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第552回

「テレビはまだ大型になる」 REGZA開発陣ロングインタビュー

左から商品戦略本部 商品企画部 シニア プロダクト プロデューサーの槇本修二氏、営業本部 ブランド統括マネージャーの本村裕史氏、R&Dセンター 半導体開発ラボ グループ長の山内日美生氏、先行技術開発担当 参事の中邨賢治氏

今年も、REGZA開発チームへのロングインタビューをお届けする。

現時点で、同社は今年向けのハイエンドモデルを発表済みだ。より高画質・より大画面を目指したもの、と考えていい。

REGZAが高画質を目指すのはある意味必然なのだが、特に今年は「大画面」の訴求が目立つ。同社は現在の日本市場をどう捉え、どう攻めようとしているのだろうか?

昨年以降同社の国内シェアは拡大しており、基本的には好調だ。その中で感じる危機感とはなにか? その辺を聞いてみた。

今回ご対応いただいたのは、TVS REGZA株式会社・営業本部 ブランド統括マネージャーの本村裕史氏、R&Dセンター 半導体開発ラボ グループ長の山内日美生氏、先行技術開発担当 参事の中邨賢治氏、商品戦略本部 商品企画部 シニア プロダクト プロデューサーの槇本修二氏の4名だ。

今年のREGZAは「大画面シフト」、ネット動画が牽引役

まず、発表・発売済みのハイエンドREGZAをおさらいしておこう。

最上位モデルは有機ELの「X9900M」。ミリ波レーダーを搭載し、人のいる場所を確認して画質や音質を調整する。

X9900Mシリーズ

次に4K+ミニLEDバックライト採用の「Z970M」。こちらにもミリ波レーダーを搭載している。

「Z970M」シリーズ

最後に、やはりミニLED採用ながら、Z970Mより若干価格を抑えた「Z870M」シリーズ。

「Z870M」シリーズ

それぞれの機種について、詳細なスペックは記事でご確認いただければと思う。

今回の製品で目立つのは「大型製品重視」ということ。X9900Mは55・65・77型、Z870Mは55・65・75型、Z970Mは65・75・85での展開となっている。結果としてこれらのモデルは、どれも価格はかなり高めだ。

なぜ今回、REGZAは大型重視になったのだろう? 外野の勝手な予測として「単価が重要」なのだろうとは思う。

一方で、REGZAのようなメーカーは、市場全体がどうなっているかを把握し、アジャストすることで生き残ってきた。彼らは「テレビのサイズ」をどう見ているのだろうか?

本村氏は次のように語る。

本村氏(以下敬称略):テレビの大型化は明確に進んでいます。

その後押しとなっているのが「配信」です。

映像を見ることに関して、テレビとスマホ・PCの体験は大きく違います。ネット動画の試聴時間拡大に伴い、「そこでの体験は最大化した方がいい」との発想から、テレビを買い替える方が増えている。そして、買い替えるなら今使っているものよりも大型のものに……と考える方が増えています。

その中で、完全に55型・65型を中心にしたシフトが進んでいる状況です。

営業本部 ブランド統括マネージャーの本村裕史氏

これには少し補足説明も必要かもしれない。

過去、テレビが売れるのは「放送」がフックだった。とはいえ、ドライバーになるのはあくまで「地上波」であり、衛星放送は付加価値的。デジタル化も4Kも、そして8Kも衛星放送が先行したが、そこで大きな消費刺激は起きていない。もちろん「買うなら対応したものを」と考える人はいただろうが、買い替えの大きな要因は、結局「地デジへの移行」だった。

それが一段落したのち、2010年代前半、テレビメーカーは「需要の先食い」に苦しめられたが、地デジ特需時に売れたテレビの買い替えも進み、その中で「4K」が1つの鍵になっていった。

一方で、今起きている変化は「放送が変化しないのにテレビには買い替え需要が生まれている」ということ。そのフックになっているのが、ネット動画の視聴だ。4KにしてもHDRにしても、放送より配信の方が積極的に導入している。なにより、ネットさえあれば導入のハードルも低いため、「テレビで見るものを“放送だけ”と考えなくてよくなってきた」という言い方もできるだろう。

本村:「テレビはこれ以上大きくならない。サイズについてのニーズは飽和している」という話は、昭和の時代から言われてきました。

しかし、現在もサイズはどんどん大きくなっている。「50型は大きい」と言われてきましたが、今のトレンドは55型が中心。

ただ、本音では「65や75が欲しい」と思っている方もいるはず。そこになにか、心理的ブレーキがある。そこでそっと背中を押したいんです。

以前、REGZAは「大型化への心理的ブレーキ」に対応するための策を採ったことがある。それが、2019年に展開した「壁寄せテレビローボード」だ。

テレビを壁寄せ設置できる、ローボード

薄型になったテレビをテレビ台に置くのではなく、できるだけ壁に寄せて配置できれば、サイズはもう少し大きくできる。一方で「壁掛け」となると、日本ではハードルも多い。

そこでアピールしたのが「壁寄せ」だ。確かにこれは成功し、テレビ売り場でも同様のスタンドを見かけるようになった。

槇本:「壁寄せ」は間違いなく、大画面への移行を促すアイテムになりましたね。

大画面化のハードルとして「バラエティはそんなに大きな画面で見たくない」というような反応はあります。

最近量販店の方々には、YouTubeを立ち上げて、「好きな俳優さんでもアイドルでも、見てみてください」とお客様に話すよう、ご説明しているんです。好きなものを好きな時に見られるとなれば、大きく美しい画面の方がいいに決まっています。最近は「推し活」も増えていますが、そこにも有効です。

これもまさに、テレビが「放送を見るだけでない」ものになったから通じるセールストークと言えるだろう。

商品戦略本部 商品企画部 シニア プロダクト プロデューサーの槇本修二氏

ただ、1点補足しておくこともある。

40から50型前後のニーズが無くなったわけではない。以前はこのサイズも家族=リビング向けとされてきたが、単身もしくは趣味の個人向け、という認識が広がってきた、ということのようだ。本村氏は小型な4Kを「高密度の感動」と呼ぶ。

今回の新製品群は大型に特化していたが、なにかのタイミングが合えば、商品としてラインナップされていくことになるだろう。

大画面化の「説得力」としてソファ以外からの見え方をアピール

大型のテレビが欲しい、という要望は多くの人が持っているだろう。とはいえ「美しい画面」だけで、大きさの価値をアピールするのは難しい。

なぜ大きな画面が家庭で必要になるのか、別の「納得できる論理」が必要になってくる。

そこでREGZAが注目したのは「テレビの正面に座らず、ながら見しているとき」の行動だ。

本村:一般に、現在のテレビは「3H」(テレビの高さの3倍の距離)で見るのが基本。

ただこれは、ソファなどに座って、テレビの前にいる時のもの。いわゆる「感動視聴距離」です。

そこで色々考えていたのですが、家電量販店の方から、「テレビはご飯を食べながら、横目でも観る」というヒントをいただきました。ならば「感動視聴距離以外にも考慮すべきシーンがあるのでは」と考えたんです。

そこで出てきたのが、「テレビを見ている時に、テロップがちゃんと読めないのは厳しいのではないか」ということです。ですから、基準を「テレビ番組のテロップが読める」ことにしました。

考えてみると、REGZAのEPG(電子番組表)で文字を一番大きくした時が、テレビ番組のテロップと同じくらいだったんです。

もちろんこの発想だけで、判断が妥当かを決めることはできない。そこで本村氏は、技術側に検証を依頼した。

山内:視覚の中での空間周波数特性がどうなっているのかを検証しました。どの距離でどの周波数帯にハマるのか、すなわち、どれだけ見えやすいかを検証したわけです。そうすると、テロップの文字は、視力1.0の人で6Hくらいがなんとか見える限界値だ……ということがわかってきました。

R&Dセンター 半導体開発ラボ グループ長の山内日美生氏

そうなると、リビングの食卓からテレビまでの距離がどのくらいかで、現実的な見えやすさは変わってくる。

55型の場合で6Hは4m11cm、65型で4m85cm、75型で5m60cm。テレビと食卓がそれぞれ部屋の端にあるとすると、6畳ならどれでも問題ないが、8畳(関西基準で約14.6平方メートル)を超えると微妙になってくる。すなわちREGZAが提唱する考え方だと、家族向けの邸宅だと55型より大きめの方がいい……ということになるわけだ。

もちろん、テレビの使い方は家庭によって異なるし、予算や考え方も違うだろう。大きなサイズのテレビには、「映像が表示されていない時の存在感の大きさ」という課題もある

だが、「いつでも快適に見られる」という意味では、REGZA側の考え方も一理ある。判断の基準として覚えておいて損はない。なお、「サイズが大型化した時に、よりローアングルで設置すると圧迫感が減る」(槇本氏)という知見もあるようだ。

視聴位置の調整は「ミリ波」で

また同時に、大型化に向けた品質向上として検討されてきたのが「ミリ波レーダー」の導入だ。実は、この時期にミリ波レーダーが搭載されたのは狙ったわけではなく、たまたまタイミングが合った、ということであるようだが、ちょうどいい時期ではある。

中邨:大きな画面になると、人がどの位置・どの距離に座っているかで、最適な画質・音質が変わってきます。

ミリ波を使えば、人のいる位置・距離・角度がわかります。そこで、それに合わせて画質と音質を調整します。

先行技術開発担当 参事の中邨賢治氏

実際にREGZAが調節しているのは2点。距離に応じてノイズリダクションを変え、左右の位置に合わせて音像定位を調整する。

ちなみに、REGZAが使っているのは60GHz帯の電波。取ろうと思えば数cm単位で位置の把握ができる。しかし、現在はそこまで細かく変化はさせていないという。

ミリ波レーダーのモジュール。意外と小さい

中邨:当初は(ユーザーが)いる場所に合わせてかなりリニアに変化させていたのですが、変化させ過ぎると副作用も強くなります。ユーザーにとって、変化はわかるが、あまり大きく切り替えないようにしています。「変わった」とはっきりわかるようでは少しおかしくて、「どの位置でも自然に感じる」くらいがベストだと考えています。

情報がないネット動画は「AIで検出」

画質調整の面で大きいのは「ネット動画ビューティPRO」の導入だ。

従来から、放送では「ドラマ」「スポーツ」「アニメ」など、EPGに含まれるデータを使い、さらにそこからクラウドで種別を分類して、より映像に合った高画質化が行なわれていた。REGZAのいう「クラウドAI高画質テクノロジー」だ。

ただ「この手法はネット動画に適応できない」と山内氏はいう。

山内:そもそも、地デジとネット動画でも必要な処理は違うんです。特にネット動画ではバンディングが目立ちやすい。解像度を落とさずにビットレートを下げるので、色情報が圧縮されるためです。結果として、顔がベタっとした感じになりがちです。

ネット動画は放送以上に画質がまちまちだ。YouTubeで配信されるUGC系の動画は、作る人やアップロードされる解像度によって画質が変わる。最近はPVを中心に高画質・高音質なものが増えたが、それでも解像度や帯域によって画質は大幅に変わる。

有料映像配信も内側では何十種類もの解像度・圧縮率の映像を使い分けており、単純にはいかない。そしてもちろん、配信されるコンテンツの種別もバリエーションが広い。

そんな中で、特にYouTubeは高画質なものとそうでないものの差が大きく、大画面で鑑賞するなら、ノイズリダクションを中心とした画質向上が必要だ。

そこで今回REGZAが導入したのは「AIで絵自体を判別して対応する」ことだ。

山内:結局、映像のヒストグラムから処理するだけでは、ノイズなどを取りきれない。アニメと実写では当然、必要な処理が変わります。

地デジでの高画質化は、番組に含まれるタグ情報をフル活用して内容を推定し、高画質化しています。しかしネット動画の場合、そうした手がかりがありません。

ネット動画の場合、「どのサービスか」「どのコーデックを使っているのか」くらいは分かりますが、それ以上がわからない。コンテンツの種別がわからないと「無難な画質」以上に追い込むのは難しいです。

しかし、今はAIが使えます。入ってきた映像自体を解析し、それがどんな映像なのかを把握して高画質化することにしました。

ネット動画を高画質化する「ネット動画ビューティ」は今回の3シリーズそれぞれで利用可能。説明にあるように、AIによる解析を使った高画質化が行なわれる。

さらに、現在、X9900MやZ970Mに搭載されている「レグザエンジンZRα」では、AI(ディープニューラルネットワーク、DNN)の推論処理を高速化するためのアクセラレータがあり、処理用に大容量のメモリーも搭載している。

X9900Mのマザーボード。中央の2つのチップが「レグザエンジンZRα」

特にこの2シリーズでは、ネット動画を高画質化するだけでなく、人の姿やアニメ絵の顔を認識し、最適な高画質化を行なうようになっている。

放送でもネット動画でも、映っている映像の中のどこに人がいるのかを把握して画質を最適化する
アニメでの顔検出の様子

AIを使うというということは、結局のところ、「何が映っているかを把握して高画質化していく」アプローチである、ということだ。方法論としてはREGZAだけのものではないが、ソフトだけでは実現が難しく、ハードウエアと一体化した開発が必須になる。

こうした部分は、結局ハイエンドでないと実装が難しく、パネルを買ってくるだけでも実現できない。そして、画面が大きくなるということは、ネット動画に存在する「粗」も目立つということである。だから、大画面化によって付加価値を高めていくREGZAにとっては、こうした技術開発は必須であり必然なのである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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