西田宗千佳のRandomTracking
第661回
新作・ショート動画、そしてクルーズ。巨大イベント「D23」から見える今のディズニー
2026年8月25日 08:00
ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下ディズニー)のグローバルイベントである「D23」を取材してきた。8月14日から16日まで、米カリフォルニア州アナハイムで開催されていた、ディズニー関連コンテンツとビジネスの一大イベントである。
D23を、同社は「究極のディズニーファンイベント」と呼んでいる。新発表などのイベントもあるが、主軸は「ファン」。ディズニーファンが集まって好きな作品に触れる場であり、ディズニー関連の映像作品の新作情報がファンの前でいち早く公開される場でもある。
筆者は今回初めてD23を取材したが、率直に言って非常に面白く、勉強になった。新作情報だけでなく、「ディズニーはどんなビジネスをしているのか」がエクゼクティブから直接語られる場でもあるからだ。
今のディズニーがどんな存在なのか、D23から見えた姿をレポートする。
新作情報が一気に公開
冒頭で述べたように、D23はディズニーファン向けのグローバルイベントだ。
言うまでもないが、ディズニーのビジネスは、いわゆるディズニークラシックだけではない。マーベルやスター・ウォーズ、ピクサーはもちろん、ナショナル・ジオグラフィックやESPNのようなブランドも含む。さらには映像作品だけでなく、ディズニーランドやクルーズを中心とした「エクスペリエンス」事業、ゲームやアパレル、フィギュアなどの「グッズ」まで、多種多様な切り口を持っている。
作品が軸にあるのは間違いないが、そこから広がるあらゆる領域を「ファン」という視点でまとめて、来場者が楽しめるイベントにしたもの……という感じだろうか。現在のディズニーが多数のブランドを抱えているからこそ成立するイベント、といえるだろう。
コンベンション会場での展示、アクティビティ、物販だけでなく、コンベンションセンター近くのアリーナである「Honda Center」での発表イベントも用意されている。ここでの発表も、まずファンと発表の瞬間を共有するというスタイルのものだ。
以下は、発表された作品のリストである。
映像・舞台作品だけでこれだけある。さらに、ディズニーランドなどの新アトラクションやクルーズの情報が2日目に公開され、3日目には、ディズニーに長く貢献した社員や製作者を「ディズニーレジェンド」として紹介するイベントもあった。
メイン会場には大量のブースが設けられ、それぞれの作品についての展示も行なわれる。パネルディスカッションなども並行して動いており、会期全体では545を超えるイベント・プログラムが展開されたという。もちろん、筆者もすべてに参加できたわけがない。
そしてもちろん、グッズなどの販売もある。限定のものもあるし、他では手に入りづらいものもあるようだ。来場者の中には、グッズが目当てで、何時間も行列を作る人も珍しくない。
D23は有料イベントだ。1日通しのチケットが99ドル、3日だと297ドルからだ。Honda Centerでのイベントもセットになったものも同額である。聞くところによれば、それでもチケット争奪戦は毎回激しいという。繰り返し参加するファンが多く、ディズニーコンテンツのファンがそれだけ熱心だということでもあるようだ。
移動や宿泊まで含めるとそれなりの費用がかかるわけで、参加者の年齢層は比較的高めではある。とはいえ、いわゆるご高齢の方々も楽しげに、時にはディズニーキャラクターのコスプレをしながら参加している姿を見ると、日本以上にファンの層が厚いのだな……と感じる部分がある。
Disney+は収益源。ローカル向けオリジナル作品強化へ
本メディアは「AV Watch」だし、中でも気になるのは「映像」だろう。
現在のディズニーにおいては、前出のような「新作群」に加え、「Disney+」を中心とした映像配信が存在する。
Disney+は2019年にアメリカでスタートした。日本では、2019年に始まった「ディズニーデラックス」から段階的に移行する形で、2020年6月にサービスを開始している。
正直、当初は他社への対抗、すなわち「対Netflix」の色が強かった。オリジナルのコンテンツをとにかく注ぎ込み、劇場公開とも連動……というよりも、配信が突出して重要であるようなイメージを受けた。
その結果としてか、初期には収益性が厳しく、ディズニー自体の経営にも悪影響が出ていたのは否めない。
今も重要なビジネスであることに変わりはないが、ディズニーの中での位置付けに変化があり、収益性と価値のバランスが求められるものになった、という印象を受ける。
ディズニーの最高経営責任者(CEO)であるジョシュ・ダマーロ氏は、プレス向けのセッションで以下のように説明している。
ダマーロCEO(以下敬称略):私たちの事業は、それぞれ単体でも十分に成り立っています。映像配信は素晴らしいビジネスであり、赤字だった状況から、現在では大きな利益を確保するビジネスへと成長しました。映画ビジネスも、今後のラインナップは本当に素晴らしいものです。これらが一体となってファンにシームレスで包括的なディズニー体験を提供するとき、それはファンにとって素晴らしいものであると同時に、ビジネスとしても極めて強力なものになります。
すなわち、利益を重視し、他のビジネスとの連携こそが重要だという位置付けになっているのだ。
Disney+のオリジナルコンテンツ施策について、ウォルト・ディズニー・カンパニーでローカルコンテンツ戦略を統括するエリック・シュライアー氏と、アジア太平洋地域オリジナルコンテンツ責任者であるキャロル・チョイ氏は、口を揃えて「Local to Localが重要」と説明する。
Local to Localとは、コンテンツが制作された地域でヒットすることを前提とした作品を全世界に展開する手法のこと。Netflixも同様のポリシーを採用しており、「オリジナル作品をヒットさせる鉄則」になった印象が強い。
シュライアー氏は「今後3年間で、ローカル番組の制作数を3倍に増やす計画」としており、もちろん、日本にも影響してくるだろう。
この点は、昨年秋に香港で行われたショーケースでも語られたことに近い。
縦動画・UGCへとディズニーが舵を切る
さらに大きいのは、Disney+の中でのファンエンゲージメントが、一方的なコンテンツ提供から変化してきているという点だ。
日本では未提供だが、アメリカではこの3月から、モバイルユーザー向けに縦型ショート動画である「Verts」の提供を開始している。もともとはスポーツ配信サービス「ESPN」でスタートしたものだが、現在はDisney+全体へと拡大している。
ディズニー・エンターテイメント&ESPN、プロダクト・マネジメント、エグゼクティブ・バイスプレジデントであるエリン・ティーグ氏は、Vertsのような縦型動画が「視聴者の行動を変えつつある」と説明する。
ティーグ:Disney+は開発当初、テレビで視聴する「リーンバック(ゆったりと椅子にもたれかかって視聴する)」に特化していました。現在はより簡単で、フリクションの少ない体験への期待が高まっています。
その中で、モバイルファースト体験として「Verts」の提供を開始しましたが、Disney+の中ではもっとも急速に成長している機能になりました。Vertsの登場により、ユーザーの(Disney+への)エンゲージメント時間は2倍に伸びています。現状は予告編などを提供し、作品を発見する体験につなげています。全体の約40%のユーザーが、毎日この機能を利用しています。今後は、「リーンフォワード(前のめりな姿勢)」の体験と融合し、次世代のファンは、より主体的な体験を求めるようになるでしょう。
「主体的な体験」の軸になるのが「TikTokとの提携」だ。
これは、TikTokの動画を流すということだけではなく、クリエイターに対し「ディズニーのコンテンツを使った動画制作」への門戸を開く。しかも、ディズニーとTikTokが共同で運営する「ディズニー・クリエイター・アンバサダー・プログラム」により、ディズニーの公式素材から作った自作動画によって、収益を得ることも可能になる。詳しくは以下の記事もご確認いただきたい。
ディズニー側は具体的な姿として、「マーベルやスターウォーズなどの本編を楽しみつつ、公式素材から作ったファンの考察動画を見る」といった形を想定している。
日本ではVertsが展開されておらず、TikTokとの提携も、まずはアメリカから始まる。そのため日本では、TikTokとの提携がそれほど話題になっていないように見える。
しかし、「ディズニーコンテンツとファンの関係を変える」という意味では、これは非常に大きな出来事だ。
このことには伏線もあった。
2025年末、ディズニーはOpenAIに10億ドルを出資し、OpenAIの動画生成AIである「Sora」で、ディズニーキャラクターの一部を公式に利用できるようにする……という計画「だった」。
だがその後、今年3月になってOpenAIはSoraの提供を終了し、ディズニーとの提携も解消されている。
そもそもディズニーがOpenAIと組んだのは、AIがどうこうというより、消費者との接点として、消費者自身が作るコンテンツ、いわゆるユーザー生成コンテンツ(User-Generated Content、UGC)の価値が無視できないものになってきたからだ。
切り抜き動画を作ったり、作品の一部を引用してなにかを語ったり……という動画は非常に多い。それらの多くは、日本では他者の著作物を違法に利用する行為に当たる。しかしアメリカ国内の場合なら「フェアユース」の範疇であることが多い。問題はなくても、権利者のあずかり知らぬところで使われている、という点に変わりはない。
個人との連携という意味で、UGCはもはや必要不可欠だ。そこで無法な状態を放置するよりは、権利者であるディズニー自身がしっかりと関わった上で、ファンを増やす接点として生かしていった方がプラスに働く。
OpenAIのAI動画でそれができなくなったとすれば、次にはどこか? そこでターゲットとなったのが、縦型動画の代名詞であり、多くのクリエイターが活躍するTikTok……ということになる。
シュライアー氏はVertsを「ファンダムを深める最適なプラットフォームである」と話す。より短い作品も作れるし、長い作品の提供もあり得るため、「30分枠や映画といった固定フォーマットを超え、あらゆる長さで物語を語れる時代になった」とも言う。縦型のショート動画は長編を代替するものではなく、「お互いを高め合う存在だ」という認識だ。
その上で、公式として素材を提供していくことが、「次世代のストーリーテラー育成につながる」との見方も示した。
シュライアー:我々は、何百人ものインフルエンサーやクリエイターを、次世代のディズニー・ストーリーテラーとして育成する方針です。Disney+から配信されるクリエイター動画は、安全かつ本物であり、正確なストーリーテリングを行ったものを厳選して提供します。
3年から5年先の未来では、そういったショート動画からキャリアをスタートし、将来は長編作品を手がけるような「新しいディズニー・レジェンド」の誕生も期待しています。
ディズニーは著作権に厳しいと言われる。
そのことは事実だ。
一方で、それは自社のコンテンツを「いじる」ことをすべて排除するものではない。どうせ止めることはできない流れなのだから、自分たちも積極的に関わって一部をコントロールしつつ、今の消費者に対する大切な接点として活用する流れにあるのだ。
日本には同人誌があり、時にはその位置付けについて議論が行なわれることもある。法律や文化が異なるので、ディズニーの流れと単純比較するのは難しいのだが、「そこにあるものを単純に否定するのではない」というあり方には、結局のところ、共通項が存在するのではないだろうか。
クルーズ船は「ディズニーへの入り口」でもあった
取材をしながら強く感じたのは、ディズニーが「サイクル」を意識しており、作品自体もその中に位置付けられているということだ。
おそらく多くの人は、「ディズニーへの入り口」というと映像作品を思い浮かべるだろう。ディズニーランドという人もいるかもしれない。特に映像については、前出のように、ショート動画などで新しい動きが多数ある。
ただ、それだけが入り口ではない。ビジネスとして見れば、もっと多様な形があり得る。
今回驚きだったのは、クルーズ船ビジネスである「ディズニー・クルーズ・ライン」の位置付けだ。現在8隻を運航しているが、2031年度までに13隻体制に拡大する予定で、非常に好調なビジネスでもある。
クルーズ船の体験は数泊で1人10万円から30万円とされている。高価な体験なので、熱心なディズニーファンが中心のビジネスと考えがちだ。
だが同社によれば、乗客のうち9割が初めてクルーズ船の旅に参加する人々だった。また、半数は「一度もディズニーのテーマパークを訪れたことがない顧客」だったという。
すなわち、「クルーズ船という形態の旅に興味を抱かせる」ためにディズニーのコンテンツやショーが活用される一方で、「ディズニーのことは知っているがディズニーランドには行ったことがない」という人々に、ディズニーランドやディズニーのショーという価値の高い体験を提供し、そこからさらにディズニーランドやディズニーコンテンツのファンになってもらう……という入り口の役割を果たしていたということなのだ。
入り口というと「低価格で入りやすいもの」という印象を抱きがちだ。だが実際には、ディズニーのファンではない人はあらゆる階層に存在する。その中でもハイクラス層から開拓する武器となっているのが、クルーズだったのだ。
もちろんそれができるのも、ディズニーのクルーズ船が高い体験品質を実現しているからでもある。考え方としては、ディズニーランドと同じだ。

































