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第733回:裏方の大革命、4K放送に向け、“IP伝送”の道筋が見えてきた「InterBEE 2015」

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第733回:裏方の大革命、4K放送に向け、“IP伝送”の道筋が見えてきた「InterBEE 2015」

4K放送へ向けたテレビ局の動向

 先週18日から20日まで、千葉幕張メッセにて国際放送機器展「InterBEE 2015」が開催された。元々は放送を中心としたプロ向け映像機器の展示会だったが、近年のデジタルシネマの充実や、ネット放送のような新しいムーブメントの発生を飲み込んでいくうちに、放送に限らず映像を職業としている業界全般のための展示会となっている。ドローンによる空撮や、スマートフォン向けのマイクやジンバルなど、コンシューマユーザーが見てもわかるものが増えてきているのも特徴である。

InterBEE 2015

 ここ数年、映像機器業界はもっぱら「4K」で食いつないできたようなところがある。というのも、4Kは従来方式と互換性のないフォーマットではなく、HDを4つ束ねれば出来てしまうので、実験がやりやすかったという部分が大きい。だが4K放送のさらなる普及拡大を目指す現状では、いつまでも仮組みの4K設備では運用できない。

 とはいえ、今この段階で早々に4K放送でお金を生むまでには至らない。4K放送の本丸は、2018年のBS右旋実用放送と言われているが、そこへ向けて来年の試験放送から徐々にノウハウを蓄積していく必要がある。放送業界としては、来年から再来年にかけて、本格的な4K放送に向けての設備投資が必要になる。

 設備投資には、大きく2つの方法がある。一つは新社屋移転といったタイミングで、従来のHD放送も含めて4K放送設備を導入していくというやり方だ。ちょうどテレビ東京がこの秋に新社屋へ移転することを発表したが、マスター設備も含めた全機能の統合は、30年ぶりだそうである。こういう機会はなかなかないので、どうせ移転するなら10年先を見据えた最新方式を導入したいと考えるのが筋だ。

 もう一つは、すでに問題なく稼動しているHD放送設備はなるべくいじらずに、4K設備をアドオンで加える方法だ。かといって、4K放送向けに作られた番組を、本当に4K放送だけでしか流さないというのではペイできない。当面はサイマル放送にして、番組制作費や機材、人件費を一緒に乗せていくことになる。そうなると、完全に独立した4K放送設備を作るのではなく、どこかで既存HD放送インフラに4Kインフラを乗り入れていくことになる。

 このような動きに必須と言われているのが“映像伝送のIP化”だ。今回のInterBEEは、IP伝送技術を中心に取材を行なった。

なぜこれまでどおりではダメなのか

 現在プロ用映像機器で、映像伝送に使われているのは、HD-SDIという規格である。元々のSDI(シリアル デジタル インターフェース)という規格は、1980年台後半に放送用デジタルVTRが実用化されるのに伴い、国際標準のデジタル伝送規格として登場した。当時は当然HDではなく、SDである。

 これが2000年に入る前にはハイビジョン放送が前提となり、HD信号も伝送できるよう拡張されたのが、HD-SDIだ。現在はSDの映像機器がほとんど稼動しなくなったこともあり、わざわざ「HD」を付けて呼ばれることは少なくなった。

 日本のHD放送フォーマットは1080iであるため、標準的なHD-SDI機器は1080iまでしか対応しない。放送機器のシリアル伝送は、非圧縮(ベースバンド)でしか伝送しないので、ビットレートとしては1.5Gbpsとなる。

 長らくこの1.5Gで不自由はなかったのだが、徐々に転送速度が拡張されていくことになる。2010年ごろにトレンドになったのが、2倍となる3G伝送だ。スピードが2倍になったことで、1080/60pが伝送できるようになった。放送では必要ないが、当時ブームになりつつあった3D映像を伝送するのに、1080iが2本送れる3Gに注目が集まったわけである。

 3G伝送までは特に問題なく対応が進んだが、この辺りがシングルの銅線を使ったシリアル伝送の速度的な限界だろうと言われていた。そこに登場してきたのが、4Kである。4K/30pのビットレートは、6Gbpsだ。さすがにそこまでは伝送できない。

 だから、HD-SDIケーブルを複数本束ねて伝送するという方法が考え出された。4K/30pは、1.5GのHD-SDI×4本を束ねれば良い。一方4K放送は、4K/60pが標準である。これを伝送するためには、3GのHD-SDIを使って、やはりケーブル4本で伝送することになる。実際にこれまでは、そうやって伝送する機器がほとんどである。

 もちろん、なんとか1本で4Kを伝送しようという試みも行なわれた。オーストラリアのBlackMagic Designが中心となって開発を続けているのが、HD-SDIを拡張して4K/30pを伝送する6G-SDIや、4K/60pを伝送する12G-SDIといった規格である。これらも国際標準化へ向けて動いているが、ケーブル長がそれほど長くできなかったり、芯線の太い特殊ケーブルが必要となる。何よりも、この規格の対応製品がなかなか広がらないといった課題もあり、従来のSDIの使い勝手そのままというわけにもいかない。

 従って、SDIという規格に乗っかってケーブル伝送を行なうなら、国際標準化済みで対応製品も多い3Gまでということになる。これで4K/60pを伝送するなら、ケーブルが4倍必要というのが、昨年までの話であった。

 1台の4Kカメラで収録できればいいというのであれば、カメラとレコーダの間を4本のケーブルを繋げば良い。しかしこれでは立ち行かない問題が出てきた。4KのLIVE中継である。

 中継車は、狭いトラックの中に中継に必要なすべての機材を搭載して、移動できるようにしたものだ。中にはカメラ以外の機材がすべて乗ると言ってもいい。これらの機材すべてを結線するのに、従来に比べて4倍のケーブル、しかも銅線が必要ということになると、ケーブルの重量で車両積載量を超えてしまうことがわかった。少なくとも4K中継をフィールドへ持ち出すのは、銅線による接続では不可能ということになった。

映像のIP化とは何か

 そこで注目されたのが、IPインフラの中に映像を載せて伝送してしまうという方法である。IP伝送と言っても、今はYoutubeやNetflixなどからバンバン映像が流れてくるし、ネット生中継を行なうのも難しい話ではない。今更何を言っているのかと思われることだろう。

 例えばVODサービスで使われている映像伝送では、送る映像がすでにファイル化されている。従って、ユーザー側ではあくまでも再生がリアルタイムなだけで、実際の映像ストリームはリアルタイムよりも早め早めに送られて、手元でバッファリングされている。従って通信回線が十分であれば、リアルタイムにこだわる必要はないわけである。

 一方生中継の場合、今その場で起こっている出来事を伝送するので、先に送っておくということができない。先の映像は、まだ起こっていない出来事だからだ。

 それならネットの生放送も同じではないかと思われるだろう。だが実際に生放送をしたことがある方はお分かりだろうが、現場で起こっている時間軸に対して、ネットの生放送は常にディレイする。回線状況が悪ければ、30秒程度遅れることも十分ありうる。

 一方放送業務で使うための伝送は、ディレイは限りなくゼロの方がいい。8時から始まるイベントは、放送も8時ちょうどから視聴できた方がいいからだ。

 つまり放送でいうところの伝送のIP化とは、これまでSDIケーブルで直結していたのと変わらない使い勝手で、伝送に使うイクイップメントだけをIPで使っているもので流用できないか、という話なのである。なぜならば、映像機器に比べれば、通信機器は安い。それを使って映像伝送できれば、設備コストが大幅に下がるからである。

 IP伝送の可能性が議論され始めたのは、2007年頃のことである。当時はまだ4K伝送のニーズはなかったが、銅線を使うSDIでは3Gが限度だということは見えていた。その次のステップを考えると、もはや銅線ではコストが合わず、光ファイバーを使った伝送にシフトすべきということで、研究がスタートした。

 ところが2012年頃から、4K放送の可能性が急速に浮上してきた。米国のテレビ業界は4K放送に関してそれほど積極的ではなかったが、日本や韓国ではロードマップを策定して積極的に推進することになった。もちろん日本が本腰を入れ始めたのは、2013年の東京オリンピック開催決定以降である。だがこのあたりでIP伝送は、将来を見据えるなら4K伝送、という流れになっていった。

 HD-SDIと比較して、IP伝送には次のようなメリットがある。

1.一本のケーブル内に複数の映像信号が伝送できる

 そもそもSDIは、アナログのようなケーブリングをデジタルでも可能にするために開発された。従って1本のケーブルには1本の映像信号しか流れておらず、繋げば絵が出るという単純な仕組みだ。一方IP伝送は、帯域に通る限り、複数の映像信号を流しても、分離して取り出すことができる。通信であるから当然である。

2.伝送スピードの向上が著しい

 SDIでは3Gbpsがせいぜいであるところ、ネットワーク機器では10Gから40G、光伝送では100Gあたりまですでに実用化されている。また今年NTTが400Gの実証実験に成功するなど、高速化へのスピードが映像業界とは比べ物にならない。これに乗らない手はない。

3.劇的なコストダウンが期待できる

 これまで映像を複数に分配するには、映像専用の分配器や、ビデオルーターが必要であった。放送用クラスともなれば、これらの機器だけでも数百万円から数千万円といった設備投資が必要になる。一方IP化すれば、分岐はIPスイッチやネットワークハブで可能になる。これらは業務用クラスのものでも、映像機器に比べれば1/10~1/100の価格で購入できる。

 これまで映像のIP伝送は、国際標準化を目指して長らく議論が続いてきたが、SMPTE 2022として徐々に規格がまとまってきた。SMPTE 2022-1~4まではMPEG系の伝送ということで、放送業界ではあまり注目されなかったが、2014年に2022-5及び2022-6としてベースバンド伝送が規定されたことで、一気に製品化の動きが加速した。

 そして具体的に製品としてモノが出てきたのが、今回のInterBEEというわけである。

IP伝送をリードするGrassValleyとソニー

 今年のInterBEEで、IP伝送に関して自社製品を使い具体的なソリューションを展示していたのは、米国GrassValleyとソニーである。

 GrassValleyはスイッチャーメーカーとして知られるが、昔からビデオルーターや伝送系にも強かった。2014年には、光ファイバーや伝送ケーブルで知られる米ベルデンに買収されたのだが、ベルデン傘下にネットワーク・ハードウェアの関連企業が多くあったこと、先に買収されていた映像コンバータの大手Mirandaと統合されたことで、IP化が一層加速した。

 GrassValleyの戦略は、国際標準規格に則り、コストダウンに貢献するということである。今回の展示でも、カメラからルーター、ビデオサーバー、スイッチャーなどに対し、SMPTE 2022-6に準拠したIP入出力モジュールを年内に出荷する。トータルソリューションとしての2022-6対応としては、一番乗りとなるはずである。

ブース全域を使ってIP伝送を行ったGrassValleyブース
IP伝送モジュールを搭載したビデオサーバ「K2 Summit IP」

 一方で光ファイバーを使った映像伝送には、抵抗を持つ業界関係者も多い。特にケーブルやコネクタの強度が、これまでのSDIケーブルに比べると著しく劣るという点を問題視している。

 しかし今回GrassValleyブースに展示されていたベルデンの光ファイバーケーブルは曲げにも強く、束ねて結んでしまってもファイバーが折れることはない。従来のファイバーケーブルは、折れることを懸念して大きな径でしか巻けないが、まさに銅線と同じ扱いができるものがすでに開発済みであった。

SDIケーブルと同等の扱いが可能なベルデン製グラスファイバーケーブル

 一方ソニーは、SMPTE 2022-5/6とは別の独自規格「ネットワーク・メディア・インターフェース」を推進している。SMPTE 2022-5/6は、どちらかといえば基幹線、すなわち本局と支局を結ぶとか、スタジオからマスターまでを結ぶといった、設備のカタマリとカタマリを1対1で繋ぐような伝送を主眼に置いている。だが複数のカメラからスイッチャーまでといった、これまでSDIケーブル直結で繋いでいたような末端での使い方にはあまり向いていない。

具体的なIP伝送ソリューションを展示したソニーブース
XVS-8000の本体。従来型のSDI接続(下段)だけでなく、上段にIPインターフェースのボードが見える

 ソニーのネットワーク・メディア・インターフェースは、そこを埋めるものとして位置付けている。SMPTE 2022-5/6との違いは以下のようになる。

1.IP上で同期転送ができる

 放送システムとは、平たく言えば複数の映像機器をリアルタイムに切り替えて、1つのコンテンツを作っていくものである。そのためには、各機器が同期して動かなければならないので、一般的には同期信号を映像信号とは別のケーブルで引き回して、接続する必要がある。

 一方ネットワーク・メディア・インターフェースは、IP伝送の中に同期を取る仕組みを入れてある。IPで繋がった機器の中でどれかがマスターとなり、それ以外の機器がスレーブとなることで、全体として同期がとれるという仕組みだ。一方SMPTE 2022-5/6には同期転送という概念がないため、機器メーカーが独自で同期情報を入れるか、バッファで遅延させてズレを吸収する必要がある。

2.ビデオ、オーディオ、メタデータが別パケットになっている

 2022-5/6では、送られてくるストリームから音声だけを取り出したい場合は、一旦IPからベースバンドへ変換したのち、重畳化された音声を取り出すことになる。一方ネットワーク・メディア・インターフェースではそれらを別々のパケットで伝送するため、IPのままでそれぞれの情報を取り出すことができる。

3.IPのままでスイッチングができる

 これは1とも関わってくるが、ネットワーク・メディア・インターフェースでは映像内のフレーム単位の切れ目を見つけることができるため、そのタイミングでIPパケットを切り替えることにより、映像信号に復元しなくても映像のスイッチングができる。

 もちろん、2つの映像間をトランジションしたり、合成する際にはベースバンドに戻して処理する必要があるが、単純なカット切り替えであれば、ネットワーク機器だけでノイズレスの切り替えができる。

 長い目で見れば、これらの仕様は徐々に国際標準規格として吸い上げられることになるのかもしれないが、いますぐIP化するメリットを享受しようとするならば、独自規格でどんどん先に進むしかないということであろう。現在この規格に賛同するメーカーは42社となっており、業界としては“標準規格もやるけどこちらにも乗る”と言うところが多いようだ。

 実際にソニーでも自社規格だけでやろうということではなく、各機器で2022も入出力できるよう、ハイブリッド化を進めていくという。

 映像のIP伝送は、裏方の話であり、これが映像表現にダイレクトにつながるというわけではない。だが4Kでの中継を行なうには必須の技術であり、放送でのライブコンテンツが増えるためには、キーとなる技術である。

 2018年頃には、映像制作の現場は皆Ethernetケーブルか光ファイバーを引き回していることになるかもしれない。シングルの銅線以外のケーブルを使うというのは、今から約70年前にテレビ放送が始まって以来の大変革なのである。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。