トピック

DACを造る“現場の創意工夫”が音に効く、旭化成エレ「AK4497/4493」の裏側

オーディオ機器で注目される“DAC”とは何か

 ハイレゾ音源の再生には優れた性能のDACが必要になる。DAC(Digital to Analog Converter)とは、デジタル信号を私たちの耳に聴こえるアナログ信号へと変換するためのもの。オーディオ機器としてのDACを示す場合もあれば、DAC素子や回路全体を意味することもある。ここでは、ハイレゾ対応のDAC=高性能DACについて語っていこう。ハイレゾオーディオを実践している多くの人たちに興味を持っていただける内容なのではと思っている。

旭化成エレクトロニクスのDAC「AK4497」

 私たちが手に入れられるハイレゾ音源の最高位フォーマットは、11.2MHzサンプリングのDSD(DSD256)や32bit、384kHzサンプリングのPCMが上限だと思う。そのうちには、22.4MHzのDSD(DSD512)や32bit、768kHzのPCMといった超ハイサンプリングのハイレゾ音源が登場するのだろう……。ソフトウェアでのアップサンプル処理でそのような音源を容易に生成できるけれども、ネイティヴな音源としては録音と編集の環境がまだ十分に整っていない。もし可能になったとしても1曲あたりのデータ量があまりにも大きくなってしまうので、その意義や合理性が問われるかもしれない。

 現状で11.2MHzサンプリングのDSDや、32bit、384kHzサンプリングのPCMのハイレゾ音源を再生しようとすると、DACの選択肢は現実的に3つに限られる。1つめは、日本メーカーである旭化成エレクトロニクス(AKM)の高性能プレミアムDACを使う。2つめは、海外企業であるESS Technologyの高性能DACを使う。そして3つめは、DACに頼らず、FPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)などを応用したオリジナルDACを造る。ということになる。

 DACのメーカーを2社に限定して述べたのは、TI(テキサスインスツルメンツ=バーブラウン)やADI(アナログデバイセズ)、シーラスロジックなど名の知られた半導体企業から、そのような最新ハイレゾ音源に対応する高性能DACがリリースされていないからだ。

 ちなみに、3つめのオリジナルDACを搭載しているオーディオ製品はかなり少ない。ざっと挙げると、マランツ(最高機種のSA10)、英国dCS(データ・コンバージョン・システムズ)、英国コード・エレクトロニクス、米国プレイバックデザインズ、米国MSBテクノロジー、カナダのEMMラボ(マイトナー含む)、オランダのモラ・モラ(オプション搭載用DAC)、独T+A(DSD専用のDAC)、といったところか。スキルが要求されるハードルの高い方法である。

 現代の2強DACといわれる、AKMのプレミアムDACとESSのDACは、それぞれの立ち位置が大きく異なっている。AKMの最高峰DAC「VERITA AK4497EQ」は、2チャンネル=ステレオDACで電圧出力なのが特徴。一方、ESSの最高峰DAC「ES9038PRO」は、8チャンネル仕様のDACで電流出力。

 共通しているのは、デジタル信号を処理する前段に相当するデジタルフィルター回路を内蔵していることに加えて、22.4MHzのDSDや32bit、768kHzサンプリングPCMなどの超ハイサンプリングのハイレゾ音源にも対応していること。冒頭で述べている「私たちの耳に聴こえるアナログ信号」とは、“電圧出力のオーディオ信号”のことを指す。実際のところはスピーカーやヘッドフォンを鳴らすのはアンプからの電力なのだけれども、CDプレーヤーなどオーディオ機器の出力信号は電圧出力なので、このように表記させていただいた。

 ここでは、AKMのDAC技術について注目していきたい。本稿にあたって、私はDACの音質を追求している研究用の試聴室(東京)と、宮崎県の延岡市にあるLSI製造子会社の旭化成マイクロシステム 延岡事業所を訪問取材することができた。そこで体感したのは、究極的な品位の音を獲得するために社員が一丸となって追求している真摯な姿である。デジタルオーディオを可能な限りリアルな音に導いている彼らの努力は、私の想像を遙かに超えるものだった。

DACを作る現場も見ることができた

DACは2種類に大別できる

 DACは出力形態で2つに大別できる。それは「電圧出力」と「電流出力」である。AKMのDACは前者の電圧出力で、彼らには長い歴史と経験がある。一方、電流出力の好例はESSのDACであろう。

 このうち、後者の電流出力DACの場合は、外部の回路によって電圧信号を造りだす必要がある。電流(カレント)信号を電圧(ボルテージ)信号に変換することを、I/V変換と呼ぶ。Iとは仏語のIntensité de Courantからで、電流を意味する記号。I/V変換には固定抵抗器などのパッシヴ素子で行なう場合や、オペアンプやディスクリート回路によるアクティヴ変換などがある。

 実際のところでは、I/V変換の過程で音質傾向が変化したりノイズレベルが変動するなど、オーディオ的な諸特性はI/Vの過程で少なからず影響を帯びてくる。それから出力レベルや出力インピーダンスを整えるための回路や、不要な高周波成分を減衰させるためのフィルター回路などを経てオーディオ出力信号となるわけだ。

 一方、AKMのDACに代表される前者の電圧出力DACでは、DACの出力がオーディオの音と諸特性そのものである。もちろん出力レベルや出力インピーダンスを整えるための回路や、不要な高周波成分を減衰させるためのフィルター回路などを経てオーディオ出力信号となるわけだけれども、オーディオ性能がDACの出力ですべて決まってしまうという厳しさがある。逆説的にいえば、そこで技術者がDACの音質を徹底追求できるということ。AKMの最高性能DAC「AK4497」を例に、彼らがどのようにして超高品質な音を獲得したのかを取材した。

 なお、誤解しないでいただきたいのだが、最終的なオーディオ出力信号の音質などを決定するのは、もちろんオーディオメーカーのエンジニア=サウンド・デザイナーである。

旭化成エレクトロニクスDAC開発の歴史。VELVET SOUNDとは?

 まずは旭化成エレクトロニクスによるDACの歴史を簡単に紐解いていこう。最初のDACは1989年に登場したΔΣ型のDACだった。そして、現在に続く高音質DACのスタートといえる第1世代は1998年に開発されている。この時点で120dBのダイナミックレンジ(20bit相当)を獲得していたという高性能DACである。

 第2世代は2007年に開発された32bitのプレミアムDAC。現在の第3世代は2014年からで、ハイレゾ音源を楽しむオーディオファイルにも広く知られるようになったVELVET SOUNDの高音質DAC(AK4490など)になる。今も採用例が多いハイエンド・クラスのAK4490が2014年に発売され、普及クラスのAK4452が登場したのが2015年。そして、最高性能のフラグシップDACであるAK4497は昨年の2016年に登場。加えて、評価の高い「AK4490」を超える新製品DACとして「AK4493」も、先日発表された。

中央に見えるのが旭化成エレクトロニクスのDAC「AK4497」

 VELVET SOUND = ヴェルヴェット・サウンドとは、旭化成エレクトロニクスが自社の新世代オーディオ用LSIに与えたブランド。D/AコンバーターのDACと、A/DコンバーターであるADC、そしてサンプリングレートコンバーターであるSRCの、いずれもハイグレードな製品だけにVELVET SOUNDの称号が与えられている。

 VELVET SOUNDには、4つの明確なコンセプトがある。サウンドフィロフィーでは「原音重視のReal Live Sound」を掲げている。そして、アーキテクチュアとして「情報量と力強さ」を追求し実現するための設計思想。コアテクノロジーは「感じるサウンド」を表現する数々のテクノロジー。そして、キーフィーチャーが「ハイレゾリューション音源に対応」「先進の768k(PCM)/22.4MHz(DSD)」となっている。

 国内外オーディオメーカーのエンジニア諸氏から大絶賛されている「AK4497」は、社内で第3+世代と呼ばれる革新的なDAC。AK4490と共に、VELVET SOUNDの頂点に位置するVERITAシリーズに属する高音質DACだ。英国リン・プロダクツの最新技術「Katalyst DAC Architecture」の核心部分はAK4497であるし、エソテリックの「Grandioso K1」や「D-05X」ではAK4497をチャンネルあたり複数回路使うという贅沢なDACが構築されている。

 また、Astell&Kernの最高峰ポータブルオーディオプレーヤーの「A&ultima SP1000」でも、AK4497をチャンネルあたり1基使ったデュアルDAC構成になっている。AKMのAK4497は、電圧出力DACの性能を大幅に塗り替えてしまった、画期的なスーパーDACなのである。

エソテリックの「Grandioso K1」
Astell&Kernの「A&ultima SP1000」(AK-SP1000-SS)

 旭化成エレクトロニクスの圧倒的な強みは、LSIを製造できるグループ企業の旭化成マイクロシステムがあることだ。世の中には高性能なLSI(大規模な集積回路 = large-scale integrated circuit)を売りにしている半導体企業が多いが、すべてを自社で製造できているわけではない。例えば、冒頭で述べたESSは製造工場を持たないファブレス企業である。彼らの場合は、DACの製造をサードパーティであるLSI請負工場に依頼している。製造工場を持たないことは経営的なリスクが少ないと言えるけれども、旭化成エレクトロニクスの場合は、LSI製造工場を自社製造する旭化成マイクロシステムが存在することを絶対的な優位性として活かしている。このような環境がなかったら、AK4497のような超高性能なDACは誕生しなかったに違いない。

“30年以上の長”がある旭化成エレクトロニクスのDAC開発

 前述しているように、AKMのDACは今から28年前の1989年から始まった。実はその2年前に、彼らはアナログ信号をデジタル信号に変換するADC(Analog to Digital Converter)を発売している。つまり、開発時期から数えていくとオーディオ用LSIに30年以上の設計経験を蓄積していることになる。すなわち、彼らには「一日の長」でなはく、「30年以上の長」があるわけだ。

プレミアムオーディオDACのロードマップ

 旭化成エレクトロニクスにはシリコンソリューション事業部があり、その直下にオーディオ&ボイス事業開発部とオーディオ&ボイス製品設計部などがある。DACの設計は神奈川県の厚木市にあるオーディオ&ボイス製品設計部が行なっている。そして、実際のLSI製造は宮崎県の延岡市にある旭化成マイクロシステムが担当。製品の企画と開発を主導しているのは、東京本社にあるオーディオ&ボイス事業開発部である。

 これまでの高音質DACの設計経験などから、設計部のエンジニアはLSIの内部を流れる電気信号の流れをスムーズにレイアウトすることが音質的に好ましい結果を得ることを知っていた。その意味でAK4497に関しては、設計のアウトラインが構想としてある程度描かれていたのではないかと、私は思っている。

 例えば2014年のAK4490では基準電圧とアナログ・クロックを最重視した回路設計になっているし、基準電圧からアナログ電圧出力までの流れをスムーズにしたピン配置も実現している。また、各配線のレイアウトで鋭角的な配線パターンを排除した“滑らかなパターン”にすることで、悪影響を与える渦電流を排除していたりもする。インピーダンスを低くする配線レイアウトも大きな特徴といえよう。

 さらに、彼らのDACで重要な部分(重要ではない部分などひとつもないのだが)である、電圧出力を生成するスイッチド・キャパシタ回路に使われるキャパシタ=コンデンサーを、音が良いとされるフィルムコンデンサーと同等の高音質化を果たしているのだ。

フィルムコンデンサーと同等レベルのコンデンサーをLSI内に実装している

 ずいぶん前のことらしいのだが、「回路が同じであれば、内部のレイアウトの違いくらいでDACの音が変わるはずはない」と主張していたエンジニア氏がいたらしい。そこでレイアウトの異なるDACを実際に試作して音を比べたところ、そのエンジニア氏も大きな音の違いがあることに納得して改心。以降は回路レイアウトについて積極的に研究開発するようになったという。

 上記のAK4490と最新フラグシップであるAK4497では、ダイナミックレンジとS/N比で、なんと8dBもの差がある。AK4490は120dBで、AK4497は128dBもあるのだ。また、全高調波歪率(THD+N)では、AK4490が-112dBなのに対して、AK4497では-116dBも獲得している。この違いは恐ろしいほど大きい! すでにAK4490で電圧出力DACの世界最高峰といえるレベルに達していたのを、僅か2年後のAK4497でグンと追い越しているのだから……。

 AK4497がAK4490と物理的に異なっているのは、信号伝送に使われるピンの総数とLSIのサイズ。AK4490EQは48ピンのLQFPパッケージ(7mm×7mm)なのに対して、AK4497は64ピンのTQFPパッケージ(10mm×10mm)と大型化されているのだ。実はAK4497では、アナログのLチャンネルに供給される電源と、アナログのRチャンネルに供給される電源を完全に独立させており、しかも細分化まで行なっている。また、クロック専用の電源も専用に設けている(AK4490には48ピンのQFNパッケージというAK4490ENもある)。

AK4497の電源ピンレイアウト。アナログL/Rチャンネル電源を完全独立させる事で、チャンネル間の回り込みを回避している

 たしか2016年のことである。私は来日した英国リン・プロダクツの技術責任者から、彼らの最新技術Katalyst DAC Architectureの技術説明を受けた。そのときに非常に印象深かったのは、新たに採用したDAC AK4497への細やかな電源供給体制だった。ポテンシャルの高いAK4497に対して、限りなく配慮の行き届いた電源供給を行なうことでスペック通りの優れた性能が得られるよう最善の努力をしたという内容だったのだ。

 ちなみに、英国リンが旭化成エレクトロニクスのDACを採用したのは、このAK4497が初めてになる。同社のネットワークプレーヤーであるDSでは、それまでずっとウォルフソン製のDACを使っていた。AKMの高性能DACを使ったことにより、リンのDSは驚くほど音質が向上している。まあ、AK4497の性能を考えてみると、当然のことだと思えてしまうのだが……。

Katalyst DAC Architectureを採用した、リンのネットワークプレーヤー「KLIMAX DS/3」
Katalyst DAC Architectureに使われているAK4497

音質決定のキビシイ職人、オーディオ・マイスター。神保町に試聴室

 旭化成エレクトロニクスのDACがオーディオメーカーから高い評価を得ているイチバンの理由は、いうまでもなく音質が抜群に優れていること。そして、アプリケーションとして扱いやすい素子であることも挙げられよう。さて、ここからが取材をして面白かったところである。

 最初のあたりで私は「旭化成エレクトロニクスのDACに代表される電圧出力DACでは、DACの出力がオーディオの音と諸特性そのものである」と述べている。それは全くの事実。以前AV Watchにも登場していただいているが、旭化成エレクトロニクスには、オーディオ・マイスターと呼ばれる音質決定のキビシイ職人がいる。それは、オーディオ&ボイス事業開発部の第2グループ課長である佐藤友則氏だ。彼が音質面で完全に納得してゴーサインを出さない限り、旭化成エレクトロニクスのオーディオ用DACは世に出ないという。彼の名刺には「Audio Meister」の肩書きがしっかりと書かれている。

オーディオ・マイスターの佐藤友則氏

 オーディオ・マイスターの佐藤氏と、彼の上司で第2事業開発グループ長の安仁屋満氏に伺ったところ、オーディオ用DACの開発では各所の意思疎通を図るのはもちろんのこと、AK4497の場合も細部が異なるDACを実際に試作して入念な音質比較を行なったという。しかも、試聴による音質評価の詳細は各所で共有しているという。

第2事業開発グループ長の安仁屋満氏

 DACの比較試聴を主に行なっているところは、東京・神保町にあるオーディオ&ボイス事業開発部の一角に造られた試聴空間のようだ。それほど広いわけではないが、シビアな検聴用モニタースピーカーとして定評のあるフォステクス「G2000a」が設置されており、それを鳴らしているのは出力素子UHC-MOSを搭載するデノン製プリメインアンプだった。

試聴ルーム
DAC評価用のシステム
リニア電源による本格的な電源部を搭載している

 DACは評価用の回路基板にマウントされていて、佐藤氏が造ったというリニア電源による本格的な電源部を搭載する特別なエンクロージュアに組み込まれていた。同じDAC環境のもとで自宅でも比較試聴することがあるという佐藤氏は、音の判断にいくつかの試聴音源を使っている。そのうちのひとつは、女性シンガーのホリー・コールによる名盤CD「Don’t Smoke in Bed」であった。どうやら、このディスクが決め手の音源なのかも知れない。私もよく聴いているCDであり、やはりというべきか私と同じ1曲目「I Can See Clearly Now」が試聴曲だった。

AK4497を搭載した評価用ボード
ホリー・コールの名盤「Don’t Smoke in Bed」
試聴してみる

 私は自分が持参したデジタルファイル音源も聴かせてもらった。なるほど、試聴室はかなり微妙な音の描き分けられる敏感な音にチューニングされている。電源供給のコンセントも音質をチェックした「調整済み」と記されている。AK4497には、彼らがサウンドカラーと呼んでいるデジタルフィルター特性が6種類も内蔵されている。それぞれのデジタルフィルターには、微妙ながらも音質的な特徴が備わっているわけだ。オーディオ機器にDACが実装されたときに6種類のデジタルフィルター特性がすべて選択できるとは限らないけれども、音の彩りというべきニュアンスを選ぶことができるというのは本当にありがたいことだ。

九州は宮崎県延岡市へ。DACを作っている現場に潜入!

 AK4497を実際に製造しているのは、宮崎県の延岡市にある旭化成マイクロシステムの延岡事業所。LSIの製造現場である。延岡は旭化成の発祥の地であり、いくつかの関連企業も点在している重要な拠点になっている。

DACが製造されている様子を見るため、宮崎ブーゲンビリア空港へ
旭化成マイクロシステムの延岡事業所

 取材で訪れた私を出迎えてくれたのは、旭化成マイクロシステムの社長と延岡事業所の所長を兼任されている津田亮氏と、そしてオーディオ用DACの音質向上に深く関わっているプロセス技術開発課の主査で工学博士の藤井俊太朗氏である。ここでは、実際にオーディオ用DACなどのLSIを製造している現場を見学させていただいた。専用のウェアに着替えてクリーンルームのなかに入るというのは貴重な体験であるが、同時にずっと緊張しっぱなしの時間でもあった。

旭化成マイクロシステムの社長 兼 延岡事業所 所長の津田亮氏
プロセス技術開発課の主査で工学博士の藤井俊太朗氏
DACが生まれるクリーンルームへ。ウェアを着てしまうと誰が誰だかわからないが、左が藤井氏、右が筆者だ

 1個のAK4497が完成するまでに費やされる時間を想像できるだろうか? 私も知らなかったのであるが、LSI製造に欠かせないシリコンウェハーが用意された段階から実際の製品として完成するまでには、なんと3カ月ほどが必要なのだという。この長い期間には、最初の設計や巨大なパターンの設計図~フォトマスクの製造は含まれていない。シリコンウェハーの円盤に感光剤を塗布することから始まり、四角のマス目(ダイ)に個々のLSIの回路パターンを焼き付けてエッチングを行うのが製造の初期段階になる。

シリコンウェハー
四角のマス目(ダイ)に個々のLSIの回路パターンを焼き付けてエッチングしたところ

 それからトランジスターや抵抗、コンデンサーなどの素子やアルミニウムの配線パターンなどを、幾度もの回数の超精密プロセスを経て造り込んでいくわけだ。完成したダイは切り分けられ、今度は回路基板と接触するためのピンと接続されることになる。この時点ではLSIはまだ裸の状態で、最終的に専用の樹脂で固められて製品の形状に仕上がる。その後に最終検査を行なって合格すると、ようやく1個のAK4497が完成することになる。製造に関わるすべては独自ノウハウでも培われた企業秘密のカタマリであり、旭化成マイクロシステムでは外注によるLSIの製造は請け負っていないという。

AK4497がまさに作られている現場だ

 AK4497では、電圧出力を生成するスイッチド・キャパシタ回路に使われているキャパシタ(コンデンサー)について、音質に優れたフィルムコンデンサーと同等の高音質化を実現している。具体的にはキャパシタのバイアス依存性という、音質に影響を与える要素を極小化したことになる。もっと具体的にいうと、2つある電極に挟まれているキャパシタの誘導体と電極の界面に工夫を凝らして理想的な解決を導いているのだ。このことは音質にかなり効いているという。

2つある電極に挟まれているキャパシタの誘導体と電極の界面に工夫を施すことで、バイアス依存性を最小化している

 この事例に限らず、実際の製造プロセスにおける高音質化は、延岡事業所の藤井氏が主導的に推進してきた。たとえば、トランジスターにはフリッカー・ノイズという根源的な発生雑音がある。“1/fノイズ”ともいわれるもので、実はAK4490とAK4497を比べると、AK4497ではフリッカー・ノイズは1/10にまで抑えられている。設計側からの特性を向上させる要望とオーディオ・マイスターによる音質評価の判断、そして製造側の創意工夫という三位一体の努力が相乗的に実っているからこそ、VELVET SOUNDの高音質DACが世に送り出されているのだ。フラグシップDACであるAK4497EQには、他にも多くの特徴=高音質の秘密がちりばめられている。

AK4490とAK4497を比較すると、フリッカーノイズが1/10に低減されている

 AK4497が完成するまでには、何種類もの試作が行なわれたようである。その件に関して、シリコンソリューション事業部の直轄である事業推進部の川田泉部長に尋ねたところ、なにやら苦笑いするように肯定しておられた。どうやら、予想外というべき高額な開発コストが費やされたようである。細部の違いとはいえ、DACの設計図は大規模なもの。パターンの設計やフォトマスクの作成だけでも莫大な労力とコストがかかるのは必至だ。しかも、実際のLSIに仕上がるまでは約3カ月という長い期間を必要とする……。

シリコンソリューション事業部 事業推進部の川田泉部長

 安仁屋氏によると、一般的にLSIの設計図のプリントアウトを合成すると会議室の床面を占めてしまうほどの大きさになり、その回路パターンにミスがないかを設計担当者が追っていくだけでも大変な作業だという。似たような話は、かつて某社のLSI設計に携わっていた友人からも聞いたことがある。LSI製造工場を持たないファブレス企業の場合は、旭化成エレクトロニクスのような執念にも似た真似はできないだろう。

旭化成エレクトロニクスが追い求める高音質とは

 オーディオ・マイスターである佐藤氏が追求しているDACの音をひとことでいえば、「表現できる音の要素に対して全方位的に優秀な結果を得る」ことではないだろうか。オーディオ機器の音を最終的に決めるのは、当然のことながらオーディオメーカー自身である。そのために、DACを造りあげる立場として、完全に納得できる万全の音質を実現しておきたいという強い意思が、旭化成エレクトロニクスにはある。

試聴中の筆者

 彼らが求めている音とは? 取材を通じて私が深く感じとることができたのは、やや抽象的ではあるが「生命感に満ちている、自然で躍動的な音」であろう。音の要素に対して偏りのないニュートラルさを保つのは当然のこととして、そのうえでオーディオ・マイスターの佐藤氏を含めたすべての関係者が、意識せずとも「良い音」だと感じられる音なのだと、私は確信している。

 参考までに、製造プロセスの改善の評価に使われているという、聴感評価のレーダーチャートの資料から、そこで使われている音質に関する項目を挙げておこう。カッコ内は私の注釈である。「f特感」(ワイドレンジ感)、「音量感」、「密度感」、「空間拡がり感」(立体的な音場空間の拡がり感)、「透明感」、「定位感」、「質感」、「スピード感」、「分離感」(解像感)、「重量感」、など。どうだろう、音の要素をバランスよく網羅しているのではないだろうか。

製造プロセスの改善の評価に使われているという、聴感評価のレーダーチャート

 LSIの製造現場である延岡事業所を訪問したときに、私は個人的に興味があったのでAK4497の内部を占めている重要な3つのパート、すなわちデジタルフィルター(クロックやインターフェースなどを含む)と左チャンネルのDAC、そして右チャンネルのDACの面積的な割合を尋ねてみた。プロセス技術開発課の藤井氏によれば、おおまかにいえば各1/3くらいだという。DAC回路の大半はスイッチド・キャパシタ回路ということになるのか。

 ハイレゾ音源は、11.2MHzのDSDや、32bit、384kHzサンプリングのPCMの時代を迎えている。そして、近い将来には22.4MHzのDSDや、32bit、768kHzのPCMという超ハイサンプリングのハイレゾ音源が登場するだろう。そこで活躍が期待されているDACの一翼を担うのは、旭化成エレクトロニクスのVELVET SOUND。その頂点に君臨するのが、VERITA AK4497EQである。

AK4497のノウハウも投入したAK4493も登場

 そして12月8日、AK4497の開発で得られた技術的かつ音質的に有効な成果を惜しみなく投入した、新しいDAC「AK4493」が発表された。この新製品はAK4490の上位に位置する高音質DACいうことになる。サイズはAK4490EQと同じく、48ピンのLQFPパッケージ(7mm×7mm)。これまでAK4490を使っていた製品をアップグレードするような新設計や、これから高性能DACを選定しようと考えているオーディオメーカーにとって朗報といえるだろう。

2017年下期以降のDACラインナップ図。AK4497の下位モデルとして登場するのがAK4493だ
中央の黒いチップがAK4493。来年1月にラスベガスで開催される「CES 2018」のAKMブースで、デモ展示も予定されている

 AK4493は、フラグシップのAK4497を継承する回路設計とコダワリの製造プロセスが大きなトピック。当然ながら22.4MHzのDSDや、32bit、768kHzサンプリングのPCMにも対応しており、諸性能がAK4497に肉薄しているのが凄いところだ。

モデルダイナミックレンジ
S/N比
全高調波歪
(THD+N)
AK4497128dB@5.0V
(Mono mode 131dB)
-116dB
AK4493123dB@5.0V
(Mono mode 126dB)
-113dB
AK4490120dB@5.0V
(Mono mode 123dB)
-112dB

 このAK4493では、AK4497やAK4490にも使われているIRD(インパルス・レスポンス・デザインド)フィルターによる、32bit処理のキメ細やかで自然な信号波形も特徴。フラグシップのAK4497と同様に、「ハーモニックサウンド」を加えた6種類のデジタルフィルターも用意されている。

 実際に新しいAK4493を搭載したオーディオ機器が登場するまでには、まだ少し時間がかかるのだろう。しかし、AK4493の登場によってデジタルオーディオの高音質化という裾野が大きく広がっていくのは確実である。私はオーディオファイルのひとりとして、旭化成エレクトロニクスのVELVET SOUNDが躍進していくのを歓迎したい。

 無事に取材を終えることができた私は、諸性能と音質を究極的な水準まで引き上げることに成功したVERITA AK4497の美音を、しっかりと聴いておこうと考えている。

(協力:旭化成エレクトロニクス)

三浦 孝仁