鳥居一豊の「良作×良品」

劇場版「進撃の巨人」の重厚音響をDTS Headphone:Xで聞く

密閉/開放型などヘッドフォン種別はサラウンドに影響?

 緻密な設定と練り込まれたストーリー展開で大ヒットとなった「進撃の巨人」。WITスタジオによるTVアニメシリーズに続き、実写版の劇場映画も夏に公開予定と文字通りの快進撃が続いている。今回取り上げるのは、TVアニメシリーズの前半部分を新作シーンを交えた総集編とした劇場版「進撃の巨人 [前編] 紅蓮の弓矢」。クオリティの高い作画に加え、音声を5.1chサラウンド化したことで、作品の迫力はまさに倍増した。本作に限ってははっきりと断言しよう。この「BD/DVD版は本格的なサラウンドで聴かないと意味がない」と。

劇場版「進撃の巨人 前編~紅蓮の弓矢~」BD/DVD初回限定版
(C)諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

 この手のことを言うと、サラウンド環境が整っていない人は多少なりとも落胆するだろう。だが、安心してほしい。本作は本格的なサラウンド環境が持たない人でも、手持ちのBD/DVDプレーヤーなどとヘッドフォンがあれば、本格的なサラウンドが体験できる。それが、特典として収録された「DTS Headphone:X」だ。

オーディオテクニカのヘッドフォン/イヤフォン。左が開放型の「ATH-AD900X」、右が密閉型の「ATH-MSR7」、カナル型イヤフォン「ATH-CKR9」

 DTS Headphone:Xは、ヘッドフォンによる2ch再生で最大11.1chの本格的なサラウンドを再現できる技術。おおざっぱに言ってしまえば、バーチャルサラウンド技術のひとつとなるのだが、これまでのバーチャルサラウンドとは別格の再現性を持っている。これまでPC用のゲームなどで採用されたことはあったが、映像作品の音声として採用されたのは、本作が世界初だ。

 手持ちのヘッドフォンで本格的なサラウンドが楽しめるとは言っても、映像作品はいまのところ本作ただひとつ。ただし、スマホ用アプリとして提供されている「Music Live by DTS Headphone:X」では、さまざまな国内アーティストのライブ音源を有料でDTS Headphone:X音声で楽しめる。コンテンツも急速に増えているので、音楽好きならばソフト不足を嘆くこともないだろう。

 今回は、オーディオテクニカのヘッドフォン/イヤフォン3製品を用意し、密閉型や開放型、カナル型といったタイプの違いによって、DTS Headphone:X体験に違いがでるか検証してみた。

BDプレーヤーとヘッドフォンだけでDTS Headphone:Xが体験できる

 僕はバーチャルサラウンドにあまり偏見はないし、特にヘッドフォンサラウンドは左右の音が混ざることなくそれぞれの耳だけに届くため、クロストークによる影響が生じずバーチャルサラウンドの効果も大きいと思っている。とはいえ、リアルにスピーカーを複数設置した5.1chサラウンドには及ばないのも事実。特に違いを感じるのは後方の音の再現で、なんとなく後ろの方から聞こえている感じはあるが、定位の甘いぼんやりとした音になりがちだ。おそらくは、多くの人もそんなイメージを持っているだろう。ところがこれが大違いなのだ。

iOS用の「Music Live by DTS Headphone:X」のトップ画面。ライブ音源を中心とした楽曲をダウンロード購入して、サラウンド音声で楽しめる

 まずは、DTS Headphone:Xの再生のために必要な環境について簡単に説明しておこう。結論から言ってしまえば、一般的なBDプレーヤーとヘッドフォンが必要、これだけ。ほとんどの場合、新規にハードを追加する必要はないだろう。

 もう少し詳しく説明すると、DTS Headphone:X音声のデコードのためには、DTS Digital Surround、DTS 2.0 Channelに対応していることが必要。前者は映画などの5.1ch音声を再生するためのもの、後者は2.0ch音声用のもの。BD/DVDプレーヤーならばほとんどのモデルが対応しているので心配はない。問題となるのは、PCでの再生だ。Windows標準のWindows Media Player、同じくMac標準のDVDプレーヤーは、DTSに対応していないため、DTS Headphone:X音声は再生できない。この場合、PowerDVDやWinDVDなど、DTSに対応した再生ソフトを使用する必要がある。

セッティング画面。無課金でも「サウンドチャンネルチェック」とデモ用音源が1曲楽しめる。ヘッドフォンは、一般的なモデルのほか、パナソニックの対応モデル向けにプリセットが用意されている
サウンドチャンネルチェックの画面。画面で示されたスピーカーの位置の音が再生される。高さ方向を含めたその再現性に驚くはずだ
ストアでの音源リスト画面。国内の有名アーティストの楽曲が数多く用意されている
楽曲選択の例。1曲ごとの購入も可能で、購入(アプリ内課金)すると楽曲をダウンロードし、ライブラリーに登録される

 あと必要なのはヘッドフォン。ちなみにスピーカーでは2.0chだろうと、5.1chあるいはそれ以上であろうと、効果は得られない。ヘッドフォンについては、基本的にどんなモデルでもDTS Headphone:Xのサラウンド効果は得られる。ただし、ヘッドフォン自身の音質的なクオリティによってその効果には多少の差は生じる。

 パナソニックでは、今春発売のモデルの多くでDTS Headphone:X対応としている。これはハードウェア的に特別なものが盛り込まれているわけではなく、十分なサラウンド効果が得られることをメーカーが保証していると考えていい。新規に対応ヘッドフォンを手に入れるならば、これらを検討してもいいだろう。

密閉型、オープン型、カナル型の3タイプで、サラウンド効果の違いを検証

 DTS Headphone:Xは、ほぼすべてのヘッドフォンでその効果が十分に得られるもの。実はここが重要で、さきに述べたように得られる効果はヘッドフォンの実力によって違いがある。僕自身も本作でその優れたヘッドフォンサラウンドの効果に驚いたこともあり、手持ちのヘッドフォンすべてで聴き比べ、それぞれ効果に違いがあることに気付いた。特に面白かったのが、密閉型やオープン型、カナル型といったタイプの違いで顕著に効果の違いが感じられたことだ。

 そこで今回は、オーディオテクニカの密閉型ヘッドフォン「ATH-MSR7」、開放型「ATH-AD900X」、カナル型イヤフォン「ATH-CKR9」の3タイプのヘッドフォンを集め、それぞれの効果の違いをレポートすることにした。価格的にもほぼ2万円台で揃えることで、なるべく音質的な実力差ではなく、タイプによるサラウンド効果の違いがわかりやすいようにした。まずはそれらのモデルの概要を紹介していこう。

 まずは、密閉型の「ATH-MSR7」(実売価格29,000円)。昨年秋に発売されたモデルで、音質的にも高い評価を得たモデル。使用ユニットは口径45mmで、駆動力を高めるためのダイアフラム設計やボビン巻のショートボイスコイルを採用。また、ハウジングも不要な振動を抑えるレイヤードメタル構造や、音のヌケを向上するトリプルベントシステムの採用など、しっかりと音質にこだわったモデルだ。

オーソドックスなモニター風デザインのATH-MSR7。アラウンドイヤータイプながら比較的コンパクトで、携帯性にも配慮したモデルだ
イヤーパッドは、装着感に優れた低反発素材の立体縫製を採用。耳をしっかりと包み込む形状とすることで、音漏れの低減やそれによる低音の減衰を抑えている
ATH-MSR7のハウジング部は水平に回転可能。平らにしてポーチに収納すれば携帯しやすい
アームバンド部などには、メタルパーツを採用して強度を高めている。見た目の質感も高級感がある

 装着してみると、今回の3タイプの中ではもっとも側圧は高めでしっかりとした装着感になる。ハウジングは耳をすっぽりと覆うアラウンドイヤータイプだが、屋外での使用も意識し、歩いていてもずれたりしにくくなっているのだろう。

 次は開放型のATH-AD900X(実売価格2万円)。ちょっと発売から時間が経っているが、ATH-AD2000Xを頂点とした開放型モニターヘッドフォンのミドルクラスモデルで実力は十分。使用ユニットは53mmの大口径ドライバーで、CCAWボビン巻ボイスコイルを採用している。

 サイズとしてはもっとも大柄だが、羽根状の3Dウイングサポートで頭部をホールドするせいか、側圧も低めで装着感は軽快。音漏れするという点でも室内で長時間快適に装着しやすいことを重視していると思われる。

ATH-AD900X。ハウジングの外側はアルミ製のハニカムパンチングケースとなっている。軽量でありながら十分な強度を備える
ATH-AD900X。ハウジングの外側はアルミ製のハニカムパンチングケースとなっている。軽量でありながら十分な強度を備える
アームバンド部は、3Dウインドサポートを採用し軽快な装着感を実現。ハウジングこそ大きめだが、ゴツすぎる印象にはならない
イヤーパッドは立体縫製を施した起毛素材を採用。ホールド感を高めるとともに、肌触りのよい装着感としている

 最後はカナル型のインナーイヤータイプのATH-CKR9(実売価格 2万5790円)。こちらも昨年発売の実力の高いモデルで、13mm口径のドライバーを2つ対向配置で備える「デュアルフェーズ・プッシュプル・ドライバーズ」としている。

ATH-CKR9。サイズとしてはコンパクトな部類で耳の中にすっぽりと収まる。切削アルミのハウジングも、一部だけ光沢加工されており高級感を演出している
イヤーピース部分。イヤーピースは着脱でき、付属の4サイズからちょうど良いものを選べば装着感を向上できる

 プッシュプル動作となる正確な対称性を実現し、高レスポンスと豊かな音場を再現できる。ハウジングには切削アルミニウムを採用し、不要な音の濁りを低減。また、低音の特性を最適化するベース・アコースティックレジスターなど、高音質のためのさまざまな技術が盛り込まれている。

 カナル型のため、装着感はもっとも軽快。4サイズのシリコン系素材のイヤーピースが付属しているため、誰でもちょうどいいフィット感で使用できるだろう。

劇場版「進撃の巨人」で、DTS Headphone:Xの効果を確認

トップメニューの画面。音声特典として、「DTS Headphone:X」が用意されており、音声の切り替えはここで行なう

 では、いよいよ劇場版「進撃の巨人」を再生しよう。今回はBDプレーヤーとしてパナソニック「DMR-BZT9600」の2ch音声出力を使ってヘッドフォンアンプのOPPO「HA-1」にバランス接続している。基本的には、HDMIで接続した薄型テレビのヘッドフォン出力、BDプレーヤーなどにヘッドフォン出力があればそこにヘッドフォンを接続する。あるいは、まずプリメインアンプやAVアンプに接続してから、アンプ側のヘッドフォン出力を接続してもいい。要はDTS Headphone:XのDTS音声をきちんとデコードでき、ヘッドフォンに2.0ch出力できればいい。

 BDはディスクをセットすると自動で本編の再生が開始されるが、このときの音声は通常の5.1chまたはステレオ音声だ。DTS Headphone:Xに切り替えるためには、まずはトップメニューやポップアップメニューで選択する必要がある。

 DTS Headphone:Xに切り替えると、まずはセットアップ画面に切り替わる。ここでヘッドフォンに音声を切り替える。すると森の中に響く鳥のさえずりなどの音が再生される。ここできちんとヘッドフォンからだけ音が出ているかを確認する。

ヘッドホンの準備を促すセットアップ画面。準備ができたらリモコンで「Yes」を選択する
森の中の音が再生される。ここでスピーカーではなく、ヘッドフォンから音が出ているかを確認する。

 次はチャンネルチェック。ここが凄い。DTS Headphone:Xは、フロント(左右)、センター、サイドサラウンド(左右)、リアサラウンド(左右)、フロントハイト(左右)、リアサラウンドハイト(左右)の合計11.1ch構成となるが、すべてのチャンネルの音が、かなり明確にあるべきスピーカーの場所から聞こえる。

チャンネルチェック用のテストトーンが各チャンネルごとに再生される。ここでのサラウンドの再現性にまずびっくりするはず
再生中でも、ポップアップメニューから音声の切り替えは可能。ただし、再生位置は冒頭に戻ってしまう

 自宅では、現実に4.1ch配置でスピーカーが置かれているが、ほぼその場所から音が出る。しかも、ハイトチャンネルの高さ感もしっかりと出る。リアチャンネルはヘッドフォンにより多少の差はあるが、左右、高さともにきちんと聞こえる。サイドサラウンドにしても、単に片方からだけ音が聞こえるのではなく、1.5~2mほどの距離感と空間的な響きを伴って(つまりヘッドフォンの外側から)音が鳴る。この空間感には驚かされるはずだ。

 チャンネルチェックが問題なければ、いよいよ上映開始だ。ちなみに、本編の再生中でもDTS Headphone:X(あるいはステレオ/5.1ch)への切り替えは可能だが、切り替えるたびに冒頭からの再生となる。聴き比べをする場合は、見たいチャプターへ移動するといいだろう。

巨人のサイズによる足音の響きの違い、破壊される防壁の飛び散る音を見事に再現

 では上映開始。冒頭でも本格的なサラウンドで聴かないと意味がないと言ったが、そのくらい本作の5.1ch音声は出来がいい。映像的には一部の新作シーンを除けばほぼテレビ放映と同じなのに、その印象がまるで違ってしまう。

 まずは冒頭の50m級巨人が壁を蹴り破るシーンを、密閉型のATH-MSR7で聴いてみた。まず感じるのが、リアルな音質。ダイアローグは鮮明かつ力のある音で再現されるし、不気味なムードから一変して緊迫した曲調となる音も堂々としたスケール感で雰囲気を盛り上げる。

 50m級巨人の足音や防壁を破壊するときの音は、キレ味鋭く力強いがややタイトになる。本作はハリウッドのアクション大作にも負けないレベルの手加減無しの低音が入っているので、その感じに比べるともう少し量感たっぷりな音が出ると良かった。その後にやってくる10m級の巨人たちの足音の響き感がちょうどよいサイズ感だった。

 破壊された壁の破片が街に降り注ぐ場面で上から降り注ぐ瓦礫の雨の再現や、逃げ惑う人々の声は、まさにサラウンドらしい効果で、人々の声が前後左右の広い範囲から再現される。解像感が高く、音の立ち上がりのキレも良いため、無残に人が死んでいく場面の残酷さが際立つ。

 今度は、開放型のATH-AD900Xに交換して同じ場面を見た。チャンネルテストでも感じたのだが、開放型のせいかサラウンド空間が明らかに一回り大きい。自宅での印象をそのまま言うと、ATH-MSR7がおよそ2m程の距離に置いたスピーカーの内側にスピーカーを置いたイメージとすると、ATH-AD900Xはスピーカーの外側まで空間が広がる。そして、低音も量感が豊かで50m級巨人の足音が地面を伝わって街中に響いている様子がしっかりと出る。10m級巨人たちの足音との響き方の違いもよく出た。ATH-AD900XがAV用というわけではないはずだが、傾向としては映画的な音響によくマッチしていた。BGMなどの再現を聴くと、低音がもやつくほどではないが、ATH-MSR7の方が低音の解像感は高く、緊迫したムードはよく出る。

 そして、カナル型のATH-CKR9。カナル型のインイヤーは、手持ちのヘッドフォンで聴いたときの感触で言えば、音場はコンパクトになる傾向があったが、本機の場合はサラウンド空間の広がり感はまずまず。そして高解像度で細かい音の情報量という点ではATH-CKR9がもっとも優れていると感じた。低音の伸びや力感もなかなかのもの。量感と最低域への伸びのバランスという点も優秀で、巨人たちのサイズによる足音の響き方の違い、BGMで不気味さを強調するベースの重みのある音も迫力がある。他のモデルの違いを上げるなら、音像がやや細身になること。サラウンド音場も左右の広がりに比べると前後の広がりはやや狭く感じられること。このあたりの違いもあって、ATH-CKR9でのサラウンド音場は箱庭的な精密さや密度感が際立ったものになる。

室内での戦闘からクライマックスへ

 ある程度予想していたとはいえ、3タイプでここまでガラリとサラウンド感に違いが出ることには驚いた。この調子で見どころの場面での各モデルの印象をレポートしていこう。物語は、主人公のエレンたちが巨人から街を守るための訓練兵に志願し、晴れて訓練期間が終わったというタイミングで再び50m級巨人が現れる場面。成長した主人公たちの意志をいきなりブチ折るような、残酷な展開だ。

 ここでは、立体機動装置による戦闘が見どころ。ATH-MSR7は、ワイヤーの射出で宙へと舞い上がり、空気の噴出で自在に姿勢を変える様子が鮮やかに再現された。脇にいる仲間の移動する音も適切な距離感を持って移動していくし、複数で会話する場面では、左右の定位でなく奥行きの定位感にまで違いを再現しているのがよくわかる。

 これがATH-AD900Xになると、飛び散るがれきの細かい音などディテールにやや差を感じるものの、広々とした空間感とメリハリの効いた立体機動装置の射出音のおかげで宙を舞っている感じがよく伝わる。装着感が軽快ということもあり、作品に夢中になっていると「ヘッドフォン再生であることを忘れてしまう」ほどのサラウンド効果だ。

 ATH-CKR9は、ついに巨人たちと戦うことになる訓練兵たちの動揺や緊張感といった心情がよく伝わる。細かな動作の音を緻密に再現するだけでなく、力強い声の抑揚の変化までよく出ていて、作品に没入できる音になっている。

 続いては、3m級巨人たちに侵入された倉庫内での戦闘場面。屋外ではない場所で巨人と戦うため、音の広がり感も大きく変化している。ATH-MSR7では、倉庫内での声の響きがきれいに出て、長めの残響感をしっかりと再現している。低音の量感は3つの中でももっともタイトだが、そのぶん解像感は高く、3m巨人のサイズ感や室内に響く感じをきめ細かく描写した。

 ATH-AD900Xは、狭さ感もしっかりと出るし、会話の声の響きが高さ方向にも広がっていることまでよくわかる。5.1chサラウンドの効果は音場感や空間の再現だけがすべてではないが、この点については1番優秀。まだ若い訓練兵たちが巨人を倒すために相談する場面でも、それぞれの声の配置の違いがよくわかる。音像の彫りの深さや実体感を感じる音の厚みなど他に比べて物足りない面もあるが、バランスよくまとまっている。

 ATH-CKR9は、屋外に対しての倉庫内の狭さがよく感じられた。それは空間再現の密度が高いというだけでなく、情報量が多くさまざまな音が明瞭に聴こえるため。例えば、倉庫内の灯りはオイルランプのようで、チリチリと炎が燃える音が小さく入っているが、これが鮮明に再現される。この作品が思った以上に細かな音を足してリアリティーを高めているということが本機を聴くとよくわかる。

 最後のクライマックスでは、ベテランの兵士たちも総動員された文字通りの死闘が描かれる。戦う意志を力強く訴えてくる物語にも胸が熱くなるが、立体機動装置による戦闘の疾走感もさらに高まり、見応えたっぷりだ。ここでそれぞれのモデルの印象を総括していこう。

 密閉型のATH-MSR7は、実体感のある音では一番。低音の量感がタイトなためやや迫力が足りないと感じるところもあるが、もともと映画などよりもハイレゾを含めた音楽再生を主体とした音作りなのだろう。だから、エンディングの「紅蓮の座標」を聴いていると、コーラスを加えて厚みを増したボーカルや、音楽としての低音感の実体感や力感など質的な意味ではもっとも上質に感じられた。冒頭でも触れた「Music Live by DTS Headphone:X」は音楽コンテンツ中心なので、音楽ソースをよりリアルな音色と音場で楽しめるのは本機と言えるだろう。

 開放型のATH-AD900Xは、やはり空間の広がりの豊かさ。本作はオリジナル自体が5.1ch制作なので、高さ方向を加えた11.1chの再現を持つDTS Headphone:Xでもあまり高さ感を意識させる再現は少なめだが、倉庫や室内の空間感や立体機動では高さ方向の効果もしっかり描かれていることがわかった。Dolby Atmosなど、高さ方向の再現を持つ作品も増えてきているので、こうした次世代のサラウンド音場にもDTS Headphone:Xはきちんと対応できそうだ。惜しむらくは、発売から時間が経っている点や同じ2万円台とはいえ最も安価なこともあり、細かいディテールなど質的な差を感じることがあった点。これについては、より上位のモデルを選ぶなどのグレードアップが期待できそう。いずれにしても、サラウンド音場の再現をテーマにすると開放型モデルが一番相性は良いように思う。

 カナル型のATH-CKR9は、予想以上にサラウンド音場の広がりが得られた点は良かったが、3つを比べてみると、音場の広さ、あるいは深さで差を感じた。逆に音の粒立ちや情報量といった解像感が一番優秀なので、小粒でみっちりと詰まった音場になる。音場の広がりを取るか空間の密度感を取るか、このあたりは好みもあると思うが、ヘッドフォンらしからぬ音場の広さが得られるDTS Headphone:Xとしては、オーバーヘッド型の方が有利と言えるかもしれない。

DTS Headphone:Xは、ホームシアターの切り札になる!?

 敬愛する映画監督の押井守が「映画の半分は音だ」と言っているが、その流れで言うならば「本作はほとんどが音だ」と言いたくなる。そのサラウンド音声を、BD再生可能であれば、ほぼすべての人が得られるのは大きな価値があると思う。DTS Headphone:Xを聴いてしまうと、今までのそれなりに効果ありと感じていたバーチャルサラウンドがどれも色褪せて感じてしまう。

 この違いを想像するに、一般のバーチャルサラウンドが頭部伝達関数などによるサラウンド効果の創出をリアルタイムで行なっていることが理由と思われる。要するにDTS Headphone:Xはリアルタイムでは追いつかないほどの膨大な計算を行なっているわけだ。だから、あらかじめエンコードを済ませてパッケージに収録する必要があり、容易にタイトルを増やすのが難しいのだろう。

 映画タイトルが本作1つのみというのはさみしい限りだが、それでもDTS Headphone:Xには大きな可能性があると思う。仮に映画タイトルがそれなりの数が揃うようになったら、今まで本格的なサラウンドシステムが欲しくても、住空間などの理由で断念していた多くの人が手軽に本格的なサラウンドを楽しめるようになる。ホームシアターで悩ましい問題である大音量や低音による近隣への迷惑も解決と良いことばかりだ。

 さらに妄想を進めて、今後登場するDTS:X(Dolby Atmosと同じくレンダリング方式による次世代サラウンド技術)が、DTS Headphone:Xのエンコード能力も備えたらどうなるだろう。つまりDTS:Xデコーダーを内蔵した機器があれば、スピーカーを使えば高さ方向を備えたサラウンドが楽しめるるし、ヘッドフォンでも同等の再現性を持つ11.1chが楽しめるというわけだ。こうなると、ソフトが着実に増えているAtmosに対する強力なアドバンテージになると思う。この妄想が現実になれば、AVアンプも売れ行きを伸ばすだろうし、ヘッドフォンでの使用を前提としたAVヘッドフォンアンプが登場してもヒットしそうだ。まあ、シアター用スピーカーは売り上げが減ってしまうかもしれないけれども。

 ともかく、ヘッドフォンでのサラウンドがここまでのレベルに到達したのは、日本のような住環境などに制約の多い土地では大歓迎だし、今後の発展に大いに期待したい。「進撃の巨人」自体は、ここで取り上げるまでもなく大ヒットが約束されているタイトルだが、仮に本作に興味がなくても、ぜひともDTS Headphone:Xの効果は体験してみてほしい。ある意味で、今もっとも楽しみなサラウンド技術なのだから。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。