シアター探訪

超大画面のULTIRAはなぜ人気に? イオンシネマの名物支配人に聞いた

 1つの敷地に複数のスクリーンを備えた「シネマコンプレックス」。様々な作品が同時に上映され、好みの作品を選んで観られる便利さ、手軽さで人気だ。新作の封切りはもちろん、人気作のロングラン上映、はたまた短期に限定したイベント上映など、「大画面で映像を楽しむ場」としての活用が広がっている。

 そうした中、IMAX(アイマックス)やDolby Atmos(ドルビーアトモス)といった、より高品質な映像と音響で楽しめるスクリーンも増え、それに加えて各シネコンチェーン独自規格の映像/音響システムも登場。それを活かした特別上映なども話題となっている。どこへ行っても同じではない“シネコンの個性”も楽しめる時代になりつつあるようだ。

 映画を観るだけならスマホでもテレビでも楽しめる今、「映画館へ行きたい」と思わせる魅力とはどこにあるのか? 「イオンシネマ幕張新都心」(千葉市美浜区)の総支配人を務め、自らもイベント上映などの企画を積極的に仕掛けている羽藤司氏から、最近の取り組みを聞いてきた。

イオンシネマ幕張新都心の総支配人である羽藤司氏

目玉は「ULTIRA+アトモス」の8番スクリーン

 イオンエンターテイメントが運営するイオンシネマは、86拠点・726スクリーン(2017年3月24日時点)を持つ国内最多のシネコンチェーン。その多くが、大型ショッピング施設「イオンモール」に併設されている。

 今回訪ねたイオンシネマ幕張新都心は2013年12月20日にオープンし、一般的なモールの倍はあろうかという巨大施設「イオンモール幕張新都心」の一角(グランドモール3階)にある。最寄りのJR海浜幕張駅からは徒歩17分だが、バスも頻繁に出ているのでそちらの方が便利。敷地内に複数のバス停があるという時点で、その広さは想像以上だ。

イオンモール幕張新都心の中に劇場がある
「イオンシネマ幕張新都心」のエントランス

 劇場としての規模は、全10スクリーンで総座席数1,549席。この中で羽藤氏がおすすめイチオシと紹介するのが「8番スクリーン(Screen 08)」だ。イオンシネマが独自に展開している大型スクリーン規格「ULTIRA(ウルティラ)」と、立体音響の「Dolby Atmos」を同時にサポートしている。

 ULTIRAとDolby Atmosをダブル導入しているスクリーンはイオンシネマチェーンでも、名古屋茶屋(名古屋市港区)などごくわずか。今のところ、関東では幕張新都心だけだ。

 ULTIRAとは、壁一面に広がるような超大型スクリーンと、クリアなサウンドで「映画の中にいるような感覚を味わえる」というもので、幕張新都心の8番スクリーンの場合は縦10m、横18.5mという大きさ。シルバースクリーンを採用し、3D上映もできる。

ULTIRAかつDolby Atmosの8番スクリーン

 Dolby Atmosは、客席の左右や後ろにあるサラウンドスピーカーだけでなく天井のオーバーヘッドスピーカーも利用し、高さ方向の音の表現を含めた、包み込まれるように自然でリアルな音場を実現するという技術。従来のチャンネルベースのミキシング方式と、オブジェクトベースのダイナミックなオーディオミキシングを組み合わせ、精密な音の定位や移動などを表現できるようになっている。

ULTIRAの8番スクリーン。サイズは縦10m×横18.5m
Atmosで重要となる天井部のスピーカー
壁面部

“ULTIRA”が人気になったきっかけとは?

──羽藤さんはいつから幕張新都心の総支配人をお務めですか?

羽藤氏(以下敬称略):「バケモノの子」の公開前日くらいに着任しましたから……2015年の7月ですね。入社の初任地は高松で、茨城の守谷、板橋、港北ニュータウン、そして2014年の3月に北海道の小樽で初めて総支配人になり、その次に幕張新都心にきました。

──イオンシネマの運営元であるイオンエンターテイメントが合併で誕生したのが2013年でしたよね?

羽藤:はい。私が入社したのは、合併以前のワーナー・マイカルの時代です。

──総支配人として、色々な上映企画にも携わっていらっしゃるんでしょうか?

羽藤:そうですね。最近はULTIRAを特に活用しています。ULTIRAのある他の劇場でも、例えば春日部や名古屋茶屋ですと「ULTIRAナイト」と銘打って、夜間特別上映を行なったりしていますね。

──ULTIRAにかなり力を入れているんですね。

羽藤:とはいえ、その良さを伝えるにはなかなか苦心していて……。映画館の高画質規格だとIMAXが有名ですが、ULTIRAにそこまでのネームバリューがあるとは言えない中でどうしていけばいいか、常日ごろから考えています。

 幕張新都心の全スクリーンの中でも、8番スクリーンは343席で一番席数が多いですから、人気作は自然とそこでかけることになります。大スクリーンと音響の良さをアピールするポスターを作ったりしています。

 ただ、劇場の“スペック”を、より押し出していこうと思うようになったきっかけがありまして。

──それは具体的にはどんなことですか?

羽藤:2015年12月の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」ですね。これはイオンシネマの海老名における事例なんですが、その上映に合わせてドルビーの担当者の方が音響調整を実施しまして。その反響は凄く、テレビ番組でもとりあげられました。

 私が小樽にいたとき、その海老名と同じTHX対応のスクリーンがあったんですけれど、自分自身その魅力をまだ信じ切れてなかったというか。(海老名の件を経て)一つの劇場の総支配人を務める以上、そこにある最も高スペックな設備を有効活用しないともったいない。自分たちが胸をはってアピールしなければ、誰が褒めてくれるのか。奮い立つものがありました。

各スクリーンの入口までの通路。写真奥に見えるのは8番スクリーンに次ぐ大きさの5番スクリーン。こちらのスクリーンサイズは縦7.8m×横14.5m

“ガルパン”とファンが再認識させてくれたULTIRAの実力

──「フォースの覚醒」での人気を受けて、幕張新都心ではどんな変化がありましたか?

羽藤:当劇場の2016年最大のニュースでもあったのですが、「ガールズ&パンツァー 劇場版」(ガルパン)の展開ですね。2015年11月封切りの作品ですが、うちでは翌年の1月になってから上映が始まり、3月4日まで公開することになりました。そこで入場者プレゼント企画が一段落したところに、たまたま上映枠が空いたこともあって、3月5日からは8番スクリーンで上映することにしたんです。告知も大してしておらず、それこそホームページに上映時間と「ULTIRAスクリーン」と書いておいたくらいで。

 オンラインでのチケット販売は2日前から始まるのですが……ガルパンだけ明らかに席の埋まりが速い。入場者プレゼントの配布は終わっているのに。

 実は、ガルパンがそこまで特別な作品だとは当時認識していなくて、そこで初めて調べたくらいでした。ただ、ネットの反応を見ると、(東京・立川の)シネマシティさんの“極爆(極上爆音上映/強化した重低音&大音量で楽しめる特別上映)”や、4DXなどに続く、新たな上映形態として、幕張新都心のULTIRAをご認識いただいたようです。

 結果、3月5日土曜日の18時台の上映では130~140人の方にご来場いただきました。恐らく、シネマシティさんにも通い、数多くの劇場や4DX版も体験済みの“耳の肥えた”お客さまでしょう。事前準備の段階で、これは「生半可ではマズイ」と思いまして。そこで、上映機材であるシネマプロセッサの「CP850」を調整して、音量をギリギリまで上げたんです。具体的には通常が「6~6.8」あたりなのを「7」にしました。

──そういう運用がシネコン側でできるんですね!

羽藤:劇場のエンジニアに相談して、確か当日の朝に決断しました。かなりドキドキでしたね。流石に気になって、上映後にTwitterで検索(エゴサーチ)してみたんですが、好評だったようで。「とにかく画面がデカイ」、「ここの音響は他のものより好き」など、色々な反応をいただきました。

 これが凄く嬉しかった。ULTIRAをオススメできるんだと確信した瞬間でした。その頃はもうTwitterでお客さまのツイートをリツイートしまくっていました(笑)。

 3月末には春休みの映画ラッシュも控えていましたが、結局、本社の番組編成部(映画の上映回数やスケジュールを決める部門)とも協力して、1日1回の上映を続けました。決して見やすい時間帯ではなかったですが、それでもお客さまの足は途切れず、翌月のゴールデンウイークになってもまだ上映ができました。

 この人気ぶりは社内でも共有されまして、幕張新都心以外のULTIRA対応スクリーンでもガルパンを上映するに至りました。これこそ、チェーン展開するシネコンの強みですね。

 そうやって続いていくうちに、お客さまからは「過去のTV版やOVA版をULTIRAで見られないか」というご要望をいただきました。最終的には、弊社の番組編成部を通じて、配給会社にも要望を送りました。

──で、それも実現したと。

羽藤:はい。ただ、音響はOVA版が4.1ch、テレビ版は2.1chです。そのまま流してご満足いただけるか一抹の不安がありました。そんな時に、配給会社を通じて「ガルパンの音響監督である岩浪(美和)さんがULTIRAで試写をできるか」という要望をいただきまして。もちろん大歓迎です。さらにその後に岩浪さんからいただいたメールには「音響調整の件、よろしくお願いします」と書いてあって。あれ、試写じゃなかったっけ? という(笑)。

──まさかの展開ですね。ちなみに、音響調整とは具体的にどういったことを?

羽藤:専門家ではないので詳細は説明できないんですが、CP850という機材の「アップミックス」機能を使うんだそうです。これに専用の変換器をかませたりするので、ある程度は機材を新規に調達しています。

 このテレビ版・OVA版の9.1ch上映は社内的には6月11日から実施予定としていたんですが、事前告知しませんでした。なにせ初の試みですし、音響調整作業自体も直前の6月8日に行なう予定だったので、上手くいかない時のことも考慮していました。実際、夜遅くになって作業し始めてから3時間くらいは上手く音が出ていなかったですが、なんとか成功しまして。岩浪さんが手がけた音響ということで「幕張新都心 ULTIRAセンシャラウンド/9.1ch」という名前も頂戴しました。

 その後は「ガルパン以外の作品もULTIRAで見たい」という声もいただくようになりました。作品はもちろんですが、ULTIRAのファンにもなっていただけたのかな、と感じています。

 実際、この「既存アニメ作品の9.1ch上映」は広がりを見せている。岩浪氏の紹介がきっかけで「planetarian(プラネタリアン)」(2016年9月公開)の9.1ch版が今年1月になってから幕張新都心で上映。そして羽藤氏らが配給会社にアプローチした結果、「この世界の片隅に」についても、片渕須直監督自身の監修による9.1ch版上映が2月になってから実現したとのことだ。

「顔が見えるシネコン」へ

──今後、注目の企画などはありますか?

羽藤:まずは岩浪さんが音響監督として参加し、国産アニメ初のDolby Atmos採用作品である「BLAME!(ブラム)」の上映ですね(5月20日~)。さらに直近ですと「SING/シング」「キングコング: 髑髏島の巨神」などを8番スクリーンで満遍なく上映するようにします。1日の中でも、色んな作品が代わる代わる8番スクリーンで楽しめるイメージです。

 ゴールデンウイークですと、実写版「美女と野獣」のULTIRA上映も決まりました。こちらについても、同時期の「ワイルド・スピード ICE BREAK」とスケジュールを上手くやりくりしながら、お届けする予定です。

──ゲストを招いた上映イベントなどは、やはり都心の方が多いですよね。

羽藤:そうですね。その一方で、ULTIRAのネームバリューが去年上がったことで、今までに比べて企画しやすくなったのも事実です。(Dolby Atmos上映となる5月の)「BLAME! 」も、これまでだったら幕張新都心では上映されなかったかもしれませんが、ガルパンの実績があり、アニメファンの方々が付いて下さったおかげで『幕張だったら』といっていただけるようになりました。“声優や俳優の○○さんが来る”というイベントはもちろん都心の方が多いですが、岩浪さんのような制作スタッフの誰々が来ますという企画を、喜んでくださる方がちゃんといらっしゃいます。

 これも、日頃からULTIRAを応援して下さっているお客さまと、岩浪さんをはじめとした「良いものを観客にお届けしたい」という熱い気持ちを持った“作り手”の皆さまが、“送り手”である私たち劇場の力を信じてサポートして下さったおかげだと思っております。

──これまでは、シネコンといえば「国内で一斉に封切りされる新作を見るのが前提」と感じていましたが、施策次第では、観客やファンを巻き込んだ盛り上がりを醸成できるのですね。

羽藤:すべての作品がファーストラン(封切り上映)できればいいですが、スクリーン数の都合などもあり、そういう訳にもいきません(編注:一般的に、映画がどの劇場で公開されるかは、配給会社の戦略によるところが大きく、劇場側が希望すれば必ず上映できるものではない)。幕張新都心でのガルパン上映はまさにセカンドラン(ファーストランの次のタイミングでの上映)でした。

 それでも9.1ch上映直後の6月は、幕張新都心の単月の動員ランキングではガルパンが1位でした。2016年全体でも、一般的なシネコンであれば「君の名は。」、「シン・ゴジラ」、「ズートピア」、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」あたりが年間上位を占めるはずですが、その一角にガルパンが食い込むほどでした。

──そこまでのレベルとは……。ファンの方の映画の楽しみ方が変わってきているのかもしれません。

羽藤:2016年は、「君の名は。」に代表されるように、テレビで取り上げられたから大ヒットする、のではなく、口コミ、特にSNSの効果がもの凄く大きかった印象です。「シン・ゴジラ」も同じですよね。

 プラスして「体感する」も1つのキーワードになっていると思います。劇場によっては「応援上映」(上映中に観客が自由に声を出して登場人物の応援やセリフを言ったりする企画)や、「大音量上映」など様々な企画がある中で、我々にとっての武器となるのがULTIRAの大スクリーンなのかな、と。しかも、それを認識させていただいたのは、ガルパンであり、お客さまの声でした。

 結局、ガルパンを足かけ1年近く上映しましたが、かなり異例の事態です。ある意味「ぶっ飛んで」ますけど、お客さまのリクエストにこたえる形で実現できました。

8番スクリーンの入り口には「この世界の片隅に」の複製原画や監督サイン入りポスターが展示されていた。提供してくれたのはTwitterのフォロワーとのこと。劇場と来場客の近さを示す例と言える

羽藤:我々も、多くの作品をファーストランから上映できれば良いのですが、そこから遅れたとしても、ここ幕張新都心で上映することを喜んでくださる方がいらっしゃいます。なので、『○○(作品名)を幕張新都心で見たいというリクエストは、(Twitterなどで)じゃんじゃん書いていただきたい』というスタンスです。必ず実現できるかはわかりませんが、そういうリクエストはちゃんと見ています。

──そういった声が、実際の上映につながりやすくなっているのも、今の時代ならではですね。

羽藤:チェーンのシネコンというと「冷たい」「(中の人の)顔が見えない」「小回りがきかない」とお客さまに思われていないか──そういう心配があるんです。それを払拭するためにも、枠の空きを上手く活用して少しでも多くの作品を上映できるようにしています。

 最近は、劇場の設備にあまり関心がないお客さまに対しても、8番スクリーンの凄さを伝えようという試みもしています。例えば、上映の前後に私がスクリーンの前に立ってご挨拶したり、「この世界の片隅に」の上映前には「監督さんが直接いらしてですね……」といった話をしたり。お客さまにちょっとでも「得したな」と思っていただければ嬉しいですね。

映画館の楽しみは、もちろんスクリーンだけではない。飲食コーナーで販売されているソフトドリンクは、様々な味を組み合わせた「フレーバードリンク」が人気。これを販売したシネコンはイオンシネマが最初なのでは、とのこと
チケットの自動発券機

森田秀一

1976年埼玉県生まれ。学生時代から趣味でパソコンに親しむ。大学卒業後の1999年に文具メーカーへ就職。営業職を経験した後、インプレスのWebニュースサイトで記者職に従事した。2003年ごろからフリーランスライターとしての活動を本格化。主に「INTERNET Watch」「AV Watch」「ケータイ Watch」で、ネット、動画配信、携帯電話などの取材レポートを執筆する。近著は「動画配信ビジネス調査報告書 2017」「ウェアラブルビジネス調査報告書 2016」(インプレス総合研究所)。