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final「ZE3000 for ASMR」開発秘話。担当者は自分のダミーヘッドまで作ったガチASMR研究者

ZE3000 for ASMR

finalから新たに登場するASMR向け完全ワイヤレスイヤフォン「ZE3000 for ASMR」。クラウドファンディングサイトの「GREEN FUNDING」での先行販売という形での展開となり、プロジェクトも開始された。

finalではこれまでも様々なASMR向け製品を開発してきているが、今回のZE3000 for ASMRは新たな知見に基づいた「ASMRを誘い出す」イヤフォンだという。そんな同製品の開発で中心を担った技術開発部の秋山俊宏氏にそのこだわりを聞いた。

秋山氏は、ASMRの研究員として今年4月にfinalへ入社した研究員なのだが、変わった経歴の持ち主。オーディオとは全く別の業種で一度就職したのち、「ASMRが好きすぎて」九州大学芸術工学部音響設計学科へ入り直し、ASMRの研究を続けて大学院を卒業したという。在学中には自分の頭部を再現したダミーヘッドマイクまでも作成し、研究をしていたというガチな“ASMR研究者”だ。

final 技術開発部 秋山俊宏氏と自作のオリジナルダミーヘッド

秋山氏(以下敬称略):きっかけは、学生時代にニコニコ動画の「音フェチ」タグを聴いていたことでした。ASMRという言葉が広まる以前に、ささやき声、耳かき音、波の音など、リラックスサウンドやバイノーラル録音された音声作品などが投稿されていたタグで、好んで聴いていました。

その後、音を聴いたときに感じる心地良い感覚を指す「ASMR」という言葉が誕生し、秋山氏自身もその効果を実感していたため、このASMRという感覚がどのような原理で引き起こされるのか、という疑問を抱いていたそうだ。そして、意を決して九州大学へ。

秋山:ASMRは、その言葉自体が2010年に誕生したということもあり、ASMRを専門としている研究者はまだ少ないのが現状です。そんなASMRを専門として研究できそうな場所が九州大学芸術工学部音響設計学科でした。

波の音が好きだったので、海の近くの部屋を借りて、時折海辺に寝転んだりもして波の音を聴いてました。

九州大学はかねてよりfinalと共同研究も行なっている。実際に秋山氏オリジナルのダミーヘッドマイクも、finalで頭部をスキャンして作成したのだとか。ASMR愛好家にはお馴染みのダミーヘッドマイクNEUMANN「KU100」と比較しても、普段聴いているリアルな音になるという。

秋山:自分の頭のダミーヘッドマイクを作ってみてわかったことなのですが、既製品のダミーヘッドマイクと比較して、音の定位感(音がどこから鳴っているかという感覚)が格段に良くなりました。さらに、頭部だけだと音の前後感と距離感が若干曖昧だったのですが、試しに上半身の胴体部分を作ってみたら、それらがハッキリとわかりやすくなるという発見がありました。

そういった研究をしつつ、様々な音を収録して遊んでみたり、同期のダミーヘッドマイクも制作して、音の違いを調べてみたり、といったことを行なっていました。

ASMR愛好家にはお馴染みのダミーヘッドマイクNEUMANN「KU100」(左)と秋山氏の頭を再現したダミーヘッドマイク
ダミーヘッド部の色や髪の有無で少しわかりにくいが、顔の特徴がしっかり再現されている。ちなみに、頭部が開いて内部にマイクを入れる仕様になっている
耳の形もしっかり再現。外耳道部分が付いたバージョンも作っているそう
コポコポっという音が鳴るアイスグローブという器具を使っている様子

そんな繋がりもあってfinalに入社した秋山氏が、その6年間で培った知見を注ぎ込まれたのがZE3000 for ASMR。finalのこれまでのASMR向け製品は、「コンテンツをより聴きやすい音」を目指してきた製品なのだが、今回は「ASMR現象を発生させやすくせる」という全く新しいアプローチの製品となった。そんなZE3000 for ASMRに込められた技術的や要素や、リラックスするための聴き方を詳しく聞いていこう。

そもそも「ASMR」ってなに?

現状「ASMR」という言葉は、コンテンツの1種のように扱われていることが多くなってきているが、元々は「Autonomous Sensory Meridian Response(オートノーマス・センサリ・メリディアン・レスポンス)」という人の自律反応を指す言葉。音以外にも、視覚や触覚への刺激でも引き起こされる独特の感覚のことであり、リラックス感をともなう場合が多い。

秋山:正式な日本語訳はないので、ネットで調べてみると「自律感覚絶頂反応」という言葉が目に入ると思うのですが、これは直訳されたものなので少し意味合いが変わってきます。ASMRという言葉を命名したジェニファー・アレン氏の意図を汲んで和訳すると、Autonomous(自律的な)、Sensory(感覚の)、Meridian(最高の幸福、輝き)、Response(応答)といったところでしょう。

ここで使われている「Meridian」という言葉では、深くリラックスでき、この上なく心地よい、輝くような素晴らしい状態であることを表現されています。

つまり、そのようなリラックス状態になることを目的にした音声コンテンツが今「ASMRコンテンツ」と呼ばれているものとなっている。

ZE3000 for ASMRは「多くの人に“ティングル”を感じて欲しいという思いを込めて作った」

同じ音声コンテンツを聴いても、この“ASMR”を実際に体験しているかどうかは人によって異なるという。これには、実際にASMRを体験してリラックス状態になる際に感じる独特の感覚「ティングル(tingle)」がキーになっている。

秋山:ティングルは、体験したことがある人であればわかると思うのですが、音声を聴いて身体がゾクゾクっとするような感覚です。反応する身体の部位もある程度決まっていて、頭皮、耳、首筋、肩、背中にかけて発生します。心地良い電気が走るような感覚、炭酸の泡が弾けるような感覚や、「脳がとろけるようだ」と表現されることもあります。

個人的には、指圧マッサージを受けているときに感じるゾクゾクとした感覚とそれによるリラックス状態というのがこのティングルに近いものだと考えています。

ASMRコンテンツでトリガーとなる音を聴いたときにティングルが発生し、リラックス状態が深まってくるというイメージ

ティングル自体は現実でも起こり得る現象であり、それをバーチャルで感じるためのものがASMRコンテンツ、という考え方が正しいそうだ。現実での例でいうと、秋山氏の例のほか、美容室でのシャンプーや、理髪店の顔そりなどでゾクゾクするけど心地良い、といった感覚になっていたら、それがティングルだという。

筆者も、ヘッドスパで後頭部から首筋の辺りをマッサージしてもらった際に、頭の方にぞわぞわ〜とした感覚を感じながら、このまま眠れそうだな〜と思えるくらいのリラックス状態になったのだが、実はASMRコンテンツでもこれと似たような感覚になることがある。この話を秋山氏に伝えてみたところ、まさにその感覚がティングルなのだという。

秋山:ティングルを感じるかどうかは個人差があることもわかっていて、誰もが感じるわけでなければ、感じる人もその部位や強さも人それぞれです。私の場合は、ASMRコンテンツを聴いてティングルを感じると、徐々にリラックス効果が増していきます。

一方で、ある研究ではASMRコンテンツを好む人の多くが、実はティングルを経験したことがないとも報告されています。

なので、ZE3000 for ASMRは「多くの人に“ティングル”を感じてほしい」という思いを込めて開発しました。

ZE3000 SVという後継機がありながらも、ベースモデルにZE3000を選んだことは、このティングルが絡んだ理由があるという。

秋山:ZE3000をベースモデルに選んだ理由は、大きく2つあります。

まず形状です。ASMRコンテンツを聴いて、ティングルを感じるための要素として、聴覚的な要素のほかに、触覚も活かすことに着目しました。ちょうどZE3000の形状は、特に耳の入り口にある、耳珠の裏側に触れる形をしていて、音を再生したときに、この耳珠の裏側へ振動が伝わるようにできています。

例えば、優しく息を吹きかけられる音が聴こえたときに、この耳珠の裏側に振動が伝わることで、聴覚だけでなく触覚にも作用して、実際に息を吹きかけられているように感じやすくなるといったイメージです。

そしてZE3000は、イヤフォン本体のアコースティックでの音作りをしっかりしている機種なので、もともとASMRを感じやすい音質で、かつ音の調整もしやすかったという点がもう1つの理由です。

ZE3000 for ASMRの装着イメージ。とくに耳珠の裏側にイヤフォンが触れている部分に着目しているという

ベースモデルの基本設計はそのまま、ハード面ではフィルターをASMR向けに変更。音響面は秋山氏主導で、ASMRコンテンツに特化した音になるように手を加えたそうだ。

秋山:ASMRに大切な要素は、「ティングル」と「リラックス」の2つなのですが、このリラックス……安心感を生むために必要な要素が超低〜低音域です。ZE3000 for ASMRは、ベースモデルよりもこの超低〜低音域を豊かに持ち上げています。

この音域では、声の温かみや、すぐ側で音が鳴っているような気配を感じることができるため、この帯域を響かせることで、自然なリラックス感が得られます。しかし、あまり持ち上げ過ぎてしまうと次は高域が埋もれてしまうので、調整には苦労しました。

そして、ティングルを誘い出すのに重要なのが中〜高音域です。ASMRコンテンツの多くが、ダミーヘッドマイクで録音されたバイノーラル音源となっており、どのくらいの距離で音が鳴っているのか、といった立体的な響きがそのまま収録されています。なので、イヤフォンからは、録音された音をそのまま再生しなければ、制作者の意図したバランスが崩れた不自然な音になってしまいます。

なので、ZE3000 for ASMRでは、中〜高音域の特性を滑らかに整えることに注力しました。ささやき声や息づかいなど、収録された音のディテールが自然な音色と定位で聴こえるはずです。

中〜高音域については、私のようにASMRコンテンツを長年聴き続けているような人にとっては、もう少し刺激が欲しいといった要素もあったのですが、ZE3000 for ASMRでは、「今までティングルを感じたことがない人にも体験してほしい」という思いが強くありましたので、そういった部分に気を遣いながら慎重に調整しました。

ZE3000 for ASMRの周波数特性

ASMRを感じるための手引きを記した冊子も付属

秋山:ここまでティングルの話をしてきたのですが、実はティングルの有無に限らず、ASMRには深いリラックス効果があります。例えば、人気の高い「耳かき」などロールプレイは、心地良い記憶を呼び覚ますような状況を音や映像でシミュレートすることで、深い安心感や心地良さを感じられ、リラックス状態になります。

なので、ティングルを感じたことがなくてもASMRコンテンツを好んでいる人が居るわけですね。

それでも私としては、ティングルを体験して、ASMRコンテンツによる癒やしの質を最大化できる、そんなイヤフォンになるようZE3000 for ASMRを開発しました。

「ASMRへの誘い」という冊子も用意しています。ティングルを体験するためのインストラクションもこの冊子の中に掲載していますので、是非こちらも読んでいただいて、ASMRコンテンツをより楽しんでもらえると思います。

付属する冊子「ASMRへの誘い」

今回、クラウドファンディングでの先行販売という形式で行なう理由も、こういった冊子までしっかり目を通して楽しむようなASMR愛好家や、ASMRに興味を持った人達にまずこのイヤフォンを体験してほしいという思いがあったからとのことだ。

冊子には、ASMRコンテンツをリラックスしながら楽しむための様々なポイントや、ZE3000 for ASMRへのこだわりなども記載されている。ASMRそのものについてもさらに詳細に書かれているので、改めてその現象を知ってみると、いままで気付いていなかった新たな魅力も見えてくるかもしれない。

野澤佳悟