西田宗千佳のRandomTracking
第460回
日本の音楽サブスク現状、ブレイクへの秘策はあるのか。LINE MUSIC高橋COOに聞く
2020年2月18日 07:00
1月20日に、LINE MUSICはサービスをリニューアルした。目玉は独自のフリーミアムモデルを採用し、LINE MUSICで再生できるすべての楽曲(約6,000万曲)について、無料ユーザーであっても、楽曲の一部でなくフルで聴けるようになったことだ。
・LINE MUSIC、無料で全5,900万曲を広告なし&フル再生できる大胆刷新
後ほど解説するが、もちろん制約はある。それでも、この施策は支持された。2月10日、LINE MUSICはリニューアルから2週間(1月20日~2月3日)で、無料によるフル視聴が行なわれた回数が1,000万回を超えたと発表した(注:既に2月17日時点で2,000万回を突破したとの追加報告があった)。
・LINE MUSIC、無料フル視聴対応後2週間で1,000万回再生。無許諾アプリに対策
この施策はどのような発想で生まれたものなのだろうか? その背景には、同社が持つ「ストリーミング・ミュージック市場への危機感」がある。
LINE MUSIC 取締役COOの高橋明彦氏に聞いた。
新フリーミアム導入で「毎月1回、全曲フルに聴ける」サービスに
まず、LINE MUSICがどんなサービスかおさらいしておこう。
サービス開始は2015年6月。当時は、「AWA」や「Apple Music」などが相次いでサービスを開始し、海外からは遅れたものの、日本でも「ストリーミング・ミュージック元年」となった。なお、Spotifyは翌年の2016年に日本参入を果たしている。
LINE MUSICは、誰でも使える無料版と、制約のない「プレミアムプラン」(月額960円)に大きく分かれている。さらに「学割」が用意されており、有料プランであっても、月額480円(プレミアム)で楽しめる。
無料プランは、基本的に「1楽曲30秒まで」の制約が付いたお試し的な役割を担ってきたが、今回のリニューアルにより、制約が非常に軽いものになった。
まず、どの楽曲でも、毎月1回は「時間制限なし」でフルに聴けるようになった。2回目以降は1楽曲30秒まで、に戻るが、月が変わるとこの制限は「リフレッシュ」され、またフルに聴けるようになる。
無料でフルに楽曲を聴けるサービスとしてはSpotifyの「Free」がある。こちらは楽曲がフルに聴ける。だが、Spotifyの場合、スマホの場合には「広告つき・シャッフルモードのみ」の再生で、好きな楽曲を選んで聴くのは難しい。PCやタブレットからは好きな楽曲を選んで聴けるものの、最大15時間まで、という制約がある。
スマホから好きな曲を選んで聴きたい時に聴ける、という意味では、LINE MUSICの方が使いやすい部分がある。また、LINEの無料通話の「着うた」を設定する機能や、LINEのプロフィールに好きな楽曲の30秒間を設定する「My BGM」など、LINEと連携した機能が多いのが特徴である。
大手海外勢と互角に戦うLINE MUSICの特殊性
現状、日本のサブスクリプション・ミュージック・サービスについて、正確なシェア統計は公開されていない。海外事業者を含め、サービス利用者数を公開していない企業が多いためだ。サービス利用者全体の数も、把握している人は少ないのではないか。
LINE MUSIC・高橋COOは、「弊社から見た肌感ではありますが」という前提で、「日本全体で、サブスクリプション・ミュージックを有料で利用している人々の数は、700万から800万ユーザーくらいではないか」と説明する(注:Amazonプライム会員向けのPrime Musicを除いた場合)。
LINE MUSICは現状、「若者を中心に有料ユーザーが200万人まで成長し、おかげさまで日本第2位のポジションまでこれている」と高橋COOは言う。
このことからは、LINE MUSICは世界的に見ても、非常に特異な位置にいるのが分かる。
世界市場では、SpotifyやApple Musicが市場を席巻しており、それ以外に、その地域でサブスクリプション以前からサービスを展開している事業者が戦っているようなイメージだ。グローバルなプラットフォーマーに対して戦いを挑んでちゃんとシェアがとれている事業者の方が珍しいのである。
LINEという日本で強いプラットフォームがあり、それを活かして5年間やってきた成果、といってもいい。
「伸びているがブレイクしない」日本のサブスクへの危機感
だが、高橋COOは、この状況を良しとはしていない。むしろ強く危機感を感じている、という。
高橋COO(以下敬称略):弊社も、毎年前年比50%以上ユーザー数が成長しています。
でもですね、ぶっちゃけて言ってしまえば「成長が一定」なんです。ストリーミング・ミュージック、サブスクリプションサービスには力があり、諸外国で見られるように、もっとぐぐぐっと、一気に伸びていく力があるのに、そうなっていない。
なぜそうなのか? 「日本は物理的なディスクビジネスが強いから」という言い方はできるだろう。だが一方、日本と同様に「ディスクが強い市場」と言われてきたドイツでは、2016年頃から爆発的にストリーミング市場が伸びて、2018年上半期にはCDを抜いた。それに対して日本は、ストリーミング市場は物理メディアによる音楽市場の2割強しかない(2018年度・日本レコード協会のデータに基づく)。
なぜ日本ではストリーミング市場がブレイクしないのか? LINEでは2018年に20万人規模の調査を行ない、その原因を調査した。
高橋:「若者の可処分所得がなくなった」という説を唱える人がいますが、私は是としていないです。なぜなら、LINE MUSICのユーザーは50%近くが若者層。学割の利用者も多く、しっかりとお金を払って使っていただいています。
他国のサブスクリプション利用者を見ると、若年層は低くて30代・40代という所得に余裕がある層が多く、「サブスクリプションは年齢層高め」と言われてきたのですが、少なくともLINE MUSICは違う。若い層はお金が無いからサブスクに入らない、というのは否定できると思います。
ではなにが問題なのか? まず挙げられるのは「楽曲のラインナップ」だ。
最近になってようやく大物アーティストの楽曲も提供されるようになり、「サブスクリプションは曲が少ない」とはいえなくなってきたものの、日本では「サブスクリプション」の開始が他国より遅れたし、スタート時点での提供楽曲数も少なかった。権利者がサブスクリプションへの危機感をもっていたからだ。
高橋:曲がないことによる「ガッカリ期」の影響は大きかったと思います。2015年・16年にサービスがスタートした、祭りの時期に「なんだよ、あの曲もこの曲も無いのかよ」と言われました。そういうガッカリ体験が、1,000万人規模であったのは根深いと思います。やっと一昨年くらいから楽曲が増えて、価値が出てきましたが、それまでのネガティブな風評や体験の影響は残っています。
ユーザーを「無料」に留めた「無許諾アプリ」と「YouTube」の矛盾
もちろん、有料プランの利用が進まなかったことには、別の理由も考えられる。「『Music FM』的な無許諾アプリが長く存在していたことの影響はあるでしょう」と高橋COOも言う。
LINEが「LINEリサーチ」を使い、2018年10月に、「スマホで音楽を聴くならなにを使うのか?(回答は1つのみ選択)」というアンケートを行なっている。22万8,613人から得た結果によると、11%が「無許諾アプリ」を使っていた。ここでいう無許諾アプリとは、正式な許諾を得ることなく楽曲が聴ける形になっているアプリのこと。「Music FM」はその代表格だ。同じ調査においてストリーミング・サービスは16%の利用に留まっており、無許諾アプリによって無料で聴けてしまったことによって、大きな機会損失が生まれていたことがわかる。
ただし実際には、より大きな「競合」があった。
高橋:やっぱり、YouTubeの存在が無視できないと思っています。「YouTubeでは音楽MVが無料で聴ける」というフリー体験が、ここ10年間存在し続けたことが大きいです。
外部に発表はしていませんが、5年前のスタート時から、配信楽曲のラインナップ調査を続けています。オリコンのリストから、物理メディア・ダウンロード、それにYouTube・他サブスクリプション・自社のと、楽曲がどれだけ並んでいるかをみてきたんです。
スタート時点で、オリコンのリストを100とすると、大手海外サブスクリプションサービスが55で、弊社も同じく55、というところでした。
それに対し、YouTubeは「95」。正式に許諾契約を取っているサブスクよりも無料のYouTubeの方がラインナップが揃っていたんです。
先ほど挙げたLINEの調査では、実に34%が音楽を聴くのにYouTubeをメインで使っていた。無料かつ楽曲も多いということになると、ユーザーもなかなか「有料のサブスクリプション」にはなびかない。これが「ガッカリ期」と言われたものの正体でもある。
日本市場が特殊である歴史的背景とは
なぜこのような構造が起きたのか? それを理解するには、日本と海外の状況の違いを理解する必要がある。
YouTubeに公式・非公式な楽曲がアップロードされるのは、それが「プロモーション」になるからだ。もちろん、YouTubeから得られる広告収入の存在感は見逃せない。
だが、海外においては、YouTubeも含め「無料での配信から得られる広告収入」はそこまで大きくない、と評価されていた。
(Napsterなどの流行によりCD市場が崩壊したこともあり)初期からダウンロードやサブスクに多くの楽曲が提供され、2013年頃までには、Spotifyなどで「無料+広告」モデルのストリーミング市場が先に成立していた。YouTubeの収益化も、日本より先に進んでいたのが実情だ。
その一方で、広告からの収益は小さい。2014年11月、当時ソニー・エンタテインメントのCEOを務めていたマイケル・リントン氏は、「無料配信で有料と同じ売上を実現するには、7倍の再生量が必要」とコメントしている。そのため音楽業界は、自らの収益強化とアーティストへの還元のため、有料のストリーミング・サービスへの移行を強く進めていた。2015年にスタートしたApple Musicに無料プランがないのも、こうした背景に基づく。
日本の場合、こうした事情を見据えた上で、大きな売上が残っているCD市場を守りながら、ストリーミング市場への許諾を進めることとなったため、無料サービスに対する風当たりは強かった。Spotifyが他のサービスより1年以上遅れてスタートしたのも、Spotifyに「無料プラン」があったため、と言われている。LINE MUSICの無料試聴が「30秒まで」という制限付きでスタートしたのも、そうでないと許諾を得るのが難しかった、という事情がある。
一方で、YouTubeには多くの楽曲が公式にアップロードされていった。楽曲配信に比べ「プロモーション」は、音楽レーベル社内の仕組み的に許諾がしやすい性質がある。そのため、「収益になる可能性のある有料ストリーミング・サービスには許諾が降りず、YouTubeには楽曲が用意される」というねじれが生まれた。
プロモーションは重要だが、有料のサブスクリプションサービスを充実させたい事業者としては、なかなか難しい相手になる。
日本市場では「レコメンド」も「シェア」も求められていない?!
海外では、現在もYouTubeに無料の楽曲がある。だが、日本と違い、有料のストリーミング・ミュージックはユーザーを確保できている。その理由としては一般的に、「サブスクリプションならではの体験」が挙げられることが多い。
サブスクリプションには多数の楽曲があり、そのほとんどは当然、利用者の知らない楽曲だ。日々新曲も追加される。
そこで重要と言われるのが「レコメンド」と「プレイリスト」による楽曲の発見機能だ。知らない曲だとしてもその人が好きであろうタイプの曲を示すことで、いちいちYouTubeで聴くよりも便利な環境を提供することで差別化している。その有用性は、YouTube自身が「YouTube Music」として展開しはじめた有料サービスが、まさにそうした機能を差別化点としていることからも証明できる。
ただし、それは海外での話だ。高橋COOは、リサーチからの感触として「日本市場の特殊性」を挙げる。
高橋:日本人の音楽視聴の傾向として、「好きなアーティストの曲を繰り返し聴く」というものがあります。
これはサービスからの統計で分かっているのですが、一番使われるのは「マイページ」。要は自分のお気に入りソングを保存したライブラリです。プレイリストの中でも、自分に親和性のあるもの、気に入ったものを記録して聴いているのが明白です。次に多いのが、過去の再生履歴。そして「ランキング」です。
一方、レコメンドに代表する「ディスカバリー」系の機能は利用率が低い。海外とは明らかに傾向が違います。海外の場合、圧倒的に見られているのは「ディスカバリー」です。
でもこれは、レコメンデーションの精度が低いから、ではないです。
日本人は「曲じゃなく“人”につく」。自分が好きなアーティストの曲しか聴かない傾向にあり、ディスカバリーへの興味が低い。本当はキラーな機能なのに、日本人はそんなに新しい楽曲の発見に重きを置いていないようです。ディスカバリー系機能については、コアなミュージックファンしか価値を感じられていないのが実情。
別な言い方をすれば、「食べ放題の店に入りたいわけではない」んです。
アメリカなどではウケた「ラジオ型」のストリーミング・サービスが日本でウケないのも、同じ理由です。新しい曲をどんどん聴きたいわけではない。
もうひとつ、特殊性として挙げられるのが「音楽ではソーシャルをあまり使わないこと」だ。これを高橋COOは「LINEとしての当初の見込みのズレ」とも説明する。
高橋:LINE MUSICは元々、「LINEというソーシャルメディアを使い、友人の間で音楽をシェアしあう」姿を想像していました。しかし、この機能は想像していたようには使われず、思ったほどの効果を得られませんでした。
調べた結論としては、「日本人は音楽をソーシャルにシェアしない」。音楽は、日本人にとっては個人的な趣味すぎるようです。シェアすることは、「趣味の押しつけ」のように見えてしまう。要は「ドヤるな」と。
海外では積極的に、自分が聴いている曲やプレイリストが日々シェアされているのですが。
こういうと、「でもバズってヒットした曲もある」と思う人もいるだろう。そこが微妙なところだ。
高橋:バズにまでなると、違ってくるんです。「みんなが聴いている」、「共通のネタになる」という免罪符、とも言えますが。要は、個人の音楽性を前に出すのはどこか恥ずかしいこと、と捉えられているようです。
とはいいつつ、LINE MUSICのもつ「ソーシャル的機能」の中でも、例外的に使われているものもある、という。
高橋:そんな状況の中でも大きく成功したのは、LINEプロフィールへのBGM設定機能です。これは、現在800万から1,000万人のユーザーが使ってくれています(注:無料でも利用可能であるため、ユーザーの裾野は有料サブスクリプションサービスより広い)。
これは「バッジ」のようなものとして機能した、と思われます。プロフィールはいい塩梅で「自分の趣味を出してもいい場所」と捉えられているようです。アーティストや曲を設定しておいても、「あ、あれ好きなんだ」的な感じでも友達と会話が広がる。ここには手応えを感じています。
危機感はあるが悲観せず、「いまこそ勝負」の時
結果として、日本ではまだ「機能面で差別化した有料のストリーミング市場」が定着しておらず、大きなブレイクを果たせていない。
高橋:すでに、聴きたいと言われる曲の9割以上はラインナップされている状況になりました。改めて、この改善された楽曲ラインナップの凄さを体験して欲しいのですが、6,000万曲を超える価値は、正しく認知されていません。
この状態でも「響かない」のは、やはり正しく認知されていないからでしょう。何回調査しても、「ストリーミングはよくわからない」という人が6割もいる。この理由が言葉の問題なのかサービスの定義の問題なのか、まだどうにも腹落ちしていません。
結果として、「日本でストリーミング市場がブレイクしない理由は単純ではなく多層的である」ということになるのですが。
高橋COOは状況に危機感を抱いているが、悲観しているわけではない。
高橋:「もう伸びないだろう」と悲観している人たちもいますが、我々はそう思っていません。現状、多くの人がサブスクサービスを「過去にその事業者のサービスを使っていたから」などの消極的な理由で選んでいるという調査結果もあります。ならば、我々は積極的に選んでもらえるサービスになることが重要です。
求めるのは「まったく違う価値」作り。サブスクを超えたサブスクを作らないとブレイクポイントは一生来ない。そこで重要なのは、「品揃えでもレコメンドでもないぞ」と思っています。
ここで話が冒頭に戻る。
ブレイクのために必要と考えている施策のひとつが、今回の無料フル再生だ。独自のフリーミアムモデルを導入したのは、無許諾アプリやYouTubeに対抗するための施策でもある。
「はっきりいって大きなチャレンジの部分があります。まさに鼻血を出しながらやるようなものですから」と高橋COOは笑う。なぜなら、フリーミアムでユーザーには「無料」となっているが、聴かれている分の楽曲利用料はLINE MUSICが支払っているからだ。
高橋:我々はオンデマンドにこだわります。一曲ずつお試しでフルに再生できるようにするのは、CD販売店などで「興味のある曲をその場ですぐに聴く」感覚を再現し、その楽曲の良さをフルで感じていただきたいからです。
そうすると、少なくともサブスクリプションサービスに触れる人が増えます。無料体験も積極的にやります。 そうすることで、1度ガッカリ期を体験してしまった人に対しても「いまはフリーだから気軽に使ってみてよ」と再利用のハードルを下げることができます。
月に⼀回、再生制限を元に戻す「リフレッシュ」の概念を入れたのも、タッチポイントを増やすためです。使ってもらえれば使ってもらえるほど、サブスクの価値を感じてもらえると思うんです。すべて日本のサブスクをもっともっと盛り上げるため、ですね。
その上で、LINEならではの部分ももちろん強化します。プロフィールのBGM設定がヒットしたのはいいヒントでしたから、その先にもっと音楽を楽しんでもらう可能性がある、と思っています。
一方、こうした施策をレーベルと交渉できたのも、「今だから」という部分があるんです。5年前だったら⾨前払いだったでしょう。我々は、日本のサブスクの可能性と価値を信じています。今は勝負をかける良いタイミングだと考えています。
今の時点では明かすのを控えておくが、取材中のディスカッションの中で、高橋COOの口からは、色々な新しいサービスの可能性も語られている。「いかに驚きがあって、いままでのサブスクリプションサービスになかったモノを作るか」を、LINE MUSICは模索している。
今回のリニューアルは、その第一歩なのだ。