西田宗千佳のRandomTracking
第640回
「日本の全盛期を再び」。ディズニーが目指す日本コンテンツ海外展開作戦
2025年11月20日 08:00
11月13日、ウォルト・ディズニー・カンパニーは香港で、日本を含むアジア・パシフィックの国々に向けた、ディズニープラスのオリジナルコンテンツに関するショーケースを開催した。
会場は香港ディズニーランドに併設された、香港ディズニーランド・ホテル。朝から夕方まで、同社が提供するオリジナルコンテンツの今後について説明が行なわれた。
その中で、同社のエクゼクティブに、オリジナルコンテンツの状況と、特に日本のコンテンツに関する話をじっくりと聞くことができた。
そこからは、日本の置かれている状況と他国の違い、今後の可能性などが見えてきた。
ディズニープラスの新作を続々公開
前掲のように、会場は、香港ディズニーランド・ホテル。香港ディズニーランドまでは徒歩10分もかからず、シャトルバスなら数分で到着する。取材出張中は非常に天気も良く、ディズニーランド内も大盛況。ただし、筆者は取材が立て込んでいて、1時間ほどしかパーク内には滞在できなかったのだが……。
イベントは非常に大規模なもので、日本・韓国・グローバル(アメリカ発)の3つの軸で、多くのコンテンツが発表されている。
日本からは『ディズニー ツイステッドワンダーランド』アニメ版のシーズン2・シーズン3や、大吾(千鳥)によるバラエティ・シリーズの制作開始、Travis Japanによる旅番組『Travis Japan Summer Vacation!! ―7人のアメリカ旅―』の2026年上半期公開など、多くのコンテンツが発表されている。
また、2026年1月から、バンクーバーでシーズン2の撮影が開始される『SHOGUN 将軍』にも大きくフォーカスが当てられた。主演に加え、今回からエクゼクティブ・プロデューサーとなった真田広之氏も登壇、意気込みを語った。
ディズニーといえばクラシックタイトルやスターウォーズ・マーベルなどの各フランチャイズ、というイメージが強く、もちろんその魅力がディズニー・プラスを支えている。一方で、多くのオリジナルコンテンツへの投資がサービス全体の価値を高める形であり、そのためには、アメリカだけでなく、主に日本・韓国へのコンテンツ制作投資が重要……ということではある。
競合よりも「顧客とのエンゲージメント」を重視
では、ディズニーは、成長戦略の中で「日本」をどう捉えているのだろうか?
ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフィック プレジデントのルーク・カン氏は「過去3~4年で、私たちは事業の基盤づくりに力を注いできた」と語る。
すなわち、ここからが新しいビジネスを加速させる時期、ということだ。
カン氏(以下敬称略):日本は、アジア太平洋地域のなかで最大の単一市場として、最も大きな成長機会を持つ国であり、特に動画配信分野では大きな伸びしろがあります。
日本のコンテンツへの投資も進めており、今後数年間でその投資をさらに拡大していく予定です。日本発のストーリーを日本の皆さまにお届けするのはもちろん、日本国外の消費者や加入者にも届けていきたいと考えています。
他方でカン氏は、他の配信との関係を「競争とは捉えていない」とも語る。我々はストリーミングサービス同士のシェア争い、という目線で捉えがちだが、ディズニーにとっての動画配信の価値は、単純に配信同士でシェアを取り合うことではなくなっている。
カン:私たちは競争だとは捉えていません。あらゆる事業領域において、複数のプレイヤーが共存できると考えています。私たちは「ストーリーテリングの会社」として、自分たちが得意とすること、そして自らの戦略に集中していきます。
ディズニーは、各事業を個別に切り離して捉えることはしていません。私たちは単なる動画配信サービスではなく、映画スタジオであり、テレビネットワークであり、コンシューマープロダクトやテーマパークも展開しています。
そのなかで動画配信が担う役割は、日本の消費者の皆さまと私たちがすでに築いている深い関係を、さらに一層深めていくことにあります。
動画配信が登場する以前、私たちは日常的に消費者の皆さまと接点を持つ機会はそれほど多くありませんでした。
テレビチャンネルはありましたが、日本ではケーブルテレビの普及率がさほど高くないため、消費者との接点には限界がありました。
しかし今では、動画配信によって日々の生活の中で直接つながることができるようになっています。
私たちは事業を、動画配信におけるシェアの大きさで測るのではなく、複数の接点を通じてどれだけ消費者との関わりや感情的なつながりを築けているか、という視点で見ています。これこそが、私たちのエコシステム全体の中で動画配信が果たす役割です。
これを「シェアで遅れをとっているから」と見るのは簡単だ。一方、確かに日本での接点という意味では、ようやく「ディズニー自らがコントロールする形で進められる基盤」を手に入れられた、というところは大きい。
日本でのコンテンツ提供基盤整備が整った
前出のように、ディズニーはここ数年「基盤作りに取り組んできた」とカン氏は語る。
アニメは実写より先に配信プラットフォームを活用し、世界にビジネスを広げてきた。
実際、ディズニープラスにおいては、アニメ作品の視聴量の65%が日本以外から生まれており、国際的なコンテンツとしてのアニメの地位は完全に確立された、といっていい。
今回のショーケースでも、前出のように『ツイステ』が世界に紹介された。日本のゲームから生まれ、ディズニーのIPと組み合わせて作られた、非常に日本らしい作品である。それが、ゲームから飛びだして、アニメという形で世界的なコンテンツを目指していく。
こうした、ゲームとの連携もディズニーにとっては重要なことだ。
ウォルト・ディズニー・カンパニー・アジア・パシフィック エグゼクティブ・バイスプレジデントで、日本でのビジネス経験も持つキャロル・チョイ氏は次のように話す。
チョイ:ルークが今お話ししたような取り組みが、実際にいくつも形になり始めています。動画配信プラットフォームを活用できること、そしてローカルパートナーと共同制作できる体制を持っていることがディズニーの大きな強みです。
たとえば『ディズニー ツイステッドワンダーランド』は、もともとディズニー・ジャパン発のモバイルゲームとして誕生したものですが、現在ではそれを別のメディアにも展開できるようになっています。
カン:これまでもゲームなど他のメディアを通じて、そのような機会を多く生み出してきました。たとえば『ディズニー ツムツム』は、ディズニーにとってグローバルなIPへと成長しました。
今回の発表でも、コジマプロダクションが同社のゲーム「デス・ストランディング」をベースとしたアニメシリーズ『DEATH STRANDING ISOLATIONS(制作中タイトル)』が発表された。
小島秀夫監督は「アニメならではのものを作りたい。世の中にはゲームのようにインタラクティブなものが苦手な方もいる。そうした方々に世界観を届けたい。デス・ストランディングだけど、手書きのアニメの良さを出したものを」と話す。アニメシリーズを手がけるE&Hプロダクションの佐野誉幸監督も、「日本からのアニメーション、手書き2Dアニメとして、デスストの世界観を表現したい。元のゲームの世界観をベースにしたまったく新しいストーリーとして制作中」と説明する。
ゲームはコミックや小説と並び、ストーリーや世界観を生み出す源泉でもある。各社も当然のように注目しているが、ディスニーとしては、日本から生まれる映像IPのソースとして、ゲームとの連携を戦略の軸と考えているのは間違いない。
日本の実写コンテンツは「ここから拡大」。背景にある日本・韓国の違い
同時に重要になってくるのが、アニメだけでなく「実写(ライブアクション)コンテンツ」だ。
現状においては、ディズニーだけでなく他社の場合でも、実写コンテンツの調達は韓国からのものが先行している。
他方で、日本発の実写作品が世界で認知を拡大することについて、「5年ほど先を見据えると、必ず実現すると強い確信を持っている」とカン氏は説明する。
カン:私たちは日本のコンテンツを、アジア太平洋地域のみならずグローバル全体のストーリーテリング戦略における重要な柱のひとつにしていきたいと考えています。その実現に向けて、実写ドラマの分野でもアニメの分野でも取り組みを進めています。
現在、社内的に見ると、韓国には日本より多くのリソースを割いていますが、日本の制作予算も徐々に追いつきつつあります。今後は、日本にも韓国と同様に、より多くのリソースを投入していく予定です。
同時に、日本のクリエイター・俳優が韓国作品に出ることも増えた。ウォルト・ディズニー・ジャパン 代表取締役社長兼マネージング・ディレクターの日色保氏は、この流れを次のように説明する。
日色:近年、韓国のクリエイターや制作会社とは共同でプロジェクトを進めています。ディズニーは韓国でネットワークを築き、豊富な経験を積んできましたし、ライバルである日本においても、彼らのドラマ制作力を活かすこともできると考えています。今後は、韓国だけでなく、ディズニーの持つ強みを融合させながら、こうしたコラボレーションの機会がさらに広がっていくでしょう。
すなわち、韓国作品の規模や仕組みを活かしつつ、日本の才能を売り込む連携も進みつつあるわけだ。
なぜ韓国作品の規模が大きくなったのか? カン氏はその経緯を次のように説明する。
カン:数十年前、韓国の制作業界は、国内市場だけでは制作費やクオリティを高めるには限界があることを理解しました。つまり、輸出しなければ業界が成長できなかったのです。
そうして韓国の制作業界は、さまざまな市場に向けてコンテンツを輸出する術を身につけ、海外で得た収益を再び制作に投じることで、クオリティを高める好循環が生まれています。
20年の時を経て、韓国の制作クオリティは世界最高水準のひとつ。1話あたり、あるいはシリーズ全体で見ても、制作予算は非常に大きくなっています。
一方で、25年前には日本の方がはるかに高い制作予算を持っていました。しかし、現在ではこの輸出構造の違いによって、韓国の方が制作予算は大きくなっているのです。
この点について少し補足しよう。
韓国の人口は日本の4割程度しかない。これはすなわち、金銭的な価値も加味すれば、自国内だけで展開する上において、市場規模は3分の1から半分以下である、ということになる。
反論もありそうだが、一般論として、良い作品を作るには大きな予算を用意する必要がある。予算は市場規模で決まるので、「自国内だけで消費する」となると、人口と自国通貨の強さの掛け算になる。
だが、海外市場を見据えたファンディングと仕組みづくりを前提にするなら、この状況が変わる。世界で売ることを前提に大きな予算で作り、クオリティを上げてきたのが韓国の実写コンテンツだ。
それに対して日本は、日本国内の市場が世界的に見ても大きかったために、他国に出ていかなくてもビジネスはできた。日本のテレビ放送に最適化したファンディングと制作サイクルは、日本の市場が強い時は価値が高かったわけだ。
今回取材中、インドネシアなどのプレスと情報交換をすることがあった。その中では「1990年代前後の作品で私たちは育った」という人々が多くいた。要は、『東京ラブストーリー』や『シティーハンター』だ。
ショーケースでも、ディズニープラスで独占配信中のリメイク版『キャッツアイ』が紹介されたのだが、そのPVに積極的に歓声を上げていたのは、日本人ではなく他国からの参加者だ。
30年以上前、日本の制作システムが黄金期にあったのは間違いない。他方で今は、韓国の「海外販売を前提とした予算確保に基づく作品作り」が黄金期にある。
カン氏は「日本のコンテンツが海を渡って世界中で人気を博していた、あの時代をもう一度取り戻したいと考えている」と話す。
カン:現状では、韓国のような規模のプロジェクトを日本で見つけることは容易ではありません。私たちも一定のスケールでそうした取り組みを行いたいと考えていますが、今はその規模のプロジェクトを見つけるのが難しい状況です。
私たちは、クリエイターの皆さんと協力しながら、そうした能力を高め、レベルアップしていくことに取り組んでいます。それには時間がかかりますが、私たちは今まさにそのプロセスの途上にあります。
日本と韓国のエコシステムは全く異なっている状況ですが、過去3年ほどでその差は大きく縮まってきており、今後もさらに縮まっていくと考えています。
なぜなら、最終的にクリエイターは誰もが自分の物語を語りたいと願っており、私たちはその物語を形にするお手伝いをしたいと考えているからです。時間はかかりますが、確実に前進しています。
日本には、まだ世界に十分伝えられていない素晴らしい物語が数多くあります。そして、世界もまた日本の物語を求めています。そのことは、『SHOGUN 将軍』での経験からも実感しています。私たちは、そうした物語を世界へ届ける架け橋になりたいと考えています。
『SHOGUN 将軍』のプレゼンテーションの中で、真田広之氏は日本の記者からの質問に答え、次のように答えている。
真田:昔は夢だと思っていた、世界で活躍するという願いが叶う時代です。夢は大きい方がいい。チャンスに備えて準備を続けていれば、そのチャンスに恵まれます。『SHOGUN 将軍』も、若い世代を世界に紹介する大きな舞台になっていると思います。
これは、ハリウッドで地道に苦労を積み重ね、自らの責任において大きなドラマシリーズを作るまでに至った、自身の経験に基づくものだろう。その過程では「様々な人々の協力があった」と真田氏はいう。そして今、彼自身も、日本の才能ある俳優やクリエイターを世界に紹介し、羽ばたかせる立場にいる。
「『SHOGUN 将軍』は歴史を描いた作品ですが、(実際の)歴史を知っている方でも楽しめる”ひねり”が入っています。シーズン2もお楽しみに」と真田氏は言う。日本でも視聴する人がさらに増えるよう、筆者も期待している。

















