「TrueHD アドバンスド96kアップサンプリング」を聞く

-国内でも導入始まるドルビーのBD高音質化技術


Joe Satriani「Saturated」、サンフランシスコ交響楽団「San Francisco Symphony at 100」

 ドルビーは、BDビデオに収録されたドルビーTrue HD音声の音質を向上する「ドルビーTrueHD アドバンスド96kアップサンプリング(Dolby TrueHD Advanced 96kHz Upsampling)」を5月に発表した。これは、48kHz収録のマスターのBDビデオを製作する際に、特殊なフィルタとともに96kHzへのアップサンプリングを行なうことで、音質を改善するというものだ。

 AV Watchでは、本田雅一氏の米国レポートをお届けしているが、米国ではJoe Satrianiの「Saturated」、サンフランシスコ交響楽団の「San Francisco Symphony at 100」などのタイトルも発売されているという。

 そして日本でも、8月22日発売のKREVA「KREVA CONCERT TOUR 2011-2012『GO』」が、国内初のドルビーTrueHD アドバンスド96k アップサンプリング対応タイトルとして発売されることが決まったのこと。日本でも徐々に浸透しそうな「TrueHD アドバンスド96kアップサンプリング」を体験した。



■ 目的はBDの音を良くすること。48kHzの壁とは?

Dolby Japan松浦氏

 Dolby Japan マーケティング本部 プロダクトマーケティング部 シニア・マーケティングマネージャーの松浦亮氏によれば、「96kアップサンプリング」の目的は、「ブルーレイの音をより良くすること」という。

 であれば、最初から96kHzで録音すればいいのだが、現状BD製作において96kHzのオーディオが扱われる機会は少なく、音に拘ったオーディオ系のコンテンツに限られる。大半の映画や、一般的な音楽BDはほぼ48kHz製作となっている。これは、映像制作現場におけるフローが48kHzが基本となっており、製作コストと効果を考慮すると、よほど音に拘ったコンテンツでなければ96kHz製作には踏み切れない。

 そこでドルビーが着目したのが、BD制作時のAD変換の問題。48kHzでサンプリングする場合、プリリンギングと呼ばれるノイズが入ってしまうことは避けがたい。これを回避するために特殊なフィルタをかけながら、96kHzにアップサンプリングした後に、TrueHDにエンコードするのが「TrueHD アドバンスド96kアップサンプリング」だ。

 詳しくは本田氏の記事に詳しいが、48kHzと96kHzの二つのサンプリング周波数の間には、大きな壁がある。48kHzでは、サンプリング周波数が低いため、プリリンギング・ノイズが可聴帯域に近い周波数に表れてしまうのだ。48kHzでサンプリングする場合、記録できる上限の周波数(ナイキスト周波数)である24kHz以上の音が入っていると、「折り返しノイズ」が入ってしまう。これを防ぐため、20kHzを越えたところから急峻に落とすフィルタをかけなければならない。

 急峻なフィルタをかけると、時間軸方向の乱れが出て、強いリンギング(信号が急変する際、その前後にノイズが加わること)が出てしまう。特にプリリンギングとはこのリンギングが、実際のオーディオ信号より前に出てしまうことで、音質に大きな影響を及ぼしてしまう。

 一方、96kHzであれば、ナイキスト周波数は48kHzとなるため、フィルタは減衰率の低い緩やかなものが採用でき、フィルタによるリンギングも極力抑えることができる。これがアップサンプリングを行なう理由だ。

アポダイジング・フィルタでは、プリリンギングをマスクするアップサンプリング処理を行なう

 そして、TrueHD アドバンスド96kアップサンプリングでは、このフィルタにMERIDIAN(メリディアン)が開発した「アポダイジング・フィルタ」を採用。このフィルタの特徴は、発生したプリリンギングをマスクすることができるという点。アポダイジング・フィルタでは、元のオーディオ信号の前に生じてしまったリンギングノイズの時間軸をずらし、音が鳴った後に追いやることで、聴感上の影響を排除する。なお、プリリンギングノイズを“消す”と、オーディオ信号に悪影響が出るため、後にずらして、聴感上の影響をなくしているとのこと。

 このアポダイジング・フィルタは、ドルビーは技術協力関係にあるMERIDIANが開発したもの。MELIDIANは、DVD-AudioのMLPコーデック(ドルビーTrueHDベース技術でもある)を開発した英国のハイエンドオーディオメーカーで、このアポダイジングフィルタは同社のハイエンドCDプレーヤー向け「MERIDIAN 808.2」用に開発されたものだ。

 上記の48kHzサンプリングの問題解決/音質改善のためには、96kHzアップサンプリングとアポダイジング・フィルタをBDプレーヤーに搭載すればいい。しかし、リアルタイムでフィルタ処理するには膨大な演算量が必要となるため、低価格なBDプレーヤーにはとても搭載できない。

 そのため、ドルビーはBD制作プロセスで利用するアプリケーションである「Dolby Media Producer」の中に、まったく同じフィルタを組み込んだ。これにより、予めオーディオデータは96kHz化してディスクに収録されるため、既存のBDプレーヤーやAVアンプとの互換性を維持しながら、BDの音質を向上できるというわけだ。もちろん48kHzから96kHzでの収録となるためオーディオデータの容量は増えてしまうが、そのまま2倍になるというわけではなく、「だいたい120%(1.2倍)程度」とのこと。

 製作時にはアーティストの意向を反映し、フィルタをONにするかOFFにするかを選択できる。すでに米国や中国の主要なポストプロダクション会社から賛同は得ており、日本のポストプロダクション会社でのデモでも高い評価を得ているため、順次導入を進めているという。

 なお、予め96kHzで録音/製作されたコンテンツについて、TrueHD アドバンスド96kアップサンプリングが利用されることはない。


■ Dレンジや音像など明確な違い

 TrueHD アドバンスド96kアップサンプリングは、ディスク製作時に導入する技術のため、ユーザー側で切り替えて音質差を比較することはできない。アーティストなどディスク制作者がそのON/OFFを判断することとなる。

ドルビー視聴室

 今回は、特別に制作したデモ用の48kHzとアドバンスド96kアップサンプリングを比較試聴できたので、その模様を簡単にお伝えする。正直、技術説明を聞きながらも「実際は違いがわからないかも」と思っていたのだが、それは杞憂だった。特に音楽系であれば、その違いは明白だ。

 音像がよりクリアになり、音場が少し広がった印象。全帯域のバランスが整理され、ヌケの良さが際立つ。明らかにHi-Fiな音になるというか、高級機で構成したオーディオシステムの中に一つ入っていた低価格プレーヤーを、高級機に入れ替えたような「本領発揮感」が味わえた。

 Joe SatrianiのSaturatedでは、音像が際立つほか、ベースの残響のやわらかな広がり、リムショットの立ち上がりが明確に違う。逆に48kHzではスネアのアタック感が迫力を生んでいるように感じるのだが、96kHzに変わると、スネアを叩いた際の空気の震えが潜んでいたことが分かってしまう。

「TrueHD アドバンスド96kアップサンプリング」を採用したBDを判別できるようなロゴも用意

 クラシック、R.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」ではその差はより歴然。音場が広がり、音像もぐっと明瞭かつ奥行き感が出てくる。ダイナミックレンジが明らかに違って感じられ、ブラスのヌケの良さも格段に違う。

 映画でもかなり違いがわかる。「ダークナイト」では、爆弾をセットした後のカウントダウンタイマーの音の明瞭さや、バットモービルが駆け抜ける街の音場広がり、突き破ったガラス壁の破片が細かく広がっていく感触(情報量)などに確かな違いが。「カンフー・パンダ」のアクションシーンでもオーケストラヒット、音場の広がりがかなり明白だった。唯一、「違いは感じたが、事前に言われていないと判別できないかも?」と思ったのは、「三国志英傑伝 関羽 THE LOST BLADESMAN」くらいだ。

 これらはハイエンドのAVシステムにおける試聴結果。最近チープ化が進む、テレビのスピーカーなどで確実にわかるか、といえばわからないこともあるかもしれない。しかし、ある程度のシステムを持っていれば、確実にBDビデオの音質を向上できる技術と感じた。

 なお、8月22日に発売されるKREVA「KREVA CONCERT TOUR 2011-2012『GO』」は、ステレオ音声のため、通常はリニアPCM収録で、TrueHDをわざわざ使わないのだが、その効果が認識され、あえてTrueHD+アドバンスド96kが選ばれたとのこと。とはいえ、まだこれが第1弾。今後は映画や多くの音楽ビデオコンテンツでも「TrueHD アドバンスド96kアップサンプリング」の採用例が進むことを期待したい。同時にパッケージメディアならではの「音の良さ」にこだわった、96kHz録音/製作のコンテンツが増えていくことも望みたい。


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Joe Satriani/
Saturated
サンフランシスコ
交響楽団
San Francisco
Symphony at 100
KREVA CONCERT TOUR
2011-2012『GO』




(2012年 7月 27日)

[AV Watch編集部 臼田勤哉]