小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1119回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

ゼンハイザー本気のスポーツイヤフォン「MOMENTUM Sport」を試す

4月9日発売のゼンハイザー「MOMENTUM Sport」

ただのイヤフォンではない

以前はひとつのジャンルだった完全ワイヤレスイヤフォンも、今では普通のものとなり、最近はさらに機能をプラスして差別化を図る傾向が強まっている。先週お伝えしたイヤークリップ型も、そうした流れのひとつである。さらに今回は、別の方向に機能を延ばしたイヤフォンをご紹介したい。

ゼンハイザー「MOMENTUM Sport」は、スポーツ向けに特化した完全ワイヤレスのカナル型イヤフォンだ。以前から同社にもスポーツモデルは存在したが、本製品は内部センサーを使って体温や心拍数まで計測するという、なかなかの本気モデルとなっている。また同社初となるセミオープン構造でもある。4月9日発売で、店頭予想価格は59,950円前後。

専門性を謳うイヤフォンとはどういうものなのか、早速試してみよう。

ハイブランドらしい設計

ゼンハイザーでは音質重視のハイブランドとして「MOMENTUM」シリーズを展開してきたが、スポーツとハイブランドはあまり一致しないというのが一般的である。そこを同社では、アスリート向けに本気でフォーカスするとどういう仕様になるのか、挑戦してきたという事になる。カラーはブラック、オリーブ、グラファイトの3色展開で、今回はオリーブをお借りしている。

本機は耳穴に入れるカナル型としてはやや大きめで、本体部分はウズラの卵ぐらいのサイズ感。表面には蛍光オレンジでゼンハイザーのロゴが描かれているが、こうした派手なカラーのロゴは同社にしては珍しい。このロゴのあたりにタッチセンサーがあり、再生・停止やスキップ・バックなどがコントロールできる。

イヤフォンとしてはやや大きめ

一般にカナル型イヤフォンをランニング等で使うと、体の振動に合わせて耳の中でボインボインと大きな音がする。また自分の呼吸音などもかなり大きく聞こえてくるため、耳栓しているはずなのにかえってうるさいということになりがちだ。過去こうした問題を解決するイヤフォンも登場した事があるが、あまり広く認知されなかった。今回ゼンハイザーの取り組みで、再度注目されるかもしれない。

「MOMENTUM Sport」では、こうした運動時の問題「オクルージョン効果」を低減するため、「アコースティックリリーフチャンネル」という機構を盛り込んだ。従来のNC付きカナル型のように密閉せず、エアーベンチレーションを含む構造で、同社としては初のセミオープン型となっている。

イヤピースは3サイズ
イヤピース側にもフィルターを備えるユニークな構造
フィンは長さ別に3サイズが付属。出荷時は左端のフィンなしリングが装着されている

オープン型にすると低域が不足してくるが、これをカバーするために10mm径の「TrueResponseドライバー」を新開発した。振動板は名機「HD 560S」と同じ素材だ。コーデックはSBC/AAC/aptXおよびaptX Adaptiveで、ノイズキャンセリング、風切り音低減、外音取り込みといったモードを備えている。

スポーツ向けの機能としては、イヤフォン内のセンサーを使って心拍数と体温が測定できる。心拍数はこれまでもスマートウォッチで測定できたが、体温が測定できるものはあまりない。そもそも手首は温度が安定しない事に加え、スマートウォッチ自体の発熱もあるからだ。筆者も温度センサーを内蔵したスマートウォッチを使用しているが、これはあくまでもデバイスの温度で、体温とは一致しない。

一方耳の中は体温測定に向いており、子供用の体温計には耳の中の温度を測るものもある。ゼンハイザーでは、±0.3度内の正確さで体温が測定できるとしている。なおこれらのセンサーはイヤフォンの左側のみにあるため、右側のみを装着した場合には測定できない。

左側のみ測定用と思われる緑のLEDが付けられている
左側のみ音導管が透明になっている

防滴防塵性能はIP55、バッテリーはイヤフォン本体で約6時間、ケース併用で約24時間の再生が可能になっている。

ケースも見ておこう。ボディに合わせた同色となっており、フタ部分は柔らかいがボディ部は堅い。さらにUSB端子カバーから底部を回ってフタを繋ぐジョイント部分はシリコン素材と、3素材が同居した作りとなっている。ストラップホールもあり、専用ストラップも付属している。

ボディカラーに合わせた専用ケース

ケースの防滴防塵性能はIP54となっている。またQiによるワイヤレス充電にも対応している。

充電はシリコンラバーをめくり上げる

十分な音質でスポーツをサポート

早速使ってみよう。コントロールソフトは「ゼンハイザー Smart Control」が対応する。モード変更やEQなどはこちらから制御する。スポーツセンサーとして心拍数やボディ温度もモニターできるが、このアプリ自体がスポーツトレーニングまではカバーしないので、別途「Polar Flow」というサービスと同期させることになる。

イヤフォンのコントロールは「ゼンハイザー Smart Control」が対応する
スポーツ向けアプリはデフォルトではPolar Flowが対応

ジョギングでテストしてみた。かかとの着地時の衝撃が本体に伝わって、トットットッという振動音は少しするものの、一般的なカナル型イヤフォンと比べると明らかに小さい。5分も走っていれば、気にならなくなるだろう。

風が強い状況ではANCモードではボボボボという、外部マイクがフカレる音が気になるところだが、「風切り音の防止」モードに切り替えるとこの風切り音が軽減される。運動に起因するノイズがイヤフォンによって増幅される感じはなく、入ってくるのはイヤフォンをしていないのと変わりない程度の音である。

「Polar Flow」によるログ収集は、GPS情報をスマートフォンから取得することで、位置情報とスピード、カロリー消費量などを算出する。これはスマホアプリとしては一般的な機能だ。それに加え、「MOMENTUM Sport」からの体温の変化と心拍数を取得して同時に記録する。

運動記録サービスとしては他にもApple Watch、GARMIN、STRAVA、ZWIFTといったサービスと連携予定のようだが、これらは元々体温を記録できないので、心拍数のみが記録される事になる。

トレーニング後のログ画面。数日分のデータが貯まるともう少し細かい分析ができるようだ

余談だがAppleも以前からAirPodsに体温だけでなく、脳波や筋電図といった生体反応をセンサーで取得する特許を出願しており、今後スマートウォッチに変わって生体反応を取るのはイヤフォンが主流になる可能性もある。「MOMENTUM Sport」はそれを一歩先取りした格好だ。

肝心の音質だが、スポーツモデルとはいえそこはゼンハイザーの「MOMENTUM」シリーズなので、低域の沈み込みからアタック感、高域の抜けまで、ぬかりない高音質だ。Eは5バンドで、別途バスブーストも使えるが、特にいじる必要は感じなかった。

「ゼンハイザー Smart Control」のEQ設定画面

カスタマイズ機能としては、「サウンドチェック」がある。実際に好きな音楽を再生して、表示される3パターンの中から好みの音を選んでいくと、最終的にEQがセットされるという機能だ。こちらも試してみたが、8kHzが多少ブーストされる程度で、他はフラットだった。それだけ本機は筆者の好みに合う音、ということだろう。スポーツ時に限らず、日常使いでも全然行けるサウンドだ。正直これだけの音が出るイヤフォンを、スポーツ時にしか使わないのは勿体ない。

好みの音質を選んでいくだけでオリジナルのEQが設定できる

もう1つ面白い機能としては、「サウンドゾーン」がある。これはスマホ側のGPS機能を利用して、特定の場所に接近すると自動的にANCや外音取り込みといったサウンドモードやEQのセッティングを変える機能だ。最初に始めたのはソニーだったかと記憶しているが、他社も追従してきたようだ。

位置情報を元にモードとEQを切り替える「サウンドゾーン」

総論

ゼンハイザーはハイエンドヘッドフォンブランドとして有名だが、以前からスポーツモデルにも力を入れており、過去adidasとコラボレーションしたスポーツモデルも展開して来た。そう言えばCESでも取材したっけな、と思い出した次第だ。

スポーツモデルと言えば頑丈で低価格というのが定番だが、イヤフォンでは珍しい温度センサーや心拍センサーを内蔵し、モニタリングできるようにしたというのは面白い。特に体温はスマートウォッチでは取れないため、これまではフィットネスアプリでもどう生かせばいいのかわからなかった。

これまでも研究として、一時的に体温センサーを装着して測定するようなことは行なわれてきただろう。だが日常的に毎日毎分測定するみたいなデータは、常時装着するデバイスがないと、なかなか難しい。それがイヤフォンで取れるようになることで、スポーツ時に限らず、1日の変化をどう見ていくのがいいのか、あるいは季節ごとの変化をどう見ていくべきか、今後研究開発が進むものと思われる。

「MOMENTUM Sport」に搭載されたのはちょっとした機能だが、これから大きく化けていく可能性がある技術だ。

【お詫びと訂正】記事初出時、屋外での試用方法に不適切な部分がありました。お詫びして訂正します。(4月4日12時)

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。