西田宗千佳のRandomTracking
第388回:
「毎日ちがう“なにか”がある」。TBS、WOWOW、日経らの映像配信「Paravi」
2018年3月20日 08:15
4月1日から、新しい動画配信プラットフォームがスタートする。その名は「Paravi」。TBS・日本経済新聞・テレビ東京・WOWOWに加え、電通、博報堂DYメディアパートナーズの6社が共同で設立したプラットフォームだ。月額925円での定額制サービスを軸に、6社のもつコンテンツが見られる映像配信としてスタートする。
日本で定額制映像配信(SVOD)ビジネスが立ち上がり始めたのは、2015年のことだ。以降、加入者の伸びは「そこそこ」なレベルに留まっているが、コンテンツの量は圧倒的に増え、サービスの充実は目覚ましい。もはや「あってあたりまえ」の存在になったのは間違いない。
あれから3年が経過した。Paraviはなぜこの時期に立ち上がるのだろうか? そして、彼らの狙いは、コンテンツはどういったものになるのだろうか? Paraviを運営する、プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(PPJ)の高綱康裕社長に聞いた。
視聴者の姿を知るには「プラットフォーム」が必要
冒頭で述べたように、PPJは6社の協同出資による会社だ。高綱社長はTBS出身であり、社員も各社から集まって構成されている。
そもそもの狙いはなんだろうか?
高綱社長(以下敬称略):まずはTBS出身としてお話しますが……。「テレビのコンテンツの価値を最大化するにはどうしたらいいのか」ということです。
テレビのコンテンツは、60年くらいの中で培われてきて、クオリティが高い。ドラマにしても、録画を含めた総合視聴率だと20%を超えるものも多い状況です。
一方で、様々な社会的な動きの中で、テレビコンテンツがうまく消費者に届かなくなっている。これがいわゆる「テレビ離れ」だと思っています。そこにはビジネスモデルの部分もあります。民放はリアルタイム視聴での広告収入によって成り立っていますが、リアルタイムでお茶の間で、というモデル自体に、ある種の行き詰まりがあります。
そう考えた時に、ひとつの選択肢として配信を加え、皆様にテレビのコンテンツを届けることはできないか……というのが、発想の発端です。
一方、「テレビのコンテンツ」は、もはやテレビ「放送」だけで見れるものではない。映像配信に提供されるのが基本になりつつある。無料の「見逃し配信」もあれば、有料かつ一本単位で提供される場合もある。TBSの例でいえば、「TBSオンデマンド」事業で、多くのドラマが配信されるようになっている。「配信で見てもらう」だけなら、自分達でプラットフォームを作る必要はない。だが、6社はあえて、他社よりも3年遅れでも、プラットフォームを構築するという選択をした。
理由は「データ」にあった。
高綱:プラットフォームを持つということは、視聴データ・ログを持つということです。コンテンツだけを他社に提供する形だと、どういう人間がいつ見たのか、という情報はまったくとれません。そもそもテレビ放送は「投げっぱなし」で、誰が見ているかわかりませんでした。
視聴者・生活者にコンテンツが届きにくくなっている今、データを蓄積し、それをビジネスに活かすことが重要です。ですから、そのためにも伝送路を持たなくてはなりません。
1社でやるよりは、コンテンツプロバイダを多数集めて立ち上げた方がいい、ということで今回の6社が集まりました。無料モデルの「TVer」ですでに見逃し配信をやっており、この流れを汲んで一緒に、ということも模索はしたのですが、今回はこの6社です。
放送とは共存、テレビ局3社のコンテンツ+オリジナルで「毎日違う姿」を
テレビ局が運営するプラットフォーム、ということになると、テレビ「放送」とのバッティングも想定される。同じテレビというデバイスの中で視聴できることになると、リアルタイム視聴をするはずの顧客を奪うコトになりかねないからだ。だが、高綱社長はその競合については「否定しないが重視しない」姿勢を採る。
高綱:まずは4月から、スマホ・タブレット・テレビにも対応します。基本的な方針は「オールデバイス」です。
「テレビ」というデバイスに対応することになると、おっしゃる通り、「テレビ局」としては、放送との競合を考える方もいます。しかし、共存できる、という考え方はあるはずです。事実、見逃し視聴によって、リアルタイム視聴に回帰する動きはあります。例えば「逃げるは恥だが役に立つ」の場合、完全にそのサイクルが機能していました。
現在だと、5話の段階で存在に気付いても、TVerでは最新の1話だけが見られます。それ以前の回は見られないわけです。そこでTBSオンデマンドで視聴していただければいいのですが、検索して不法な動画サイトに行って見る方もいます。そうした行動を野放しにするわけにはいきません。ですから、まずは見られるようにすることが重要です。
いまや可処分時間は取り合いであり、なにをやっても競合はでます。いかに協力し合うかが重要だと考えます。
なにより重要な点がある。プラットフォームを立ち上げたい、というのはあくまで事業者側の事情だ。消費者側にメリットがないと意味がない。まず重要なのは「コンテンツのラインナップ」だろう。Paraviは、自身の価値をどう定義しようとしているのだろうか。
高綱:月額課金で925円という価格は、やはり「1,000円の壁」があるだろう、と考え、検討の上に決定した価格です。それでも確かに、「無料」の地上波が強い日本では、相当なハードルだとは思っています。
現在検討中の方針ではありますが、動画配信だけをサービスと考えると、結局は「見たいコンテンツがある時だけ見る」サービスになります。価値を感じていただくには、見たいものが特に無いときでも、毎日アクセスしてもらえるような環境をどう作るかが重要です。
ですからそこで、複数のメディアが集まって作るプラットフォームをいかに訴求するか、ということが肝要だと思うのです。
TBS・テレビ東京・WOWOWのコンテンツを足していくと、国内ドラマのラインナップでは最大級になります。これはもちろん、一つの目玉です。どれだけ各社のコンテンツが集まるかは、各社の考え方次第の部分はあります。WOWOWさんには(自社会員向けのオンデマンドサービスである)WOWOWメンバーズオンデマンドがありますので、Paraviに出すものは戦略的に考えておられるでしょう。テレビ東京さんも自社で色々やられていますから、そことの棲み分けは考えられるでしょう。それはTBSも同じです。しかし、「権利処理ができているものは出していただきたい」、とはお願いしています。少なくともTBSには「最優先に」とお願いしています。
費用が許せばオリジナルを作りたい、と思っていますし、作る準備もしています。4月には、独占配信として、ヒットドラマ「SPEC」の続編である「SICK'S 恕乃抄」をParaviで独占配信します。この他、制作会社と組んで作るものや、ヒット作のスピンオフ作品を含め、4月のサービス開始と同時に出てくる予定です。
コンテンツとしてはバラエティも入れたいのですが、こちらは、動画配信を戦略に組み込んでいるプロダクションもあり、交渉が必要な領域です。まずはコンテンツプロバイダであるTBSおよびテレビ東京にお願いし、出していただく交渉を進めていくことになるでしょう。
日経には日経BPを含め、テキストメディアがあります。そこでなにを打ち出していけるかを考えたいです。テキスト的アプローチという意味では、TBSラジオやラジオ日経のコンテンツの「書き起こし」もやっていきます。
また、SVODがベースのビジネスになりますが、都度課金(TVOD)型の配信や、ライブ配信も行なえるようにしたい。例えば、ラジオの番組のイベントをライブ配信したり、といった形です。
「毎日来てくれれば、必ずなにかがある。」
そんなサービスになるようにします。
オウンドメディアを使って「キュレーション」展開
コンテンツをラインナップするだけでなく、Paraviとしては、導線設計としてユニークな施策を検討中である、と高綱社長は言う。それが「オウンドメディア」を含めた戦略だ。
高綱:実際の体験設計はこれからの部分もありますが、Paraviでは、サービスの外側に無料のオウンドメディアを作ります。そこで、Paraviの中になにがあるのか、無料で発信していくこともできるのでは、と思います。
サービスの中には機能として「レコメンド」も付けますが、比較的ざっくりとしたものになります。考え方として、「コンテンツの発見」を重視したいんです。機械に言われると反発するところもあるのではないか、と思いますので、キュレーター的なことができないか、と。製作側が影響を受けたアーカイブを見せるような形はどうでしょうか。口コミであったり、キュレーターからのお勧めであったりを大切にしたいんです。
オウンドメディアを横にくっつけながら展開することで、オウンドメディアでの記事を活かして、コンテンツをお勧めしていければ、と思います。
もちろん、顧客動線として一番大きいのは、各局の最新ドラマ・バラエティからの流入です。株主メディアの方々には、導線をつくっていただけるよう、ご協力をお願いしています。
サービスは現在、同社内でβテスト中だ。UIを含めた詳細はまだ公開されていないが、高綱社長は「面白い風景も見えてきている」という。
高綱:例えば、TBSの「下町ロケット」とWOWOWの「下町ロケット」が並んでいる。これはなかなか他で見れない風景です。このように、他ではあまり見ない光景が並ぶことになると思います。
確かに重要なのは、いかに「Paraviの中に、多くのコンテンツがあるか」を知ってもらうことだろう。テレビという巨大なメディアの力を活かすという意味では、すでに日本テレビが「Hulu」を展開している。それとの違いをどう見せるのか、そして、活発なオリジナルコンテンツ展開を行なっている外資系サービスに対し、「こちらも元気である」ことをどうし示すのか。まずはそこが重要だ。
その上で示せる違いがあるとすれば、2つの「下町ロケット」のような「テレビ局の枠を超えたあり方」をどれだけわかりやすく、多くの人に示せるか、ということではないだろうか。