第470回:「真空管搭載FireWireオーディオ」の実力を検証

~独特の音質/歪みを楽しめる「FIRESTUDIO TUBE」 ~


FIRESTUDIO TUBE

 各社からさまざまな製品が発売されているオーディオインターフェイス。DAW用途として、またPCオーディオ用途としても使われているが、各製品とも高性能化しているだけに、製品間での差が小さくなっているのも事実だ。

 そんな中、かなり異色な存在といえるのが米PreSonousのFIRESTUDIO TUBEという製品。なんとオーディオインターフェイスに真空管を搭載し、真空管独特の音の温かみや歪みを実現させるという変わった製品なのだ。今回はこのFIRESTUDIO TUBEにフォーカスを当てて紹介してみよう。



■ 真空管プリアンプ採用のオーディオインターフェイス

入力用のプリアンプに真空管を使用

 FIRESTUDIO TUBEはその名称のとおり、最大の特徴は真空管を搭載しているということ。何のための真空管かというと、入力用のプリアンプのためのもので、FIRESTUDIO TUBEのフロントにある2つのスーパーチャンネルと呼ばれる入力に使われるものだ。これはギターなどが直接接続可能なHi-Z入力とマイク入力を兼ねたコンボジャックになっており、2chそれぞれを独立制御できるようになっている。

 もちろんリアパネルを見ても分かるとおり、FIRESTUDIO TUBEはほかにも数多くの入出力チャンネルを備えている。右側にはずらりとキャノンのマイク端子が8つあり、さらにその左にはTRSのフォン入力が6つ。スーパーチャンネルと合わせて16chの入力が備わっているのだ。一方の出力はメイン出力の2chのほかにTRSフォンのライン出力が4chで計6ch。したがって16IN/6OUTというのがFIRESTUDIO TUBEの仕様だ。ちなみにメイン出力とライン出力の違いはフロントのゲイン・コントロール・ノブを備えているか否か。それ以外は基本的に同じように扱うことができる。


背面キャノンのマイク端子TRSフォン端子

 ゲイン・コントロール・ノブの下にはヘッドフォン端子が備わっている。実はこれはリアにある計6chの出力とは独立したものとなっているため、実質上は16IN/8OUTのオーディオインターフェイスと考えてもいいだろう。なおフォーマット的には最高で24bit/96kHzまで、接続はFireWire(IEEE 1394)という仕様になっている。FireWire端子の上には9ピンのD-Sub端子があるが、これは付属のブレイクアウトケーブルを用いてMIDI IN/OUTに変換するものとなっている。

ゲイン・コントロール・ノブの下にヘッドフォン端子9ピンのD-Sub端子に付属のブレイクアウトケーブルを接続してMIDI IN/OUTに変換

 読者の中には「あれ、これ以前からなかったっけ? 」と思う方もいるかもしれない。実はそのとおり。FIRESTUDIO TUBE自体は2009年に発売された製品なので、新製品というわけではない。ただ国内の代理店がエムアイセブンジャパンに変更になったのとともに、バンドルソフトが変更になったり、ファームウェアがアップデートして性能強化が図られている。さらに円高のせいもあるのだろう、2年前は12万円前後だったこの製品が7万円前後と大きく値下げして、エムアイセブンジャパンから新たに発売されたので取り上げてみたのだ。正直な話をすると当時この製品が出ていたことを知らず、今回の発売でFIRESTUDIO TUBEの存在を初めて知って、面白そうなので取り上げたわけだが……。


■ 真空管は交換可能

 電源を入れると、トップパネル上にあるスリットからぼんやりと赤く光る真空管が見える。それほど熱いわけではないが、そのスリット近辺の温度はやや高め。この節電が求められる時期に真空管の機材なんて使っていいんだろうか……とちょっぴり罪悪感を感じつつではあったが、試しに消費電力を測ってみると18W。確かにオーディオインターフェイスとしては若干、大きめの値ではあるが、それほど気にする消費電力でもなさそうだ。

 オーディオマニアの方々の中には真空管に熱い思い入れがある方も多いと思うが、筆者自身、真空管というと中学・高校時代のアマチュア無線の勉強を思い出す程度。なんでトランジスタの時代に古臭い真空管の勉強などしなくちゃいけないのか、と反感を覚えていたのを未だに引きずっている感じだ。とはいえ、エムアイセブンジャパンの話によれば、この真空管の交換も可能とのこと。どんな形になっているのが天板をとりはずして確認してみた。

スリットの奥に、光る真空管が見えるワットチェッカーで見ると、消費電力は18W本体内部

 1Uのラックタイプだけに回路全体は集積された感じではなく、かなり余裕のある配置になっている。その中央に真空管が配置されおり、ソケットに刺さった形で宙に浮いている。真空管は揺れを嫌う部品なので、あまり理想的な設置ではないように感じるが、まあラック自体が固定されていれば問題はないだろう。この状態で電源を入れてみると、スリットの上からぼんやり見えていたヒーターの明かりもよく見える。

本体の中央部に真空管を配置電源を入れたところ

 いったん電源を切り、真空管が冷えるのを待って、ソケットからはずしてみた。この球そのものには型番などが一切書かれていないので、何を使っているのかは分からなかったが、9ピンの端子となっている。規格としてはうプリアンプ用によく使われる12AX7/ECC83という球なので、これにマッチする真空管であれば交換して音の違いなどを楽しむことができる。アンプ的にはクラスA回路となっている。ちなみに、A/DはCIRRUS LOGICの「CS5368」が、D/Aも同じくCIRRUS LOGICの「CS4385」が採用されている。

真空管の型番は記載されていないが、9ピン端子を使用していた下が5368、左上が4385

 このように最新のチップと大昔からの真空管が同居しているミスマッチが面白いところだが、PreSonous自身、これをウケ狙いで作ったというわけではないようだ。同社はもともとプリアンプメーカーとして著名な会社であり、オーディオインターフェイスを手がけるようになったのは比較的最近のこと。そのため真空管プリアンプ搭載のオーディオインターフェイスというのは、同社にとっては自然な流れだったわけだ。

 真空管搭載のオーディオインターフェイスは、ズームがギター専用機材「S2t/C5.1t」を出していたほか、DSPによるエミュレーションではあるがローランドのが「UA-4FX」を出していた。S2t/C5.1tもFIRESTUDIO TUBEと同様にプリアンプとして使っていた一方、UA-4FXはプリアンプとしてだけでなく、出力用にも使えたため、出音の変化を楽しめるという面白さがあった。もっとも出力用にホンモノの真空管を使うとなると、プリアンプ用と兼用というわけにはいかないのかもしれないが、今後はそんな製品があっても面白いかもしれない。



■ 真空管を活かした音質調整

Gain、Limiter、Drive、Gain Makeupと4つのノブ

 では、その真空管搭載のプリアンプはどうやって使うのか。前述のとおり、真空管プリアンプを利用するスーパーチャンネルは2系統独立してフロントパネルに用意されている。それぞれのチャンネルにはGain、Limiter、Drive、Gain Makeupと4つのノブが用意されている。そう、ここにはVCAベースのリミッターが搭載されているのもユニークなポイントだ。リミッターのオン・オフはレベルメーターの下のスイッチで行なうようになっており、Limiter=スレッショルドとGain Makeupの2つでコントロールする。アタックやリリースといったパラメータはなく、オートとなっているが、アタックもリリースも短めになっているようで、効き具合は分かりやすい。リミッターのスイッチの左側には80Hzのハイパスフィルターボタンも用意されている。

 一方、Driveというのは真空管アンプへ送る信号量をコントロールするもので、歪み具合を調整することができる。担当者によると「スムースからクリーン/クリア、そして暖かい真空管サチュレーションまで幅広いサウンドを提供します」とするとともに「思い切り歪ませた真空管アンプの音が楽しめます」とのこと。確かにGainを目いっぱい上げた上で、リミッターで出力レベルを調整すると、Driveでの音色を大きく変えることができる。試しにクリーンギターの音をDriveを浅めに設定した音、深めに設定した音をそれぞれ録ってみたので、聴き比べてみると面白いだろう。

【音声サンプル】
通常浅め深め
Clean.mp3(292KB)Drive1.mp3(293KB)Drive2.mp3(293KB)

 ところで、FIRESTUDIO TUBEのドライバを64bit版のWindows 7にインストールして使ってみたのだが、当然のことながら、このドライバでサンプリングレートやバッファサイズの設定ができる。さらにここには18chのミキサー機能も搭載されており、ここで各入力のレベルを調整できるようになっている。このミキサーの右側にあるとおり、メイン出力、3/4ch、5/6ch、そしてヘッドフォン用と独立4系統のミキサーとなっているのだが、それぞれにどんなバランスで出力するかの設定ができるのだ。

64bit版のWindows 7にインストールしたところ、付属ドライバで設定できた

 18chの内容はPC側からの出力はもちろんのこと、16chある各入力もそれぞれ割り当てることが可能になっており、自由度の高いミックスができる。入力をそのまま出力すれば、当然レイテンシーのないモニタリングも可能になるというわけだ。このミキサーを含めたドライバシステムはUniversal Controlと呼ばれるもので、しっかり64bitネイティブに対応している。なお、現在のところPreSonousのサイトにアップされているドライバを見ると、Mac OS XはSnow Leopardまでとなっており、Lionに関する記載はない。

18chのミキサーも搭載
自由度の高いミックスが可能


新OSのLionでは、Snow Leopardのドライバでは動作が不安定だった

 先週、そのLion搭載のMac miniを購入したので、試しにSnow Leopardのドライバをインストールして試してみた。その結果、まったく動かないということはなかったのだが、かなり不安定でDAWで使うとまともには動作してくれなかった。Lionでの利用はメーカーが対応ドライバを出すまで待ったほうがよさそうだ。

 さて、ここでいつものようにRMAA Proを使って音質テストを行なってみた。最初はメイン出力をTRSフォンのライン入力へループさせる方法で試そうとしたが、入力レベルが小さくてRMAA Proが受け付けてくれなかった。そこで遊びでフロントのスーパーチャンネルに突っ込んでみたのだが、これはこれでちょっとひどい値に。考えてみれば、スーパーチャンネルのフォン入力はHi-Zのみ対応だからインピーダンスマッチングもしっかりとれていないためダメ。そこで、リアのマイク入力に突っ込み、ソリッドステイトのマイクアンプを少し上げてテストした結果がこれだ。必ずしも正しい測定法とはいえないが、基本的な性能の一部がこれで見えてくるだろう。

 さらに続けてレイテンシーのテストも行なってみた。その結果、96kHzで一番バッファサイズを小さくした際で往復5.59msec。表示上の1.33msecと比較するとやや大きいが、まあこんなものだろう。

44.1kHz48kHz96kHz

 

44.1kHz/128 samples44.1kHz/64 samples
48kHz/64 samples96kHz/128 samples


■ 使い勝手のいい「Studio One Artist」を同梱

 FIRESTUDIO TUBEに限らず、現行のPreSonousのオーディオインターフェイスには、同社のDAW、Studio One Artistがバンドルされているというのも大きなポイントだ。上位版のStudio One Proについては以前紹介したことがあったが、NUENDOの開発者がスピンアウトして作ったDAWで、非常に軽いのが特徴。

 登場当初は1画面のユーザーインターフェイスということで、非常に独特だった印象があるが、気づいてみるとSONAR X1などもその画面構成に追随してきているから、まさに先駆者的なDAWでもある。Studio One ArtistはStudio One Proの普及価格帯版であり、パッケージとしては19,800円前後で販売されているというもの。64bitネイティブ対応はしていないものの、32bitアプリケーションとしてWindows 7 64bit環境でも問題なく動作させることができた。さまざまなプラグインも同梱されているので、かなり付加価値の高いバンドルソフトといえるだろう。

Studio One Artistをバンドル

(2011年 7月 25日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]