西川善司の大画面☆マニア
第203回
レーザー&新反射型液晶、4K相当。エプソン「EH-LS10000」の秘密
青色レーザー光源だけでフルカラー表現の理由は?
(2015/3/26 11:10)
エプソンが、民生向けハイエンドシアタープロジェクター「EH-LS10000」を発表した。同機には「レーザー光源対応」「反射型液晶パネル採用」「4K表示対応」という3つの訴求ポイントが掲げられており、本稿ではこの3要素にスポットをあてた技術解説をお届けすることにしたい。
なお、製品概要についてはニュース記事に譲り、画質評価については後に寄稿する予定の大画面☆マニアの方でフォローする。
EH-LS10000のレーザー光源の秘密
EH-LS10000は、光源にレーザーを採用する点がホットトピックになっている。
レーザー光源プロジェクタというと、2010年にカシオが「グリーン・スリム・プロジェクタ」シリーズとして発売したXJシリーズなどが存在する。
XJシリーズは単板式DLPのデータプロジェクタで、光源に赤色LEDと、青色半導体レーザーを採用していた。
半導体レーザー(レーザーダイオード:LD)は、PN接合された半導体に流れる電流によって光が励起されるという点でLEDとよく似た構造をした光学半導体素子であるが、出力される光の波長や振幅が綺麗にそろうような(そうした光こそがレーザーである)特殊構造をしている点が異なっている。
XJシリーズが赤色出力にレーザーではなくLEDを用いていたのは、赤色レーザーがコスト的に高価だったため。同時に高輝度赤色LEDで輝度パワーが十分と判断されたためともいえる。
青色は青色レーザー光をそのまま活用するが、緑色出力には、この青色レーザー光の波長変換を行なって取り出している。緑レーザーを採用しなかったのは、現状、安価な高出力の緑色レーザーがなく、コスト的に青色から変換した方が現実的と判断されたため、とされている。
2015年現在、カシオのレーザー+LEDプロジェクタでは、スリムタイプや短焦点モデル、3,000ルーメンを超える高輝度モデルなど、多くのラインナップ展開が図られている。公称ランプ寿命は2万時間で、万が一のランプ交換はメーカー交換対応となる。
レーザー光源採用のプロジェクタはいくつか出てきているが、もうひとつ、三菱電機の事例も紹介しておこう。すでにプロジェクタ事業から撤退した同社だが、2011年のCEATECにおいて、レーザー光源のプロジェクタを公開していた。
こちらは、製品化前の研究開発段階レベルのもののため、レーザー光源は別体型であった。当時の説明によれば、使用したレーザー発信器は、半導体レーザーではなく、固体レーザーとのことであった。
その光源として使用していたレーザーは、3種類。
1つは赤色光を出力するための赤色レーザーだ。2つ目は、青色光を出力するための青色レーザーだ。そう、三菱電機のソリューションでは、赤と青はその色に対応する単色レーザー光を採用していたのだ。
そして、三菱電機の採用方式でも緑色の出力に緑色レーザーは採用されなかった。三菱電機の方式では、緑色光出力用として赤外線の固体レーザー発信器を使用し、その出力赤外光を半分の波長に変換して緑色光を取り出す方式としていた。波長変換には、波長変移を行なわせるSHG(Second harmonic generation)素子を採用。SHG素子は、三菱電機がしばらく発売していたレーザー光源リアプロジェクションテレビ「LASERVUE」シリーズの量産を重ねていくうちに素子価格が下がったとのことで、この時にも採用となった。
プロジェクタ自体は、カシオと同じ単板DLPで、公称輝度は3,000ルーメンほど。公称寿命も2万時間程度となっていた。
今回、エプソンが発表したEH-LS10000はどういう構造かというと、レーザー発信源は2系統で、その2系統とも青色の半導体レーザーを採用している。
1系統目の青色レーザーは、そのまま青色として取り出され、2系統目の青色レーザーは蛍光体に照射して黄色を作り出し、これをダイクロイックミラーで赤色と緑色光を分離する構造としている。ダイクロイックミラーはプロジェクタ部材としては昔から採用されてきたごくありふれたもので、特定の波長(≒特定の色)の光だけを透過し、特定の波長の光を反射する特性を持つ光学素子だ。白色光を放つ水銀ランプから赤緑青の光を分離する際にも使われてきたものである。
エプソンの説明によれば、半導体レーザー(LD)発信源は数こそ非公開だが、1系統あたり、複数のLDを二次元平面状に配置した小型マトリクスアレイモジュール構造になっていて、これを拡散するために回転する拡散板(ホイール)に照射して面発光源に変換しているとのこと。なお、赤と緑抽出用の拡散ホイールには蛍光体が塗布されている。
なぜ回転させているかといえば、拡散板や蛍光体の熱劣化を低減させるため。回転させることで、レーザー光が照射される面を時間的に分散させる効果を狙っているわけだ。
反射型液晶パネルに照射する光は、拡散光ではダメで、パネル面に対して直交する平行光に変換する必要があるのだが、ここにはさらに特殊な光学系が介在すると推察される。
従来の水銀ランプ採用機では、ほぼ点光源として発光させた水銀ランプ光源を、ランプユニット内に一体化させた曲面ミラーで平行光へと変換していた。EH-LS10000でも同様の構造が拡散ホイール後段に配置されていると見られる。
2系統のレーザー光源システムの採用により、白色光を放つ水銀ランプから分離させる従来方式よりも光路設計が複雑になったことで、ボディがやや大きくなってしまったようだ。ちなみに、熱設計的には、水銀ランプ採用機から大きくは変わっていないとのことである。
まぁ、ハイエンド機は威圧感があるくらいの大型ボディがむしろ喜ばれることもあるので、これはこれでよいことなのかもしれない。
レーザー光源ユニットの寿命は公称3万時間。これは2時間の映画を1日一本みても約40年間のライフタイムがあることになり、事実上、「光源ランプ交換不要」ということになる。万が一、レーザー光源ユニットが故障した場合においてはユーザー交換ではなく、メーカー修理対応になる。
公称輝度スペックは1,500ルーメン。ホームシアターユースと言うことを考えれば、必要十分な値と言える。ただし、1,500ルーメンの最大輝度出力時には騒音レベルは28dBとなる。
2系統のレーザー光源があることで、経年によって出力バランスが変わってきてしまう可能性があるわけだが、この辺りについては、内蔵させられた色度センサーからのフィードバックを行なう事で、適正ホワイトバランスになるように出力調整が行なわれるとのこと。この調整はリアルタイムではなく、累積使用時間に応じて定期的に行なわれる。
レーザー光は、光スペクトラム(分光分布)上でも鋭い立ち上がりの色純度の高い光を出力できる特性があることから、EH-LS10000の色再現性は優秀で、非常に広い色空間をカバーできることがアピールされていた。
具体的には、公称値としてDCIカバー率100%を謳う。ただし、現状、BT.2020の広色域やハイダイナミックレンジには未対応となっている。
この他、エプソンは、レーザー光源の特長として、高速応答性を挙げている。
この「高速応答性」にまつわる優位性が、EH-LS10000の性能として現れているポイントは2点。
1つは電源オンからすぐに映像が投射できる高速起動性だ。水銀ランプ系はランプ内の水銀が気化するまで理想的な発光性能が得られないが、半導体レーザーはLEDなどと同じくμs(マイクロ秒)オーダーで最大出力での発光ができる。光源寿命も長く、しかもテレビに近い待ち時間で映像が楽しめることになれば、プロジェクタを普段の生活で積極活用していこう、というライフスタイルが生まれるかも知れない。
2つ目は、全暗転映像表示時にレーザー光源を全オフできる点。前述したように半導体レーザーはオフ応答もμsオーダーなので、全暗転映像時にはレーザー光源を全オフすることで漆黒の黒が表現できるというわけだ。その後に明るいシーンが来ても、これまたμsオーダーで発光させられるので問題がない。水銀ランプ系ではこうした芸当はできない。
エプソンはこの全暗転時の漆黒表現を「パーフェクトブラック」と表現している。
ゆえに公称コントラストを「無限大:1」と表現しているが、映像フレーム内に明暗が同居した場合のコントラスト比は2万:1~3万:1とのことである(テスト映像や計測条件で異なるとのこと)。
新開発の反射型液晶パネルの秘密
EH-LS10000の映像パネルは0.74型の反射型液晶パネルを採用する。解像度は1,920×1,080ピクセル。
反射型液晶パネルとは、鏡面反射するアルミ電極をシリコン基板の上に配置し、これが画素として入射光を反射する構造をとる。一般的な液晶パネルの形態である透過型液晶における液晶分子は、光をどのくらい透過させるかの仕事をするものだったが、LCOSでは光をどのくらい反射させるかの役割を果たす。
反射型液晶では、アルミ電極の下層に駆動回路を配置するため、駆動回路が画素開口部を遮蔽しない。この構造的特徴から反射型液晶パネルは、透過型液晶パネルと比較すると画素開口率を劇的に高くすることが出来る。透過型液晶パネルが50%~60%前後なのに対し、反射型液晶パネルでは80%~95%と段違いに高い。この高開口率性能は、高コントラストでダイナミックレンジの高い映像をもたらし、また、画素を仕切る格子筋がほとんど目立たないことから、表示映像の粒状感を目立たなくすることができる。
なお、EH-LS10000の反射型液晶パネルのネイティブコントラストは7万:1と説明されている。
エプソンは、EH-LS10000の反射型液晶パネルを、反射型高温ポリシリコンTFT液晶パネル(3LCD Reflective HTPS)と呼称しており、LCOS(Liquid Crystal on Silicon)の呼び方を使っていない。しかし、基本原理的にはソニーのSXRD、JVCケンウッドのD-ILAなどと同じLCOSと考えてよい。
エプソンは反射型液晶パネル採用のプロジェクタ「EH-R4000」を2010年に発表、2012年に発売しているので、今回のEH-LS10000は、エプソンとしては二世代目の反射型液晶パネル採用機となる。
エプソン側の説明によれば、EH-LS10000の開発にあたってはこの反射型液晶パネルの設計を刷新し、パネル世代を改めているとのことであった。
最大の改良点は開口率で、EH-R4000時の84%から90%へと向上している。これに伴って入射光の反射効率は15%向上したとしている。
さらに、対応駆動速度も向上させられており、EH-R4000時の120Hz/2倍速駆動対応に対し、EH-LS10000では、240Hz/4倍速駆動に対応する。3D立体視時においては、同一映像を左右それぞれで4倍速4度書きしてクロストークを低減させる480Hz駆動を行なう。
EH-LS10000は時分割式、疑似4K表示に対応する
エプソンはEH-LS10000を「エプソン初の4Kプロジェクタ」とアピールしている。
ただ、前段で紹介したようにEH-LS10000の反射型液晶パネルは1,920×1,080ピクセルのフルHD(1080p)解像度であり、4K(3,840×2,160ピクセル)解像度ではない。
では、どのようにして4K表示を行なうのか。
これについては、JVCケンウッドが、DLA-X500R/700Rで実践しているような映像パネルの時分割シフト技術を採用している。
具体的には、4K映像の1フレームを2つのサブフィールドに分け、サブフィールド0表示に対して、サブフィールド1は対角線上に半画素分ずらして重ね合わせて表示させることで実践する。
この「対角半画素ずらし」は、時分割式に光学レベルで実践される。反射型液晶パネルを振動させているわけではなく、対角方向に半画素分ずらす光学系がサブフィールドの切換ごとにオン/オフするイメージだ。
なお、エプソンではこの「対角半画素ずらし」技術を「4Kエンハンスメント」と呼称している。
EH-LS10000は、映像入力端子としてHDMI 2.0仕様に対応しているため、4K/60Hzの映像の入力をHDMIケーブル1本で行なうことができる。
この4K/60Hz入力映像を、シンプルに4Kエンハンスメント駆動させて表示しようとすると、2つのサブフィールドにわけての表示となるため、反射型液晶パネルは2倍の120Hzで駆動されることになる。実際には、EH-LS10000の反射型液晶パネルは、2D表示時、240Hz駆動にまで対応しているので、補間フレームを入れての4K/120Hz表示(いわゆる倍速駆動相当)にまで対応している。
表示可能な4K/60Hz映像は、色差信号のYUV420まで。一方でYUV444やRGB888の24bitRGBの入力には対応していないとのこと。となると、PCと接続したときには何らかの制限を伴う可能性はある。この辺りは、実機評価で確認することにしてみたい。
エプソンとしては、「4Kコンテンツより、フルHDコンテンツを超解像4K化して高品位に楽しみたいユーザー向け」と説明しており、「メインコンテンツはフルHD」と位置付けているようだ。そのために、EH-LS10000では超解像エンジン「エプソン4Kアップスケールチップ」を新開発して搭載している。その画質は実機を見てからレポートしたい。
さて、この超解像チップの駆動速度限界のためなのか、反射型液晶パネル自体は480Hz駆動にまで対応しているにもかかわらず、3D立体視時には、疑似4K表示が行なえない仕様となっている。つまり、3D立体視時は「4Kエンハンスメント」機能は強制オフとなり、フルHD解像度までの3D立体視表示となる。
3D立体視時には疑似4K表示が行なえない仕様は、実はJVCの最新D-ILA機「DLA-X700R」も同じだ。「フルHDコンテンツを超解像4K化して高品位に楽しみたいユーザー向け」ということであれば、3D立体視にもこの思想を反映して欲しかったところではある。
オンリーワンの「レーザー」の価値
EH-LS10000の実売は約80万円。どの機能、能力を重視するかで評価は変わってくるはずだ。
4Kプロジェクタとしてみれば、EH-LS10000は疑似4K表示であり、空間解像度的には理論値では2倍、縦横√2倍程度にしか増えないので、実質的には2,715×1,527ピクセル相当の表示になる。リアル4K解像度の映像パネルを採用したソニー「VPL-VW500ES」が約80万円、ほぼ同系技術のJVC「DLA-X700R」の約70万円を踏まえると、やや割高という印象もある。
しかし、ハイエンドクラスプロジェクタでも唯一無二の超広色域カバーやレーザー光源採用、光源ランプの寿命が40年、といった点を評価するのであれば、事情は変わってくる。オンリーワン的な存在となるため、価格設定にも競争力の高さが垣間見えてくる。
この広色域やコントラスト性能などの画質面の特徴こそがEH-LS10000の“キモ”といえる部分だ。次回の大画面マニアでは、EH-LS10000の画質の魅力に迫りたい。