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FALCONの衝撃再び! 話題のMEMSドライバ搭載、Noble Audio「FALCON MAX」を聴く

FALCON MAX

“ケーブルが無い便利なイヤフォン”として登場した完全ワイヤレスイヤフォンだが、現在のように各社がガチで音質を競い合うようになったキッカケの1つは、2019年にNoble Audioが発売した「FALCON」だろう。

ハイエンドな有線イヤフォンで高い評価を得ているNoble Audioが、音の良い完全ワイヤレスとして「FALCON」を開発して大ヒット。これをキッカケに、各オーディオメーカーが本腰を入れて完全ワイヤレス開発するようになった。

初代FALCON

そんな“FALCONショック”が、再び起ころうとしている。革新的なイヤフォン用ドライバーとして注目を集める「MEMSドライバー」をいち早く搭載した「FALCON MAX」(オープンプライス/店頭予想価格39,600円前後)が、12月29日に発売されるからだ。

結論から先にいうと、MEMSドライバーのサウンドはかなり衝撃的で、完全ワイヤレスだけでなく、今後のイヤフォン市場全体にインパクトを与える製品になりそう。ドライバーだけでなく、FALCON MAX自体が「高音質な完全ワイヤレスに欲しい機能」をほぼ網羅する、完成度の高いイヤフォンに仕上がっている。

FALCON MAX

MEMSドライバーの何が革新的なのか

FALCON MAXはハイブリッド構成。従来のハイブリッドと言えば、高域をバランスド・アーマチュア(BA)、低域をダイナミック型が担当するカタチが多かったが、FALCON MAXは米xMEMSが手掛けた“MEMSドライバー”を高域用に搭載している。これがポイントだ。このMEMSドライバーは「Cowell」と名付けられている。

MEMSドライバーがどう革新的なのかは、ダイナミックやBAといった、既存のイヤフォンで採用されているドライバーの“作り方”を振り返るとよくわかる。

例えばダイナミック型は、紙などで出来たコーン型の振動板に、ボイスコイルや磁気回路といった部品を用意し、それを組み上げて作る。

小さなBAユニットも、「アーマチュア」と呼ばれるU字型の金属を、マグネットとボイスコイルではさみ、そのアーマチュアに取り付けた棒の先に振動板を配置……という組み立てが必要になる。

組み立て工程があると、当然ながら完成したユニットには個体差が生まれる。それが特性や感度、歪みなどのバラツキとなって出てくる。イヤフォンを製造する際は、それらが基準を満たしているかチェックしたり、左右のユニットで特性が大きく違うとマズイので、特性が似たものを探してマッチングさせたり、チューニングして特性を合わせる……などの苦労がある。

また、昨今は半導体不足の影響もあり、BAユニットが枯渇。注文してもなかなか納品されず、そもそもイヤフォンが作れない……という悩みもあるそうだ。

米xMEMSなどが手掛けるMEMSドライバーは、そうした問題を一気に解決する可能性を秘めている。

理由は、MEMSドライバーが組み立て工程を必要とせず、CPUなどと同じように、大きなシリコンウェハーの上で作られるため。つまり、MEMSドライバーはICのような半導体の一種なのだ。

指先にある小さなものがMEMSドライバー「Cowell」

指先との比較写真で見るとわかるように、非常に小さい。サイズはモデルによって異なるが、FALCON MAXに採用されている「Cowell Top Firing」は6×3.2×1.15mm(縦×横×厚さ)と、BAドライバーレベルに小さい。特にBAと比べて非常に“薄い”。ドライバーが小さくて薄いという事は、小さなイヤフォンの筐体に入れやすいという事だ。

Cowell Top Firingは直方体で、天面に穴が空いており、この穴から音が出る。音が出る仕組みは、穴の奥に見える2つの蓋。この蓋は、シリコンの上にピエゾアクチュエーターを重ねた構造で、アクチュエーターに電圧をかけると上下にパタパタと開いたり閉じたりする。これによって、音が出る仕組みだ。

音質にとって有利なのは、耳穴にイヤフォンを挿入した際の“空気バネ効果”の影響を受けにくいこと。これが、高域特性の伸びに効いてくる。つまり、非常にイヤフォンに向いたドライバー方式なのだ。

材質の硬さや軽量さを活かすことで、特に高域の再生周波数帯域が広く、歪みが少ないといった利点もある。具体的にはデバイスとして、Classic Audioコーデックの性能限界である48kHzまでの再生周波数帯域の拡張に成功。ついにオーディオコーデックの性能限界にトランスデューサーが追いついたというのも、胸熱なポイントだ。

右下の模式図、虹色の部分が蓋だ。上の写真では蓋が上に開いており、下の写真では下がった状態。このように上下にパタパタと動いて音を出す

また、MEMSドライバーは、大きなシリコンウェハー上で回路を構成するため、一度に大量に作れる。それを1つ1つ切り出し、パッケージに入れてMEMSドライバーが完成する。

大きなシリコンウェハー上で回路を構成する

組み立て工程が無いため、バラツキが少ない。左右の位相特性も優れており、従来製品では難易度が高かった空間表現にも優れるという。リンギングも起きにくく、インパルスレスポンスも良好。ドライバー固有の癖も少ないなど、メリットが多い。

現在はまだ登場したばかりなので必ずしも安価なドライバーではない。しかし、大量生産されるようになれば、量産効果で低価格化が見込める。イヤフォン用として、理想的なドライバーになる可能性を秘めたデバイスだ。

なお、動作させるには、専用アンプと組み合わせる必要がある。FALCON MAXでは、Cowellシリーズと組み合わせる「Aptos」という超小型アンプも搭載。非常に小さいアンプであるため、小型というMEMSドライバーのメリットは損なわれないとのこと。

右にある黒いチップが、Cowellシリーズと組み合わせるアンプ「Aptos」

“Wizard”ジョン・モールトンがMEMSドライバーを使いこなす

FALCON MAX

FALCON MAXの特徴はMEMSドライバーだけではない。低域再生用に10mmと大口径の複合素材ダイナミックドライバーを搭載している。

高い耐熱性と強度、内部損失性を持つポリエーテルエーテルケトン(PEEK)と、ポリウレタン(PU)の複合素材を使って振動板を作っている。さらに、高い弾性率と内部損失性を持つ液晶ポリマー(LCP)も使うことで、理想的な特性を追求したという。

登場したばかりのMEMSドライバーと、改良を加えたダイナミック型を組み合わせ、音のいいハイブリッドイヤフォンを作る……言葉にすると簡単だが、そう簡単な事ではない。

そこで頼りになるのが、その高度な開発・チューニング技術で“Wizard”とも呼ばれる、Noble Audioのジョン・モールトン氏が持つスキルだ。彼はBAやダイナミック型だけでなく、ピエゾドライバー搭載のIEM「KHAN」など、これまで様々なユニットを使いイヤフォンを作ってきた。その経験が、今回のMEMSドライバー採用と、MEMSドライバーの使いこなしに活きているというわけだ。

ジョン・モールトン氏

QualcommのSoCを採用しつつ、LDACにも対応

細かい話だが、FALCON MAXにはもう1つ「おっ」と思わせるポイントがある。それはSoCと対応コーデックだ。

SoCは、最新世代のQualcomm「QCC5171」(Qualcomm S5 Sound Platform)を採用。SBC、AAC、aptX、aptX Adaptive(24/96, Lossless, LowLatency)に対応しているほか、低遅延、LC3コーデック、左右独立、複数人でシェア、ブロードキャストといった新機能を備えたLE Audio規格にも対応している。

面白いのはここからで、これらのコーデックに加え、LDACにも、Noble Audio製品として初めて対応。LDACとaptX系コーデックの両方に正式対応する世界初の完全ワイヤレスイヤフォンとなっている。

この実現には、取り扱っている代理店のエミライが積極的にサポートしているという。同社は検証や、扱うオーディオメーカーをサポートするために、LDACのライセンシーになっており、そこから得られた情報も活用してFALCON MAXのLDAC対応がスムーズに進行するよう協力したという。

QCC5171は強力なKalimba DSPオーディオプロセッサーや、32bit CPUも搭載している。プログラマブルなのが特徴で、ライブラリを活用するなどして、将来的な機能拡張にも対応できるという。こうした柔軟性のある作りが、今回のLDAC対応の実現にも繋がっているそうだ。

FALCON MAXはアクティブノイズキャンセリングも搭載している。体の動きや周囲の環境に応じてリアルタイムでNC効果を変化させるという第3世代「Adaptive ANC」だ。

実際に地下鉄で体験してみたが、「グォオオーー!!」という強烈な電車の走行音から、低音を中心にかなりキャンセルし、「クォオオー」という小さな高音が残るくらいまで低減してくれる。なお、ジョン・モールトン氏は、ANC ON/OFF時で、帯域バランスの変化を極力抑えたチューニングも行なったそうだ。

機能面では、外音取り込みの「Full-band ambient mode」や、左右のイヤフォンへそれぞれデータを伝送する「TrueWireless Mirroring」、左右イヤフォンのロールスワッピング機能も搭載。複数デバイスとの同時接続するマルチポイントにも2台まで対応する。

このあたりの機能の充実は、さすがFALCONシリーズという印象だ。

付属のイヤーピース

付属のイヤーピースにもこだわっており、伸縮性のあるウレタン製イヤーピースがS/M/Lサイズ付属する。ユーザーの耳穴で、適切にフィット。脱落を防ぎつつ、遮音性・密閉性を確保。Adaptive ANCと併用する事で、小音量でも音楽に没頭できるという。

イヤーピース表面にはコーティング加⼯が施され、素材としてはウレタン製イヤーピースなのだが、ありがちな高域の籠りを低減している。

付属充電ケースでは、約4回分の充電が可能

バッテリー持続時間はANC OFF、音量60%時で約5.5時間、ANC ON、音量60%時で約4.5時間。充電時間は約1.5時間。15分の充電で約1時間使える急速充電も可能だ。付属充電ケースでは、約4回分の充電が可能。充電端子はUSB-Cだ。

充電端子はUSB-C

専用アプリ「FALCON MAX」も用意。マスターゲイン調整、動作モード調整、イコライザー設定なども可能になる。現在鋭意開発中とのことで、提供開始は来年1月下旬を目標にしているとのことだ。

音を聴いてみる

FALCON MAX

前置きが長くなったが、音を聴いてみよう。スマホはPixel 8 Proを使い、Amazon Music HDから、ハイレゾ楽曲を中心に聴いてみる。

「藤田恵美/Best of My Love」を再生。「小さな蓋が高速で上下している……」という動作イメージが頭に浮かぶので「もしかして凄くキツイ音なのでは?」と心配していたので、音が出た瞬間に「おっ! スゴイ普通だ!」と妙な感想が口から漏れる。

「普通」は「自然」と言い換えても良い。

この楽曲は、アコースティックギターのソロでスタートするのだが、BAイヤフォンで聴くと、金属で出来た弦の音は良いのだが、それによって発生するギター筐体の木の響きまで、硬質で、金属質に聴こえてしまう事が多い。しかし、MEMSドライバーのFALCON MAXは違う。

弦の描写は鋭く、シャープで、BAを超えていると思えるほど繊細だ。その一方で、木の響きに金属質な付帯音がなく、「ああ、自然なギターの音だ」と思える。続く、女性ボーカルの声も、口の開閉する様子が見えるほどシャープに描かれていながら、温かみが感じられ、キツさや金属質な色は感じない。今までのBAイヤフォンでは、なかなか味わえなかった自然さだ。

この時点で、MEMSドライバーの、デバイスとしての能力の高さを実感する。

もう1つ、個人的に「スゴイ」と感じるのは、音の押し出しが“強くない”事だ。BAイヤフォンは、その構造のせいなのか、1つ1つの音が前へ前へと張り出す感じがある。細かな音が聴き取りやすいという良さはあり、ロックやポップスを聴くには良いのだが、しっとりとしたバラードや、落ち着いたクラシックなどを聴いている時に「ちょっと音が押し付けがましいなぁ」と感じる事がある。

しかし、MEMSドライバーにはそれが無い。極めて高精細に、1つ1つの音がシャープに描写されるが、それらの音が必要以上に押し付けがましくない。BAの音は「俺が俺が」と、ヤンチャな音が耳の中に殺到しているようなものだとすると、MEMSドライバーの音は、眼の前で演奏される音を、良い席に座って耳を傾けているような穏やかさすら感じる。

それがよくわかるのが「米津玄師/KICK BACK」だ。

冒頭から、エレキギターがうなり、ベースがゴリゴリと切り込み、SEが乱舞する。お祭り騒ぎのような曲だが、FALCON MAXで聴くと、MEMSドライバーの圧倒的に高精細な中高域の描写によって、あらゆる音が細かく聴き取れ、疾走感と同時に、全ての情報が耳から得られたような全能感に包まれる。

そして、1分45秒あたりに突然、天空に放り出されたように音場がブワッと広がり、荘厳なオーケストラに包まれるのだが、この変化っぷりがスゴイ。先程まで細かな音の弾丸がこちらに乱射されているような描写だったのに、次の瞬間は超広大な音場が広がり、オーケストラのハーモニーがずっと遠いところで、穏やかに響くのだ。

BAイヤフォンの場合では、ここまでの変化は無い。オーケストラの音がもっと近いし、こんなに弱い音は表現できない。

人によっては、MEMSドライバーを「大人しい音」と感じるかもしれない。ただ、激しい音だけでなく、大人しい音を“ちゃんと大人しく描写できる”というのは、実はかなりスゴイ事だ。

強いて似ている音を記憶から探してみると、コンデンサー型ヘッドフォンの音に似ている。あの、軽やかで、穏やかなサウンドが、完全ワイヤレスから流れてくるのは驚きだ。

もう1つ、関心するのは「低域とのマッチングの良さ」だ。

MEMSドライバーがこれだけハイスピードで高精細な中高域を描写しているところに、変なダイナミック型ドライバーを組み合わせると、解像感やスピード感がまったくマッチせず、高域と低域が分離して聴こえてしまうはずだ。

しかし、FALCON MAXはイヤフォン全体として、音にしっかりとしたまとまりがある。低域が遅かったり、モコモコ膨らむような印象は無く、MEMSドライバーの高域とマッチする低域をしっかり描写できている。このあたりのチューニングのうまさは、さすがは“Wizard”ジョン・モールトン氏だ。単に“MEMSドライバーを搭載したから良い音になった”のではないところに、オーディオの面白さも感じる。

1点だけ、音量について書いておきたい。MEMSドライバーの感度によるものだと思うのだが、スマホ側のボリュームバーを見ながら9割くらいまでボリューム値を上げても、音割れするような爆音にはならない。個人的には6~7割あたりで充分な音量と感じるのだが、普段、かなり大音量で聴いている人は、購入前に店舗などで試聴することをお勧めする。ただ、そもそも耳の健康のためにもイヤフォンの大音量での使用は止めたほうがいいだろう。

FALCON PROやFALCON ANCと比較する

いま、「FALCON PRO」や「FALCON ANC」を使っていて、新製品のFALCON MAXが気になる……という読者も多いだろう。私もFALCON PRO、FALCON ANCと使っていたので、3機種を聴き比べてみた。

左からFALCON MAX、FALCON ANC、FALCON PRO

まずBA×2機、ダイナミック×1機のハイブリッドであるFALCON PROとFALCON MAXの比較だが、これが非常に面白い。FALCON MAXをしばらく聴いたあとで、FALCON PROを聴くと、音が硬く、キツく感じる。押し出しも強い。「今まではこれが普通だと思っていたのにな……」と思いながら、FALCON MAXに戻すと、キツさが無く、ホッとするサウンドで落ち着く。そして、もうFALCON PROを耳に装着しようという気が無くなってしまう。

10mm径のダイナミック型でデュアルレイヤー・チタニウム振動板を採用したFALCON ANCとも比較してみたが、これも違いは明らかだ。FALCON ANCは、ダイナミック型としてはクリアな音だと感じるが、圧倒的なまでのFALCON MAXの高精細描写と比べると、フォーカスが甘く、全体的にボワッとした音に聴こえてしまう。ただ、ダイナミック型らしい音の自然さはFALCON MAXと通じるところはある。

イヤフォン新時代の到来

MEMSドライバーや、LDACとaptX系コーデックの両対応など、FALCON MAXは「完全ワイヤレスイヤフォンの新時代」を強く感じさせてくれるモデルに仕上がっている。そういった意味で、“FALCONの衝撃再び”と言えるだろう。

特にMEMSドライバーには、これを複数個搭載したらどうなるのか? フルレンジのMEMSドライバーはどんな音がするのか? など、そのポテンシャルの高さに興味が尽きない。そして、そんな最新デバイスを使いながら、FALCON MAXという非常に完成度のサウンドのイヤフォンにまとめ上げたNoble Audioの手腕も見事だ。

おそらく数年後、振り返った時に「FALCON MAXの登場で、また完全ワイヤレス市場が変わったよね」と、言われるような製品になることだろう。

FALCON MAX
山崎健太郎