小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第960回
夜間撮影能力がエラいことに、ソニー「α7S III」
2020年11月4日 08:00
5年をかけた後継機
高感度方向へ振ったα7Sは、2014年4月のNABショーで広く一般にお披露目された。当時は4K撮影の難易度が高く、初代α7Sも本体だけでは4K撮影ができず、HDMI出力を別途レコーダで収録するというスタイルだった。だが翌年のα7S IIでは早くも本体で4K収録が可能になり、プロ業界ではむしろここからがスタートであったように思う。
そんなα7S IIの後継機種が永らく待たれたところだが、5年後の今年10月、α7S IIIが発売となった。もちろん高感度センサーは健在で、よりハイビットレートで撮影できるようになった。10月9日より発売が開始されているところではあるが、すでに8月の段階で受注が追いつかなくなり、発売日には届かないかもというアナウンスも出た、注目モデルである。販売はボディのみで、店頭予想価格は41万円前後。レンズキットの発売はない。
より洗練されたカメラに生まれ変わったα7S IIIを、早速テストしてみよう。
センサーとプロセッサを一新
α7シリーズは無印、R、Sの3モデル展開だが、今回Sが発売されたことで、ようやくマークIIIが3モデル揃ったことになる。だがRについてはすでにα7R IVまで発売されており、世代順番がモデルごとにだんだんバラバラになっていきそうな気配だ。
実際に本機α7S IIIのボディも他のマークIIIのボディではなく、α7R IVのボディがベースとなっている。それなら5年も待ったことだし、いっそSだけはIIIを飛ばしてIVでも良かったのではないか。ボディについては2世代ぐらい持ち越す可能性はあるにしても、この世代のズレが今後どうなるのか、気になるところである。
ボディにおいてα7R IVと本機最大の違いは、動画記録ボタンの場所がC1キーと入れ替わっているところだ。録画ボタンが背面にあると、リグを組んだりモニターフードを付けた際に押しにくいという欠点があるが、本機ではシャッターボタンの後ろが動画記録ボタンとなっており、他シリーズよりも動画撮影にシフトしたモデルであることがわかる。またこの世代のボディの特徴として、露出シフトダイヤルの中央にポッチが着いており、簡単に回らないようロックできるようになった。一番外側のダイヤルなだけに、知らないうちに回っていることが多かったのだろう。
注目のセンサーは、総画素数約1,290万画素、有効画素数約1,210万画素のExmor R CMOSセンサー。画素数は前作と同じだが、今回は裏面照射となっている。前作は画素数の大きさだけで高感度を実現していたわけだが、さらに裏面照射となったことで、高感度撮影時のSN向上が見込める。またセンサーの読み出し速度も2倍に向上し、最高4K/120pでの撮影を可能にしている。
画像処理エンジンも一新され、BIONZ XRとなった。紹介画像では2つのチップが見えるが、デュアル搭載ではなく、2チップで1セットである。従来のBIONZ Xと比較すると、最大で約8倍の処理能力を誇る。これにより、撮影時に本体、HDMI、Wi-Fiの同時出力が可能になった点は大きい。
動画撮影については、記録フォーマットも変更されている。従来はAVCHDとXAVC Sだったが、AVCHDが廃止され、代わりにH.265ベースのXAVC HSが追加された。さらにXAVC Sでは、All-Intraで撮影できるモードも新設された。組み合わせが複雑なので、ここでは新設された4Kモードのみまとめておく。
加えてHDMIからは、16bit RAWが出力できるようになった。記録するには対応するレコーダが必要だが、ハイエンドな後処理が必要な撮影も可能になった。
背面の液晶モニターは横出し式のバリアングルで、3.0型144万ドットのTFT液晶。ビューファインダは0.64型Quad-XVGA OLEDで、総ドット数は約943万ドットとなっている。
ボディ左側は端子類が集中しており、マイク入力、ヘッドフォン出力が個別のフタで開くようになっている。その下はUSB-C端子で、本体充電および外部給電にも対応。その下はMicroUSBで、過去発売されたアクセサリなどに対応する。充電や給電はUSB-C端子のみである。HDMI端子は、フィールドでモニタやレコーダを接続するケースが多い事から、強度の高いフルサイズが用意されている。
右側のメモリーカードスロットは、CFexpress Type AカードとSDカードの両方が使えるコンボスロットとなった。本機と同時に発売されたソニー製CFexpress Type Aカードは、最大転送速度が読出で800MB/秒、書込は700MB/秒となっている。すでに発売されているCFexpress Type Bカードに比べるとスピード的には約半分だが、サイズがSDカードよりやや小型で、コンボスロットが作りやすいというメリットがある。カメラの小型化にも貢献するだろう。
なお設定メニューは、IIIまでの横展開のタブ型メニューとは違って、大項目が縦に並び、そこからツリー状に横に展開する方式となった。
今回本機と一緒にお借りしているレンズは、「Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS」だ。ズーム全域でF4をキープする標準ズームレンズで、光学式手ブレ補正も内蔵している。ボディ内手ぶれ補正は、標準のスタンダードのほか、αシリーズとしては初めて「アクティブモード」を搭載した。これまでRX100シリーズなど1インチセンサー機ではよく知られた補正機能だが、フルサイズ4Kでは初となる。ただしフレームレート120fps以上の場合やS&Qモードでは、アクティブモードは無効になる。
安心して任せられるAF
Sシリーズのみ前作から5年が経過しているわけだが、その間のAFの進化は大きい。すでに他のシリーズでは位相差検出AFとコントラストAFを併用したファストハイブリッドAFを搭載しているが、本機も搭載した。Sシリーズとしては初となるわけだが、まあ5年もたてばそうなるだろう。
動画撮影中にも画面タッチで自動追尾可能なトラッキング機能や、リアルタイムに瞳を追いかける「リアルタイム瞳AF」に対応した。特に瞳の検出はねばり強く、前から回り込んで後ろ姿になっても、しばらくは瞳があったであろう場所を追いかけ続ける。顔が見えなくなったとたんフォーカスがどっかへ行ってしまうということもない。
AFトランジション速度では、顔認識、瞳認識してから合焦するまでの速度が7段階でコントロールできる。フォーカスに関しては、マニュアルで何テイクもかさねるより、AFの設定を変えてイメージに合うフォーカシングをプログラムしたほうが再現性が高いので、芝居を撮る際には使い出があるだろう。
手ブレ補正は、ボディ内光学式5軸補正を搭載するが、さらにアクティブモードが付いたことで、手持ちでもかなりの撮影ができるようになっている。電子補正を併用するので画角がちょっと狭くなるが、フルサイズでこの補正力が得られるのは大きい。
解像感については、等倍でのフル画素読み出しがいいのか、広めに撮って縮小処理したほうがいいのか意見が分かれるところだが、パッと見には縮小処理したほうが解像感は高いように見える。ただ縮小処理では映像が固めに仕上がるのに対し、等倍読み出しには独特の滑らかさがある。
本機の場合、基本的にはLogで撮影してあとでグレーディングするのが前提なので、色味やコントラストに限らずディテールなども一緒に処理されるのが普通だ。したがってカメラからの撮って出しの映像で云々しても始まらないとも言える。なお今回のサンプルは、コントラストと色味の処理を行なっただけで、ディテールの処理は行なっていない。
ハイスピード撮影は、120fpsを24fpsで再生する事で、5倍速スローの撮影が可能だ。4KでAFも効く上にLog収録も可能なので、通常撮影との相性もいい。
さらにエラいことになった暗所撮影能力
本機の最も注目すべきポイントは、やはり暗所撮影だろう。4Kで可能なISO感度上限は409600と変わっていないが、裏面照射になったことでどれぐらいSNに違いが出るのかが注目ポイントである。
シャッタースピード1/60、F4でISO 100から順に2倍ずつ感度を上げてテストしてみた。α7S IIのレビューを振り返ってみると、当時はISO 25600ぐらいまでは実用範囲と判断したわけだが、同じ観点で見ると本機の場合はISO 102400ぐらいまでは実用範囲なのではないだろうか。
一体どれぐらいまで写るものかと夜の海に来てみたが、常夜灯の明かりだけでかなり明るく撮影できる。現場は、常夜灯に照らされた範囲以外は足もともよく見えない暗闇だが、ISO感度をマックスにあげた本機を暗視カメラ代わりにして、階段の段差に躓かずに済んだ。
ISOをオートにすると、光源の明るさをピークに持っていくように働くが、一般に夜間撮影では光源は白飛びしても、状況がはっきり見えるほうがメリットがある。ISO感度はマニュアルで調整したほうがいいだろう。
これぐらい明るく撮影できるのであれば、街中のナイトシーンならセットや照明を仕込まず、リアルな街明かりだけで撮影できるだろう。また海や山でも、車2台ぐらいで行ってヘッドライトをレフなどを使って工夫すれば、それなりに撮影できてしまうのではないか。かなり暗くても撮影はできるが、あまり真っ暗過ぎると演者が危険なので、ある程度の地明かりはあったほうがいいだろう。
総論
シリーズとしてはSシリーズ3世代目ということになるが、ボディの作りはα7R IV、エンジンは最新、メニューも最新と、全然IIIじゃなくVぐらいのレベルにあるのが本機である。動画家としては1台持っておかないとゆくゆく困る事になる1台だと言えよう。
特に夜間撮影においては、未だα7S IIが現役で稼いでくれている現場もあるだろうが、買い換えには十分の進化がある。価格はだいぶ上がってしまったが、プロ機まで入れてもこのレベルで撮影できるカメラは他にないので、しょうがないところである。
一方で新設されたXAVC HS 4Kでは、4:2:2 10bitやAll-Intraで撮影が可能になったことで、クロマキーやコマごとの合成にメリットを発揮する。どちらかと言えばシネマ向きかなという印象はあるが、それならなぜDCIサイズでも撮れるようにしなかったのか疑問が残る。NetFlixやAmazon Prime Videoのような配信プラットフォーム向けを狙うということなのだろうか。
またXAVC HS 4Kだけ30pをサポートしていないのも謎が残る。まあAll-Intraでは撮影できるので全然使えないわけではないのだが、合成が少ないライトなテレビCM用途を考えると、いたずらにビットレートを食って編集で重くなるよりは、H.265で30pも欲しかったところだ。
とは言え、本機の強みは暗部撮影だけでなく、4K All-IntraやHDMI出力による16bit RAW撮影など、本格的なポストプロダクション制作にも対応できるところにある。また新しいところでは、4K撮影中にも本体液晶とHDMI、加えてWi-Fi伝送と3方向同時出力が可能なのも、ハイエンドライブ配信カメラとしての可能性も伺わせる作りとなっている。
さすが5年をかけて練りに練ったスペックだけあって、今考えられる動画業務の全方向をカバーする作りとなっており、発売前から大ヒットも頷ける。