小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1058回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

iPadでDaVinciが動く! M2版iPad ProでDaVinci Resolve iPadを試す

iPad上でDaVinci Resolveが動く!?

M2版iPad登場

日本時間の10月19日、アップルはM2チップを搭載した新iPad Proを発表発表した。11インチとしては第4世代、12.9インチとしては第6世代にあたる。価格は以下のようになっている。

画面サイズ11インチ12.9インチ
128GB124,800円172,800円
256GB140,800円188,800円
512GB172,800円220,800円
1TB236,800円284,800円
2TB300,800円348,800円

特に発表会などはなく、静かな船出であった。macOSもiPadOSも同じチップで動くわけだから、その関係は今までよりもっと近くなるだろう事は予想されるが、現時点では同じアプリケーションが動くわけではない。Mac向けクリエイティブツールはM2チップの恩恵が受けられるが、iPadにはそれほど重いアプリはないだろう、M2まで必要か? という意見は当然出てくる。

話が変わってきたのが、10月21日にBlackmagic DesignがiPad版の「DaVinci Resolve」を発表してからである。DaVinci Resolveは、作業をページごとに切り替えなから動画コンテンツを完成させるハイエンドアプリで、Windows、Mac、Linux版には無料の「DaVinci Resolve」と、有料の「DaVinci Resolve Studio」がある。

今回iPad版として発表されたのは無料版の「DaVinci Resolve」だが、アプリ内購入で「DaVinci Resolve Studio」にアップグレードできるという。

ただし、デスクトップ版とまったく同じというわけではない。パソコン版では、素材の管理を行うなう [メディア]、スピーディな編集を中心とした[カット]、 映像編集や簡易合成、音声処理ができる[エディット]、映像の色調整を行なう [カラー]、高度な映像合成を行なう [Fusion]、高度な音声処理を行なう [Fairlight]、映像の編集・合成結果をファイルに書き出す[デリバー]と、合計7ページに別れている。一方今回のiPad版では、[カット]と[カラー]のみしか搭載されていない。

とはいえ、DaVinci Resolveのウリである[カラー]が最初から搭載され、編集ツールの[カット]があるならば、とりあえず作品を作るまでは問題なく行けそうだ。今回は正式リリースに先駆けて、ベータ版をお借りできた。

正式リリース版とは仕様が異なる部分もあるとは思うが、iPad上でどうやって編集していくのか、デスクトップ版とどう違うのか、一足先に体験してみよう。

iPadならではのファイルの扱い

今回のテスト用に、AppleからM2版iPad Pro 12.9インチをお借りしている。ストレージが1TBのシルバーモデルで、公式ストアでの価格は284,800円。現在Macでも、M2チップ搭載モデルはMacBook Airと13インチ版MacBook Proしかなく、価格的にはiPad Proに近いか、モデルによってはiPad Proのほうが高いという逆転現象が起きている。

iPadOSとPC向けOSでは操作体系やファイルの扱い方が違っており、それをどうやっているのかが気になるポイントである。

iPad版DaVinci Resolveの起動時に現われるプロジェクト設定画面では、すでにBlackmagic Cloudにも対応しており、プロジェクトのエクスポートやアーカイブも可能だ。iPad版での作業をデスクトップ版に引き継げる。

プロジェクト管理画面

まずは「Cut」を起動してみたが、スペースの関係か、細かいところではアイコンの位置が移動しているものもあるが、パッと見た限りほぼ同じと言っていいだろう。プロジェクト設定は、デスクトップ版に比べると項目がだいぶ少ないが、必要最小限の機能は搭載している。

iPad版[カット]画面
Mac版[カット]画面
プロジェクト設定の項目はだいぶ少ない

編集素材だが、iPadで撮影すれば簡単である。だがそれでは現実的ではないので、他のもので撮影したものをどうやってiPadに集めて行くか、というところがポイントになる。今回は、iPhone 12 miniで撮影したもの、Pixel 6aにラベリアマイクを接続して同期音声を収録したもの、別途ソニー「ZV-E10」でS-log3/S-Gamut3.Cineで撮影したものを用意した。

DaVinci ResolveのImport機能を見ると、メディア、フォルダー、「写真」からのインポートに対応しているようだ。まずiPhoneで撮影した素材だが、これはiCloud経由でiPadの「写真」と同期するので、「Import from photo」からアクセスできる。

インポートの方法は3つ
「写真」からのインポートは簡単

デジタルカメラで撮影した素材はSDカードに収録されるわけだが、カードリーダーをiPadに繋げばマウントする。「Import Media」を選ぶと、マウントしたSDカードが選択できるので、ここからインポートすることもできる。

SDカードからもインポートできるが……

ただこれではSDカード内のファイルを直接参照しているので、カードリーダーを外すと編集不能となる。またリーダーの速度の問題もあり、再生時にコマ落ちするという問題も出てくる。またいつまでもカードリーダーをぶら下げたまま編集するというのも、iPadを使うメリットを半減させる。事前に「ファイル」アプリを使って、カード内の写真をiPad内にコピーして、それをインポートすべきだろう。

Androidで撮影した動画は、通常「Googleフォト」と同期されるが、iPadに「Googleフォト」アプリをインストールすれば、参照できるようになる。ただ、クラウド上にあるだけでは編集できないので、「Googleフォト」の「デバイスに保存」機能を使って、iPadの「写真」へ転送する。その後DaVinci Resolve内から、「Import from photo」でインポートする。

Googleフォトの素材もiPad内の「写真」に転送しておく

iCloud上の素材は、DaVinci Resolveの「Import Folder」機能を使ってフォルダごとインポートできる。ただ、クラウド上にあってローカルにダウンロードされていないファイルは参照されないので、これも事前に「ファイル」などを使って、必要な素材をローカルにダウンロードする必要がある。とはいえ、iPadOSもだいぶファイルの扱いがコンピュータ的になってきた。以前はアプリの中からしかファイルが参照できなかったので、素材のインポートに苦労した覚えがある。

[エディット]が使えないのをどうカバーするか

今回はiPhoneとPixel 6aとでマルチカメラ構成になっているが、リファレンスは同じものを収録したオーディオしかない。最近のユーザーであれば[エディット]の「オーディオの自動同期」を使う事だろう。この機能は、特にペアになっているクリップを探す必要もなく、Bin内のクリップを自動でスキャンして、一発でマルチカメラ構成を作ってくれる。

オーディオでの同期は、[エディット]ページがあれば簡単なのだが……(画面はMac版DaVinci Resolve)

一方[カット]にはその機能がないので、バージョン16の時に搭載された「クリップを同期(Sync Clip)」を使う事になる。これはマルチカメラを構成するクリップを自分で選択して、同期ポイントを自動で探す機能だ。機能自体はそれほど難しいものではないのだが、困ったのはBinの中の離れた位置にあるクリップを、マルチ選択する方法がないことである。

[カット]での同期は、「クリップを同期」機能を使う

マルチタップで選択できるわけでもなく、隣接するクリップを四角で囲んで選択するしかないのだが、マルチカメラの同期素材がたまたま隣に並ぶということはまずない。クリップはソート順に強制的に並ぶので、クリップを選んで配置変更もできない。苦肉の策だが、ペアになるクリップの「クリップカラー」を同じにして、クリップカラーでソートして隣同士に並べるという方法ぐらいしか思い浮かばなかった。

自力で探した同期クリップに同じ「クリップカラー」を設定して、位置を寄せる

同期した後は、音のベースとなるトラックをタイムラインに配置し、Sync Binで上に被せるカメラを選択し、「最上位トラックに配置」ボタンで2トラック上に映像を上塗りしていく、という編集方法になる。細かい編集が発生するなら、編集しないままでいったんトラックに両クリップを配置し、タイムライン上で切った貼ったしたほうが早い。

M2チップの威力がわかるところといえば、やはり画像演算である。タイトルバックの10秒程度の映像を「カメラロック」でスタビライゼーション解析させてみたが、1秒ちょっとで終了という爆速具合である。

テロップもほぼ同じエフェクトが入っているが、日本語のテロップを入れる場合、ビデオ向きの日本語フォントをどれだけ集められるかがポイントになる。現在はまあまあフリーフォントも出てきているが、iPadのフォント市場はそれほど大きくないため、種類は限られる。

テロップ入れは、フォントの種類ネックになりそう

またHDRコンテンツを作る場合、フォントカラーがHDR領域まで対応していないのも要注意だ。RGBで255:255:255の白も、HDR領域では半分ぐらいの輝度にしかならないため、HDR画像の上に乗せると沈んで見える。

音楽の挿入も、音声クリップを選択して「最上位トラックに配置」で配置する。音量調整は、クリップ単位でも可能だが、デスクトップ版にはない機能として、インスペクタの音声タブで「トラック」が選択できるようになっている。トラック全体の音量を調整するための機能だ。[エディット]ではミキサーがあったので、トラックごとのボリューム調整はそれでやれる。[カット]にはミキサーがないので、急遽この機能を搭載したのだろう。

インスペクタの「トラックレベル」は、デスクトップ版にはなかった機能

ほぼ完全移植の[カラー]

[カラー]ページも見ておこう。こちらもパッと見た感じ、デスクトップ版と違いはほとんどないように見える。iPadOSの特徴として、2本指で画面をつまむピンチイン・アウト操作がある。iPad版DaVinci Resolveでは、[カット]ページでは特に対応しているポイントが見つけられなかったが、[カラー]ページではプレビュー画面の拡大・縮小やノードエリアの拡大・縮小に対応している。

iPad版[カラー]ページ
Mac版[カラー]ページ

iPad Proを使うメリットの1つは、HDRカラーマネージメントがやりやすいという事だろう。iPad Proのディスプレイは個体差が少なく、1,000nitsの輝度、P3対応色域を持つ。今回iPhoneはHDRとSDRの両方で撮影したが、プロジェクト設定でカラー処理モード及び出力カラースペースをHDRに設定すれば、プレビュー画面内がHDR表示となる。

今回の映像では、前説はHDRで、後説はSDRで撮影している。[カラー]ページでSDRの映像をHDRのトーンに合わせているが、SDRでは空がクリップしてしまっているので、その点が同じにはならないところである。

SDRの映像をHDRに合わせたが、空のクリップだけはどうにもならない

[カラー]ページでは、一箇所カラーグレーディングしたものを他のクリップに適用する場合、単にクリップを選んでコピー&ペーストすれば済む話だが、iPad版ではそもそもメニューがないので、そのままではコピー&ペーストができない。別途Bluetoothキーボードを使えば、ショートカットでできるので、スピーディな作業を目指すならキーボードはあったほうがいいだろう。

それ以外の方法としては、グレーディングした情報を静止画として書き出し、別クリップにそれを適用するという方法が使える。多少手間はかかるが、こちらのほうがDaVinci Resolveとしては王道の手順ではある。

設定をコピー&ペーストできないので、古典的な機能を使う
HDR.moviPhoneのHDRで撮影し、HDRのままで出力したサンプル

Log収録した素材を編集する際には、デスクトップ版ならインポートしたあと、「メディア」や[エディット]ページでクリップを選択して、同じLUTを当てるといった手順が可能だ。一方iPad版ではどちらのページもないため、LUTが当てられるのは[カラー]ページのみとなる。

カラーページには、タイムラインに乗せたクリップしか出てこないので、低コントラストの見えづらい映像を頼りに先に編集することになる。もしくは編集に取りかかる前に、いったん必要なクリップだけでタイムラインを作り、それで[カラー]ページにてLUTをあて、改めて別のタイムラインで編集する、といった手順となる。

LUTは[カラー]ページしか使えないが……

キーボードがあればCtrl+Aでクリップを全選択して、そこにLUTを当てれば済む話だが、iPad単体だと全選択する方法がないので、1個1個LUTをドラッグ&ドロップするような手順になってしまう。何かいい方法はないかと試行錯誤してみたが、うまい手が思いつかなかった。このあたりは正式版が出てから、ユーザーみんなで知恵を出し合って行きたい。

Log撮影したものをLUTを使ってSDRで編集したサンプル

レンタリングは、両ページにある「Export」から行なうが、演算速度はかなり早い。HDRをHDRのままで書き出す場合は、30fpsのタイムラインに対して140fpsぐらいで演算できるので、実時間の1/4程度で書き出せることになる。一方Log収録素材をSDRに変換しながら書き出す場合、30fpsに対して48fpsぐらいなので、実時間の0.75倍程度で書き出せることになる。

レンダリングは「クイックエクスポート」から行なう

総論

現在デスクトップ版DaVinci Resolveを使っているユーザーの多くは、編集のメインとして[エディット]のほうを多用しているだろう。こちらのほうが編集機能の全部が使えるからだ。

一方[カット]を使うシーンとしては、報道編集のようにシンプルながらスピードが求められる場合や、編集コントローラ「Speed Editor」を併用する場合、素材整理や粗編を行なう場合、マルチカム編集を簡易的に行なう場合などが考えられる。

つまり多くの人は、[カット]だけで完成までやろうとは考えていないはずだ。しかし現時点ではiPad版の編集ツールは[カット]ページしかないので、これでなんとかやっていくしかないということになる。そうなると、これまで使ったことがない機能まで使い倒していくスキルが求められる。

あるいは割り切って粗編までやって、あとはプロジェクトファイルをデスクトップ版に移す、といったワークローにするか、である。

とはいえ、iPad上で動く編集ツールとしては、現時点で一番強力であることは間違いない。特に[カラー]があることは、他のツールとの大きな違いになるだろう。

なおiPad版をきっかけにDaVinci Resolveを使ってみようという方、[カット]はこれまで使ったことがないという方には、技術書として11月に筆者が執筆した書籍[小寺信良直伝!「DaVinci Resolve」入門者向け解説本 - AV Watchが出ている。DaVinci Resolveの本としては珍しく、ほぼ全編を[カット]ページで作っていくという構成なので、iPad版DaVinci Resolveでも役に立つだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。