、ビブラフォンの場合で、それぞれパラメータが異なってくるので、まずはアコースティックピアノのパラメータについて少し見てみよう。

 Pianoteqのユーザーインターフェイスは画面上部の「TUNING」、「VOICING」、「DESIGN」という3つのセクションを持つ「Instruments Panel」と画面下部の「OUTPUT」、「EQUALIZER」、「EFFECTS」などのセクションを持つ「Audio Engineering Panel」の2つに分かれており、上部でピアノの根幹となるモデリングの設定をし、下部で最終的な調整を行なうという構造になっている。

 Instruments Panelの各セクションをクリックするとパラメータが現れてくるのだが、TUNINGではA3=中央“ラ”の音の周波数を414~467Hzの範囲で設定できるほか、調律法をピタゴラス音律やツアルリーノ音階、メソトロニック音律などに設定できるようになっている。

 また、ピアノ音色そのものを作り込むのが「VOICINGセクション」。一番上の「Hammer hardness」では、弦を叩くハンマー・フェルトの硬さを調整する。p、mf、fと3段階のベロシティごとに設定できるようになっており、ファルトを柔らかくした場合と硬くした場合では、明らかに違う音色になってくる。

調律法も設定可能ピアノ音色を作り込むのが「VOICINGセクション」

 次の「Spectrum profile」では元となる基音から2倍音、3倍音……8倍音までの量を調整できるようになっている。当然倍音成分によって音色は大きく変わるのだが、EQを使って調整するのと異なり、明らかに楽器そのものをチューニングしている感じを体験できるのは、なかなか面白い。ちなみに「昔のピアノは7倍音が強調されないようになっていた」という人もいるようで、こうした調整、調律が誰でもできてしまうのだ。

 「Hammer noise」はハンマーが弦に当たるときの「コトン」というノイズの音量を調整するもの。これが強く入ってくると、いかにも機械式の楽器を演奏しているんだな、という感じがしてくる。「Character」は倍音を変調させる度合いを調整するもの。この値を上げるとちょうどリングモジュレータをかけたような、鐘の音っぽい響きになってくる。

画面右は「DESIGNセクション」

 その右の「DESIGNセクション」も音色作りで重要な要素となっている。まず「Soundboard」は共鳴板の性格、つまり余韻や響きを調整するパラメータ群となっている。「Impedance」は共鳴音の強度を調整するもの、「Cut-off」は先に減衰していく高域倍音のカットオフ周波数の調整、「Q factor」は高域倍音の減衰速度を調整するものだ。

 また、「String length」はピアノの大きさを調整するもの。サイズ的には1.3~10mの範囲で調整できるようになっており、ピアノのサイズが大きくなるほどインハーモニシティ=不調和性が小さくなり、響きが調和した音になっていく。

 「Global resonance」は弦、共鳴版、キャビネット全体の共鳴量を調整するもの、Sympathetic resonaceはある弦によって、ほかの弦が共鳴する音量を調整するものだ。このSympathetic resonance、最初にこれをいじったとき、なんら音色が変わらず、どういう意味なのだろうか……と迷ったが、これこそサンプラー系の音源では決してできないモデリング音源ならではの芸当だった。

 単音で演奏しているときには、意味をなさず、あらかじめ鍵盤を押している状態で別の鍵盤を鳴らすと、先に押している鍵盤の弦が共鳴し、音となって現れる。こんなところまで細かくモデリングしているとは、脱帽だ。そして「Quadratic effect」は強く打鍵したときに発生する弦がノンリニアな反応を見せる強度を調整するものとなっている


■ 出音調整などの「Audio Engineering Panel」

 このようにしてピアノの構造を確定させた後、実際の出音や演奏にまつわる部分を調整していくのが下部のAudio Engineering Panelだ。「EQUALIZER」はその名のとおりのイコライザでEQポイントを設定しながら音質の調整ができる。また「VELOCITY」はベロシティカーブを調整するためのもの。

EQポイントを設定しながら音質の調整ができる「EQUALIZER」ベロシティカーブを調整する「VELOCITY」

 使っているキーボードによっては、弱く弾いてもすべて強く弾いているように感じるとか、その逆といったことがあるため、どのベロシティがmpなのか、どれくらい強く叩いたらfなのかといったカーブを設定できるのだ。

利用する再生装置を調整する「OUTPUTセクション」

 また「OUTPUTセクション」は、アウトプットモード、つまり利用する再生装置を調整するものとなっている。「Sound Recording」(アコースティック・モデル)、「Binaural」(ヘッドホン・モデル)、「Stereophonic」(ステレオ・モデル)、「Monophonic」(モノラル・モデル)の4つの選択肢があり、それぞれによってピアノの聴こえ方が少しずつ変わってくる。

 Sound Recordingの場合、ピアノの音を拾うマイクの位置を自由に設定できるようになっている。つまりマイクをピアノの上部に置くのか、ピアノの天版の内側に置いて音を拾うのか、といった設定ができるようになっている。

 また、天板の開き方の角度を自在に動かせるというのも面白いところだ。このピアノの音を拾うマイク、標準では2つを設定できるようになっているが、必要に応じてマイクの本数を5本まで増やすことができる。

 それぞれのマイクの出力先をオーディオインターフェイスの設定によってはステレオ出力だけでなく、最大5chのサラウンドでの出力まで可能になっているのもユニークな点だ。マイクを置く位置によって当然、音の遅れや音量の違いが生じるが、これを手動で調整したり、自動的にうまく揃える機能も用意されている。

ピアノの音を拾うマイクの位置を自由に設定可能な「Sound Recording」最大5chのサラウンドでの出力まで可能

 

どの位置で聴くかを調整する「Binaural」

 Binauralの場合は、人がどの位置で聴くかヘッドホンのアイコンを動かすことで設定できるようになっている。

 一番右側の「EFFECTSセクション」では、「ACTION」、「TREMOLO」、「REVERBRAION」、「LIMITER」という4つの項目があり、それぞれパラメータを持っている。

 まずACTIONはペダルやキーノイズなどの動作を調整するもので、ダンパー・フェルトがピアノのストリングにあたることで起こるノイズの音量などが調整できるようになっている。

 またTREMOLOはトレモロ効果を出す際の変調の深さやスピードが調整できるようになっている。REVERBRATIONはリバーブ効果の設定、そしてLIMIERはスレッショルド値を超える音量となったときにリミッターを効かせてクリップしないようにするための機能となっている。

ペダルやキーノイズなどの動作を調整する「ACTION」トレモロ効果を出す際の変調の深さやスピードを調整する「TREMOLO」
リバーブ効果を設定する「REVERBRATION」リミッターを効かせる「LIMIER」

■ 膨大な数のパラメータも用意

 ここまでPianoteqについて、そのパラメータがどんなものかを簡単に紹介した。それぞれのパラメータを動かすことで、まさに物理的な音の変化を楽しめるのは面白いのだが、Pianoteqがモデリングソフトとして奥深いのは、ここに表示されていないパラメータがほかにも膨大にあること。

 つまり、プリセットでGrand C3を選んで、いくら画面上でパラメータを調整してもGrand M3や、さまざまなピアノフォルテなどにはならないのだ。アドオンとはまさに異なる楽器のモデリングデータなのだ。

 前述の有償のエレピやビブラフォンにいたっては、画面のデザインも大きく変わってくるため、いかにも違う楽器の雰囲気で使うことができる。ちなみにエレピのプリセットであるRhody R1はRhodes、Wurly W1ha Wurlitzerをモデリングした音色となっている。

有償のエレピやビブラフォンは画面のデザインも変わる

 以上、Pianoteqを見てきたがいかがだっただろうか? こうしたモデリング音源ばかりは、サンプルの音を聴くより、自分で弾くのが一番わかりやすい。20分で終了してしまうとともに8つの音が出ないというPianoteqの試用版があり、メディア・インテグレーションのサイトからダウンロードして使うことができるようになっているので、興味がある人は試してみてはいかがだろうか?


(2009年 6月 22日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]