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第459回

ソニーがなぜクルマ? イメージセンサーと自動車の担当者が語る「多眼化&大型化」の流れ

ソニーはCESで、一部記者向けにラウンドテーブル形式での質疑応答を行なうのが通例となっている。過去には社長がその役割を担うこともあったが、近年は特に同社が推したい事業・記者から解説を求められている事業について、事業責任者を招いて説明する会となってきている。

今年、同社が設けたのはイメージセンサー事業を中心とした「半導体事業」と、CESで突如発表した「自動車」に関するラウンドテーブルだった。

ソニーがCESで発表した、自社製のコンセプトEV「VISION-S」

ソニー・イメージング&センシング・ソリューション事業担当 常務でソニーセミコンダクタソリューションズ社長の清水照士氏と、ソニー・AIロボティクスビジネス担当 執行役員の川西泉氏に聞いた。

ソニー・イメージング&センシング・ソリューション事業担当 常務でソニーセミコンダクタソリューションズ社長の清水照士氏
ソニー・AIロボティクスビジネス担当 執行役員の川西泉氏

'25年までにシェア6割を目指す、多眼化・大型化はソニーに追い風

現在のソニーを支える事業のひとつの柱、特に技術・製造面での軸が、イメージセンサーを中心とした半導体事業にあることは明白だ。

過去、同社の半導体事業は、ゲーム向けのLSIに支えられていた。PlayStation 2およびPlayStation 3世代など、自社ゲーム機向けの半導体製造が大半を占めていた。現在は生産を他社委託していることもあり、ゲーム事業の好調とは裏腹に、ゲーム向けの収益はほぼない。その減少分を埋めて余りある成長を見せたのがイメージセンサー向けだ。2018年にゲーム向けで最盛期だった時期の売り上げを抜き、'19年も大幅な伸びを示している。

ソニー・半導体事業(イメージング&センシング・ソリューション領域)の売り上げ推移。自社ニーズを中心としたゲーム向けから、スマホ向けを中心としたイメージセンサーへと軸足を移して成長している

ほとんどのハイエンドスマートフォンがソニーのセンサーを使っており、スマホの販売量減速が伝えられる今も、メーカーの間で「取り合い」に近い状態が続いている。

ソニーの調べでは、現在の金額シェアは51%。これを同社は、2025年までに60%まで引き上げようとしている。

ソニー製センサーのスマホ市場での金額シェアは51%。これを2025年までに60%に引き上げる計画だ

清水常務は「需要の逼迫状態は当面続く」と見ている。

清水常務(以下敬称略):弊社としても、計画よりも上乗せ・上乗せで生産し、前倒しでやってはいます。しかし、想定よりも市場での、センサーの大判化・多眼化の流れが早かったのは事実です。特にセンサーが大きくなった反面、生産キャパシティが提供できない部分がありました。

では、そうした流れはどのくらい強いのか? 清水常務は「多眼化率は年15%、センサーの大型化は、年平均20%拡大している」と話す。スマホに搭載されるカメラの数は増え続けており、搭載されるセンサーのサイズも大きくなっている。スマホの差別化という点で、多眼化とセンサーの大型化によるカメラ画質の改善は当面続く。その結果、ソニーに対するセンサーのニーズは高くなり、単価も上がり、同社センサー事業の収益拡大に貢献する、という流れだ。問題は、いつまでその流れが続くのか、ということだ。

現在、スマホは年率15%の割合で多眼化が進み、同様に年率20%でセンサーの大型化が進んでいる。これはどちらもソニーには追い風だ

清水:おそらく、2023年・24年までは、今のペースでニーズが大きくなると読んでいます。多眼化については、今は一番多くカメラを搭載している機種は「7つ」だと認識していますが、すでに平均で2を超えます。それが毎年コンマいくつか増えてきています。

ただ、今後も数は増えるものの、「2つが1つにならないか」とは思っています。そういう技術革新はあり得ます。

「スマホ向け1億画素」にソニーは懐疑的

一方、スマホ向けのセンサーとしては、サムスンが「1億画素」を超えるものを開発し、シャオミなどに供給を始めている。スマホのセンサーが「画素競争」になっていくのであれば、ソニーは先を行かれていることになる。ここへの対策はどう考えているのだろうか?

清水:1億画素への対策についてですが……、常に高画質の映像を出すことを考えると、あまりに画素数にこだわりすぎると、むしろ画質を損なう可能性があります。単体のデジカメ向けセンサーの市場でも「画素競争」が起きましたが、そのピクセルサイズの小ささから、画質の面では不具合が生じた。結果、適切なピクセルサイズのものへと、一旦落ち着いた経緯があります。

一方、一眼レフではより高画素なものが出てきていますが、こちらはそもそもセンサーサイズがかなり異なる。

スマホでは適切なセンサーサイズのものを使いつつ、一つのセンサーで、動画性能も上げていかなくてはなりません。ですから、画素数の多さにこだわるつもりはありません。

1億画素までやらない理由は、2つあります。

ひとつは、レンズの技術が伴わないこと。小さなレンズで、小さな画素に対し、全体に適切な光を集めることを考えると、今の形が適切です。画素も小さくしながら、レンズの精度も上げていく必要があります。

もうひとつが動画性能です。あまりピクセルサイズが小さくなると、感度を保った上で動画性能を維持するのが難しいです。

ただし、チップサイズは大きくなる傾向にありますから、それに従い画素数が増える可能性はあります。

進化の先には、「有機光電変換膜」のような、有機素材、プラスチック素材を使った、まったく新しいセンサーはあり得ます。しかしそれは、まだ10年くらい先の話になるでしょう。

筆者はラウンドテーブル終了後、清水常務に「ToFセンサー」の可能性について訊ねた。ToFとは「Time of Flight」の略で、光が戻ってくる時間を活用し、物体までの距離を測り、周囲の立体構造を把握するために使われるセンサーだ。イメージセンサー技術の活用例として有望であり、今後スマホに搭載が広がるとみられている。

清水:ToFは有望です。実は以前は「これはなにに使えばいいのか」と聞かれることが多かったのですが、ゲームメーカーなどに供給し、彼らが実用例を見せることで、そこから応用を考える人々が増えています。ですからやはり積極的に「顧客に見せて、その情報をさらに他の顧客とも共有する」ことが重要だと考えています。

ソニーが自動車「VISION-S」を開発

今年のCESにおいて、ソニーの話題といえば、彼らが独自に開発した自動車である「VISON-S」だった。

VISION-Sは会場でも人気。写真撮影をする人の列が絶えなかった

VISION-Sは33のセンサーを内蔵し、内部には巨大なディスプレイが搭載されている。センサーから得た情報で自動運転・安全運転補助を行なうだけでなく、自動車内での動画・音楽視聴などにも特化した作りになっている。特に前側のシートには、ソニーのオブジェクトオーディオ技術「360 Reality Audio」に対応したスピーカーが組み込まれており、360度音に包まれた体験ができる。ドライブレコーダーで録画した映像に音楽をつけて「エンタメ的」に保存しておく、という変わった機能もある。

VISION-Sのフロントグリル。中央部にLEDが仕込まれており、ドアをあけるとドライバーの方へと光が回っていく仕掛けになっている
ドアをあけたところ。内部には大型のディスプレイが
スマホはVISION-Sのカギ代わりになっており、アプリからドアを開けられる。そして、誰が運転するかも指定し、設定を変えられる
ドライバーシートに座ってみた。目の前はすべてディスプレイ。左右のカーブミラーも、バックミラーもカメラ+ディスプレイで実現されている
ドライブレコーダーで撮影した映像は、音楽をつけて「エンタメ」的に保存しておける
もちろん、映画などを見ることも可能
後部座席から。後部座席にもそれぞれディスプレイがあり、映画などを楽しめる

そもそも、ソニーはなぜ「自動車」を作ったのか? 担当役員である、川西泉氏は次のように説明する。

川西:車メーカーに対してソニーになにができるか、自動車の進化についてソニーがどう貢献できるのかを狙ったものです。

モバイルというビジネスは大きなインパクトを持っていましたが、次の変化は「モビリティ」です。センサー、AVを取り込んで、モビリティの中でソニーのユーザー体験を提示できるのではないか、と考えています。EV(電気自動車)は自動車にとっての変革期です。ITの観点でモビリティも進化すると考えると、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転も含めて、継続進化できるのではないかと思っています。今回は、その第一弾のプロトタイプをお見せした形です。

これは、2年前にソニーが打ち出した「セーフティコクーン」という自動車向けセンサー技術構想を先に進めたものだ。

セーフティコクーンの概要。VISION-Sには進化版が搭載されていて、4つの方向性でセンサーが使われている

VISION-Sは形だけのEVではなく、ちゃんと走行する。CESのプレスカンファレンスでも走ってステージに入ってきたし、高速運転も可能だという。現状、保安上の条件を満たしていないので公道を走ることはできないが、2020年中には日米欧でナンバーを取得しての公道走行を目指す。

これによって、ソニーが自動車会社になるのか、というとそうではない。「市販するつもりはまったくない」と川西氏も話す。

川西:あくまで実験車両です。車の進化のステップを検討している、技術開発の段階です。別に(EVの)OEMになりたいわけではないです。

ただし、量産車・市販車レベルのシステム設計はしています。現時点で安全基準は満たしていないため公道走行はできませんが、日米欧で認可を受けようとは思っています。

ソニーの技術をどこに集約したらいいのか、インテグレーションする方法を考えました。やはり、モビリティについて使える技術は多いです。特に、安心安全、キャビン内のモニタリングなどに可能性があります。すでに低速走行に問題はないのですが、やはり、アウトバーンを時速180kmで走らせた時のことは、実際に走らせてみないとわからないんですよ。そういう意味でも、実際の車を作ることで、フィードバックがやりやすくなります。

要はソニーがVISION-Sでやろうとしていることは、「ITとセンサーを軸にした自動車作りをすると、どんなことができるのか」というテストケースを作ろうとしているのだ。川西氏は「徹底的にソフトウェアアップデート可能な作りにしている」と話す。

ソニーは2014年のCESで、自動車向けセンサー市場への参入を発表している。それから6年、トヨタなどの一部車種にソニー製センサーは使われているが、まだその利用範囲は限られている。一方で、同社は中長期的に自動車などのセンサーに向けた事業を成長領域と見積もっているものの、短期的に急速に伸びる、という想定もしていない。

ソニーの今後のセンサー出荷イメージ。スマホ向けイメージセンサーが主軸ではあるものの、自動車を中心とした、それ以外の「センサー用途」のカメラ出荷の増加を想定している

そこで、ソニーができることをつぎ込み、自動車業界と議論をする土台を作った上でニーズを拡大したい、というのが、彼らがVISION-Sを開発した狙いだ。

川西:車はパーソナルな空間です。キャビンの中での楽しみ、居心地は重要なこと。360 Reality Audioの搭載を含め、新しいユーザー体験を提供したいと考えています。

ソニーはウォークマンで「移動中に音楽を持ち出すと、体験ができるか」ということを提示しました。モビリティは、移動を伴う行為。だからある意味、ウォークマンがやったことと同じような考え方ですね。

その上で前提となるのは、安心して乗れる車でないといけない、ということ。(既存の車よりも)この車の方が安心安全である、という形を目指しています。自動運転技術についても、いわゆるレベル4以上の搭載を目指しており、すでにレベル2+は実現しています。

またセンシング技術は、自動車の乗り心地にも大きくプラスに働きます。例えば、サスペンションコントロール。車自体の動き、快適性を追求することにも、センシング技術は活用できます。自動車には、色々なところで先端デバイスが使える可能性があるんです。

VISION-Sには33のセンサーが搭載されています。しかし、この数には、別に根拠はないです。本当は、乗せられるのであればいくらでも乗せたいんです。

ただ、外観に違和感のないものにすることも重要でした。現在LiDARは3カ所に搭載されていますが、本当は全周囲に乗せたい。やっぱり、ルーフの上に飛び出て乗っているのはかっこ悪いじゃないですか。本当はまだできるはずです。

自動車作りは「家電のモノ作り」に通じる

VISION-Sはソニーが独自に開発したEVではあるが、ソニーだけで作れたわけではない。車体メーカーのマグナ・シュタイアなど10社の協力を得て開発したものだ。

VISION-Sの開発には、マグナ・シュタイアを含め10社の協力を得ている

川西:今回スポーツクーペを開発した理由は、それが一番難しい車種だからです。同じ車台でSUVを作るのであれば、もっと高さなどに余裕があるので作りやすい。一番大変なところにチャレンジしたかった、というところでしょうか。

今回はデザインに注力したのですが、そこでも学びがありました。改めてデザインしてわかったのは、「デザインと機能は密接している」ということです。自分達はかっこいいとおもっても、機能として考えるとダメだったり。

開発がスタートしたのは、2年前の1月です。この月にaiboを発売し、その発売数日後に、工場のインフラを見学してきました。そこで、「やれるんじゃないか」という感触を得て、春から企画検討をスタートし、それから2年弱……というところでしょうか。具体的な開発は1年、シミュレーションもやって現在に至ります。だいたい、20カ月ですかね。開発チームの人数をお教えすることはできませんが、正直、「驚くほど少ない」です。

我々にとっても、バッテリーやモーターは異質の技術です。そこでは、自分達の希望するスペックを入れ込んではいますが、汎用部品をつかっています。

物づくりの観点でいうと、それが自動車であっても、結局は、我々がやってきた商品作り・モノ作りに近い部分があるな、と思いましたね。開発過程においてはこれまでの家電にかなり近い。

例えば、マグナ・シュタイアといっしょに開発をしたのですが、まずお互い業界用語が違うので戸惑います。しかしつきつめていくと、結局は同じような思想で考えていたことに気付きます。表現は違いますが、同じマインドセットがあったんです。

そういう意味では、スタートアップ的な企業が自動車作りを始めるのと、元々「モノ作り」の会社が作るのは違うんじゃないか、と思います。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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