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驚異のS/N 140dB“極限を超えた”旭化成エレの新DAC「AK4499」の秘密

ハイレゾ音源の音質を最大限に引き出してくれる超高性能なDAC素子が、今年の夏に旭化成エレクトロニクスから登場する。同社初の電流出力DACにして歴代最高のスペックを誇る「VERITA AK4499EQ」(以下、AK4499)が完成するのだ。そのAK4499を搭載するオーディオ機器がいつ登場するのか? 私は興奮を抑えきれないでいる。

詳細は後述するが、5月にドイツで開催される高級オーディオショウ「HIGH END 2019」において、旭化成はオーディオメーカーに混じって、チップメーカーとして単独ブースで出展。ユーザーやメーカーに新DAC素子をアピールするという。それだけ力が入った製品というわけだ。

旭化成エレクトロニクス初の電流出力DACにして歴代最高のスペックを誇る「VERITA AK4499EQ」

自社で製造工場を持つ“強み”が反映されたDAC

私がAV Watchの取材で旭化成エレクトロニクスのハイエンドDAC「AK4497」を紹介したのは、2017年12月(DACを造る“現場の創意工夫”が音に効く、旭化成エレ「AK4497/4493」の裏側)。これから述べるAK4499EQに関連するので、DAC素子について興味のあるかたには御一読いただきたい。

DSDやPCMのハイレゾ音源を楽しむことは、まったく特別なことではなくなった。私自身の例でいうと、CDやSACDといった光学ディスクを購入して音楽を聴くことよりも、e-onkyoやmoraなどの国内サイトや、NativeDSD Musicといった海外サイトからハイレゾ音源をダウンロード購入するケースのほうが増えている。CDで持っていたアルバムのハイレゾ音源を見つけたら、音の良さに期待して入手することもあるくらいだ。

NASに蓄えているハイレゾ音源+CDリッピング音源は、寄付歓迎のPC用フリーウェア「mp3tag」を活用してタグ編集し、自分流に管理。最初はめんどうだったが、慣れてくると便利さが上回ってきて整理整頓するのが好きになった。ストリーミング音楽サービスには今のところ足を踏み入れていないのだが。

旭化成エレクトロニクスのDAC素子は、国内外の様々なオーディオ機器に使われている。従来は、表舞台に立つことが多くはなかったデジタル/アナログ変換のDAC素子であるが、高音質再生の鍵を握る最重要キーデバイスであるのは間違いなく、そのことからオーディオファイルを筆頭に注目されるようになってきた。

中でも旭化成エレクトロニクスのDAC素子は、独自のVELVET SOUNDアーキテクチャーによる32bitプレミアムDAC「VERITA AK4497EQ」(以下、AK4497)を筆頭に、ハイエンドオーディオの世界で広く知られている存在。特に最高峰のAK4497は762kHz/32bitのPCMと、22.4MHzサンプリングのDSD(DSD512) まで対応するポテンシャルの高さが大きな魅力。

例えば、英LINNの最高位KATALYST(カタリスト)・DAC・アーキテクチャーに採用されていたり、エソテリックの最高級SA-CD/CDプレーヤー「Grandioso K1」がAK4497を複数個使った特許技術によるDAC回路を構築するなど、音質を徹底的に追求しているハイエンド製品を中心に使われている。ポータブルプレーヤー、Astell&Kernの第4世代となるフラッグシップ「A&ultima SP1000/SP1000M」も、AK4497をデュアル搭載している製品。国内外のエンジニア諸氏から、旭化成エレクトロニクスのAK4497は大絶賛されている。

32bitプレミアムDAC「VERITA AK4497EQ」

旭化成エレクトロニクスのDAC素子は30年以上もの歴史があり、洗練されたスイッチド・キャパシタ回路による電圧出力が特徴。そして、旭化成の発祥の地である宮崎県の延岡市には、LSI製造会社の旭化成マイクロシステム 延岡事業所がある。設計から製造まで旭化成グループで完結できるという大きな強みがあるのだ。

旭化成マイクロシステムの延岡事業所

その製造現場を見て驚いたのは、製造をスタートさせてから完成するまでに数カ月を要するという工程の複雑さと時間の長さ。シリコンウェハーに感光剤を塗布することから始まり、幾層もの薄膜レイヤーにトランジスターや抵抗器、コンデンサーなどの主要素子や配線パターンを形成していく超精密プロセスを経ることでAK4497が造られていた。自社で製造工場を持たないファブレスのLSI企業が多いなか、旭化成エレクトロニクスはファブが存在する優位性を最大限に活かしているという印象だったのだ。

極限の性能を超えるために作られた「AK4499」

そして、新製品のAK4499だ。すでに米ラスベガスで開催された「CES 2019」などで披露されているので、御存知の方も多いだろう。その詳細について、旭化成エレクトロニクスでオーディオ製品の企画/開発を行なうソリューション開発第1部の池原章浩氏(グループ長)と、コンシューマー製品のマーケティング担当である鈴木岳氏(マーケティング第4部 グループ長)、そしてシニアオーディオテクノロジーエキスパートの安仁屋満氏の3人に話を聞いた。

左からコンシューマー製品のマーケティング担当である鈴木岳氏(マーケティング第4部グループ長)、ソリューション開発第1部の池原章浩氏(グループ長)

同社があるのは東京・千代田区の日比谷三井タワー(東京ミッドタウン日比谷)。日比谷を代表するランドマーク的なビルディングだ。旭化成グループは昨年8月に、神保町からここへ移転してきたのだが、社内に新設された試聴空間は、神保町の時よりも広くなり充実していた。

日比谷三井タワー
新たな試聴室

いまさら説明するまでもなく、現時点で旭化成エレクトロニクスを代表する最高性能DAC素子はAK4497である。最大で5Vの電圧出力を実現する電圧出力タイプのDAC素子としては世界最高性能を誇るもので、社内では第3世代+と位置づけされているハイエンドDAC素子。32bitの分解能を実現しており、内蔵するデジタルフィルター回路 (サウンド・カラー)は6種類ときわめて豊富。S/N値は驚異的な128dB、THD+N(全高調波歪み+ノイズ)は-116dBという優れたスペックである。

このAK4497は、従来のAK4490を凌駕する電圧出力型DAC素子として設計されたもの。AK4490自体がすでに優秀な性能を実現していたのに、さらに極めるべく奮闘して完成させたのがAK4497だ。私に言わせれば、じゅうぶんに乾いているタオルを絞りに絞って、1滴の水を得るような努力の賜物で完成させたDAC素子だ。

AK4497で極限的な性能を獲得しているというのは、旭化成エレクトロニクスの開発陣も理解していたに違いない。そのうえでAK4497を超越するDAC素子の実現に挑んでいた開発陣は、数値では容易に顕すことのできない聴感としての音質向上と、聴感での音の良さを裏付けることができる数値としての性能向上を目指した。そして完成させたのが、新製品のAK4499である。

AK4499のスペック

32bit分解能と6種類のサウンドカラーを継承しながら、S/N値が驚きの140dB、THD+N(全高調波歪み+ノイズ)では-124dBという世界最高クラスのスペックを実現しているのだ。PCMは768kHz/32bitまで、DSDは22.4MHz(DSD512)まで対応しているのは、AK4497と共通である。

AK4497からさらなる性能向上を実現した

このAK4499は、旭化成エレクトロニクスで初めての電流出力型DAC素子。AK4497を筆頭にする従来の電圧出力型のDACからの大きな転換といえよう。ハイスペックな電流出力型のDACとしては「ES9038PRO」に代表されるカナダのESSテクノロジーや、京都のロームが開発中の「BD34301EKV」が、AK4499の競合相手として挙げられるだろう。私たちが実際に音を聴くことができるのは搭載された製品を通じてということになるが、AK4499がもたらす音質については、相当に期待していいというのが個人的な感触である。

DACのロードマップ

ポイントは“電流出力型”“VELVET SOUNDの低歪技術”そして“大きさ”

AK4497などの電圧出力型DAC素子には、内部に電圧出力を得るためのI/V(電荷/電圧)変換回路(スイッチド・キャパシタ)がある。そうだったら変換前のアナログ電流信号を出力ピンから出してしまえばOKかと思ったら、そうは簡単にいかないようなのだ。

鈴木岳氏

開発陣は、電流出力型DAC素子についての要素検討自体は7~8年ほど前から着手していたようであるが、それを本格的に進めて試作したLSIでは、THD(全高調波歪み)の値が-80dB程度しか得られなかったという。だが、失敗体験に奮起し、DAC素子の検査環境も含めて研究開発をこれまで以上に深化させていったようだ。LSIの製造工場があるという大きなメリットがここでも活かされているのは間違いない。幸いなことに32bit解像度のフロントエンドとデジタルフィルター回路に関しては、AK4497で極限の域まで達している。

池原章浩氏

開発ストーリーを伺っていて実に興味深かったのは、世界トップクラスのS/N値を実現するための技術的なアプローチだ。AK4497に代表される電圧出力型DAC素子では出力できる電圧値に限りがあるため、ノイズ成分を極限まで抑制することで優れたS/N値を獲得していた。音のレベルがゼロから最大までのダイナミックレンジでいうと、微小領域のノイズフロアーを周到に深掘りしていって広大なダイナミックレンジを実現していったことになる。

AK4497で、既に電圧出力DACとしてはノイズを極限まで抑制していた

一方、電流出力型DACであるAK4499の場合は、外部のI/V変換回路で高い電圧出力を容易に得ることができる。ダイナミックレンジでいえば、最大レベルを引き上げることで相対的に高いダイナミックレンジが獲得できることになる。しかも、AK4499の電流出力信号に内在するノイズレベルはAK4497と同程度に低い。I/V変換回路のデザインはオーディオ機器の設計者に委ねられている音造りの領域でもある。電圧出力型DAC素子よりも、回路的かつ音質的に自由度が高いというのも魅力だ。

AK4499では、振幅を大幅に上げる事で、信号レベルダイヤを改善。信号に含まれるノイズレベルはAK4497と同程度だが、さらなるS/N値向上を実現した

THD+N(全高調波歪み+ノイズ)の向上では、旭化成エレクトロニクスが構築してきたVELVET SOUNDアーキテクチュアの低歪技術が最大限に応用されている。私は実際の波形画面などで見たことはないのだが、説明によると一般的なDAC素子ではデジタルデータが切り替わる(スイッチングする)ときに僅かな歪みが発生するという。そこでAK4499では、スイッチング歪みの発生原因を根本的に抑えることで、世界最高レベルの低歪み特性THD+N=-124dBを達成。この技術は特許出願済みということである。

一般的なDACでは、データ切り替えの際に歪が発生する
VELVET SOUNDの低歪技術を電流出力型DACのAK4499にも応用、歪の発生原因を根本的に抑えたという

AK4499は、昨今のDACとしては異例に大きい。AK4497が64ピンのTQFPパッケージなのに対して、AK4499は2倍の128ピンというHTQFPパッケージなのである。消費電力はAK4497が346mWで、AK4499は667mWと約2倍。ピン数が128と多いのは音質対策の意味合いもあるのだろう。音質に関わる要所では3ピンや2ピンを同時に使うことで余裕を持たせた信号伝送ルートを構築しているようなのだ。

中央がAK4499。昨今のDACとしては異例に大きい
こちらはAK4497。ピンの数が少なく、素子としても小さいのがわかる

実はAK4499は4チャンネル入出力のDACだ。AK4497は2チャンネル入出力なので、パッケージサイズが大きいのも理解できよう。しかし、なぜ4チャンネル仕様なのだろうか? たとえばESSの「ES9038PRO」は8チャンネル仕様。1基のDAC素子でブルーレイプレーヤーなどの7.1ch出力にも対応できる。

安仁屋課長によると、すべてはオーディオ機器の回路設計者に委ねられる領域だが、たとえば1基のAK4499をステレオ(2チャンネル並列)接続で使うことも想定しているという。もちろん、AK4499をモノーラルの並列動作にして合計2基で贅沢なステレオ回路を構成するというのも、ハイエンドオーディオの世界では現実味があるはずだ。

シニアオーディオテクノロジーエキスパートの安仁屋満氏

鮮明な音でリスナーを惹きつけるAK4499

まだプロトタイプのLSIというエクスキューズがあったが、AK4499の音を聴かせていただいた。旭化成エレクトロニクスの広い新試聴室にはDACの音質を評価するスピーカーシステムとして、仏FOCALの「ARIA 926」とフォステクスの「G2000a」が置かれており、今回は「ARIA 926」で試聴した。

新しい試聴室はかなり広い
仏FOCALの「ARIA 926」

それぞれAK4499とAK4497を組み込んだオリジナルの評価用DACは、共通の筐体に同等の電源部を搭載している。可能な限り公平な条件で音質を比較しようという開発陣の真摯な姿勢が伝わってくるところだ。AK4499のアナログ電流出力を電圧信号に変換するI/V変換回路は音質重視の高性能オペアンプが使われていた。固定抵抗器によるパッシヴなI/V変換は推奨されていないようである。

AK4499を組み込んだDAC
AK4497を組み込んだ評価用DAC

比較試聴の音源にはCDを使っている。音の違いが判りやすい女声ヴォーカルのホリー・コール「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」とイーグルス「ホテル・カリフォルニア」(ライヴ音源ヘル・フリーゼス・オーヴァーから)の2曲を主に聴いたが、明らかに異なる音質傾向が感じられた。

この音の違いはオーディオファイルでなくても一聴瞭然だろう。AK4499とAK4497共にトップエンドの実力を有する高音質DAC素子らしく、音の品位は抜群に高いけれども、ハッキリと性格の棲み分けができている。ひとことで言えば、新しい電流出力のAK4499は音の立ち上がりが鋭い、鮮明な音でリスナーを惹きつける、電流出力DAC素子らしい積極的な音の傾向。

一方、すでに定評を確立している電圧出力のAK4497は、物腰の柔らかい繊細さを極めた思慮深さを感じさせる美音でリスナーを魅了するという印象だ。CD音源では音の解像感や情報量の豊かさに優劣がつけられない。個人的な好みで言わせてもらうと、私は新しいAK4499の音のほうが耳慣れていて好きだ。

ただし、ここで聴いているのは旭化成エレクトロニクスの開発陣が音質傾向の判断材料にしている化粧っ気のないリファレンス的な音。実際にオーディオ機器に搭載され、エンジニアが仕上げた音というわけではない。AK4499が市場に流通し始めるのは8月頃からのようなので、実際に搭載された製品が世に出てくるまではもう少し時間がかかるだろう。

独のオーディオショウで大々的に披露

恒例となったドイツ・ミュンヘンでの世界的な高級オーディオショウ「HIGH END 2019」が、現地時間の5月9日~12日に開催される。私はその前身であるドイツ・フランクフルトでのオーディオショウから毎年参加している常連だ。驚いたことに、HIGH END 2019の会場で旭化成エレクトロニクスが単独のブースを設営し、じっくり試聴できるデモキャビン内でAK4499やAK4497などハイエンド級DAC素子を紹介するという。

私の知る限り、DAC素子を製造するメーカーが出展するというのは初めてだ。HIGH END 2019は初日がビジネス関係者へのトレード・デイに定められており、翌日からは世界中から訪れる熱心なオーディオファイルが入場料を支払って見学や試聴ができるという合理的な運営システム。オーディオファイルに搭載されたDAC素子が注目されているということで、旭化成エレクトロニクスは新製品のAK4499や定評あるAK4497を来場者に積極的にアピールしようと決めたのだ。いうまでもなく、多くのオーディオ機器メーカー技術者も音を聴きに殺到することだろう。

なお、近い将来AK4497、AK4499とは別に、新基軸の製品を披露する計画もあるそう。VELVET SOUNDシリーズの可能性を広げるものになるようだ。

VERITA AK4499EQの登場は、私たちが聴いて楽しんでいる音楽のイメージを一変させる可能性を秘めている。140dBのS/N値とTHD+ノイズ=-124dBという驚異的なスペックは世界トップクラス。それはアーティストや演奏者が音楽に込めた情感やメッセージをスムーズかつストレートに伝えるために達成されたもの。搭載したオーディオ製品が登場するのを、私は心待ちにしている。

(協力:旭化成エレクトロニクス)

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。