鳥居一豊の「良作×良品」

第128回

話題の「MEMSドライバー」搭載イヤフォン、まとめて聴いてみた。驚きの高域&低歪み

昨年末に登場し、大きな話題となった「MEMSドライバー」。シリコンウェハーから作られる半導体部品というユニークなドライバーだ。筆者も説明会に参加したが、ドライバー自体だけでなく音の点でも面白いと感じた。しかも、Noble Audioだけでなく、クリエイティブ・メディアからも製品が発売されていて、今後も続々と搭載モデルが増えてくるような予感がある。そこで今回は、MEMSドライバー搭載モデルを3モデルお借りして、その音やそれぞれの違いをじっくりと紹介しよう。

3モデルに搭載されているMEMSドライバーを開発したのはアメリカのxMEMS Labで、6年前に設立された新しい会社だ。音を出す原理としては電圧をかけると伸縮するピエゾ方式で、シリコン製の振動板が観音開きのドアのようにパタパタと開閉して音を出す。薄く小さいだけでなく、耐久性にも優れるという。

指先にあるのがMEMSドライバーの1つである「Cowell Top Firing」。非常に小さい
右下のイラストに注目。虹色の部分が蓋で、上に跳ね上がったり、閉じたり、下がったりしている。これをパタパタと繰り返す事で音を出す

また、ICのように大量生産による低コスト化が可能で、ドライバー自身がシリコンウェハーから製造されるため、これまでのドライバーのように細かな部品を集めて組み立てる手間がないため、ドライバーごとの性能のバラツキが少ないというメリットもある。

強いて弱点を挙げるなら駆動のためにバイアス電圧をかける必要があることくらいだろうか。もともとアンプなども内蔵するワイヤレスイヤフォンならば専用のアンプを使えば済むし、この電力自体も決して大電力ではないので大きなデメリットにはならないようだ。ワイヤレスタイプだけでなく、専用のUSB DAC内蔵イヤフォンケーブルを使って直接スマホなどと接続できる有線タイプの「XM-1」という製品がNoble Audioから今後登場予定。高性能なドライバーならば有線で非圧縮のリニアPCM信号を送って再生したいというマニアックなニーズに応えるのも期待度は高い。

FALCON MAXと同様にMEMSドライバーを搭載した有線イヤフォン「XM-1」
専用のUSB DAC内蔵イヤフォンケーブルを使って直接スマホなどと接続する

音質はもちろん、対応コーデックや機能性でも高性能を追求した「FALCON MAX」

お借りしたモデルはNoble Audioの「FALCON MAX」(実売3万9,600円前後)、クリエイティブメディアの「Aurvana Ace 2」(直販2万3,800円)、同じく「Aurvana Ace」(直販2万7,80円)の3つ。Aurvana Ace/Ace2は兄弟モデルで、外観の仕上げのほかは対応するBluetooth用のコーデックなどの機能が異なっている。

それぞれのモデルの概要を紹介しよう。FALCON MAXはMEMSの「Cowell」ドライバーと10mm径のダイナミックドライバーを組み合わせたハイブリッド構成だ。ダイナミックドライバーにはPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)とPU(ポリウレタン)の複合素材に液晶ポリマー(LCP)をコーティングした振動板を採用している。もちろん、ジョン・モールトンによる音質チューニングも行なわれている。

FALCON MAXのイヤフォン。見た目も高級感のあるデザインでイヤピースは背の低いウレタンフォームタイプとなっている
イヤフォンの形状は水滴状の曲面で構成された形状になっている

心臓部となるSoCはQualcomm製の「QCC5171」を使用。従来のものにくらべて演算性能は2倍、消費電力は20%低減した最新世代のものだ。Bluetooth 5.3対応で「LE Audio」規格にも対応している。

Bluetooth用のオーディオコーデックは、LDACとaptX Adaptiveの両方に対応。aptX Adaptive接続時にはLow LatencyモードやLosslessモードにも対応。このほか、従来からのSBC、AAC、aptXに対応し、LE-Audio接続時のLC3にも対応する。LDACとaptX Adaptiveの両方に対応する世界初の完全ワイヤレスイヤフォンだ。

アクティブノイズキャンセル機能は第3世代の「Adaptive ANC」を採用。フィードフォワードとフィードバックを組み合わせたハイブリッド方式で、ジョン・モールトンによるANC/アンビエント/ANCオフ時の音質の変化を抑えたチューニングも施されている。外音を取り込むアンビエントモードも従来よりも広帯域で外音を取り込み、周囲の音を聞きやすくする「Full-band ambient mode」としている。

このほか、音声通話用の「aptX Voice」を採用して通話品質を向上、2台までのマルチポイント・マルチペアリング、IP54対応の防塵・防水設計などの最新機能も万全だ。肝心のバッテリー使用時間は、最大で5.5時間(ANC OFF、音量60%、Classic Bluetooth接続時)、充電ケースは約4回の充電が可能だ。急速充電やワイヤレス充電にも対応している。接続コーデックの切り替えや各種の動作モード変更などを操作できる専用アプリも提供予定となっており、機能性の点でも高い性能を実現したモデルだ。

充電ケースに収めた状態。充電用のUSB C端子などは背面にある

比較的手頃な価格ながら性能も優秀な「Aurvana Ace」、「Aurvana Ace2」

続いてはAurvana Ace/Ace2。形状としてはハウジングからスティック状のバーが伸びたタイプで、見た目はFALCON MAXとは大きく異なる。ハウジングはコンパクトだが電子回路やバッテリー、アンテナ等はスティック部分に内蔵されるのでエンクロージャー容積には大きな差はなさそうだ。

MEMSドライバーは「Cowell」だが組み合わされる10mm径のダイナミックドライバーは異なるようだ。Ace/Ace2の違いはハウジング部分の色のみで、Aceはブラック、Ace2はトランスルーセントブラックとなっている。このため、Ace2は内部の様子がうっすらと見える。

左がAce2で右がAce。形状などは共通だがAce2は半透明パーツが使用されているのが大きな違いだ
充電ケースを開けた状態。左のAce2用のケースは半透明なだけではなく内部が銅色となっている
イヤフォン本体部。左がAce2で右がAce。イヤーチップは一般的なシリコン製

SoCはQualcomm製のようだが詳しい型番などは非公開。BluetoothコーデックはAptX Adaptive、AptX、AAC、SBCに対応する。これに加えてAce2ではQualcomm Snapdragon Sound、AptX Losslessにも対応する。この点で使用するSoCに違いがあると思われるが、Bluetoothバージョンはどちらも5.3で、LE-Audio対応でコーデックはLC3となっているのも共通。

アクティブノイズキャンセル機能は、Ace2がQualcommアダプティブアクティブノイズキャンセルで、Aceが通常のアクティブノイズキャンセルとなる。方式としてはどちらもフィードフォワードとフィードバックのハイブリッド型。アンビエントモードはどちらも備えている。さらにAce2では「Qualcomm cVc(クリアーボイスキャプチャー)」によるクリアな音声通話を実現している。

バッテリー使用時間は最大で6時間、充電ケースは約4回の充電が可能。どちらもワイヤレス充電機能も備える。防滴性能はIPX5相当となっている。スマホからの設定などはすでに提供されているCreativeアプリで行なえる。こうして見ていくと、Ace/Ace2の違いはイヤフォン、充電ケースの外観のほか、対応コーデックに違いがあり、ノイズキャンセル機能や通話品質が向上している点となっている。

充電ケースにある充電端子。左がFALCON MAXのもので、右がAurvana Ace2のもの。どちらも接続端子はUSB C端子で、ペアリングなどで使用するボタンが備わっているのも同じ

MEMSドライバーのスムーズな高域、低歪みがよくわかる「FALCON MAX」の音。

では試聴だ。まずはNoble AudioのFALCON MAXを聴いた。プレーヤーはAstell&KernのA&Futura SE300を使用している。

製品説明会でも聴いて驚いたが、今までのイヤフォンとはかなり違った印象になる。音場が広く、開放的で、とても高域がスムーズだ。ヘッドフォンで言うと平面型ドライバーのものや、開放型のモデルに近い感触がある。耳の中に挿入するカナル型でここまで開放的な鳴り方をするのも異例だし、高域の伸びや歪み感のない清らかな感じは今までにない新しいドライバーの音と感じてしまう。

Astell&KernのA&Futura SE300を使って、それぞれのイヤフォンを試聴

ただし、濁りのないきれいな音なので、インパクトというか派手さ、力強さのような感触は薄い。筆者は大音量派なので特に試聴時はどんなモデルでもフルボリュームに近い音量で聴きがちで、その意味では絶対的な音量に不満は感じないのだが、もっと音量を上げたいとも感じる。歪み感が少なく音量を上げていっても嫌な音が出たり耳障りにならないのでさらに音量を上げたくなるのだ。

ボーカル曲などを聴くと、声のニュアンスは豊かで立体的なステージにボーカルがフワっと浮かび上がる感覚がある。頭の外にまで音が広がるタイプでカナル型のイヤフォンらしからぬ音場の広さだ。音の出方もスムーズで優しい感触なので、声を張った時のエネルギー感もやや穏やかになるが、他と比べて穏やかというだけでエネルギーや強弱もしっかりと再現できている。

YOASOBIの「勇者」は音数も比較的多めで、コンプレッションも強めな曲なのでガチャガチャとした音に感じがちだが、FALCON MAXで聴くと、思った以上に整然とスムーズに鳴らす。

声のくっきりとした鳴り方や聴きやすさと情報量の豊かさがうまくバランスした音はNoble Audioの有線タイプのイヤフォンに通じるものがある。初見の印象ではFALCONシリーズではなくFokusシリーズとしても良いと感じたほど。

特筆したいのが低音の鳴り方で、透明感のある中高域を邪魔することなくどちらかというと控えめな鳴り方をするのだが、出音のスピードの速さ、リズム感の良さが素晴らしい。低音の感触もややタイトなのでもっと低音がモリモリ出てもいいとは思うが、聴き込んでいくときちんとローエンドまで伸びていて不足は感じない。

今回の主題であるEvan Callによる「葬送のフリーレン」のサントラ盤を聴くと、古い民謡のような感触のある楽曲の古楽器による独特な音色の違いが鮮明に描かれる。レベックという弦楽器を使っているようなのだが、バイオリンと比べると高域がつまった感じになる鳴り方がよくわかり、曲の持つ懐かしさとか昔話を回想しているムードがよく出ている。曲によってはバイオリンも使っているのでその音色の違いもよくわかる。

特筆したいのは音に遠近感があること。アコースティック主体の楽曲であることもあり、アニメの劇伴らしからぬダイナミックレンジの広い録音になっているが、それが音圧的な大小というよりは音が遠い/近いといった感触になる。この感じは生のクラシックの曲の演奏を聴いた感じに近く、ピアニッシモで音圧を抑えて弾いているときの感じがよく出る。微小音が濁りなく聴こえるので、静寂感もよく出るし音がハーモニーとなって空間で響く感じもよくわかる。

曲としても迫力があり、スリリングな曲である「Zoltraak」では、開放的な音の響きと民謡のようなコーラス、力強く鳴る太鼓などのリズム楽器のスピードとキレが秀逸。もっとパワフルに鳴ってほしいと感じる人もいると思うが、弱音の静寂感と清らかな音色にフォーカスするとクライマックでのリズム楽器の連打も十分にパワフルだし、躍動感のある鳴り方だ。

このように、若干大人しいというか落ち着いた雰囲気のある音だが、中高域のみずみずしい鳴り方や情報量は多いのに個々の音を解きほぐすようなきめ細かい再現などは、従来のダイナミック型やBA型の音はひと味違う面白さを感じた。けっして大音量でガンガン鳴らすタイプではないが、ゆったりと落ち着いて聴くことのできる音だ。

ノイズリダクションは低周波を中心にしっかりとノイズを低減し、上質な静けさを再現するタイプ。人の声などは聞きづらいくらいにまで低減はするが多少は聞こえる。十分に優秀だが、ノイズキャンセルで評価の高いモデルと比べると多少の差は感じる。

ただし、ノイズキャンセルのオン/オフ、アンビエントモードでの音質差が少ないので使いやすいし、不自然さも少ない。微小音の再現が上手なモデルなのでノイズキャンセルオンで聴くほうが持ち味は活かせるだろう。アンビエントモードはかなり明瞭に外界の音を聴き取れるが、反面マイクで音を拾った感じもあって駅でアナウンスを確認するときや急に人と会ったときなどにのみ使いたい感じだ。

個人的には音質的にはかなり好ましいし、ノイズキャンセル機能も実用上は十分。その他の機能でも最新モデルとして見劣りするようなところもなく、注目のモデルと言って良さそうだ。特に平面型ヘッドフォンや開放型ヘッドフォンが好みという人にはおすすめしたい。

同じMEMSドライバーとは思えない、ガラリと印象の異なる元気なサウンド「Aurvana Ace/Ace2」

今度は「Aurvana Ace/Ace2」だ。前半の説明のように機能に違いはあるが使用するドライバーや基本設計は共通なのでそれぞれの違いを紹介していこう。

まずはノイズキャンセル機能だが、どちらも低周波を中心にノイズを抑えるタイプ。Ace2の方が中高域までよく抑えるが、それでもFALCON MAXにはやや劣る感じ。これはハウジングが大きく耳との接触部分が多いFALCON MAXの方がパッシブなノイズ遮断で有利なためかと感じるくらいの差だ。

ノイズキャンセル性能で一番劣るAceも人の声などが耳についてしまうほどではなく、同じ場所でずっと聞いているぶんには差はあまり感じない。移動しながら路上や駅の構内と外界の騒音が変化する場所でノイズの目立ち方がはっきりと感じられた。これは、Ace2がアダプティブ(適応型)ノイズキャンセルとなっていることとの差だろう。

感心したのは、Ace2のアンビエントモード。イヤフォンと外したときとほとんど変化がないと言いたくなるほど自然な外音取り込みで、耳を塞がないタイプのイヤフォンと勝負できるレベルだ。これに比べるとAceは比較するとほんの少しマイクで音を拾っているような強調感はあるがそれでもかなり上等なアンビエントモードだ。筆者は散歩をするときに音楽を聴くより外の音を聞きながら歩く方が好きなタイプで、屋外で使うならば耳を塞がないタイプが一番好ましいが、Ace2ならアンビエントモードで散歩しながら使いたいレベル。Aceも十分それに近いレベルだ。

ノイズキャンセルオン/オフの音質差もほぼ気にならないレベルだが、ノイズキャンセルオンの方が音に力強さが出るので、試聴はノイズキャンセル・オンで行なっている。

基本的な音調はややドンシャリで元気よく鳴るタイプ。このあたりはFALCON MAXとはかなり印象が違う。いろいろな曲を聴いてみると、音場の広さや高域の伸びの良さ、低歪みな感じはMEMSドライバーの良さが出ていると感じる。だから元気よく鳴るタイプにありがちな音量を上げるとやかましく感じたりすることは少ない。聴き心地としては聴きやすくメリハリの聴いた音で、MEMSドライバーということも意識せず普通のイヤフォンとして違和感のない音だ。

元気よく鳴らすと楽しいYOASOBIの「勇者」を聴くと、テンポの速い節回しで小気味よく歌う声もはっきりと鳴るし、高域の伸びはきれいに伸びつつ耳障りにならない。伴奏のさまざまな楽器の音もはっきりと鳴りつつガチャガチャしない。リズムはかなり力強く鳴り、力強さも十分。個人的な印象としてはアニソンを聴くならばこのくらい元気のいい音で、それでいて高域が耳障りにならない適度な落ち着きのあるタイプが好ましい。

AceとAce2の差で言うと、Ace2の方が低音がよりはっきりと鳴るとか、細かな音の再現や音の広がりが優れると感じるが、音場の広さや開放感はMEMSドライバーの良さかAceも十分だし、大きな差ではない。おそらくは使用している回路部品、筐体の素材の違いなどで生じたものだろう。どちらもノイズキャンセル・オンで聴いているのでそれによる影響が音に現れているのかと思われる。後で触れる中低音域のモヤ付きが気になる人はAce2の方が好ましいと感じるかもしれないが、いずれにしてもいわゆる上位モデルと下位モデルのような音質差ではない。

「葬送のフリーレン」のサントラ盤を聴くと、もちろん弱音の再現性などの良さは感じるし、古楽器の独特な音色もきちんと出ている。それよりは低音がしっかりと鳴り、「Journey of a Lifetime~Frieren Min Theme」の太鼓のリズムが力強く、行進曲とは異なるが旅に出るときの高揚感がしっかりと出る。パワフルな鳴り方なので音圧の大小によるダイナミックさもしっかりと出る。

反面、低音がたっぷりと鳴るぶんもあって中高域はすこし不鮮明になる感じもある。これを量感豊かな音と感じるか、中高音が少しモヤつくと感じるかは個人で差が出るだろう。個人的な印象で言うと、MEMSドライバーの良さを活かしてドライバーもタイトで解像感の高い音にしたのがFALCON MAXで、一般的なイヤフォンの音質としての低音を組み合わせているのがAce/Ace2と言えるかもしれない。

だから、FALCON MAXはMEMSドライバーのフルレンジかと思うくらい音の繋がりがよいが、Ace/Ace2だと多少高域と低域で傾向の異なる感じはある。

誤解されやすい表現になってしまうが、Ace/Ace2は従来のイヤフォンに近い普通の良い音だ。MEMSドライバーと気付かない人もいるかもしれない。それにしては高域がきれいだよな、音場が広いよな、よほど良いドライバーを使ったのかな? ……と調べてみるとMEMSドライバーだと気付く感じだ。

クリエイティブ・メディアはもともと「サウンドブラスター」などのPC用の音響機器で名を知られるメーカーだし、Creativeはもともとのブランド名で発売される各種のオーディオ機器やヘッドフォン/イヤフォンも安価ながらコストパフォーマンスに優れた製品が数多く、音の点でもわかりやすく聴いて楽しい音に仕上げる傾向はある。ドンシャリ気味の傾向とかメリハリの効いた音などがわかりやすい特長だ。もちろん、Ace/Ace2以外の製品も価格帯満足度で言えば不満の出ない音ではあるが、変にそれ以上を欲張ることもないし、高音質を追求して個性的な(変な)音にしてしまうようなこともない。良い意味でも悪い意味でも平均点よりちょっと上にあるモデルが多い。

メーカーのスタンスや目指す音の方向自体が万人受けのする音なのだと思うが、Ace/Ace2はそういう方向の音だが、それだけでなく、さらに上質になっているとわかる。

ドンシャリ気味でメリハリのある音は、パッと聴いて楽しい音ではあるが、さまざまな曲を聴くと単調になりやすい。どの曲も快活で楽しい音になってしまうと、高音質を求める人にとっては伸びしろが少ないとか、表現力が足りないと感じるのだ。

そうした不満がAce/Ace2ではだいぶ少ない。MEMSドライバーの高域の特性の良さとか低歪みのおかげで表現が単調にならず、楽曲の持つニュアンスの違いとか表情もより豊かになっている。ある意味で「MEMSドライバーの特性の良さはこういう生かし方もあるのか」と感心する出来だ。

だから、曲調としてもエモーショナルな表現としても相性の良い「Zoltraak」を聴くと、パワフルでテンポの速いスリリングな雰囲気もよく伝わるし、バトル時の高揚感というか勢いの良さもこれくらい量感のある鳴り方の方が楽しい。もっとも、アニメ版での戦闘は思った以上にあっさりとしていて、一般的なファンタジー作品の血湧き肉躍る感じよりもFALCON MAXの少しあっさりとした感じの方がムードは合うのかもしれないが。

というわけで、Aurvana Ace/Ace2は“上出来の普通の音”で、そういう意味では目を引くとか特徴的な音ではないと感じる人は多いと思う。MEMSドライバーらしさがよく伝わるのはFALCON MAXだし、価格もかなり違うので基本的な実力にも差は大きい。繰り返しになるがAce/Ace2の良さはMEMSドライバーの素性の良さでいわゆるドンシャリ気味の音調でもここまで表情が出るということ。価格を考えるとなかなか魅力のある製品と言えると思う。

将来性豊かなMEMSドライバー。その可能性の広さと今後の展開が楽しみだ

MEMSドライバーのような今までにないドライバーが登場すると、当然注目度は高い。だが、あまりにも個性的過ぎてしまうとどのメーカーからも似たような音のモデルばかりになってしまって、ダイナミック型やBA型のように幅広くさまざまなメーカーで使われるようなドライバーにはなれないとも思う。

そういう意味で、同じMEMSドライバーでありながらもここまで音の感触の違うモデルが出たのは良いことだと思う。高域特性の良さ(周波数特性もわりと良いらしい)とか、低歪みなどの性能の良さはありながら、音色的な個性があまり出ないのも良いのかもしれない。

使いこなしはこれからだと思うし、ドライバーメーカーからもさらに新しいMEMSドライバーが登場するだろう。個人的には参考モデルとしてNoble Audioが開発している「XM-1」のような有線タイプや、MEMSがドライバーの活用例としてリファレンスデザインを作っていた“MEMSドライバーを多数並列で配置したアクティブスピーカー”のような展開も楽しみだ。

これからもたくさんの話題を提供してくれそうなMEMSドライバー搭載のイヤフォンをぜひ注目して欲しい。

MEMSがリファレンスデザインとして提案していたアクティブスピーカー。MEMSドライバーを並べてツイーターとしている
鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。