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第389回:

「地上波とOTTのあいだ」。スカパーが目指す大いなる中庸。3台まで無料に手ごたえ

 ネット配信が注目されるに従い、相対的に古く見える業態がある。衛星放送やケーブルTVだ。一方で、衛星放送やケーブルTVを主体に戦ってきた事業者が、なんの変化もせずに今を迎えているのか、というとそうではない。

 スカパー!はまさにそんな状況にある。ネット配信と放送をハイブリッド化した「スカパー!ハイブリッド」の導入やオリジナルコンテンツの作成、新たなマーケティング施策など、「新しいスカパー!」を作りだそうと躍起になっている。

 では、いま形作られつつある「新しいスカパー!」とはどんなものになるのだろうか? スカパーJSAT 取締役 執行役員専務 メディア事業部門長 兼 コンテンツ事業本部長の小牧次郎氏に話を聞いた。小牧氏とのインタビューは1年ぶりのことになる。前回の記事と比較していただき、どうスカパー!が変わりつつあるかをお考えいただければと思う。

スカパーJSAT 取締役 執行役員専務 メディア事業部門長 兼 コンテンツ事業本部長 小牧次郎氏

地上波と配信の間は「意外と広い」

 NetflixやAmazon Prime VideoなどのSVODサービスはユーザー数を日本でも増やしつつある。一方で、AbemaTVは無料で衛星放送のような多チャンネル放送を行なっており、NTTドコモは「dTVチャンネル」のように、衛星放送に近いチャンネルラインナップでありつつも、低価格な「専門チャンネル型ネット配信」をスタートさせている。スカパー!を包囲するライバルは、どんどん増えている状況に思える。

 では、当の今のスカパー!は、現状をどう認識しているのか。小牧氏に聞くと、意外な答えが返ってきた。

小牧氏(以下敬称略):無料の地上波とOTT(ネット配信)に挟まれた、ものすごく中途半端な位置にある、と言えるかもしれません。

 でもですよ。中庸な位置の良さ、みたいなことをやるしか手はない、と我々は思っているんです。そして、意外とこの範囲が広いかもしれない……という手応えもあります。

 アメリカにしろヨーロッパの諸国にしろ、日本との違いは、「無料の地上波が弱く、有料の多チャンネル放送が強い」ということにあった。Netflixのようなネット配信は、高価だが自由度が低い多チャンネル放送のアンチテーゼという意味合いが強かった。

 だが日本において、この図式は必ずしも成立していない。日本はテレビ放送スタート以降、ずっと「無料の地上波」がもっとも強い存在であり、衛星放送は「一部の人が使うもの」だった。ネット配信が登場しても、「毎月映像にお金を払う人」は劇的には増えていない状況だ。スカパー!から見れば、同じ「毎月映像にお金を払う人」を奪い合う存在ができて、ある意味脅威なのでは……と思う。小牧氏はその見方を認めつつも、また違う側面が出てきた、という捉え方をしている。

小牧:アメリカのように、一時は世帯の9割が有料放送に加入している、という状況に、日本はならないでしょう。すなわち、日本でスカパー!が3,000万世帯が利用するサービスになる、ということは確かに厳しい。

 しかし、僕たちは「数百万の上の方」を目指せばいい、と思っています。「おお、スカパー!、わかってんじゃん」という人々を増やす。すなわち「中庸であるサービスの良さ」「スカパー!は視聴者の気持ちを分かっている」という感覚を持っている人々をどう増やすか、ということが重要です。

 実際の問題、「無料」と「OTT」の“間”がないようには思えないんですよ。

 スカパー! は放送を持っていますから、「伝送遅延が小さい」「輻輳(混雑による画質劣化)がない」、という利点があります。また、事業者目線でいえば、「配信のためのCDNコストがいらない」という点もあります。特に伝送遅延については、OTTと比べられる状況になったので、より違いがはっきりします。数十秒というレベルじゃない。分単位で遅れると、競馬や競輪の中継は成り立ちません。

 一方で、もちろん自由度の問題があります。だからこそ、配信を組み合わせた「スカパー! ハイブリッド」が重要になるんです。放送と通信の合わせ技ができます。

 海外では、単純にCATVや衛星放送を止めるのではなく、支払や契約の配分を見直して、OTTと両方を使い続ける人が大半です。

 確かに、アーリーアダプターはOTTに行くと思います。一方で、輻輳のなさや4Kなどの「高画質」にも行きます。本当の高感度層はトータルで見るもので、どちらかを捨てる、ということではない、と思うのです。

 そもそも、番組の発見機能では、リニアな放送の方がずっと強い。OTTは必ず積極視聴になりますが、消極視聴のリニアの方が、流れっぱなしなので長い時間見る事になり、番組の発見につながります。冬季オリンピックでカーリングが話題になりましたが、カーリングだけでなかなか見ない。「オリンピック」という枠があって、流れているからあれだけの人が見たんです。

 だから、放送とビデオオンデマンド、両方を持っているスカパー!は、中庸で有利な立場にあると思っています。

番組提供者への配分を高める施策で「中身勝負」が出来る体質に

 とはいうものの、消費者から見た場合、スカパー!に明確なメリットがないと、契約の継続や新規契約に至れないものだ。スカパー!としてはどこをメリットとして押し出そうとしているのだろうか? それは広い意味での「コンテンツ」だ。

小牧:有料放送は日本で厳しい……と言われてきたのですが、OTTの登場によって、ある意味で状況が変わってきたと認識しています。そこそこのお金を払う、有料でコンテンツを見ることに対するハードルが下がったと思うのです。特に若い人の抵抗感が低い。「一番動画にお金を払うのは、10代の男性である」という調査も見たことがあるくらいです。

 そこでスカパー!が他社に対して有利になるのは、1チャンネル単位で好きなチャンネルを選んで契約できることであり、「セレクト5」(好きな5チャンネルを選んで、月額1,980円で加入できるパック)があることです。

 我々はOTTほど安くない。番組提供者の方々と交渉の上で決める必要があるので、価格決定権のすべてをスカパー! が持っているわけではないからです。

 一方で、我々から番組提供者の方々への配分額は、OTTよりも多い。だから、番組提供者の方々ががんばるんです。見返りが良くないと、彼らもがんばりません。それには、単価が良くなければどうしようもない。

 特に、「ユーザーの方々に選んでいただく」タイプのチャンネルは多くなっています。過去には「とにかく、有名なチャンネルとセットでもいいからバンドルパックにはいっておけばいい」というイメージの番組提供者もいらっしゃいましたが、変わりつつあります。

 例えば「J SPORTS」などは、ほとんどが単チャンネルでの契約で、そこからの収入が大半のはずです。その方が収益は良くなります。

 チャンネルががんばって「選んでもらう」構造にあることが、スカパー!の強みであり、結果的に「編成」が良くなります。

 編成が良くなり、コンテンツが良くならない限り、結局みんな死んじゃうんですよ。スキニーバンドル(薄い利益でのバンドル型モデル)では、収入が上がりません。奮起すればするほど収入が上がるモデルにすることが重要です。

 小牧氏のコメントには、少し補足説明が必要だろう。

 過去のスカパー!、そしてdTVチャンネルなどは、「数十チャンネルがすべて見られる」ことをウリにしてきた。中には「ディスカバリーチャンネル」「アニマックス」などの、コンテンツ力が強く、加入者の多くが契約するチャンネルもあるが、中にはそこまで魅力のないチャンネルも多い。

 しかしスカパー! は現在、大規模なパックチャンネルよりも、「自分で好きなものだけを選べる」形での契約を推す方向にシフトしてきている。2016年よりスタートした、5チャンネルを好きに選ぶ「セレクト5」はその軸となるプランである。また、野球なら野球、サッカーならサッカー、といったスポーツ単位でのパックを推すのもポイントだ。

 スカパー!は、チャンネルごとの単価でいえば他の類似サービスより割高だが、一方で、「全体価格を抑えやすく」する方法論として、チャンネルのセレクト性を推している。番組提供者の利益を確保し、さらに、彼らへの還元率が高くなる「単チャンネルでのセレクト」を推すことで、結果的に、チャンネル側の収益を高められる構造を作り、「新しい番組と良い編成を作るモチベーション」を高めようとしているわけだ。

小牧:僕らは「いい映画館」「いい書店」にならないといけません。そして、時に「自分で作れる」存在にならないといけない。それを有料で使う人は、確かに全世帯が加入するものではないでしょう。しかし、けっこういるぞ……という手応えがあります。

 OTTのチャンネル型サービスとスカパー!は、いまのところ同じものではないし、配分の少ないものには、番組提供者の方々も本気のものは出しません。つまり副業です。そうした副業感のあるサービスは、販売促進に見えてしまいます。

 同時に、消費者から見た負担感を減らす上で重要な施策が、2017年12月から展開している「スカパー! 新基本パック複数台無料キャンペーン」だ。同キャンペーンは、「スカパー! 新基本パック」を複数台契約した場合の、2台目、3台目の視聴料を期間中無料とするもの(通常は1台につき月額1,836円/税込)。

 家庭内にテレビが複数台あっても負担が増えないことから、90%以上の利用者が「満足」と答える、好評なキャンペーンだ。そのため、実施期間を2018年9月30日まで延長することになった

スカパー! 新基本パック複数台無料キャンペーンが好評

小牧:このキャンペーンに、非常に手ごたえを感じています。スタート後、「スカパー!は高い」と言われることがほとんどなくなりました。実際、販売の数字も出始めています。番組提供者の方々への配分が減ることになりますから、継続には、彼らの理解を得る必要があります。しかし、我々は「ここに答えがあるのでは」と感じています。

コンテンツのヒントは「昔のテレビ」にあり?!

 価格構造を変えた上で、重要になるのがやはり「中身」だ。どんな「編成」「コンテンツ」が重要になってくるのだろうか。「スカパー!らしさ」とはどこになっていくのだろうか? ヒントは「民放の変化」にあった。

小牧:ある意味で「昔のテレビ的なものがある」ことが重要かな、と思っています。OTTのオリジナルコンテンツはすばらしい。どんどん尖ったものが出てきます。一方で、民放との差は開く。その間のスペースはどんどん大きくなるんじゃないか、と思うんです。

 小牧氏は「民放」であるフジテレビ出身だ。もちろん、ここまで日本のテレビ文化を創ってきた民放への自負もリスペクトもある。だが、出てきたのはある意味辛辣な批判だった。

小牧:地上波は成長しました。一方で、色々なデータがとれるようになったことで、7つの地上波のチャンネルは、どれも似てきてしまっています。視聴する層も似ている。

 でもそれは当然です。視聴率などのデータを見て最適化していけば、似てくるのが当たり前なんです。

 一方でスカパー!はそうではない……と小牧氏は主張する。「過去のテレビ的である」という言い方には、2つの側面がある、と筆者は理解した。

 ひとつは、過去に地上波で作られた番組が多く再放送されており「過去のテレビ」がそのままある、ということ。だが、こちらは、新しいオリジナルの作品ほど牽引力を持っていない。

 もっと大きいのは、「新しく作られている番組が、過去のテレビの良かった部分を持っている」という主張だ。そのことが「スカパー!プロ野球パック」から見える、と小牧氏は言う。

小牧:スカパー!でもっとも視聴率の高いオリジナル番組のひとつが、「プロ野球パック」でも見られる「プロ野球ニュース」(フジテレビONEで放送)です。

 これ、見たことがない方からは「昔のプロ野球ニュースの再放送だ」と思われているんですよね(笑)。もちろん違います。毎日、あのプロ野球ニュースのテイストで、新しいものを作って放送しているんです。

 この春からBSスカパー!で放送するオリジナルアニメ「グラゼニ」も、似たところがありますね。いまや地上波では夕方のアニメ枠が絶滅したに近く、昔のように野球マンガをアニメ化するのが難しくなりました。だからこそ、スカパー!でアニメ化するんです。

 プロ野球の黄金期は、ある意味、地上波放送の黄金期と重なる。誰もが地上波でプロ野球を見ていた頃は、誰もが地上波「しか」見ていなかった時代でもあった。その時の香りを残した番組がスカパー!にあることは、尖ったOTTとも違う「おおいなる中庸」といえる。

 一方、変わったこともある。多チャンネルであるがゆえに、専門チャンネルであるがゆえに、地上波より掘り下げることができる、という点だ。

小牧:ファームの試合まで、どんどん中に入っていって放送しています。我々の狙いは「チームとリーグを盛り上げること」です。スタジアムに人々がきてくれないと、そもそも盛り上がりません。なぜブンデスリーガをみて盛り上がれるかといえば、やはり、スタジアムが満員だから、というところはあると思うのです。チームとリーグを盛り上げることができれば、結局は、そのスポーツ全体が盛り上がり、我々の視聴者も増える。

 小牧氏は「これは強調したいのですが」と笑いながら続ける。

小牧:プロ野球は「独占」でなくなっただけで、我々も放送します。独自に色々なことをしています。全試合放送を予定しています(取材は3月12日。3月20日に全試合放送が決定した)。「プロ野球セット」は、毎年よくなっていて、3年間純増が続いており、今年も去年より出足がいいです。

プロ野球は「全試合」を放送

中身を知るためにネット配信を活用、「他社との共存はあり得る世界」

 一方で、ネット配信や地上波との「違い」、新しいコンテンツの価値を知ってもらうことこそ、スカパー!の最大の課題と言える。

 そこで活用するのが「スカパー!ハイブリッド」でもある。

小牧:スカパー!の110度CS放送は、世界で唯一といっていい、「ほとんどのテレビにチューナが入っている」衛星放送です。だからハードルが低い。

 スカパー!ハイブリッドも、そのためにCS110度から始めました。誰もが使って、番組の内容やお勧めの番組を確認できるからです。無料開放日などと組み合わせて、うまくプロモーションしていきます。自社のSTBを使う「スカパー!プレミアムサービス(124度・128度CS放送)」からやった方が開発は楽なのですが、あえてテレビ内蔵の110度CSで、ハイブリッドキャストという、これまであまり活発に使われていない技術を使って実現しました。NHKでハイブリッドキャストを開発した人達も「よくぞ作ってくれた」と言ってくれるのでは、と思っています。データを出すための「dボタン」を、まさかリッチなEPGにしてしまうとは思わなかったでしょう。

 我々としても、メッセージはシンプルです。「スカパー!では、dボタンがEPGになります」と説明すればいいのですから。現状で、目的の半分くらいは達成できています。

 スカパー!ハイブリッドの仕組みは、特許も一切とっていません。他の事業者が同じようなものを作ってもいい、と思っています。極端な話、同じEPGの中に、スカパー!とdTVチャンネルとAbemaTVが並んだっていいと思います。そこで並べば、我々はいい位置にいる、という自信があります。

 もっといえばですね、HDMIで接続するOTT用のスティック型STBの中に「スカパー!オンデマンド」を入れてもらってもいいですし、諸外国のケーブルTVネットワークで行なわれているように、スカパー!のSTBの中にNetflixを入れてもいいです。全然ありな世界で、そこは条件交渉でしかありません。現状では条件があっていないだけで、やらないと決めたことはありません。

 それぞれの中で競争して、いいものはできあがってくればいい。我々はそこで勝つ自信があります。

 若者はradikoで「ラジオ」の価値を再発見しつつありますが、OTTから「テレビ」を再発見してもらってもいいと思うんですよ。「動画共有サイトで見ていたものはテレビの断片だった」と知って、一周回って我々を評価してくれるようになればいいのです。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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