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第383回

「dボタン」で進化する新しいスカパー!。「スカパー!ハイブリッド」の狙いとは?

 昨年12月1日よりスカパー!は、BS/110度CS放送に映像配信サービスを融合した「スカパー! ハイブリッド」というサービスを展開している。「放送と通信の融合」は、この20年何度となく出てきた言葉であり、今も完全に果たされてはいない。

 そんな中スカパー! ハイブリッドは、同社にとっての課題であり、業界の難題でもある「放送と通信の融合」に、真っ正面から取り組んだ意欲的な新サービスでもある。このサービスがどんなものなのか? そして、その狙いはどこにあるの? スカパー! ハイブリッドを担当する、スカパーJSAT株式会社 メディア事業部門 プラットフォーム事業本部 ネット配信推進部長の相良正樹氏に聞いた。

スカパーJSAT株式会社 メディア事業部門 プラットフォーム事業本部 ネット配信推進部長の相良正樹氏

dボタンで起動、放送とネットがテレビで融合

 まずスカパー! ハイブリッドの概要を知るところから始めよう。このサービスは、日本のテレビの中でも上位モデルに搭載が進んでいる「ハイブリッドキャスト」の仕組みを使ったサービスである。利用にはハイブリッドキャストに対応したテレビが必要だが、スカパー!ハイブリッドというサービスを利用するために、追加料金がかかるわけではない。

 対応機種は以下にリストでまとめてみた主要メーカーの新しい機種はおおむね対応しているのがおわかりいただけるだろうか。

スカパー! ハイブリッド対応テレビ

パナソニックVIERA

2015年製品 CX800N、CX800、CX700
2016年製品 DX950、DX850、DX800、DX770、DX750、DX600
2017年製品 EZ1000、EZ950、EX850、EX780、EX750、EX600、ES500
2018年製品 FX750、FX600

シャープAQUOS

2017年製品 UH5、US5ライン

*今後のソフトウェアアップデートで利用可能予定(2018年3月末迄に実施予定)

ソニーBRAVIA

2016年製品 Z9D、X8300D、X7000Dシリーズ
2017年製品 A1、X9500E、X9000E、X8500E、X8000Eシリーズ

東芝REGZA

2017年製品 X910、Z810X、BZ710X、M510X、C310X

*スカパー!ハイブリッドから放送番組の視聴予約・録画予約を利用可能

 ただし、対応の状況はメーカーによって若干異なる。具体的には、東芝のREGZAのみが、スカパー!ハイブリッドからの録画予約・視聴予約に対応している。

 これはどういうことなのか……というところを理解するには、機能を知っておく必要がある。

 多チャンネル放送では、一般的な放送以上にEPGが重要だ。なにをやっているかという情報を知るために、まずEPGボタンを押して番組表を見る……という人も多いはずである。スカパー! ハイブリッドは、簡単に言えばEPGの機能を拡大する仕組みといっていい。スカパー! を視聴中、EPGボタンの代わりに「dボタン」を押すことで起動する。要は高機能なEPG、と思っていただいてかまわない。

dボタンを押すと画面に表示される。お勧め番組やEPGが表示される

 EPGとしては、スカパー! に含まれるチャンネルが統合されたものになっており、自分が契約していて視聴できるチャンネルが自動的に抽出されている。おすすめ番組やチャンネルなども表示されるから、そこから新しい番組との出会いも期待できる。

 従来のEPGと大きく違うのは、各番組に「リッチなサムネイル」が入っていることだ。通常EPGのサムネイルは、番組のジャンルに合わせたものが入る程度。番組の内容に合わせた公式なものが入ることはなかった。放送波ではそこまでの情報を入れることができないし、チャンネルから番組毎に大量のサムネイルを取得することもできないからだ。

 だが、スカパー! ハイブリッドでは、番組に合わせて「公式」のサムネイルが入り、リッチな外見に変わる。

EPGはスカパー!専用のリッチなものに変わり、サムネイルも入る

 通常のEPG同様、今後の放送の予定を確認することができる。それだけでなく、「過去」に戻ることも可能だ。過去7日分・未来7日分のEPGが確認可能だ。もちろん、確認できるだけではない。過去に放送されたものの場合、そこからインターネットを介した「見逃し視聴」が出来る。ドラマやアニメなどのシリーズものなら、そこからの「イッキ見」にも対応している。

「過去」の番組表からは、対応番組の見逃し視聴も可能

 そして「未来」のEPGを見た場合には、当然、録画予約や視聴予約ができる。この辺は、これまでのEPGと同じである。ただし、現状はすべての機種が対応しているわけではなく、東芝のREGZAのみで「予約」が行なえる。

 インターネット配信と放送をEPGという軸で融合させたのがスカパー! ハイブリッドの正体であり、まさに「ハイブリッドサービス」だ。

「たくさんの人が無料ですぐ使える」を評価してハイブリッドキャストを選択

 スカパー! ハイブリッドのベースとなっているハイブリッドキャストは、一般社団法人 IPTVフォーラムが規定した、テレビ放送とインターネットを融合させる仕組みだ。いわゆるデータ放送を高度化したものであり、ベースはHTML5だ。放送によってURLを含む基本的な情報を送り、コンテンツの中身はインターネットから取得することで、データ放送よりもずっと高度なインタラクティビティが実現できる。日本の放送・ネット連携の事実上の標準規格であり、だからこそ、多くの機種にすでに搭載されている。だがこれまではNHKなどが一部の放送で利用してきたが、広く活用されている、とは言えない状況だ。実際、対応機種を持っていても意識したことはない、という人は多いのではないだろうか。

 実のところ、「多数の製品に搭載済み」であるにも関わらず「さほど重視されてこなかった」ことが最大の問題であり、スカパー!ハイブリッドにも大きく影響を及ぼしている。録画予約に対応できているのがREGZAだけ、というのもこれが理由だし、今はdボタンを押してからスカパー! ハイブリッドが起動するまでの時間も機種によってまちまちだ。製品によっては十秒以上かかるものもあり、使いづらい部分もある。

 それでも、スカパー! は新機軸のサービスの基盤にハイブリッドキャストを選んだ。その理由を相良さんは次のように説明する。

相良氏(以下敬称略):放送と通信の融合を楽しんでいただくには、「普及の台数」が重要です。ハイブリッドキャストに対応した製品は、2017年末には770万台あります。これが2020年末には、2,350万台になると予想されています。専用のSTBを作れば、より弊社側でコントロールの効いたサービスを作ることはできます。しかしこの段階では、テレビの中に「すでにある機能」でやっていける手軽さが重要、と考えました。全国一律でdボタンを押せば、110度CSを使い、どこからでも統一のサービスを受けられるのが、放送のいいところだと考えます。

 その上で、「録画」できることも重要です。ハイブリッドキャストからの番組予約や録画機能との連携については、今回のIPTVフォーラムの規定に追加してもらっています。現状は、対応しているのは東芝のテレビのみですが……。

 ハイブリッドキャストはすばらしい技術なのですが、これまでは、具体的にどこが良いのか、可能性をなかなか形にしてこられなかった部分があります。だからそこ、各メーカーも、「テレビを売るための機能」と思っていたかというと……ご想像通りの部分があります。今もdボタンを押してからブラウザーの起動時間(ハイブリッドキャストを実現するためのHTML5対応ブラウザーが起動し、機能が使えるようになるまでの時間)も、メーカーによって異なるのが実情です。

 しかし今回の取り組みの中では、メーカーの積極性が、変わってきました。全体が積極的に取り組んでいただけています。統一規格としてハイブリッドキャストがあり、搭載されているのであれば、それをフル活用して楽しんでいただく形を採るのがいい、と考えたんです。

「スカパー!を純粋に楽しんでもらう」ためにハイブリッド化

 現時点では、ハイブリッドキャストを使うことには技術上のリスクがある。それでも、できるだけ多くの人が使えるものとして選び、スカパー!ハイブリッドを作ったことには、もちろん大きな理由がある。

相良:スカパー!は、放送とOTT(インターネットベースの映像配信)、2つのプラットフォームを有しているユニークな存在です。その両者を融合させ、お客様にコンテンツ、スカパー!をただただ、楽しんでいただくためにはどうしたらいいだろう、と考えました。

 リニア(放送)には、「出会いと発見」があります。なんとなくつけていたチャンネルなら面白い番組に出会うことは多いですから。そのため、EPGをUIの第一においています。EPGというのは、「編成」という至上のレコメンドがつまったシートです。EPGは我々が慣れ親しんでいる形ですし、見る側にストレスもありません。

 そこから、放送の良さ・通信の良さ、スカパーを楽しみつくしてもらう形はどれなんだろうという発想なんです。

 以前から色々と検討は続けてきました。数年前にも考えてはいましたが、思っただけではできませんでした。市販のテレビだけではできなかったです。

 今、弊社にはネット配信の「スカパー!オンデマンド」があります。契約をウェブで行なう仕組みもあります。結果として、それらを組み合わせることで、テレビさえあれば使えるものを作れるようになりました。トータルな視聴体験をお届けできる入り口に立ったところです。

 スカパー!にはVODである「スカパー!オンデマンド」があり、ウェブで契約を完結する仕組みもある。だが、これまではそれらはウェブの上に別れており、放送とは別に存在した。テレビで放送を見ているだけの人には縁遠く、積極的にサービスを使おうという人にも、「テレビ」という快適な環境との差が大きく、やはり利用が進みづらかった。

 新しく生まれたネット配信は、シンプルなサービスだけに使い勝手がいい。スカパー!はこれまでサービスを「積み上げてきた」結果、その間がつながっておらず、有効に活かせていなかった。衛星放送であるがゆえに、チャンネル契約には若干の面倒もつきまとっている。

 スカパー!ハイブリッドは、そうした部分にメスを入れるためのサービスだ。EPGという軸を使い、これまではバラバラに存在していた「オンデマンド視聴」と「契約」をテレビの中にうまく「ハイブリッド化」することで、同社が持っている要素を再構成する狙いがあったのだ。

スカパー!ハイブリッドからは、チャンネルの契約なども簡単に行える。「無料開放」日に体験し、視聴するなどの導線として有効だ

技術的難点はあれど、「ネットの美点」を放送の中に

 もちろん、現状にはまだ問題もある。すでに述べたように、テレビによってハイブリッドキャストへの対応レベルは異なっており、使い勝手が良くない機種もある。例えばソニーのBRAVIAでは、dボタンを押した後に「無反応な時間」が十数秒続いた後、やっとスカパー!ハイブリッドが立ち上がる。これは、BRAVIAがハイブリッドキャストの使い勝手を重視しておらず、機能遷移のUI構築に問題があるからだ。おそらく、他機種にも大なり小なり厳しい点はある。だが、それらの問題はユーザーから見れば「スカパー!ハイブリッドの問題」に見えてしまい、サービス上不利である。それらの改善は、一部はテレビのソフトウエアアップデートで行なえるだろうが、おそらく大半は「新機種からの改善」になる。

 また、見逃し視聴などが可能になったとはいえ、全チャンネル・全番組が見れるわけではない。現状、番組表からの再生(放送視聴)に対応しているのは37チャンネルで、そのうち、見逃し視聴対応のチャンネルは12チャンネル(2月1日時点)しかない。また、全番組が見逃し対応しているのも、「釣りビジョン」だけとなっている。この点はスカパー!側も問題と認識しており、「継続して話し合いを続けている」(相良氏)という。

見逃し視聴対応チャンネル一覧

・釣りビジョン
・BBC World
・スカサカ!
・スカイA
・GAORA SPORTS
・フジテレビ ONE
・フジテレビ TWO
・フジテレビ NEXT
・キッズステーション
・FOX
・ナショナル ジオグラフィック
・BSスカパー!

 ネットの側に多くの価値を寄せた機能を作り、放送の「安定」「録画」といった部分は活かす仕組みを作ることがスカパー! にとって急務だったのも、また事実だろう。チャンネル契約やオンデマンド視聴への導線ができれば、コンテンツの力はもっと活用できる。見逃し視聴はいうまでもなく、特に有効活用できそうなのが、毎月第一日曜日に行なわれる「スカパー! 無料開放の日」だ。これまでは単に無料で見られるだけで、いいと思ったチャンネルを追加契約するための仕組みにはなっていなかった。だが、スカパー! ハイブリッドで簡単に契約の見直しやオンデマンド視聴ができるようになれば、話は変わってくるだろう。この点にはスカパー! 側も大いに期待を寄せている。

 そして、ネット側に価値を持つことのもうひとつの意味は、利用者の動向を見つつ、細かく日々改善ができる、ということだ。昨年12月1日からスタートしたが、すでに多数の改善が行なわれている。コンテンツの追加や押し出し方の変更など、より利用者の目線に立った改善で、良いサービスになっていくことを期待できる。

 常に改善する、というスピード感は、現在のネット配信が持つ美点そのものだ。それを「放送」という軸も持つスカパー!が採り入れていくことは、ユーザーにとって価値のあることのはずである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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