西田宗千佳のRandomTracking

第541回

“インプット”にシフトするソニーのエレクトロニクス。VlogカムやXperiaはどう変化する?

ソニーのエレクトロニクス事業は「インプット」を軸にしたものを強化する方向にある

ソニーグループ・吉田憲一郎社長兼CEOは、CESでの筆者とのインタビューの中で、「エレクトロニクスの収益構造はインプット側に軸足を移しつつある」と語った。

それはどういう意味を持っているのだろうか? プロビジネスやコンシューマ向けの事業は、具体的にどのように変わっていくのだろうか?

イメージングなどの事業を担当する、ソニー株式会社・執行役員 イメージングプロダクツ&ソリューション事業本部長 モバイルコミュニケーションズ事業本部長の田中健二氏に聞いた。

ソニー株式会社・執行役員 イメージングプロダクツ&ソリューション事業本部長 モバイルコミュニケーションズ事業本部長の田中健二氏

映像の世界は「シネマ」と「ライブ」が近づく

ソニーがエレクトロニクス事業で重視する「インプット」とは何か?

普通に考えると「カメラのことだろう」と思う。だが、どうやらもうちょっと広範なイメージの言葉であるらしい。

田中氏(以下敬称略):確かに、ソニーのエレクトロニクス事業は「インプット」に軸足を置きつつあるのは間違いありません。

インプットデバイスとは、クリエイターがクリエーション(創造)するために必要で、魅力的なものを出して、彼らをサポートすることです。

さらに、クリエーションにはいくつかのコミュニティがあります。

1つは、我々は「ファイル」と呼んでいるもの。作り込んで映像素材にするものです。この頂点が「シネマ」ですね。多くの映画やドラマの撮影に使われているシネマカメラ「VENICE」を頂点とした、シネマライクな映像撮影です。

ソニーにとってシネマ用のカメラである「VENICE」は、ハイエンドの象徴であり頂点でもある
VENICE 2 8K

田中:ただこの領域は、我々の試算でも、全体で200億円程度の比較的小さな市場ではあります。しかし、そこに憧れる若者がいて、そこから非常に広い裾野を形成しています。

もう一つが「ライブ」。いわゆる生中継などですが、確かにライブ領域が伸びているのは間違いありません。

従来はテレビ放送局を中心に使われてきましたが、現在は放送よりもインターネットでの利用が増え、そこに無線技術も入ってきました。5Gや4Gで直接現地から中継することも可能になり、まさにデモクラタイズ(民主化、一般拡大)しています。もちろん、そうした技術を放送も使い、テレビ放送も変わってきてはいますが、積極活用しているのがOTT(Over the top、オンライン事業者のこと)であるのは間違いありません。

ここで田中氏は、面白い事実を指摘する。「ファイル」と「ライブ」の世界が急速に接近してきている、というのだ。

田中:スポーツ中継というと、体にしっかりフォーカスが当たっている映像が中心だと思います。

ですが最近、アメリカン・フットボールの中継が変わってきました。全てにピンが来た映像ではなく、タッチダウンしている選手にフォーカスがあたり、後ろがボケている、印象的な「ヒーローショット」が流れることが増えたんです。

先日、マスターズトーナメントで松山英樹選手がウィニングパットを入れて歩いてくるシーンが流れたのですが、もう、完全に被写界深度が浅くて。後ろがボケたヒーローショットになっていました。

そういうシネマティックでヒーローショット的な使い方は、OTTはもちろん、OTA(放送)でも増えています。既存の放送局も、スポーツを最終的にはコンテンツビジネスに使いたいので、そうした撮影をしたものを用意するようになってきているのでしょう。

こうした関係から、「ライブ」向けであっても、一部の撮影にシネマカメラやシネマ向けレンズを使う例が増えてきている。すなわち「ファイル」と「ライブ」の接近が起きているのだ。

田中:「ファイル」と「ライブ」が近づいてきているのは、我々にとって重要なことです。我々は両方を持っていて、未来を考えながらビジネスをしているのですが、この変化は予想していたわけではないです。偶然流れが合ってきました。

こうした視点でスポーツ中継(特にグローバルなもの)を見てみると、ちょっと面白い発見があるかもしれない。

シネマから「層を下へと広げていく」

一方で前述のように、こうした「ピラミッドの頂上」のビジネスは、重要ではあっても、ソニーのような企業からみると、その収益だけで満足できる規模のビジネスではない。ピラミッドの頂上から、いかにより下に層を増やし、パイの大きなビジネスにつなげていくのかが重要になってくる。田中氏は「複数の方向性がある」と話す。

田中:トップオブトップの顧客から、さらに技術をカスケードダウンしていく必要があるのですが、「より多くの顧客に」という部分が難しい。使い勝手やサイズの問題があります。

トップで培ったものをできるだけ、我々が技術の力によって自動化、小型化し、いろいろな方に解放していくことが重要です。

インプットのハードウエアについては、αやCinema Lineカメラの「FX30」などが揃いました。

Cinema Lineカメラの「FX30」

田中:そこで目指したいことが1つあります。

それは 「撮る」で終わらないこと。クラウドで編集作業を「民主化」したいと思います。

過去、ビデオカメラが多数売れた時には、その影響で「生活を残す」というニーズが生まれた。だが、編集までいくとあまりに大変であり、「撮影したテープが積まれたまま」の形で残ってしまった。

スマートフォンでは短尺の映像が多数撮影されるようになったが、現状ではカット編集くらいしかされていないし、それをする人すら少数派だ。

そこで田中氏が挙げるのが、ソニーが業務用の編集サービスで使っている「Ci Media Cloud」だ。その特徴については以下の記事に詳しい。

田中:B2Bの分野では、「Ci Media Cloud」を使い、複数人がそれぞれ編集作業を進め、最終的に1つの形にするシステムができています。そうしたインフラも出来上がったので、機能をどう民主化していくか、一般に解放をどうするか、タイミングを考えているところです。

すでに大学生でも、多少専門的にやっている人ならば、シーンごとの色味や撮影情報を管理し、プロファイルを適応して編集作業を行なう、ということはやっています。そうした部分はもちろん、もっと下まで考えていきたいです。

若者との接点として成功した「Vlogカム」

映像制作の民主化という意味で、「シネマとは違うが、非常に大きな流れになっている」と田中氏が指摘するのが「Vlog」だ。

若い層を中心にシネマティックなものとは別に「YouTube動画を作りたい」「YouTuberになりたい」という形でVlogを作ることへの注目が集まり、そのツールとしてVlogカムへの需要が大きくなる……という構図があるわけだ。

2020年5月、ソニーは「VLOGCAM ZV-1」を発売、その後21年8月には「ZV-E10」、22年10月には「ZV-1F」と立て続けに製品を発売し、Vlogカムの市場を盛り立ててきた。その際に意識したのも当然若者だ。「ZV-1を出すときには、あえて従来のカメラと違いをはっきりさせるために、ウィンドジャマーをアイコンにした」と田中氏は話す。

VLOGCAM ZV-1

そこで面白い現象も1つある。

2022年、Vlogカム市場が若者に盛り上がるのを見て、価格が安い「ZV-1F」(約8万円)を作った。より若い層に裾野を広げるのが目的だ。

ZV-1F

一方でそこからは別の知見も得られた。

田中:ZV-1Fは、確かに若い方々がお店に来てくれる「入口」として機能しています。

ただ、読み違った部分もあったのです。

ZV-1Fを買うつもりで来た方々が、意外なほど「ZV-E10」(約10万円、レンズキット)の方を買って行かれる。

すなわち、低価格なモデルは十分なフックになったのですが「もっとなにかができるものを」ということで、上位の製品を目指された。それだけクリエーションに対する熱がある、ということかと思います。

田中氏は「若者はもう少し受け身かと思っていた」と市場を吐露する。

Vlogカムの中でもZV-1Fは特に、大学生・高校生世代に向けた製品だ。これだけコンテンツが世の中に溢れる時代なので、彼らの大半はやはり受け身な部分があるのでは……と想定したわけだ。

だが「その想定は見事に覆された」と田中氏は笑う。

ちゃんとクリエーションに対する熱をもつ人たちが多くいて、その人たちは手軽さよりも「上を目指す」意識が高かった……ということなのだ。

このことは、ソニーのブランド戦略にとって重要な意味を持つ。

田中:正直な話をすれば、ソニーは若者のためのブランドではどんどんなくなってきています。

ではどこを接点にするのか?

テクノロジー面だけでなく、「クリエーション」というところがその役割を果たし、接点になりうるのだという手応えがあります。

Xperiaも「インプットデバイス」

Xperia 1 IV

では、消費者との接点として重要なデバイスである「Xperia」はどうだろう?

田中氏は「私の考えとしてですが」としつつ、次のように語る。

田中:やはり、Xperiaもインプットデバイスと定義すべきだと考えます。スマートフォンは生活インフラになっている機器であり、その役割が非常に大きなものではあります。ただ、やはりあえて(特性を)インプットデバイス側に向けることが重要です。なぜなら、ソニーの商品自体がクリエーションに特化していくわけですからね。

スマートフォンの値段は高くなっています。中古製品の利用も増えてきており、値段に見合ったエクスペリエンスをスマホが提示できるのか、という点が重要です。その中でもう一度、インプットデバイスとしてXperiaを定義した時に、誰にどのような値段で提案すべきなのか、しっかりと考えていきます。

その中で重要になるのが、Qualcommとの関係だ。

Qualcommとソニーは2021年12月から共同で、スマートフォン向けのカメラ機能についてジョイントラボを設けて開発を続けている。ソニーのイメージセンサーをどうQualcommのスマートフォン向けSoCで活かすのか、という点について、今も研究が続いている。

田中:プラットフォームであるQualcommの開発サイクルは、どうしても長くなります。そのため、今後どのようなことが起きるのか、Qualcommと長期的な話し合いを持ち、考え続けるのが大切です。

特に、今後はカメラ機能だけでなく、データの同期をどうするかなど、考えるべきことが増えていきます。ヨーロッパを中心に、データをクラウドに置くことがどんどん難しくなっていきます。一方で、エッジ(デバイス側)にデータを持つということになると、デバイス側により大きなメモリーが必要になったり、処理用にある種のエンジンを持つ必要が出たり、という必要も出てきます。

そういう部分も含めた長期的な話し合いを、Qualcommとは続けています。

CP+で「クラウド連携」をあらたに公開へ

スマートフォンに限らず、作られたデータがクラウドに保存されるのは1つの基本的な流れになっている。複数のデバイスから見たり、複数のデバイスから編集したりするにはクラウド連携が必須でもある。

一方、ソニーを含め、日本企業はクラウドの活用が苦手なまま、ここまで来た。

「クリエーション」を軸に置く場合、クラウド連携はもはや避けて通れない。

田中氏は「その点でも準備を進めている」と明かす。

田中:一歩一歩ですが、構築を進めます。コンシューマ向けとしては、まず、2月の「CP+」(2月23日~26日にパシフィコ横浜で開催)の前になると思いますが、詳細をお話しできるものと思います。

我々にとっても一番重要なことは、顧客と繋がることなんですよね。今までは買っていただくだけでしたが、アプリがあってつながっていくと、お客様が何をしたいのか、なにを撮りたいのかが見えてきます。なにをどう上手に撮りたいのかが分かれば、いろんなサポートができますから。

「つながることによって、インプットデバイスをより有効に使ってもらう」ことがファーストステップです。

ただ、そのアプリ・サービスでの収益はそこまで大きくはならない。あくまで、いかに継続的に蓄積するか、ということが重要なので、3年・5年の計画を持って進めていくことになります。

撮影の世界は「3D」へ広がる

そうしたクラウドサービスがどのようなものになるか、現状で詳細はわからない。スタートは当然、静止画・動画といった世界からになる。

ただ、そこまででとどまるわけではない、と田中氏は言う。

田中:現在は2Dですが、撮影したものを3Dで扱うことになります。

今回、CESでも「mocopi」を展示しましたが、3D出力とモーションまで進むのは必然です。写真や動画を撮影してそこからフォトグラメトリーなどで3Dデータにすることになります。最初は静止している3Dですが、次は動画の3D。そこまでは近いうちにできるでしょう。静止画が動画になったように、それが3Dになっていく流れはあります。

先日発売になった「mocopi」は、まだ日本以外での発売が決まっていないものの、CESでアメリカ市場にも公開された

もちろん、そうした流れはまずプロ向けの分野で進み、同時に品質などは異なるものの、コンシューマ向けにも広がっていくことになるだろう。

「あくまで私見ですが」としつつ、プロの世界では、将来撮影する映像が「すべて深度情報をもつ=3Dになる」と田中氏は予想する。

田中:いま、いわゆるバーチャルプロダクションは重要な技術になってきています。しかし、20年・30年という時間を考えると、バーチャルプロダクションもなくなるのかもしれません。すべてのカメラで深度情報を得られるようになれば、映像の前で演技する必要もなくなり、すべてが正しく合成できるようになる可能性も高いだろう、と考えられるからです。

バーチャルプロダクションのもっとも大きな変化は、いわゆるVFXがポストプロダクション=撮影後の作業から、撮影前に準備する「プリプロダクション」作業へと、ワークフローが変わってきたことです。それこそが最も大きな変化なのです。

すなわちワークフローの変化による新しいビジネスが生まれたことが、ソニーにとっても大きな価値を持っている……ということなのだ。

「特命プロジェクト」でソフト・アプリの改善も開始、結果は2023年中から

話をソニーの製品に戻そう。

ソニー製品でクラウドをさらに活用するようになるとすれば、重要な点が1つある。

それは「接続するアプリ」の価値や使い勝手の改善だ。例えばデジカメであるαの接続用アプリの「Imaging Edge」も、使い勝手はそこまで良くない。クラウドでつながって価値を拡大するには、アプリの使い勝手改善がなによりも重要だ。

田中氏は現在、それら「ソニー製品をPCやスマホに接続するアプリ」の使い勝手改善について「最優先で対応を進めている」と話す。

田中:使い勝手に問題がある、と我々も強く認識しています。

この先、インプット・デバイスが(ネットに繋がらず)単独で存在することはあり得ない、と考えています。つながる先にはクラウドでも、オンプレミス(ローカル機器)でもなんでもいいのですが、「つながらない製品」はあり得ません。カメラが直接クラウドにつながることもあるでしょうし、スマホとつながることもあります。そこではXperiaはもちろん、iPhoneなども当然のように存在します。

快適な接続のためにはアーキテクチャ構築が重要で、メモリーの使い方などを総合的に考えて最適化する必要があります。大きなプロジェクトとしてずっと進めている最中ですが、接続性の改善・快適化は、1年以上前から、特命ミッションを与えて改善を進めています。この点は、2023年くらいの商品から改善が見えてくると思います。

前出のコンシューマ向けクラウドサービスも含め、具体的な機能や使い勝手は、ここでは明かされなかった。だが、ソニーが自社製品について大きな改善を予定しており、その一端が今年の2月くらいから見え始めるのは間違いなさそうだ。

ある意味楽しみであり、注目しておきたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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