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見えてきたWindowsの未来。Qualcomm対応で選択肢拡大、OS標準でVR・MR対応

 WinHEC 2016 Shenzhenの詳報をお伝えする。会場となった中国・深圳は、各種ハードウェア生産の拠点であり、いまや多くのデジタルデバイスが、ここから巣立っていく。その関係で、この地ではここ数年、マイクロソフトのハードウエア開発者向けカンファレンスとしてWinHECが開かれているのだが、特に今年は、非常に大きなサプライズのあるイベントとなった。

カンファレンスは深圳市内のホテルで開催。中国の開発者を中心に、ハードウエア開発情報が共有された

突如発表「Snapdragon版Windows」の正体とは

 最大の驚きは、基調講演の後半で発表された、Qualcommとの電撃提携だ。今まで、Windows PCといえば「Intel」か「AMD」のx86系CPUで動くもの、と相場が決まっていた。しかし今回、Windows 10の全機能がQualcommのSnapdragonに供給され、Snapdragonを使ったWindows PCやタブレットの開発が可能になる。

Qualcommと提携し、「フルバージョン」のWindowsがARM系のSnapdragonに。PCの常識が変わった瞬間だ

 基調講演では、Snapdragon 821を使ったシステムでのデモが行なわれたが、x86版のAdobe Photoshopも動作し、「今までと変わりなくPCとして使える」ことがアピールされた。すなわち、Windows Phone向けの「Windows Mobile」や、2012年にマイクロソフトが発売した「Surface RT」版のWindowsのような「用途限定版」ではない、ということだ。

CPU名に注目。ARM系であるはずの「Snapdragon 820」の名前が。
Webブラウザ(Edge)やPhotoshop、マイクロソフトWordなどがそのまま動作。x86用アプリがそのまま動く

 基調講演後、米Microsoft Windows & Devices担当上級副社長のテリー・マイヤーソン氏に、筆者を含む日本プレスが詳細を聞いたところ、以下のようなことがわかってきた。

米Microsoft Windows & Devices担当上級副社長のテリー・マイヤーソン氏

 まず、Snapdragon版Windows 10は「フル機能の64bit版Windows」であり、OSそのものはARMのコードで書かれている。顧客の求めに応じて32bit版にすることもあり得るが、今は通常の64bit版。だからメモリーも、PC同様4GB以上使える。

 Snapdragon版には、x86向けに書かれたアプリケーションをエミュレーションする機能があり、x86版のアプリケーションがそのまま動作する。OSに付属のアプリ類、例えばEdgeやメモ帳などの一部はARMのネイティブコードで動くものの、OS付属のアプリであっても、x86版のまま、エミュレーションで動く場合もある。

 ただし、グラフィックスやIOなどはOS側でARMに最適化されているので、エミュレーションせずに動作する。アプリケーションの動作状況は、そのアプリがどれだけCPUでの処理に依存しているかで変わるが、マイクロソフトとしてはパフォーマンスにも十分な自信があるようだ。デモでは、Photoshopの他にWordの動作と、1080pのビデオ再生、ブラウザー上にペンで手書きする、といったことが行われた。どれもデモを見る限りは、十分快適な動作に見える。

 仕組みとしては、「Bash on Windowsとかなり似たようなサブシステム」(マイヤーソン氏)で動いているが、詳細は後日発表されるという。

 ここで「ARM版」と書かずに「Snapdragon版」と書いているのは、マイクロソフトの姿勢による。マイヤーソン氏は、「Qualcommとは非常に密接な関係で仕事をしている。今までのPCにおける、IntelおよびAMDとの関係と同じだ。だから、当面他のARMプロセッサーメーカーと提携する予定はない」と言う。すなわち、QualcommのSnapdragonというSoCシリーズに特化したものとして供給されるのだ。

 Snapdragon版を用意することになった理由を、マイヤーソン氏は「顧客のニーズが広がったため」と話す。要は「もっとスマホっぽい」PCを求める声があり、そこでQualcommが良い実績を出しているので、Snapdragon版を用意することでデバイスの多様性を上げたい……、ということのようである。

マイヤーソン氏(以下敬称略):エンタープライズ向けのセキュリティが重要な部分や、ハイパフォーマンスPC、ハイパフォーマンスゲーミングなどでは、やはりIntelの方が向いています。一方で、特に若年層を中心に、アイドル時の消費電力が低く、ワイヤレスネットワークとの親和性が高いデバイスを求める声もある。すべては顧客の選択です。

 すなわちマイクロソフトとしても、いきなりIntelやAMDとの関係を破棄してPCを作る、ということではない。ちなみに、Windows 10向けにどのくらいの規模のSnapdragonをターゲットとするかについては、「Qualcommの判断に基づく」(マイヤーソン氏)とされた。基調講演に登壇した、Qualcomm Technologies 上級副社長 兼 Qualcomm CDMA Technologies 社長 クリスチアーノ・アモン氏は、「14nm・10nmと、複数の世代のSnapdragonで長期的にサポートしていく」とコメントしている。おそらくハイエンド製品からのサポートになるのだろうが、少なくとも「1製品での短期サポート」を想定したプロジェクトでないことは伝わってくる。

 今回、2017年初め(だが、2月に開催されるGDCではまだ公開されていない可能性があるようなので、「春」に近いのかもしれない)の公開が予定されている、Windows 10の大型アップデート「Creators Update」では、ゲームを中心に、HDRへの対応も強化された。4K+HDRのようなハイパフォーマンスの部分は、当面IntelもしくはAMD、ということなのだろうが、カジュアルに使えるタブレットなどでは、Snapdragonを採用する例が出るのは間違いない。

Creators Updateは2017年初めに公開。しかし、関係者の口ぶりからは「春」というニュアンスも

 実際にSnapdragon版を採用した製品が出るのは、2017年、それも後半とみられている。

Windows Holographicは「2017年末には500ドルのPCでOK」に

 もうひとつ、今回のトピックだったのは「Windows Holographic」だ。マイクロソフトは以前より、この12月にWindows Holographicの詳細を発表するとされており、ここは予想通りといえる。

 発表されたのは、「Creators Update」の中で、マイクロソフトのVR・MR(Mixed Reality)技術である「Windows Holographic」を標準機能にすることだ。対応機器を用意すれば、WindowsでVR・MR空間を使った作業が出来るようになるし、VRアプリケーションも活用できるようになる。

 公開された対応HMDメーカーは、HP、ASUS、Lenovo、Dell、Acer、3Glassesの6社。そのうち3Glassesの「S1」が、壇上でデモに使われている。

Windows Holographic対応デバイスメーカーとしては、まず6社がリストアップされた
地元中国のVR関連企業、3GlassesのHMD「S1」が、Windows Holographic対応機器として紹介され、デモに使われた。価格は499ドルを予定。

 米Microsoft Windows and Devices Group Technical Fellowであり、HololensとWindows Holographicの顔としても知られるアレックス・キップマン氏は、利用可能なスペックなどについて、次のように説明している。

米Microsoft Windows and Devices Group Technical Fellowのアレックス・キップマン氏

キップマン:現在、VRのような体験をするためには、1,500ドルのPCが必要です。しかし我々がアナウンスしたCreators Updateからは、すべてのハイブリッド・グラフィックスを持つ機器で利用可能になります。例えばSurface Bookでもいいですし、Razor Bladeでもいいです。これまでに比べずっと低いスペックのPCで利用可能になります。

 そして、2017年のホリデーシーズンには、Kabylake(筆者注:先日出荷が始まった、Intelの第7世代Coreプロセッサシリーズ)を搭載したすべてのPCの統合グラフィックチップで動作可能になります。すなわち、2017年のホリデーシーズンには、500ドルのPCでMixed Reality体験が可能になる、ということです。

 なにができるのか、基調講演のデモをベースに解説してみよう。

 ヘッドセットをかぶると、目の前には室内を模した空間が広がる。ここが仮想のワークスペースだ。壁にウェブブラウザー(Edge)を貼り付け、その中でサッカーの試合をストリーミングで見たり、3Dで作られたアプリケーションを体験したりできる。いままで、2Dの画面の中の2Dのウインドウに閉じられていた体験が、「視界がすべて画面になる」(キップマン氏)ことで、より多彩な体験として生まれ変わる。もちろん360度ビデオの再生もできる。

3GlassesのS1によるWindows Holographicデモ。VR空間で各種アプリを使ったり、360度ビデオを視聴したりと、様々なことができることをアピール

 すべてのアプリケーションが動作し、目に見える体験は変わらないようだが、機器によって解像度や、酔いにくさを含む体験は異なるようだ。そこは、機器に対するコストの問題と、機器を「どういう方向性の使い方に合わせて作るのか」という観点で変わってくる。

キップマン:解像度はデバイスによって異なります。ただし、従来のパネル解像度ではなく「1度あたり何ドット」とう単位で考えるべきです。

 例えば、Hololensは「1度あたり47ドット」で、目の限界に近いもので、ドットが見えません。視野角は狭くなりますが、一方で、ドット密度は高い。ぜひ、今のVR・HMDでテキストを読んでみてください。きっとできませんよ。8ポイントフォントを読めるのは、Hololensだけです。安価な製品だと、「1度あたり10ドット」のものもあります。

 これはトレードオフです。エコシステムを作り、その中でどういうチョイスをするかは消費者次第です。私は、Hololensを選びます。エンタープライズ向けの用途でも、フルスクリーンのテキストを読むにも、Hololensのようなデバイスが適しているでしょう。

 一方、ゲームをするには、もっと大きい視野角が求められます。一般的なVRヘッドセットは120度の視野角ですが、結果、ピクセルが見えてしまう。しかしそれはあまり気になりません。

 すなわちこれは、「迫力重視・没入感重視で解像度を落とす」か、「解像度重視で視野角を狭くするか」というトレードオフの関係、ということだ。映像を見たりゲームをしたりするには、通常「迫力重視」だが、解像感重視のHololensと同じアプローチでも、美しい映像が楽しめる。

 そこで、様々なデベロッパーに「それぞれ特徴のあるデバイス」を作らせて、コストや用途で選択させよう、というのがマイクロソフトの戦略、ということになりそうだ。

 キップマン氏によれば、もっとも安いWindows Holographic対応ヘッドセットは「299ドル程度」になるとのこと。そうすると、仮に500ドルのPCと組み合わせても800ドル。今までのVRシステムの半分程度で、PlayStation VRのコストに近くなる。

 一方、今回デモに使われた3GlassesのWindows Holographicデバイスは、2,880×1,440ドット・704ppi・120Hzのハイエンドパネルを使い、499ドルと高い。その性能を活かすには、当然ハイエンドのPCが必要になる。こちらは良い体験になるだろうが、価格もそれなりになる。また、マイクロソフトからはHololensと同じようなコンセプトのデバイスを作るための技術もライセンスされるが、こちらは、いまのところ3,000ドルで売られている製品。最高の結果を得られるが、より高価になる。

パートナーを絞って「体験を担保」

 安い低スペックなもので悪い体験になるのは、VRにとって望ましいことではない。だがこの点については、ある程度安心していいかもしれない。

キップマン:PCのように、誰もが作れるわけではなく、すべてのOEM・ODMが希望すれば作れる……というわけではありません。

 我々はいくつかのパートナーを選んでいます。長いパートナーシップを組み、ともにエンジニアリングができるところを、です。開発は簡単なものではないので、とても深いパートナーシップを彼らとは組みます。

HMDのパートナーは、高い技術を持つメーカーを厳選

 興味をもってくれるすべての企業と話はしていますが、その中で我々がパートナーとなり得るところを選んでいるのです。

 ですから、Windows PCのビジネスモデルとは、大きく違うものです。センサーや光学デバイスをタイトに組み合わせる必要がありますから。End to Endでの体験を、少数の、深い関係を築いたパートナーと作っていきます。

 すなわち、ある程度体験が「揃った」製品を出す、というポリシーをもって、Windows Holographicのビジネスを行なうことで、品質・体験の担保を試みようとしているのだ。

 残念ながら今回は、記者がオープンに試せる試作機が用意されておらず、「Windows Holographicがどういうものになるか」を体感することはできなかった。2017年2月、サンフランシスコで開催される「Game Developer's Conference(GDC)」には、今回発表された機器のデモンストレーションが用意されるとのことなので、実際の販売はさらに先、春以降になりそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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