鳥居一豊の「良作×良品」

第124回

タブレット映画鑑賞がリッチに! ソニー「HT-AX7」で“ちょうどいい”ホームシアター

ソニー「HT-AX7」使用イメージ

スマホやタブレットで映画を見る人のためのシアター用スピーカー

ホームシアターには、プロジェクターと本格的な7.1.4chのDolby Atmos対応サラウンドシステムから、薄型テレビ + 手軽なサウンドバーなど、いろいろなタイプがある。しかし、今家庭で動画配信サービスを使って映画や動画を楽しむ時に、一番利用者が多いデバイスはスマホやタブレットだろう。

スマホやタブレットで映画を見ることについての是非はここでは言及しない。言いたいことはいろいろとあるが、個人がそれで満足できているならば、それで良い。他人がとやかく言うことではない。

スマホやタブレットで映画鑑賞となると、音はどうだろうか、内蔵スピーカーか、ワイヤレスイヤフォンか。だとすればサウンドバーでもおおげさと感じるかもしれない。ワイヤレスイヤフォンだってずいぶんと音が良くなった。ワイヤレススピーカーを使うという選択肢だってある。

こうした機器でも、映画や空間オーディオを楽しめる製品は存在する。しかし、リアルなサラウンド音声を体感しようとすると、ワンボディのスピーカーやイヤフォンでは難しい。“手軽なワイヤレススピーカーでサラウンド”というのは、あまり開拓されていない分野だ。

今回紹介するソニーの「HT-AX7」(直販価格7万7,000円)は、まさにその分野に挑戦する製品。つまり、“スマホやタブレットで映画を見る人のための手軽なサラウンドスピーカー”だ。

HT-AX7の外観。ファブリック素材で包まれ丸みをおびた優しい印象だが、見かけはごく普通のスピーカーだ

メインスピーカーと2つワイヤレススピーカーがセット

丸みを帯びたフォルムがちょっとユニークだが、一見するとごく普通のワイヤレススピーカーに見える。ところが実は、上部の丸い部分は着脱式のワイヤレススピーカーとなっている。

下の部分のメインスピーカーを自分の前方に設置。取り外したワイヤレススピーカーを自分の後ろの左右に設置する事で、サラウンド用スピーカーとして機能し、前後から音に包まれるような音場を再現できる。

スマホやタブレットとHT-AX7との接続はBluetoothだ。コーデックはSBCとAACのみ。親機であるメインスピーカーとサブのワイヤレススピーカーは独自のデジタル無線接続となる。

親機と子機はペアリング済みで余計な設定などをする必要はない(子機だけをスマホなどと直接接続することはできない)。つまり、使い勝手としてはスマホとHT-AX7をBluetoothでペアリングすればいい。マルチペアリングにも対応しているなど、使い勝手もごく普通のBluetoothスピーカーだ。

なお、親機に子機を合体させれば、子機は自動的に充電される仕組みだ。親機自体にもバッテリーは内蔵されていて、最大約30時間使用できるポータブルスピーカーにもなる。

親機から子機を取り外したところ。使うときに分離するのがHT-AX7の最大の特長だ

親機から子機を取り外すと、充電のための接続端子が見える。これはなかなかよく出来ている。使う時だけ取り外して自分の後ろに置けばいい。使わない時は親機に載せておけば充電が行なわれるというわけだ。ちなみに合体した状態でも音楽などの再生はできる。ただし、後述するサラウンド再生は不可、通常のステレオ再生となる。

親機の上面。左右の子機との接続端子のほか、電源ボタンをはじめとする操作ボタンがある
底面と背面を見ると、スタンド部分に充電用のUSB-C端子がある。他に接続端子の類はない。割り切った作りだ
側面から見たところ。奥行きの短いスリムな形状になっている。横幅は306mmで置き場所を問わずどこでも使える

Bluetoothスピーカーとしてはまっとうな作りで、スピーカーユニットには独自のX-Balanced Speaker Unitを採用。親機には約49×71mm口径で、子機は約60mm口径だ。どちらも独自の楕円形形状として音圧を高め、ユニット中心から駆動軸をずらしたオフセット駆動や、磁気回路などの振動系部品の重量バランスを最適化することで高音質を実現したもの。これに加えて、親機にはサイドに2個のパッシブラジエーターを追加して、低音を増強している。

HT-AX7を正面から見たところ。前面にフルレンジスピーカーが2つ。角が湾曲したサイド部分にパッシブラジエーターがある

子機のリアスピーカーはお皿のような薄い丸型で、ユニットは上向きに装着されている。一般的なスピーカーよりもコーンの形状が浅い振動板を採用し、360度方向への音の広がりを高めたものとなっている。丸い上面を自分に向けて置きたくなるが、お皿のようにスピーカーが上を向くように設置するのが正しい。

丸型の子機。それぞれスピーカーが上向きに装着されている。こちらも全面がファブリック素材で包まれている
上面と底面。まったく同じように見えるが、左右がきちんと区別されており、自分の後ろの右(R)と左(L)に置く
梱包のケースはプラスチックを削減した再生紙素材を積極的に採用している

さっそく音楽を聴いてみる。なかなか面白い音場感

接続自体も普通のBluetoothスピーカーと同じように接続できるが、操作用アプリの「Home Entertainment Connect」を使えば初期設定も簡単だし、スマホをリモコンとしても使えるようになる。映画などを見る端末にアプリをダウンロードしてセットアップしてしまうのが便利だろう。今回は映画の試聴で使用するiPad miniを使用した。

アプリを起動すると機器の電源を入れるように指示され、機器を見つけると自動で接続設定が行なわれる
セットアップが完了した状態。HT-AX7を選ぶと機器の操作などが行えるようになる

これで準備は完了だ。操作に困るようなこともないし、誰でも簡単に使えるだろう。ホームシアター機器だと思っていたら簡単すぎて拍子抜けするくらいだ。

機器の操作も最小限のものとなっていて、メインのボリュームと子機のリアスピーカーの音量、低音の音量の調整があるだけ。サラウンドのためのモードは、夜用のナイトモード、SOUND FIELDのオン/オフ、セリフを聴きやすくするボイスモードがあるだけだ。

まずは子機を親機のセットした状態でApple Musicで音楽を聴いてみた。SOUND FIELDはオフ。普通にBluetoothスピーカーだ。ボディがコンパクトなのでステレオ感はやや乏しいが、ボーカルはくっきりとしているし、ドラムなどの低音も思ったよりも力強く、弛むことなくリズムを刻む。Bluetoothスピーカーも7万円台となれば十分に高価な部類だが、さすがに音質的な物足りなさはない。

この状態で子機を分離して聴いてみる。試聴室にあるソファーの背もたれの両端にリアスピーカーを置いた。親機は前方のタブレットなどを置くテーブルに設置した。このとき、音場設定などをする必要はない。設置位置も視聴位置から何mという決まり事もなく、感覚的な前側に親機(フロントスピーカー)。後ろ側の左右に子機(リアスピーカー)を置けばいい。あとは必要に応じてリアスピーカーの音量を微調整する。

前側でやや狭いステレオ感で鳴っていた音は、リアスピーカーを後ろに配置するとグッと部屋全体に広がる。よくよく聴くとボーカルなどは前方から鳴っていると感じるが、どちらかというと部屋いっぱいにステレオ音場が広がっている感じで、いわゆる「Stereo Everywhere(どこでもステレオ)」という感じになる。これはなかなか気持ちがいい。喫茶店などのBGMが鳴っている感じとも言えるし、よくよく聴かないとスピーカーがどこにあるかわからない感じで、音楽と真っ正面から向き合うのではなく気持ち良く音楽が鳴っている感じに近い。

この感じは3つのスピーカーの中にいる時に感じられるものなので、スマホで音楽を聴くことが多いなら、リアスピーカーは部屋の端に置いて部屋中が音楽で満たされている感じで聴くのも悪くないと思う。実際に試してみたが、親機のフロントスピーカーが視聴位置から遠くなりすぎると細かな音が聴こえにくくなるし音像もぼやけるが、子機のリアスピーカーは遠くに置いた方が部屋中に音楽が鳴っている感じで気持ちいい。

SOUND FIELDをオンにすると、しっかりと前方にボーカル音像が立つ。音楽自体も前から鳴っているイメージで、ボーカル以外の伴奏が後ろではなく部屋全体に広がっているイメージになる。ビリー・アイリッシュの「Happier Than Ever」などを聴いてみたが、くっきりと定位するボーカルと自分を包み込むような演奏の音の広がりが実に豊か。いわゆるステレオ再生による音場感をベースにより広がりを豊かにしたような印象だ。

Apple Musicで音楽を鑑賞。HT-AX7と接続した状態なら音楽配信サービスなども立体感のある音で楽しめる

重要なのは、位相をいじったような不自然な音の広がりにならないこと。リアスピーカーの威力がよくわかる音だが、チャンネルのつながりがよく、後ろというよりも真横にスピーカーがあるような感じでもあるし、後ろ方向の音が薄いという感じもない。

これを実現しているのが、ソニー独自の立体音響技術「360 Spatial Sound Mapping」。実スピーカーは3つ(チャンネル数は4つ)だが、これらを元に複数の仮想音源を生成し、立体的な音場を作り出す技術だ。リアスピーカーが上向きの360度指向性というのもきちんと把握して音場を生成しているようで、漠然とした感じではあるが高さ感もある。

「360 Spatial Sound Mapping」は、サウンドバーやAVアンプでも採用されている高度な立体音響技術だが、改めてその威力に感心した。ちなみに、ビリー・アイリッシュの「Happier Than Ever」は空間オーディオにも対応しており、Dolby Atmos音源で聴くこともできるが、HT-AX7はDolby Atmosどころか、5.1chなどのドルビーオーディオには対応していない。もちろん、DTSやAACといったサラウンド音源にも対応しない。何故ならBluetooth接続だから。

今のところ、Bluetoothではステレオ音源しか伝送できない。バイノーラル録音されたASMR音源など、ヘッドフォン視聴で立体感を得られる音源もあるが、そうした音源にも対応しない(音は出るが再生を想定していない)。

つまり、純粋なステレオ音声専用のスピーカーなのに、これだけの音場というか立体的な広がりのある音が得られるのは非常に面白い。5.1ch以上など複数のスピーカーを使うことで優れた音場を再現できる「360 Spatial Sound Mapping」だが、こういう最小単位のシステムでも優れた効果を発揮できるのは大きなメリットだと思う。

また、ステレオ音源を元にこうした立体的な音場に再現することをアップミックスと呼ぶが、HT-AX7にも独自のアップミキサーが搭載されている。これが音声をリアルタイムで分析し、音源の定位に応じて音を分離・抽出し、サラウンド化を行なうわけだが、そのアップミキサーの出来が非常に良いと思う。その威力は映画の音で存分に楽しめるが、ボーカルだけでなく複数のコーラスが加わった曲や、位相を制御してステレオ音源でも音像定位が前後に動くような録音をした曲を聴くと、その再現性に驚かされるはずだ。

映画でもなかなかの臨場感を楽しめる。アクション映画も迫力たっぷり

ではいよいよ映画を見てみよう。今回はiPad miniのNetflixアプリで「ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード」を見た。これは「ヒットマンズ・ボディガード」の続編で、ライアン・レイノルズ扮するボディガードと、超一流の暗殺者であるサミュエル・L・ジャクソンとその奥さん(サルマ・ハエック)による大活劇だ。

ライアン・レイノルズとサミュエル・L・ジャクソンとその奥さんによる掛け合いが最高に面白いのだが、それでいて結果的には彼らが抱える問題を解決し、ヨーロッパの危機まで救ってしまうのだから見ていて爽快だ。

視聴したNETFLIXの「ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード」

スピーカーの位置は、ソファーの手前に置いたテーブルに親機のフロントスピーカーを置き、ソファの背もたれに子機のリアスピーカーを左右に置いた状態に戻した。音声は5.1chの英語音声ではなく、2ch収録の日本語吹き替え音声だ。それにも関わらず、冒頭から派手に車を疾走させる場面で、左右はもちろん前後の移動感もなかなかしっかりと感じられる。

映画を再生しながら、「Home Entertainment Connect」を表示。右上の黒い画面は再生中の映像。映画を見ながら、SOUND FIELDのオン/オフ、リアスピーカーや低音の調整が行なえる

前回の事件の影響でボディガードの資格を停止され、精神科の治療も受けているライアン・レイノルズだったが、新婚旅行の途中で姿を消したサミュエル・L・ジャクソンを追うサルマ・ハエックの勘違いで事件に巻き込まれることになる。スクーターでのカーチェイスをはじめ、ど派手なガン・アクションなども見物の作品だが、一番の面白さは名役者たちによる掛け合いだ。不妊が悩みのサルマ・ハエックはプライベートな悩みもあけすけに話すし、下品な言葉遣いも遠慮がない。日本語吹き替えもかなり忠実に翻訳しているのは感心するし、声優陣の演技も見事だ。

そんな下品で楽しい会話がくっきりとした音声で展開するからなお楽しい。さらに感心するのは、会話などの声はきちんと前から聴こえるのに、それを追うマフィアたちなどの罵声は後ろや横などからやかましく鳴るところ。単純に人の声を抽出してセンターから再生するというのではなく、声に含まれる響き成分などからきちんと本来聴こえるべき場所のあたりから鳴らすのは見事だ。だから、銃撃音などは前後左右に飛び交うし、カーチェイスでマフィアの車が迫ってくる感じもなかなかそれらしい感じで再現される。

スマホやタブレットでの映画鑑賞は、筆者も時々するが、そもそもサラウンド感に期待などしてないし、新幹線での移動などでのヒマつぶしだったり、原稿を書いているときに確認するための再生だったりと、楽しむことを目的としていない。タブレット視聴というのはそういうものだと思っていたが、HT-AX7を使うとこれがなかなか楽しい。これは実にぜいたくなタブレット視聴という印象になる。

アクション映画では肝心な爆発音などの大音響も、視聴者を中心とした半径1mほどのエリア内ならば十分な音量が得られるし、低音感も十分。音楽でも感じたがよく弾む低音なので迫力も伝わるし、迫力はあってももやもやと不鮮明になることもない。映画も音楽も気持ちよく楽しめる上手いバランスだ。

ついつい欲張ってしまいがちだが、「このくらい」がちょうどいい

スマホやタブレットでの映画鑑賞というと、筆者のような映画館/ホームシアター原理主義者からするとあれこれと口やかましく言いたくなるが、どこでも気軽に楽しめるメリットはあるし、否定することはできない。しかも、HT-AX7があればまさに言うことなしだ。

逆に言うと、このコンパクトさでこれだけのサラウンド感が得られるならば、HDMI入力が欲しいと思ってしまう。スマホやタブレットと接続するならUSB入力でもいい。Dolby Atmosなどのサラウンド音声にきちんと対応すればもっとサラウンドの再現性は向上するかもしれない。

そういう人は、サウンドバーを買ったほうがいい。ソニーのHT-A3000などならDolby Atmos対応だし、リアのワイヤレススピーカーを追加して「360 Spatial Sound Mapping」も楽しめる。

HT-AX7はあくまでもスマホやタブレットで映画を見ている人のためのもの。だから、HT-A3000と別売のリアワイヤレススピーカーとの組み合わせと比較すれば、サラウンド感や後方の音の定位など、足りないものはある。HT-AX7にあれもこれもと機能を求めると、価格もまったく身近でなくなるし、決して気軽ではなくなる。そもそもそういうものを求める人は大画面テレビとサウンドバー、あるいは5.1ch以上の本格的なサラウンドシステムを選んでいるはずだ。

そういう意味で、きちんと割り切った作りとなっているのがHT-AX7の魅力だ。Bluetoothスピーカーとしては少々割高に感じる人もいるとは思うが、ワイヤレススピーカーが2個付属した3ピースと考えると決して高くはない。気軽に使えるBluetoothスピーカーでありながら、ここまでサラウンドの面白さを味わえるのは驚異的でさえある。

あえてライバルを想定すると、空間オーディオに対応したヘッドフォンやサラウンドヘッドフォンが思いつく。だが、自分の身体になにも装着しない気軽さを考えると、スピーカー再生が優位に感じる。どちらを選んでもスマホやタブレットの映画鑑賞がもっとぜいたくな楽しみになる。

ステレオ再生専用というが、テレビ放送のドラマやアニメなど、動画コンテンツ全般を考えればステレオ音源の方が圧倒的に多数だ。それらのすべてが豊かな立体音響で楽しめるとなれば、印象も変わるのではないかと思う。最近のアニメは「機動戦士ガンダム 水星の魔女」にしても、「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」など、見応えのある作品が数多いし、それらの多くは動画配信サービスでいつでも楽しめる。アニメに限らないがこうしたコンテンツを気軽に楽しんでいる人におすすめしたい。スマホやタブレットで映画を見る人のための「ちょうどいい」ホームシアターだ。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。