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旭化成エレクトロニクスのDACが生まれる“新拠点”誕生。試聴室に潜入

AKM Co-creation & Technology センター

VELVETSOUNDテクノロジーを投入したDACチップなどで、オーディオファンにはお馴染みの旭化成エレクトロニクス(AKM)が、新たな技術開発拠点「AKM Co-creation & Technology センター」を新横浜に6月からオープン。新たなオーディオルームも完成し、新製品の開発を開始したという。その新拠点に潜入した。

これまで、旭化成エレクトロニクスの製品開発は、設計開発を厚木の製品開発センターで行ない、試聴は東京ミッドタウン日比谷にある旭化成社内の試聴室で、オーディオマイスターの佐藤友則氏が行なっていた。

「AKM Co-creation & Technology センター」は、これら開発・設計・研究開発の拠点を1つに集約したもの。社内におけるコミュニケーションの円滑化だけでなく、新拠点は社外のパートナーとの連携を強化する場としても作られており、技術開発のスピードアップだけでなく、顧客への新たな価値の提供にもつなげる場になるという。

場所は、新横浜駅からほど近いヒューリック新横浜2丁目ビル。ビル全体を旭化成エレクトロニクスが占めている。

建物に入ると、まず「ACT AUTO」と呼ばれる広い空間がある。ここはデモ用自動車の展示エリアだ。

ACT AUTO

AKMは、「VELVET SOUND for Cars」としてカーオーディオ用のオーディオ用チップを展開しているが、音響だけでなく、例えば高速走行時などの車室内の静粛性を高めるアクティブロードノイズキャンセル(ARNC)、ハンズフリー通話システム、車室内のコミュニケーションを容易にするインカ―コミュニケーション(ICC)なども手掛けている。

ユニークなところでは、エンジンがないEVの車内で、疑似的なエンジン音を再生して楽しむ「エンジンサウンドクリエイター」も扱っている。こうした製品や技術を搭載した自動車を用意し、体験できる場にしているわけだ。

天井は斜め、“切断された床”に注目の新試聴室

上のフロアに移動すると、カンファレンスなども開催できる大きな「Fusion Base」が登場。

Fusion Base

ここには、ミリ波レーダを使うことで、胸に当てずに、服の上からでも心音を観測できる「非接触聴診ソリューション」や、ステアリングホイール搭載UIといった、AKMの各種技術を使ったソリューションも展示。

共創スペース
服の上からでも心音を観測できる「非接触聴診ソリューション」
ステアリングホイール搭載UI

ここは、顧客やパートナー企業との共創スペースでもあり、ペンで書き込み可能な壁を設けた打ち合わせスペース、実際の家庭をイメージした部屋で製品の効果などを試せるスペース、リラックスできる椅子が用意されたFusion Cafeなども用意。Fusion Cafeでは天井に4基のスピーカーが配置され、CDも完備。音楽を聴きながら、アイデアを練ったり、社外の人と意見を交わすといった事も可能だという。

家庭をイメージした部屋で製品の効果などを試せるスペース
打ち合わせスペース
Fusion Cafe
用意されたCDや、持ち込んだ音源を聴くこともできる

このフロアの一角にあるのが、VELVET SOUNDを体験できる試聴室だ。

試聴室のドア

手掛けたのは日本音響エンジニアリングで、グラスウールを使った大きな吸音材と柱状拡散アイテムのANKHが組み合わせて設置されている。

吸音材の前に、柱状拡散アイテムのANKH

特徴的なのは天井が平行ではなく、斜めになっている事。入り口側が高く、奥に向かって低くする事で、床と並行にならず、リスニングポイントにおける定在波の影響が緩和される。このビルはAKMの自社ビルではないが、建築の段階で入居が決まっていたため、このような施工が可能だったという。

天井が斜めになっている

床にも工夫がある。床板は、強度を出すために硬いクルミ材を使っているが、前方のスピーカーを設置している床板と、手前側の椅子を置いた床板がつながっておらず、途中で切断されている。こうする事で、スピーカーを設置した床と、アンプなどの機材が置いてある後方の床の間で、振動が伝わって悪影響が出ないようにしているわけだ。

硬いクルミ材を使った床
スピーカーの手前で床材が切れているのがわかる

完全防音ではないが、一般的なスタジオレベルの防音性能も備えている。同社オーディオマイスターの佐藤氏によれば、日比谷にあった試聴室は残響音が多めだったのに対し、新横浜の新しい試聴室は残響音の長さが約5分の1になっているという。

同社オーディオマイスターの佐藤友則氏。オーディオマイスターは、AKMの「音」を決める人のことで、佐藤氏のOKが出なければ、最終的に製品にならないことを意味する。音質を追求してデバイスにフィードバックしたり、製品ごとの音のコンセプト決定、オーディオエキスパート育成も担っている

「我々が、試作中にLSIの音質評価をする時は、“AとBのLSI”といったように、比較試聴をする事が多く、その違いをわかりやすくするために残響音を抑えた試聴室にしました」という。

設置されているメインスピーカーは、フォステクスの限定ユニットを使ったフロア型のバックロードホーンタイプ。「このスピーカーにもこだわりがありまして、音の違いを聴くために、できるだけフルレンジのスピーカーにしたいと考えました。最初は自分達で自作しようと思ったのですが、最終的にはフォステクスさんにエンクロージャーや塗装も含めて作っていただきました」とのこと。

フォステクスの限定ユニットを使ったフロア型のバックロードホーンスピーカー

エンクロージャーの上部には、スーパーツイーターも設置し、必要に応じて鳴らす事もあるという。抵抗などはエンクロージャーの外に露出しており、付替えやすくなっている。

「後進の育成もしておりますので、例えば、“ユニットや抵抗を変えて、こんな音にしてみて”という課題を出したりもしています。そうしたスキルを身につけるためのスピーカーとしても使っています」

佐藤氏によれば、フロア型だけでなく、2ウェイのブックシェルフスピーカーもフォステクスに依頼し、現在制作してもらっているとのこと。

このスピーカーで、詳細は不明だが、現在開発中だという新DACチップを用いたシステムで音楽を聴いたが、SN比が良く、情報量の多いサウンドながら、グッと音像が前に出てくる“熱さ”も感じさせる美味しいサウンドが味わえた。残響を抑えた試聴室だからこそ、その特性も良く伝わってきた。

送り出し側の機材。右上の筐体の中に、試作中のDACチップがある

このAKM Co-creation & Technologyセンターには、既に、オーディオメーカーの来社も予定されているとのこと。意見を交わすだけでなく、共創のアイデアも生まれる場となっており、これまでの“オーディオ機器内にある1つのパーツ”という枠を超えた、AKMの広がりに期待だ。

山崎健太郎