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高画質劇場「ソニーデジタルシネマ」はIMAX/ドルビーに次ぐ新潮流となるか

今年4月、ソニー独自の劇場システム「ソニーデジタルシネマ (Sony Digital Cinema)」を世界で初めて導入した映画館「GALAXY THEATRES LUXURY+ BOULEVARD」が米国ラスベガスにオープンした。

映像を投写するプロジェクションシステムはもちろん、スクリーン、サウンドシステム、座席、そして館内へと繋がる入り口から内装までをソニーが“プロデュース”。ハイクオリティな映像と音声を実現すると共に、全席リクライニングシートによる快適かつプレミアムな体験を目指した世界初の“ソニー劇場”だ。

ご承知の通り、同社はハリウッドメジャーのコロンビア映画を傘下に持ち、シネマ用カメラや編集システム、劇場用音声フォーマット「SDDS」やシネマ用プロジェクター、オペレーションシステムなど、ソフトからハード、サービスに至るまで、長年に渡って映画産業と密接な関係を構築してきた。しかしこれまで、ソニーデジタルシネマのような社名を冠した劇場システムを展開したことはなかった。

ソニーデジタルシネマとは、一体どのようなシステムなのか? 今話題のドルビーシネマやIMAXなどの劇場システムとの違いはどこにあるのか? 今後は日本への展開もあり得るのか? 同事業を手掛ける関係者に話を聞いた。

ソニーイメージングプロダクツ&ソリューション プロフェッショナル・プロダクツ&ソリューション本部 マーケティング部門 ビジネスソリューションマーケティング部DC室 室長の吉川剛氏(写真左)、ビジネスディベロップメントマネジャーの狩野真人氏(写真右)

巨大&高画質映像と立体音響、レザーシートを完備した“ソニー劇場”

――「ソニーデジタルシネマ」とは、どのような劇場なのでしょうか。

狩野氏(以下敬称略):シネマ用プロジェクターや劇場運用ソリューションで多くの実績を持つ我々が、これまで培ってきた技術やノウハウを活かしながら、ソニー品質のハイレベルな映像、そして巨大スクリーンと心地良い空間・座席で、来場者に“プレミアムな劇場体験”を提供するものです。近年、多くの劇場が大きなスクリーンや立体音響、リッチな座席を導入しているかと思いますが、それらは総称として“プレミアム・ラージ・フォーマット(PLF)”と呼ばれています。今回のソニーデジタルシネマは“ソニー版PLF”とイメージしてもらうのが分かりやすいかと思います。

――ソニーデジタルシネマの第1号導入館となったギャラクシー・シアターは、具体的にどのようなシステムになっているのでしょう。

狩野:ラスベガスの中心部から東に約3km、車で約10分離れたところにあるショッピングモールに4月5日オープンした劇場が、ギャラクシー・シアター ブールバードモール店です。映画館の正面ロビーには“Sony Digital Cinema”の看板が設置されています。

ギャラクシー・シアター ブールバードモール店
ロビー
ソニーデジタルシネマの看板

狩野:同劇場の全9スクリーンに我々のシネマ用レーザープロジェクター(SRX-R815)が導入されていますが、2番スクリーンがソニーデジタルシネマ仕様になっています。このスクリーンのみ、黒壁とブルーライトを組み合わせた高級感と先進感をイメージした入り口になっていて、座席へと繋がる通路や床のタイル、カーペットの素材も、特別にデザインされています。

2番スクリーンの入り口
座席へと繋がる通路

狩野:壁の端から端、床から天井まで“壁一面”と表現してもいいほどの、大きなカーブドスクリーンも特徴です。アスペクト比1.85:1のシルバータイプで、横70フィート(約21m)、縦40フィート(約12m)は、ラスベガス市内の劇場では最大サイズと聞いています。

プロジェクターは最新の4Kレーザープロジェクター「SRX-R815DS(ダブルスタック)」、そしてDolby Atmosの再生が可能なサウンドシステムを導入しています。高品位な映像と相まって、没入感のある映画視聴を生み出します。

観客の座席は、肌触りが良く高品位なレザーリクライニングシートを全席(座席数220)に採用して、長時間視聴する際の快適さと座り心地を追求しています。スクリーンやスピーカー、シートなどはソニー製ではありませんが、劇場を構成する各要素に我々独自の基準を設定し、ハイクオリティな劇場パッケージとしてギャラクシー・シアターに導入しました。

2番スクリーンのソニーデジタルシネマ

――ソニーデジタルシネマの基準について教えてください。明確な数値や仕様は決まっているのですか。

狩野:数値や仕様はありますが、公表はしていません。チェックする項目については、例えばスクリーンの場合であれば、生地の加工やゲイン値、迫力や没入感を満たすサイズ、スイートスポットを考慮した座席からの距離などがポイントになります。

吉川:プロジェクターの性能や、シートの色、サウンドデザイン、上映品質を保つためのオペレーションシステムなど、マストな部分はあります。ただ劇場は形やサイズが多種多様ですし、新規に建屋を作る場合と既存の建屋にシステムを導入する場合とではプロセスも異なります。ですから、基準に多少の幅はありますし、劇場が選択できる部分もあります。数字を決めて、仕様通りに作ることが目的ではなく、“ソニーのプレミアム劇場”に値するクオリティを、パートナーの意向も合わせた形で実現することが目標です。導入する劇場と、ある程度のレンジを持たせた仕様をフィットさせながら導入を行なっていきます。

――基準にある程度の幅があるとのことですが、ソニーデジタルシネマのスタンダードは、ラスベガスの“ギャラクシー・シアター”だと考えていいですか。例えば、同システムが他の劇場に導入される場合も、4Kレーザー、巨大スクリーン、立体音響、リクライニングシートになると。

吉川:ギャラクシー・シアターのスタイルが、我々の考えるスタンダードと思って頂いて結構です。空間の制約もありますから、全席リクライニングシートなのか否かは劇場と話を進める中で決まる事項ですが、我々は今までと同じシートで良いとは思っていません。プレミアムと言うには、迫力があって高画質な映像、リアルなサウンド、心地良い座席の三位一体が必要です。どれかを妥協しクオリティを下げてまで、導入することに意味は無いと思っています。

ソニーデジタルシネマで使われている4Kプロジェクター「SRX-R815DS」

――様々な劇場・PLFがある中で、今なぜ“ソニーデジタルシネマ”を展開することになったのか。背景を教えてください。

狩野:ソニーは高精細なシネマ用プロジェクター、そしてプロジェクターとサーバーを組み合わせた上映システムをいち早く発売し、デジタルシネマの市場を牽引してきました。

その一方で、ソニーは様々な撮影・制作機器、ツールを持っており、まさに映画に関わる入り口から出口までのシステムやノウハウが揃っています。将来的にこれらを高次元で融合させ、より高品位な映画体験を観客に届けるというのが、ソニーデジタルシネマの基本コンセプトです。アイデアそのものは、日本の事業部、ならびに米ソニー・シネマ事業責任者であるBob Raposoとの間で以前から温めてきたものです。

今回採用して頂いたギャラクシー・シアターは、シネコンの中でもラグジュアリー志向が強く、イノベーティブな取り組みを行なう劇場です。ソニーデジタルシネマのコンセプトにいち早く賛同して頂けましたし、“第1号は新館で、映画の本場米国で作りたい”という我々の希望とも合致し、今回のローンチに繋がりました。

吉川:4月1~3日まで、関係者向けの内覧会が行なわれたのですが、その時期はCinemaCon2019で多くの映画関係者がラスベガスに集まっていました。またその翌週にはNABも控えていたので、我々にとっては非常に恵まれたタイミングでソニーデジタルシネマを業界関係者に披露できたと感じています。

一番の違いはハイレベルな画質。DCP素材を最高品質で上映する

――劇場というと近年、IMAXデジタルシアターやドルビーシネマが注目されつつあります。これらは上映に使うデータそのものが、一般的な劇場とは異なるわけですが、ソニーデジタルシネマの上映に使用するデータも、特別なグレーディングやサウンドデザインを行なう必要はあるのでしょうか。

狩野:ソニーデジタルシネマ用に素材を別途用意する必要はありません。上映に用いるのは、DCP(Digital Cinema Package)で定められているスタンダードなコンテンツ(※)になります。

上映するデータは一般的な劇場と同じですが、内覧会で参加した現地のマスコミやクリエイター、ハリウッドメジャー関係者からは“制作時に何度も観たコンテンツだが、今までで最高の映像である”と言った声や“高コントラストでグレーディングモニターで意図したルックに近い”といった反響が得られました。これは高性能なプロジェクターと、その魅力を最大限に発揮する劇場デザインが上手く機能したと感じています。

※4K/2K解像度、JPEG2000圧縮、12bit/4:4:4、DCI-P3色域、リニアPCM等

吉川:実は当初、ソニーデジタルシネマの話が出たとき、業界の一部では“また新しい規格でグレーディングするのか”というリアクションをされました。我々は、特殊なグレーディングを別途用意する必要はないこと、一般的なDCPコンテンツをハイスペックかつ安定したレベルで提供すること、という理念とメリットをお話しし、理解を得られていると思います。

吉川剛氏

――上映データが他の劇場と同じスタンダードコンテンツとなると、他のPLFとの差別化や強みはどこにあるのでしょう。

狩野:一番の違いは、やはりハイレベルな映像品質です。世界には様々なPLFがありますが、そこで使われているプロジェクターの品質・スペック及び価格はバラバラです。我々は映像屋でもあるので、その品質に対しては強いこだわりを持ち、高いハードルを設定しています。

ギャラクシー・シアターのソニーデジタルシネマでは、最新鋭のレーザー4Kプロジェクターを2基使って2D/3D映像を投影しています。ラスベガスいちの巨大スクリーンサイズであっても、明るく、高コントラストな映像が魅力です。また3D上映時もLR映像を交互に表示するトリプルフラッシュ式と異なり、我々のプロジェクターはLR映像を同時に表示するため、フラッシュレスでスムーズで疲れにくい3D映像が可能です。また、リーズナブルな価格で導入できる点も映画館経営側の視点として非常に重要だと思っております。

――劇場における3D投映の違いについて、観客の関心は高いのでしょうか。

吉川:3D映画の受け止め方は地域でバラツキがあります。中国は3Dに対する興味・関心が非常に強く、その上映比率は世界的に見ても群を抜いて高く人気があります。

世界的に3D映画のタイトル数は以前よりも減ってはいますが、ジェームズ・キャメロン監督が現在制作している「アバター2」(2021年公開予定)や「アバター3」('23年公開予定)に対する劇場や業界の関心は高いですし、こうしたビッグタイトルがトリガーとなって、3Dに対する再評価・関心や、HFRやHDRといった新しい映像技術に大きな注目が集まるのではないかと予想しています。

先ほど、業界関係者の方々に体験してもらったという話をしましたが、建設中に覗きに来た劇場スタッフや工事作業員の方々にも3Dのトレーラーを鑑賞してもらいました。一般的な観客の肌感覚に近い彼らから“すごく自然でキレイ”、“人生で見た一番いい3D映像だった。これなら多少高くなっても観るよ”という率直な意見が聞けたことは私たちにとってはとても嬉しかったですし、大きな自信に繋がりました。

ソニーデジタルシネマは高品位な3D映像の投写も特徴という

――2D映像に関しては、どのような強みがありますか。

吉川:3Dの話が先行してしまいましたが、新しいレーザープロジェクターによって2D映像の品質も大きく向上しています。独自の4K SXRD素子を採用し、明るさは30,000ルーメン、コントラストは10,000:1を実現しています。一般的なシネマ用プロジェクターのコントラストはおおよそ2,000:1前後ですので、我々のプロジェクター性能は間違いなく最高レベルと言っていいと思います。

2D映像を観た業界関係者からは“どんなグレーディングをしたのか?”、“別のデータを再生しているのでは”という問い合わせを多数頂きました。スタンダードコンテンツといえどもハイグレードな製品で再生すれば、今まで以上に高品位な映像を提供できます。

シネマ用プロジェクターに使用する4K SXRDパネル。解像度は4,096×2,160。R815DSでは、1.48インチの最新パネルを3枚搭載する

狩野:今回のスクリーンサイズは21mありますが、実はレーザーの出力は半分しか使っていません。DCIの規格が変更され、高輝度なDCPコンテンツが登場した場合でも、十分な仕様を備えています。

――ソニーデジタルシネマの鑑賞料金はどれくらいなのでしょうか。

狩野:ギャラクシー・シアターの場合ですが、通常料金に加えて、2D上映時は3ドル、3D時は4ドルの追加料金が必要になります。この料金を決めるのは我々ではなく、あくまで劇場に委ねています。

狩野真人氏

近い将来に成立する“劇場のHDR規格”に向けて着々と準備中

――国内の大手シネコンには、既に数多くのソニー製4Kプロジェクターが導入されています。こうした劇場施設とソニーデジタルシネマは競合することになるのでしょうか。

狩野:いま国内でご使用頂いている我々の4Kプロジェクターはランプ光源の製品であって、固体光源の製品とは映像が異なります。レーザーにすることで輝度が安定し、鑑賞タイミングによって明るさがバラつく心配もありません。また劇場側にとっては、ランプ交換回数が減り、メンテナンスが軽減されます。

上映品質は、プロジェクターだけで決まるものではなく、サウンドや機材の選定、室内設計が無視できませんし、顧客の満足度やプレミアム感の創出には、座席の座り心地や快適さ、空間のデザインなども関係します。ですから、様々な要素を考慮してトータルデザインされたソニーデジタルシネマと既存の施設とでは、差異化できると思います。

――ランプ光源の4Kプロジェクターと、レーザー光源の4Kプロジェクターとでは、価格はどれくらい違うのでしょう。既存の劇場はレーザータイプに切り替えられるのでしょうか。

吉川:バーチャル・プリント・フィー(VPF)というビジネスモデルによって、世界中の映画館でデジタル化が一気に進んだのですが、その頃(10年程前)に我々が劇場に導入していた主力機が「SRX-R320」という第1世代の4Kモデルです。明るさは21,000ルーメンで、コントラストは3,000:1あり、ランプにはキセノンを使用していました。

SRX-R320

吉川:第2世代の4Kモデルは「SRX-R515P」で、明るさは15,000ルーメン、コントラストは8,000:1。6つの高圧水銀ランプを用いた多灯化が特徴でした。そしてラスベガスの劇場に導入されたR815DSは、第3世代目のモデルです。R800シリーズは国内ではまだ展開していないモデルですので、価格を単純に比べることは難しいのですが、10年前に発売されたR320と初期コストはほぼ変わりません。技術革新も進んでいますので、レーザー光源だから極端に高くなるわけではありません。

SRX-R515P

――'18年11月、デジタルシネマにおけるHDRの仕様が発表されました。今後登場するであろうDCIのHDRコンテンツにも、ソニーデジタルシネマは対応していると考えてよろしいですか。

吉川:DCIにおけるHDR規格はまだドラフト、草案の状態です。仕様が正式に定まったわけではないため、我々として対応云々をコメントする段階にはありません。

ただHDRに関しては、劇場のような大画面で、いかに実現するかという実験や研鑽は積んでいます。例えば国内では、お台場の劇場でアイドルグループ「STU48」の4K/HDRライブを上映したり、ドラマ「コールドケース2」の4K/HDR試写会を実施しました。作品の制作に携わったクリエイターの方々と意見交換し、没入感、コントラスト感を高めるための仕組みやノウハウを蓄積しています。

近い将来、DCIでHDR規格が標準化され、多くの映画コンテンツが出てくる状況に備え、スタジオなどとコミュニケーションを取りながら準備を進めています。

――ソニーデジタルシネマの2館目、3館目や、国内への導入に関して話せることはありますか。

吉川:現在どこの劇場と導入の話が進んでいるか、などの詳細をお話しすることは出来ません。ただし国内外を問わず、我々は様々な劇場からアプローチを受けております。

阿部邦弘