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上映技術から読み解く『オデュッセイア』IMAX試写で見えた“全編1.43:1”の可能性

メディア試写で体感した“全編1.43:1”の衝撃

クリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』の日本公開(9月4日~10日:IMAX先行上映、9月11日~:全国公開)に先立ち、グランドシネマサンシャイン池袋にて開催されたIMAXレーザー/GTテクノロジー(アスペクト比1.43:1)のメディア向け試写に参加した。

本作最大の注目点は、新規開発された小型静音IMAXカメラ「IMAX Keighley」によりVFXシーンを除く全ての映像が撮影され、全編がIMAX 15/70mmフィルムでマスターされた点にある。IMAXフィルム映写設備が存在しない今日の日本においては、この規格が持つポテンシャルを最も忠実に受け止める最高峰の選択肢は、IMAXレーザー/GTテクノロジーということになる。

実際にスクリーンと向き合って得た印象は、技術的快挙への深い敬意と同時に、長編劇映画としての新たな観賞体験、そして日本におけるローカライズのあり方についても考えさせられるものであった。

クリストファー・ノーラン監督と、撮影を務めたホイテ・ヴァン・ホイテマ
(C)2026 UNIVERSAL STUDIOS

15/70mmフィルムの原体験と視覚効果としての全編1.43:1

筆者は1990年代後半、ニューヨークのSony Theatres(現AMC Theatres)が運営するSony Theatres Lincoln Square内に開設されたSony IMAX Theatreで『Wings of Courage』(1995)や『Everest』(1998)といった40分余りの初期IMAX 15/70mm作品を体感した記憶がある。

当時の大自然を映し出すドキュメンタリー/短編劇映画において、眼前一杯に広がる巨大な画角(1.43:1)がもたらす感覚は、まさに“その空間に放り込まれたような圧倒的没入感”であった。それから30年の時を隔てた現在、本格的超大作で新たな体験が提供される。

しかし、長編劇映画として約3時間を全編1.43:1のベタ打ちで観賞する体験は、人間の視野特性(左右には広く上下には狭い)を考えると、観客に相応の集中力と緊張感を要求する側面もある。

(C)2026 UNIVERSAL STUDIOS
(C)2026 UNIVERSAL STUDIOS

過去のノーラン作品はじめ、多くのIMAX対応作品で見られたような、見せ場に応じてアスペクト比を可変させる手法を用いず、終始1.43:1で貫くアプローチは、ノーラン監督の並々ならぬフィルム画角に対するこだわりを感じさせる。

その一方で、人間の視線移動と物語への心理的没入を促す劇映画としては、1.90:1やシネマスコープ(2.39:1)が持つ横長の画角こそが自然にドラマへ意識を集中させるバランスであるとも言え、観客一人ひとりの視野感覚にとっても非常に深い検証ポイントと言える。

視覚効果をダイナミックに切り替えることにより臨場感や没入感にメリハリをつける手法としては、アスペクト比に限らない。例えば『アバター』において、シーンによってHFR表現の切り替えが行なわれた試みも記憶に新しい。

デュアル4K投影のきめ細やかさと、レーザープロジェクションの技術的特性

映像品質に目を向けると、デュアル4Kプロジェクションならではのきめ細やかさは見事であった。パノラマ遠景、緻密な森林や建造物、そして海岸線が織りなす奥行き感は『ダンケルク』での海上の飛行シーンを彷彿とさせ、細部までフォーカスが通った描写には目を見張るものがある。

注意:ただし、かつて筆者がUCLA TFT(School of Theater, Film and Television)内の上映施設James Bridges Theaterで観賞した『ダンケルク』70mmフィルムの光化学的な圧倒的情報密度には及ばない。

同時に、レーザープロジェクション特有の技術的特性も垣間見えた。アウトフォーカス部分(フォーカスが合っていない背景の空や平坦な描写エリア)において、レーザー光源特有の微細なスペックル(干渉斑がギラギラ揺らぐように見える現象)を察知する場面があったことだ。

一度この微細なパターンを意識すると、視線が引っ張られる側面がある。これは70mmフィルム上映では起こり得ない現象でもあるが、高品位デジタル上映方式が追求し続ける完璧な階調表現におけるひとつの技術的テーマとして、今後の改善に期待したい点だ。

(C)2026 UNIVERSAL STUDIOS

字幕表現と映像美学のトレードオフ:ローカライズへの更なる期待

事前から懸念していた日本語字幕に関しては、上映システムのポテンシャルが高いからこそ、さらなる最適化の伸びしろを感じた。

以下にそのポイントを述べる。

  • 字幕の解像度と質感
    デュアル4Kによる極めて高精細な映像に対して、フォントの曲線部や傾斜部分にジャギー(ギザギザ)が生じていたのが気になった。4K描画本来の表現力を活かすためにも、字幕の描画品質については、将来的なシステム全体の改善に期待したい。
  • 光量と配置のバランス
    上下視野角が広いIMAXレーザー/GTテクノロジー環境において、文字の視認性を考慮した字幕の高さ設定(下部から立ち上げた配置)であることは理解できる。しかし、ノーラン監督がこだわり抜いて作り上げた構図の中央付近に高輝度の大きな文字が重なってしまう点は、映像美学とのトレードオフとして悩ましい課題を残す。暗部階調が美しい映像だからこそ、シーンに応じた輝度調整や配置の最適化など、繊細なローカライズ処理が期待される。

文化的な壁を越えるローカライズの多様性

技術面以外のローカライズにおけるポイントとして、劇中の固有名詞の扱いが挙げられるだろう。

日本ではホメロスの『オデュッセイア』に登場する人物や地名が古代ギリシャ語読みのカタカナ表記で一般には知られているため、劇中で発せられる米語発音と字幕表記の一致を脳内で処理する上で、相応の思考負荷が生じる場面が多かった。

本作においては、文字を追う字幕版に加えて、直感的に物語世界へ没入できる「日本語吹き替え版」も、一般の観客にとって非常に有効で魅力的な選択肢となるのかも知れない。

吹替版も9月11日より同時公開される。吹替キャストは、平田広明、榎木淳弥、坂本真綾、江口拓也、水樹奈々、白石涼子、本田貴子、内田雄馬、坂詰貴之、武内駿輔など

9月公開に向けた次善の選択

全編IMAXフィルム制作というノーラン監督の至高のこだわりと映画史的挑戦には心からの敬意を表したい。だからこそ、日本の劇場や字幕制作においてそのポテンシャルをどう受け止めるかという議論は、非常に価値のある問いと言える。

筆者は9月11日の一般公開後、もう一つの有力な選択肢であるドルビーシネマで本作を再観賞し、暗部階調や字幕処理の比較検証を行ないたいと考えている。映像や上映方式に関心のある映画ファンにとって、それぞれの上映環境が本作の魅力をどのように引き出すのか、公開後の比較検証にも注目したい。

クリストファー・ノーラン監督超大作『オデュッセイア』本予告
権野善久

デジタルシネマ黎明期の2005年から国内メーカーで初のデジタルシネマ上映システムの開発をリード。その当初からハリウッド周辺の技術関係者との交流を深め、今日のシネマ技術の枠組みづくりに唯一の日本人技術者として参画。

2007年から5年間、後発メーカーのハンディキャップを覆すべく米国に赴任。シネマ運用に関わるあらゆる技術課題について、関係各社と議論、調整を重ねながら、自社システムの完成度を高め、業界内での確固たる地位を確立。

2015年からは技術コンサルタントとして独立。ハリウッドシネマ業界との交流を続けながら国内のシネマ技術の向上に向けた活動を続けている。

2018年から日本人唯一(当時)のICTA(国際シネマ技術協会)会員。同年より「シネマテクノロジー」を開設し、事業者・愛好家向けに技術情報の提供を行なう。

プライベートでも「シネマ」をこよなく愛し、これまでのシネマ観賞(劇場での映画観賞)回数は1,500回を優に超える。