西田宗千佳のRandomTracking
第457回
8Kはユーザーに響いているのか? ソニーが見る「TV」「ヘッドフォン」「3Dオーディオ」市場の今
2020年1月10日 11:39
ソニー・吉田憲一郎社長のインタビューに続き、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ・高木一郎社長のインタビューをお届けする。吉田氏にはソニー全体の戦略を聞いたが、高木氏には、自身の責任領域であるコンシューマAV機器を中心にうかがっていく。
CESのプレスカンファレンスでは、商品にフォーカスした発表が行なわれなくなっている。今年のソニーの発表もそうだった。だが、ソニーにとってコンシューマ・エレクトロニクスが主軸事業であることに変わりはなく、テレビやワイヤレスヘッドフォン、オーディオなどで、ライバルとの競争も激化している。
2019年はソニーのエレクトロニクス事業にとってどんな年だったのか? そして、2020年は各地域でどういう製品をアピールしていくのか? そうした点を聞いた。
8Kは「期待ほど認知されていない」、8Kを進めつつ「4Kをやり切る」ことも重要
2019年、日本、そして世界の家電業界はどうだったのか? 高木氏は以下のような分析をしている。
高木社長(以下敬称略):世界全体と比較すると、日本は好調だったと言えます。消費税増税の関係から、駆け込み需要も多かった。2%ではありますが、お客様の動きは想像以上にありました。販売店側で、そのタイミングを活かそう、という努力をした効果もありますが。一方、その反動で年末に反動はありました。こうした動きは、高級家電、テレビだけでなく冷蔵庫や洗濯機などにも現れていたようです。
AV製品については、やはり2019年度、という観点でいえば、好調です。特に大きいのがワイヤレスヘッドフォン。弊社もがんばっていますが、弊社以外も商品群が充実してきて、活況を呈しています。
海外に目を向けると、若干厳しい状況も見えてくる。トレンドとして気になるのは「中国と8K」の関係だ。2019年、「中国では8Kが伸びる」と言われていた。実際、パネルメーカーも8Kパネルの増産に動いた。2020年のCESで8K製品が増えているのは、その影響という側面がある。一方、それがちゃんと市場を構成できたのかというと、また話は別であるようだ。
高木:中国市場で、通商摩擦の影響もあって高額製品の伸び悩みが目立ちました。
特に8K。「中国では8Kが」という期待があったのですが、市場を実際に見ると広がってはいない。完全にブレーキがかかっている状況です。
理由はやはり、コンテンツがないことです。4Kですらコンテンツ不足と言われているに、8Kはずっと厳しい。そのためアップコンバート技術がキーワードとして注目されますが、それでどこまで解像度の良さがアピールできるのか? 一般の人々に良さを訴求できている状況ではないです。
すでに述べたように、CES会場では8K製品が増えた。ソニーも8Kテレビのラインナップを増やしている。だが、販売の責任者として、「8Kが一般の人々に良さを訴求できていない」という点については「中国以外の市場も同じだ」と高木氏は指摘する。
高木:市場にはまだまったく響いていないです。
技術の進化として4Kの次が8Kというのは自明で、8Kの解像感・臨場感が、次の目指すべき領域であるのは間違いありません。しかし、それが一般のお客様に、「今」どこまで響いているのか? 認知されているのか?
弊社は画質・音質の良さを訴求しているメーカーですから、もちろん、8Kはラインナップを増やしますし、積極的にやっていきます。しかし、商売としての潮流は依然「4K」です。バランスをきちんと考えていきたいとは考えています。
そもそも今でも、4Kをまだ掘り尽くしてもいない状況です。どこまで4Kでできるのか、それを追求するのもメーカーの責任です。ネット配信の充実で4K・HDRも身近になってきましたが、それでも4Kネイティブのコンテンツは、全体ではまだ数%といったところです。彼らとも協力し、シナジーを追求していきます。また4Kの場合、ハイフレームレートの方向性もあります。
今年のCESでは、テレビではさらに薄型化・大型化が進展している。8Kもその流れのなかにあるものだ。会場では、サムスンが発表した「ベゼルレス」テレビが注目を集めている。こうした動きについては、次のようにコメントしている。
高木:サムスンがベゼルレスをやってきたことは承知しています。一方で、弊社は「音」を付加価値にしたいと考えています。今回は「Sound-from-Picture Reality」という、ベゼルをツイーターとして使う機能を搭載しました。これによって、絵と音の定位が近くなります。絵と音のバランスによる臨場感を追求したいと考えています。
なお、高木氏のいう「ハイフレームレート(4K/120Hz)」と「Sound-from-Picture Reality」は、今回発表された第2世代8K液晶テレビ「Z8H」で実現されている。
「1000X」シリーズのヒットで好調のヘッドフォン、しかし欧米市場攻略はまだ途上
高木氏が「2019年好調だった製品」としてあげたワイヤレスヘッドフォンは、特に現在、ソニーが世界的に注力している製品領域だ。日本でも2019年に多数の製品が発売され、その中で、トップブランドのアップルとソニーが競争を繰り広げたことは記憶に新しい。
高木:ヘッドフォンについては、おかげさまで日本・アジアではシェアがとれています。それは「ソニー」というブランドがアクティブだからです。
しかし、欧米についてはまだまだやれていない。日本にいると「やれるんじゃないか」と思われるかも知れませんが、過去にブランド価値が大きく下がってしまった関係で、認知が低い。Beats(アップル)・ボーズに比べるとまだまだマイナーです。
それでも、数年前に比べれば3倍・5倍という量になってきました。それは、ヘッドフォン市場が「低価格で聞ければいい」ものから、音質を求めるものに変わってきたからです。
これは率直に言って、アップルの影響。「Thanks to Apple」、という部分があります。一気にワイヤレスヘッドフォンが花開き、業界全体にとって非常にいい効果が現れています。もちろん、「iPhoneにはAirPods」という図式はあるのですが、Androidにもワイヤレスヘッドフォンの市場はあります。
その中でソニーはどう戦うのか? やはりポイントは「音質」という付加価値だ。
高木:現在は、ワイヤレスヘッドフォン向けのプラットフォームが出来上がっていて、付加価値のないものならどこでも作れます。日本にも、メーカー名がわからないようなものが出てきている。そしてそれらも、そこそこな音は出てしまう。
ですが、ヘッドフォンは耳に入れるもの。装着感と最終的な音質が重要になってきます。そこはアナログ的な価値ですから、差が出ます。「ソニーのものはちょっと違うな」と思っていただけるよう、認知を広げていきます。
先ほど言及があったように、ソニーのヘッドフォン事業の課題は「海外」、特に欧米だ。過去に比べ数倍の規模にはなったというが、高木氏は「まだ満足できる結果ではない」と話す。
高木:欧米でのヘッドホン市場でのシェアは、まだ2倍・3倍伸ばせます。まあ、まだ伸ばせるくらい小さい、ということです。
ここ数年でようやくいい製品が出来てきて、支持を広げられるようになりました。特に伸びているのは、ハイエンドの「1000Xシリーズ」です。どうやってここを全世界的に伸ばしていくかが課題です。
ヘッドフォンには低価格・中級・ハイエンドと市場があり、特に1000Xが属する高級からミッドハイの領域は、価格を下げたからといって販売数量が伸びるような領域でもありません。そして、3万円を超えるヘッドホンで戦えるメーカーの数は限られている。そこでしっかりと戦っていきたいです。
「体験」の違いで広がる3Dオーディオ。「ユーザーの導入速度はハイレゾより速い」
オーディオという意味では、ソニーが現在力を入れているのが、自社で開発した3Dオーディオ技術である「360 Reality Audio」だ。昨年末、アマゾンの「Echo Studio」に搭載されてビジネス展開がスタートしたが、今年はソニー自身も本格的な商品展開を行なう。CESのソニーブースでも、積極的なデモンストレーションが行なわれていた。
高木:弊社の戦略としては、オーディオ業界・音楽業界を活性化したい、ということが軸です。
これまでも「ハイレゾ」をやってきましたが、360 Reality Audioは、それとはまた軸が違います。実感・体感型の音楽として、新しい領域・業界を作っていこうとしています。
3Dは映像でも一時期ありましたが、酔いや違和感などもあって結局普及しなかった。ですが音楽での3Dは、そうした生理的な問題がありません。音によって脳味噌の中で空間を作り上げることを技術的にサポートする、この領域はおもしろいな、と感じています。
どれだけ広がるかは、結局コンテンツとハードの普及次第。ドルビーも3Dオーディオをはじめていますが、弊社の特徴として、上下への広がり、特に低音中心の体験向上をしっかりとできる、という点が大きい。また、耳を撮影して個人に最適化する、スマホ連携も重要です。差異化は十分に可能です。
現在、最初のサブスクライバーの状況が見えたところですが、同じ期間で比較すると、ハイレゾを超えて広がりを見せています。ハイレゾはちゃんと環境を整えられる、マニアの方から広がった部分がありますが、3Dオーディオは少し違う、異質な伸び方をしている状況です。
ただ、どちらにしても普及には時間がもう少しかかるでしょう。現状、コンテンツもようやく1,000タイトルを超えたところです。弊社も積極的に進めていきます。