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第456回

ソニーの高収益は「最終ユーザーを常に意識する」ことから生まれる。吉田社長単独インタビュー

今年のソニーは、CESで様々な技術的提案を行なっている。製品も並んではいるものの、フォーカスしているのは、どちらかといえば「テクノロジーでどう課題を解決するのか」という話に近い。その象徴といえるのが、サプライズ発表となった独自の試作電気自動車「VISION-S」だ。

CES開催前日のプレスカンファレンスでは、今年も吉田社長がプレゼンターを務めた
プレスカンファレンスで発表された「VISION-S」

ソニーはこうした発表に、どんな戦略を込めたのだろうか? 吉田憲一郎社長に狙いを聞いた。

なお、製品戦略については別途、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ・高木一郎社長にインタビューをしている。また、プロトタイプ・カーである「VISION-S」開発に関する経緯やイメージセンサー事業についても、事業責任者のインタビューを行なっている。今後そちらの掲載も予定しているので、少々お待ちいただきたい。

「ソニーだけではできない」時代の情報公開と展示会のあり方とは

今年のソニーの発表で、もっとも大きな驚きは、自ら開発したプロトタイプ・カーである「VISION-S」を発表したことだ。

VISION-Sは会場でも注目の的。写真撮影をする人の列が途切れなかった

ソニーは2014年に自動車に使われるセンサーに関する事業への参入を発表し、各社への採用を心がけてきた。2018年のCESでは、担当者のインタビューもお届けしている。

そうしたセンサーはトヨタなどに採用が進みつつあるが、ソニーのイメージセンサー事業の主軸はいまだスマートフォン向け。ソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士社長は、「自動車を含めたセンサー向けの比率は、現状は数%。アプリケーション(用途)が育ってきていない」と話す。

VISION-Sは「ソニーの技術が自動車にどう使えるのか」を示すため、自ら開発したショーケースといえる。

その他の展示も、決して「商品」がダイレクトに中心にはなっていなかった。ライトフィールドを使った裸眼による3Dディスプレイ、Crystal LEDを使った「バーチャルセット」システム、イメージ認識を使った卓球のリアルタイム認識など、「ソニーの技術で出来ること」の展示が多かった印象だ。

Crystal LEDを使った「バーチャルセット」システム。一見単に「ゴーストバスターズの車」が展示されているように見えるが、実はユニークな発表。背景はCrystal LEDのディスプレイで、そこに3Dで背景を表示している。カメラの位置にあわせて表示も自然に変わる。これによって「バーチャルセット」を実現し、ポストプロセス合成を使わず、低コストにリアルな映像を撮影できる
今回初公開された、「ライトフィールドディスプレイ」。いわゆる裸眼立体視ディスプレイだが、非常にリアルでどこからでも自然に、疲れも感じずに3D映像を見られる。視線を上部のセンサーで感知し、それに合わせて映像生成することで実現
スポーツ中継向けに、5G対応のXperiaと業務用カメラを組み合わせて、どこからでも高画質映像を伝送するソリューション
展示された数少ない最終製品。テレビである「BRAVIA」は、8Kモデルを拡張し、4Kまで全ラインナップで「X1 Ultimate」を採用した
360 Reality Audioは今年から本格展開。ソニーブランドの単体スピーカーやサウンドバーも登場する

ソニーは「家電」という最終製品の会社であると同時に、イメージセンサーなどを他社に供給する会社でもある。製品よりもこうした「技術」「ソリューション」的なものの展示が目立つということは、ソニーという会社が大きく変わってきた印なのだろうか。

また、こうしたものは過去、ソニーはあまり表に出してこなかった。しかし、吉田社長就任後、「IR Day」「Technology Day」(AV Watchにも詳細な記事が掲載されている)などのイベントも開催し、情報を製品化の前に「外に出す」ようになってきた印象も受ける。今回のCESの展示は、そうした傾向を反映してのものだ。

どういう検討の結果、「ソニーの展示」は変わってきたのだろうか? 吉田社長は次のように説明する。

吉田社長(以下敬称略):私はCFO(最高財務責任者)を4年やり、その前にはインターネットプロバイダー(So-net事業)の社長を9年やりました。その過程でやってきたのは「開示を増やす」ということです。正直、仕事が増えていくのでしんどいことです。しかし、会社としてはその方が良くなる、と思っています。

おっしゃる通りで、ソニーは過去「出来るまでは隠す」文化だったと思います。しかし、もはや見せる方がいい。昨年のTechnology Dayでは特にそれを意識しました。

というのは、もはやどんな事業でも「一人ではできない」からです。自動車の事業がその最たるものですが、あらゆることを1社・垂直統合でできる時代ではない。だから、見せた方がいい。

VISION-S発表の際には、開発に協力した多くの企業の名前も挙げられた。こうした協力態勢がなければ、製品作りは難しい

吉田:とはいえ、そこで重要なことがあります。

勝本(徹氏。ソニー・R&D担当常務)や清水(照士氏。ソニーセミコンダクタソリューションズ社長)とも話しているのは、「とはいえ、『得意技』は必要、重要だよね」ということです。得意技があるところの回りに仲間を集めたいし、得意技があるから集まっていただける。

弊社はセンシングを強みとしていますから、センシングのところに集めたい。今回の展示も、それを考えてのものです。

では、その得意技の「センシング」でどう稼ごうと考えているのか? 吉田社長は次のようにビジョンを説明する。

吉田:AIの進化は様々な場所で大きな影響を生み出していますが、特に画像認識の領域の進化は特に速い。5年・10年のスパンで考えても、イメージセンサーやセンシングデバイスから得られる画像の処理は重要です。

用途は色々考えられます。

自動車やコンテンツクリエーションにももちろん使えます。一方、B2B向けですが、産業機械への導入にもチャンスがある、と考えています。今は事前に数値情報を入力して、コンピュータで制御する「NC(Numerical Control)」が中心です。しかしそれを計算でやるよりも、画像認識でやった方が速くなっていく可能性が高いです。そうなると、産業機械向けのセンサー事業が伸びる可能性がある。弊社は「リアルタイム処理」に強みを持っていますから、そこはアピールしたいと思っています。

こうした新事業領域の開拓は難しいものだ。時間もコストもかかる。しかし吉田社長は、その点でブレーキを踏むつもりはないようだ。

吉田:トライアルはどんどんやった方がいいと思っています。

もちろん失敗するものもありますが、失敗することはマイナスではない。もはや「いろいろやってみたほうが絶対いい」と思っています。

現在は社内で「できるだけ社外の方々と話した方がいい」と、促しています。そこにはたくさん学びがありますし、結果的に我々が貢献できる部分はたくさんあるはずです。

B2Bだが重要なのは「最終ユーザー」。最終ユーザーを見失うと高収益は生まれない

ここまで解説してきたように、ソニーは新たな事業領域として、センサーなど「他の企業に販売する」ビジネスを拡大しようとしている。また、発表展示にコンシューマ向け製品が少ないことから、「ソニーもB2Bへのシフトを強めるのか」という印象を抱きがちだ。実際、筆者もそう感じた。

B2Bへの注力なのか、という点を問うと、「B2BかB2Cかという議論がいいのか、難しい」と吉田社長は答えた。

吉田:例えば、音楽事業。コンシューマに大きく関わるものです。ただ、現在は、CDを販売することから、SpotifyやApple Music、LINE MUSICなどにカタログをライセンスするビジネスモデルに変わっています。これは典型的な「B2B」ですよね。しかしそれが「人に近くないのか」と言われるとそうではない。実際のリスニングデータはリアルタイムで見て、クリエイターとコンシューマの間を近づけようとしています。このような観点で、我々は「人に近づく」ことを目的としています。

センサーも、「外界を向いている」ものです。人に向いていて、目に近く、人に近い。まあこれは、言葉遊び的と言われるかもしれませんが。

そうした部分で、我々にできることを考えていこうとしています。

どんな事業でも、重要なのは「最終ユーザーを見ていなければいけない」ということです。

家電にしても、厳密にいえば、我々にとっては「B2B」。売る相手は主に、量販店など、ディーラーさんですので。ディーラーさんでのセルアウト(販売状況)を見ることも重要ですが、社内でよく言っているのは「我々の製品がどう使われているのか」が大事。きちんと把握しておかねばならない、ということです。

その点を外してしまうと、最終ユーザーを見ていないと、おそらく「高収益」にはなりません。

これはすなわち、ソニーがどこに売ったものであれ、「最終的には多くの人々に受容される」形にならないといけない、ということだ。ゲーム機のように、ストレートにたくさん売れるものはわかりやすい。一方、映画用カメラは高価で、数は売れない。しかし、その映画用カメラを使って撮影された作品を「多数の人が見る」ビジネスにならないと、そもそも高価なカメラは買ってもらえない。最終的に「その製品の影響を受ける人、利益を享受する人が多いものにする」ことは、コンシューマ向け機器であっても、企業向け機器であっても変わらない……というメッセージだ。

製造投資は「ウエハーベース」に集中。R&Dは「失敗を恐れずアクセルを」

ソニーはエンターテインメントなどだけでなく、半導体と技術開発を軸にした企業でもある。一方で、半導体やR&Dについても、投資判断は難しい。ディスプレイデバイスやイメージセンサーなどの事業は、成功すれば実入りが大きいものの、受注・生産が滞ると急速に財務体質を圧迫する。「キーデバイスを持たないと勝てない」と言われる一方で、キーデバイスの生産自体がリスクになることは、ここ20年の日本企業の浮沈を見れば明らかである。ソニーは、この点にどう対処しようとしているのだろうか?

吉田:投資の中には、すでに手放したものもありますよね。例えば、ケミカル事業はそうです。PC事業やバッテリー事業も止めました。

PCは、在庫が積み上がった時には財務的に厳しかったですが、全体では大きなキャピタル(資本)を必要としたわけではありません。一方で、バッテリー事業は本当に大きなキャピタルを必要としていました。ですから、事業領域を絞る形で、ここまでアップデートしてきたのです。

すでに情報も公開していますが、一時は、スマートフォン向けの「カメラモジュール」もやろうとしていました。イメージセンサーに近い領域の事業なので、やるべきだと考えたんです。しかし、収益性が厳しく、撤退しました(※:撤退は2016年)。その減損だけで800億円かかり、投資家のみなさんからは相当お叱りも受けましたが、実はあそこで大きくリソースを食われていて、大きな負担だったんです。ですから、止めておいて良かったと思っています。あの判断で大きく救われたんです。

やはり我々は、今後もウエハーベース(半導体プロセスによる製造)のものに絞っていきます。例えば、ビューファインダーに使われているマイクロOLEDの技術はシリコンベースですよね。そういう部分に基本、絞っていきます。

その上でも、投資は難しいです。

いま、ロジック(※CPUやGPUなど演算処理を伴う部分)では100%外部のファウンドリー(半導体製造会社)を使っていますが、その組み合わせとやりくり、需要のブレなどの判断は、イメージセンサーの部分だけでも大変です。

ただ、R&Dについては「もう少し冒険してもいいかな」と。R&Dでのチャレンジのマイナスはそんなにない、と思っているんです。

というのは、例えば7nmプロセスへの半導体の投資、という話になれば、まさにもう「生きるか死ぬか」という判断になってしまうんですけれど、我々の担当領域、例えばロボットをやってみるとか、そういうことはやはりやった方がいい。仮に失敗したとしても学ぶことも必ずあります。だからできるだけチャレンジはしていきたいと思っています。

「サステナビリティ対策」がなければもはや良い人材も集まらない!

特にソニーは、AIを含めた部分での投資を加速している。過去と大きく違うのは、傘下にあるR&Dのための組織である「ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)」の力をちゃんと活用するようになったことだ。ほんの数年前まで、ソニーCSLの研究は話題にはなるものの、あまりソニーの事業に活かされていなかったような印象を受けた。だが現在は、AIを中心にソニーCSLを積極活用しているし、ソニーCSLの北野宏明所長は、ソニーのコーポレートエクゼクティブとして、AI戦略などに大きくかかわっている。この変化も大きい。

吉田:CSLのいいところは、研究開発内容のソーシャルインパクトが非常に大きい、ということです。そこは弊社としても特に大事にしている部分です。

また人材という意味で、ソニー本体やソニーCSLに良い人々を集めるために行なっていることとして、吉田社長は意外なことを口にした。

吉田:良い人材を集めるという意味では、企業としての「環境対策への姿勢」がきわめて重要になってきています。もはや企業は、サステナビリティを意識しなければ生き残れません。そして、そこをおろそかにするとそもそも良い人材が来てくれないんですよ。優秀な人ほど、そうした部分での意識が高い。だから企業としては、自らの生き残りのためにも、人材確保のためにも、環境対策にどうアドレスするか、ということが非常に重要になっているんです。

「日本企業は海外企業に比べ、良い人材に対する投資額が少ない」と言われる。だが、吉田社長の指摘は、そもそも投資だけでなく企業としての姿勢も問われている、ということであり、非常に興味深い。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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