小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1109回
スイッチャーなしでスイッチング。個人で使えるクラウドスイッチャー「WRIDGE LIVE」
2024年1月17日 08:00
スイッチャー需要の広がり
日本においてインターネットライブ配信が事業化したのは、2011年の東日本大震災以降である。それ以前もUstreamで「ダダ漏れ」のような、個人ベースの文化はあったものの、本格的に機材を入れてマルチカメラでガッツリやりましょうという気運が高まったのは、テレビでは扱わない会議や議論を中継する必要があったからだ。
それがコロナ禍を迎え、リモート会議はもちろん、製品説明会や発表会をオンラインで行なうこともある意味「普通」になった。多くの人のリテラシーも高まったところである。
その一方で、ハードウェアのスイッチャーを導入してマルチカメラによる配信をやろうとすると、まず機材を持っていない、機材があってもオペレーションできない、接続がわからないといった問題があり、どうしても専門事業者へ技術支援をお願いする事になる。
もちろんそうしたほうがクオリティは上がるし手間はないわけだが、コストはかかる。また社内向けでそれほど頑張らなくていい配信などはコストはかけられないし、そもそも部外者を入れるのはマズいというケースもある。
こうした場合に、パソコンのスマホだけで簡単に4ソースぐらいが切り替えられる中継システムがあったらどうか。そうしたニーズに対してソリューションを提供するのが、株式会社TOMODYが開発中のクラウドスイッチャー「WRIDGE LIVE」である。昨年のInterBEE2023でお披露目され、12月21日から今年1月31日まで、フリートライアル版が公開されている。
クラウドスイッチャーは、クラウドへ向かって映像を打ち上げ、クラウド上の仮想スイッチャーを使って映像を切り替えるシステムだ。テレビ放送事業者などのプロ向けにはGlassValley「AMPP」、パナソニック「KAIROS」、ソニー「M2 LIVE」といったものがすでに実用化されているが、コンシューマ向けではない。
一方WRIDGE LIVEは、コンシューマユースを想定した設計となっているのがポイントだ。これまでプロしか扱えないと思われてきたクラウドスイッチャーとは一体どういうものなのか。今回はフリートライアル版でテストしてみる。
「HDMI以外」で構成する
WRIDGE LIVEはクラウドサービスなので、PCからブラウザを使ってサービスURLへアクセスする。推奨環境はMacOS X、Windowsは11または10で、マシンスペックはM1 MacBook Airと同等以上の処理能力を持つマシンとなっている。ブラウザはChromeで、それ以外のブラウザは動作保証外。正式版では、4ソースが扱えるベーシックプランで、月額9,800円となっている。
まず起動画面をざっと俯瞰すると、入力ソースにカメラなどのライブソースを登録、シーンでそれらの映像を組み合わせてPinP等を作成、そのほか既存の動画や写真、BGM、SEなどの音声ソースも登録することができる。
オーディオはレベルメーターがあるのみだが、下部に切替タブが有り、「オーディオ」に切り替えるとミキシングレベルなどが制御できるという作りだ。OBS Studioを使ったことがある人ならなんとなく同じようなものというのが見えてくるだろう。ポイントは、こちらはローカルアプリではなく、クラウド上のツールだという事である。したがって、「過負荷やメモリー不足でアプリが落ちる」ということは考えにくい。
入力ソースは、「+」のアイコンをクリックして登録する。現在ブラウザが動いているマシンにカメラが内蔵されていれば、それが利用できるほか、USBで接続されたWEBカメラも使用できる。昨今のデジタルカメラはリモート会議用としてUSBストリーミング機能を備えているものも増えているが、もちろんそうしたカメラも使用できる。
加えて、「WRIDGE CAM」というスマホアプリをインストールしたiPhoneが、リモートカメラとして利用できる。ただし処理能力の都合上、iPhone 13以上が推奨されている。
iPhoneは自分所有のものはもちろんのこと、他の出演者のiPhoneも利用できる。画面右上のシェアアイコンをクリックし、「出演者(アプリ)」を選択するとQRコードが表示される。このQRコードをiPhoneのカメラで読み取るか、QR画像やURLを送ることで、iPhoneが招待される。
この「招待」機能が実はキーになる。ここではエンジニア、ディレクター、出演者(PC)、出演者(アプリ)の4パターンがある。「エンジニア」として招待すると、配信操作画面も共有できるので、配信の監視やオーディオページの管理などを任せることができる。
なお音声については、「入力ソース」にて何らかのカメラやPC画面などの映像ソースと一緒でなければ入れられない仕様になっている。あとでオーディオ入力を追加する場合は、何か適当な映像を選べばいい。
なお、すでに入力ソースを指定したものに対して、あとから音声ソースを変更するといった編集機能がないようだ。オーディオ配線は、想定したカメラ位置からケーブルが届かなかったなど、あとから差し替えたりすることも多いので、登録した入力ソースの変更機能もほしいところである。
なお入力ソースとしては、Ethernet接続のカメラも使用できる。今のバージョンでは未対応のためテストしていないが、今後NDIとXCプロトコルのカメラも利用できるという。おそらくパン・チルト・ズームのコントロールにも対応するのだろう。
PinPを実装、トランジションは今後
「シーン」では、PinPなどの合成を登録して、瞬時に呼び出せる。シーンを作るには下部の「シーン管理」へ移動し、そこからコンポジションのプリセットを選ぶという格好だ。デフォルトでは親子画面、2面、3面などがある。
またそれぞれの画面を拡大することもできる。ここも1.5倍、2倍、3倍といったプリセットを選ぶだけだ。マニュアルでの画面合成はできないが、ある程度プリセットに割り切ることで、初心者でもすぐに使えるようになっている。
シーン間のカットチェンジも早い。2面から3面へ切替なども瞬時に行なわれるあたり、ローカルのPCUやGPUに依存しないクラウドスイッチャーならではの速度である。
連続でのマニュアル操作が厳しい場合は、「パッド」部分へ操作を割り当てることができる。音楽や画像のポンだしなどもリハーサル時にパッドへ仕込んでおけば、「えーと次に出す音楽どれだっけ」などと探す必要がなくなる。
「オーバーレイ」画面では、テロップ合成ができる。あらかじめアルファチャンネルを含んだPNGファイルを作成しておけば、カットイン、カットアウトでテロップが合成できる。またオーバーレイは「シーン」にも仕込むことができるので、2面割でそれぞれの出演者のテロップを同時に配置、ということもできる。
ただ現時点では、トランジション機能が実装されておらず、すべてカットチェンジとなる。まあシンプルな配信では必ずしも必要ではないが、演出上欲しいこともあるはず。なかなか負荷の高い処理なので、今後の対応はソフトウェアの問題というよりも、サーバ処理の問題になるだろう。
ミキサー機能は、それぞれにフェーダーがあり、カメラ入力にはゲインもあるので、調整はしやすいだろう。EQはLow、Mid、Highの3バンドだが、周波数がわからないので聴いた感じで調整するしかない。ローカット、ハイカットフィルタも装備する。コンプレッサ・リミッタも装備しており、過大入力に対応する。
音声バスは、MaterとSUB1、SUB2の3系統がある。Materは最終出力に出るのだろうが、現時点ではSUB1とSUB2がどこから取り出せるのか、試した限りではわからなかった。おそらく入力ソースに登録された系統へ向かってモニター音声を返すバスとして使うのが妥当だろうと思うが、フリートライアル版は配信機能がカットしてあるので、最終出力で確認できなかった。
総論
ソフトウェアスイッチャーは、ハードウェアスイッチャーに比べて初期費用が安く、簡単に始められるというメリットがある。一方で結果がPCのスペックに左右されたり、USBを経由した映像・音声回りの設定に習熟していなければならないというデメリットもある。こうした条件の中で、ハードウェアではなくOBS Studioなどのソフトウェアスイッチャーを使うほうがメリットがあると判断する人も居る。
WRIDGE LIVEの登場は、その上でさらにローカルで動くほうがいいのか、クラウドで動くほうがいいのか、という選択肢ができたことになる。実際に設定してみると、OBS Studioに比べると、できることも限られている一方で、設定などはかなりわかりやすくなっている。ハードウェアもPCもそんなに詳しいわけじゃないという方にちょうどいい難易度、というところに調整されているようだ。
ローカルのソフトウェアスイッチャーに比べて明らかなメリットは、遠隔地の出演者の管理が易しいところだ。ローカルソフトウェアでは、遠隔地の映像もいったん手元のPCに引き取らなければならないため、設定もかなり複雑になるが、クラウド型なら各地の映像ソースがクラウドに上がるだけで統合できるので、かなり簡単だ。特にiPhone向けに専用アプリがあるので、簡単に遠隔地からの中継ができるというのは強い。
トライアル版ではストリーム出力が出ないが、現時点でRTMPに対応しており、今後SRTやRTSPにも対応していくという。現状でも動作が安定しているのは安心できるところである。また国内開発であることから、日本語のサポートも期待できるだろう。
発表がプロ向け展示会のInterBEEだったこともあり、現時点ではあまりコンシューマには知られていないようだが、2月の正式リリースが楽しみな配信ツールだ。