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貞子はベータでも呪えたのか? 映画「リング」シリーズで振り返るAV機器と呪いの進化

貞子によって、“呪い”はAV機器を伝播することになった

夏といえばホラー。我が国でホラーといえば……そう、貞子だ。

1998年に公開された日本映画「リング」(監督:中田秀夫)は、ジャパニーズホラーの歴史を語る上で欠かせない名作。そこに登場する怨霊・山村貞子は、今もJホラーの代表的アイコンとして君臨している。

その功績は、“呪いのビデオ”という画期的なホラーアイテムを生み出したことだ。かつて殺されて井戸の中で怨霊と化した貞子は、“VHSビデオテープに呪いを念写する”という特技を持つ。

そのビデオを見た者は、貞子の呪いにかかってきっかり1週間後に死ぬ。助かる方法はただひとつ、“アレ”をすれば良い。……のだが、その“アレ”こそが貞子の呪いの本質だったというオチが、映画を見た者を恐怖のどん底に突き落とす。

原作は、鈴木光司の同名ホラー小説。原作の時点で大傑作なので、ぜひ読んでほしい。

で、AV Watch目線では、呪いにVHSという映像メディアが使われた点に注目したい。というのも、映画第一作「リング」が公開されたのは、VHS末期の90年代後半。

「リング」
Prime Video作品ページより

その後も映画のシリーズ続編は何作も制作されているのだが、ちょうど映像のアナログ→デジタル化への過渡期をまたいでいる関係で、作品を追うごとに貞子が呪いを念写する映像メディアが進化していくのである。

つまり映画「リング」シリーズは、平成から令和へかけての映像メディアの変遷を映すコンテンツにもなっているのだ。今回はそのあたりを、貞子ファンの筆者がざっと振り返ってみよう。“呪い”はAV機器をどのように伝播してきたのか。

呪いのビデオがVHSでなくベータだったら?

まずは、映画第一作「リング」で、貞子に呪いのメディアとして選ばれたVHSビデオテープについて見ていこう。

始まりは1976年、当時の日本ビクターからVHSビデオデッキの第一号機が発売された。その前年、ひと足先にソニーがベータマックスを発売しており、VHS対ベータのいわゆる「ビデオ戦争」に突入したのは皆さんもご存じの通りだ。

一方、貞子が殺され井戸の中で怨霊となったのは、1960年代後半。つまり彼女は、暗い井戸の底で、当時の次世代ビデオ規格の誕生と覇権争いを見届けていたことになる。世の中でVHSとベータが争っていた頃、井戸の中では呪いの念写準備が着々と進められていたと思うと熱い。

ちなみに映画化されていない部分だが、実は原作シリーズの短編小説「レモンハート」(短編集「バースデイ」収録)では、貞子の生前(1960年代後半)に、“カセットテープに呪いが音声記録された”ような描写がある。つまり貞子は、磁気テープに呪いが念写できることは生前に経験済みで、それの発展系がVHSへの映像付き念写だったと考えられる。

ここでひとつ、疑問が浮かぶ。貞子が呪いの映像メディアとして、VHSでなくベータを採用していたら、どうなっていたのだろうか……? 井戸の中で「なんか、呪いの伝播が途中で止まったな」って感じになっていたのだろうか。

いや、貞子ガチ勢の筆者はこう考えている。貞子は超弩級の霊能者かつ怨霊であり、念写能力はかなり高いので、普通にVHSにもベータにも対応できていたはずだ。

ただ、貞子が呪いを念写するタイミングが訪れた1990年代時点で、一般に広く普及していたのがVHSの方だったので、貞子はそれを選んだ。結果的に、VHSが象徴的な呪いのメディアになった……という流れだろう。

ここから感じるのは、“コンテンツをバズらせるために適切なメディアを選択する”という、現代のインフルエンサーにも繋がる貞子の判断力。しかも呪いを拡散させた先に、人類滅亡という確固たる目標がある。バズることそのものがゴールになりがちな昨今の風潮とは一線を画す、ブレない姿勢だ。

そして2010年代以降、貞子の映像メディアに対する柔軟性と能力はますますアップデートされていく。

“呪いのデジタル化”という大仕事

映画「リング」の初期シリーズは、同時公開の「らせん」(監督:飯田譲治)のほか、1999年の「リング2」(監督:中田秀夫)、2000年の「バースデイ」(監督:鶴田法男)をもってひとまず一区切りを迎える。

それから10年以上を経た2012年に、完全新作として制作されたのが「貞子3D」(監督:英勉)だった。タイトルの通り、本編は当時ブームだった3D映画として作られている(配信版は2D)。翌年には続編「貞子3D2」(監督:英勉)も公開された。

「貞子3D」
Prime Video作品ページより

しかしここでは、呪いが念写された物理メディアはもう存在しない。インターネット上に「呪いの動画」がアップされるという、ネット時代に合わせた方法が採用された。再生機器もテレビやVHSデッキに代わり、PCやスマートフォン/携帯電話がメインになった。

2012年といえば、日本で地上デジタル放送への完全移行が完了した年である。すでにVHSは過去のものになり、DVD/Blu-rayの時代になっていたが、いよいよ放送そのものが完全デジタル化し、家庭内アナログ再生機器の減少が見込まれたことで、貞子も本格的にデジタル路線への変更を迫られたと見るのが良いだろう。磁気テープとは全く違う仕組みのはずなのに、対応してくるのがすごい。

貞子は「デジタル面白そうじゃん、使いこなしてやろうじゃん」と思ったのかもしれないが、もはや考え方が完全にAVマニア、アーリーアダプターのそれ。あまりにも映像メディアへの感度が高すぎて、「貞子もしかしてAV Watch読んでる?」ってなる。

しかもDVD/Blu-rayやテレビ放送波ではなく、インターネットの“01空間”の方に呪いを念写するという冷静な選択。そう、DVD/Blu-rayやデジタル放送コンテンツだと、最後の“アレ”が基本できない&しにくいという規格問題に対応したのだろう。そんなわけでVHSデッキとは違い、DVD/Blu-rayプレーヤーやレコーダーは呪いの再生機器にならずに済んだ。

なお、原作勢は呪いのデジタル化に関して「そもそも貞子の呪いはコンピューター……」と思うだろうが、まあその辺はネタバレにもなるし、あまりにメタ構造すぎるので(それが「リング」シリーズの面白いところだけど)、この場ではひとまず映画シリーズの話にさせていただきたい。

呪いの主戦場は動画投稿サイト、そしてSNSへ

そんな感じでデジタル化に成功したことで、このあと貞子の呪いは、時流に合わせて様々なデジタルプラットフォームに展開可能になっていく。

「貞子vs伽椰子」Prime Video作品ページより

2016年の「貞子VS伽椰子」(監督:白石晃士)は、なんと律儀に昔のVHSテープをVHSデッキで再生する手法から始めていて、原点回帰で呪い拡散のリ・スタートを描く一作だ。

貞子と共にJホラーアイコンの双璧をなす「呪怨」佐伯伽椰子との共演も激アツで、とりあえず「貞子VS伽椰子」というタイトルを聞いて我々が期待することは大体やってくれているので、安心してほしい。

「貞子」
Prime Video作品ページより

映像プラットフォーム側に大きく変化が現れたのは、2019年の「貞子」(監督:中田秀夫)。令和元年に公開された本作は、YouTube全盛時代とシンクロした内容になっている。それまでと違い、「呪いのビデオ」「呪いの動画」といった単体の映像作品はなく、YouTube的なネット動画投稿サイト自体が呪いのメディアの主戦場に。

映像機材の進化によって、“誰もが動画制作者になれる時代”という目線が「リング」シリーズに加わり、キャッチコピーも「見たら呪われる」から「撮ったら呪われる」に進化している。呪いに巻き込まれるのは再生機器と視聴者だけでなく、“撮影機器や制作者も無傷ではない”という今どきの呪いを描いている。

「貞子DX」
Prime Video作品ページより

そして現時点のシリーズ最新作、2022年の「貞子DX」(監督:木村ひさし)では、最終的にSNSとスマートフォンが呪いの拡散メディアとして使われ、呪いもソーシャルメディア化。誰もが手元のスマホで高精細映像をカジュアルに視聴する時代感とシンクロしている。

なお本作では、呪いの映像を見てからたった24時間で死ぬルールに進化しているので注意されたい。スマホでさまざまな情報にすぐ触れられる現代において、死ぬまでに1週間の猶予はヌルいと貞子は思ったのだろう。時代を経るごとに、我々も呪いへの対応力を試されている。

次はやっぱ呪いのサブスク?

さてこうなると、次に呪いのメディアの主戦場になるのは、やはりサブスクあたりだろうか。再生機器としては、スマートフォンやテレビに加えて、サブスク映像サービスを内蔵するプロジェクターも入ってくる。スマホを使ったカジュアル視聴からの対比で、大画面への憧れが再び頭をもたげている昨今の流れにぜひ乗ってほしい。

ちなみに従来の映画「リング」シリーズ各作もサブスク配信されているので、“VHS時代の「リング」をサブスクで観たら、現実の視聴者にはサブスクフォーマット側の呪いが発動する”というように、現実と連動した呪いの仕掛けも生まれそうだ。

もしこれが実現したら、原作の「リング」が単行本から文庫化された時点で実現した呪いのメタ展開と通じるものがあり、「これぞリング」って感じでファンとしては萌えるのだが。

まあそんなわけで、これからも新たな映像規格やプラットフォームが生まれ、それを再生する民生機が進化していくたびに筆者はドキドキせずにいられない。これが次の呪いのメディアになるのか、と。

杉浦みな子

オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀……と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハーです。