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“日本的なゲーム音楽”にこだわる西木康智、qdc「SUPERIOR」を聴く。「モニターとしても使える性能」

コンポーザー・アレンジャー西木康智氏

「ゲーム音楽」と聞いて、あなたはワクワクするだろうか。筆者は、今から30年近く前、ゲーム音楽が今よりも熱狂的な支持を得ていた頃を忘れられないでいる。ゲーム音楽の魅力とは何か、その魅力を私たちは十分に受け取っているだろうか。制作者の思いから、その根底に少しでも触れてみたい。

今回お話しを伺ったのは、OCTOPATH TRAVELERシリーズなどで活躍する気鋭のコンポーザー・アレンジャー西木康智氏。さらに、昨年7月に発売されて以降、“最強エントリーイヤフォン”として人気のqdc「SUPERIOR」(14,300円)を試していただき、リスニングから制作にと、そのマルチに使える魅力も語ってもらった。

qdc「SUPERIOR」

西木氏は、前述のOCTOPATH TRAVELERの楽曲を全て作曲し、続編であるIIやアプリゲーム「大陸の覇者」でも音楽を担当したことで、一躍その名を知られることになった。

東京音楽大学「作曲科映画・放送音楽コース」を卒業後、ゲーム制作会社のコナミに入社。ゲームサウンドのディレクション及びBGMの作曲に携わったのち、2015年に独立。フリーランスとしての活動を開始する。コナミ時代には「モンスター列伝 オレカバトル」で150曲以上もの楽曲を制作した。

そんな西木氏へ音楽との触れあいから伺ってみた。

「親が日本舞踊をやってたので、芸術は生活の身近にありました。ピアノは5歳から習っていましたが、楽譜通り弾くのが苦手でした。12歳くらいの頃、スピッツの楽譜をレッスンに持参して先生に見せたのです。そこでコードネームを教えてもらったことで、自分で伴奏が弾けることを知りました。コードを一通り覚えてからは、弾くのが楽しくなりましたね」。(西木氏)

楽譜にはメロディーとコードくらいしか無いのに、まるでカラオケ音源の様に弾けてしまうクラスメイトが筆者の周りにもいたが、“コードから伴奏を弾ける”というのは、まさにそれだったのだ。きっと西木少年も羨望のまなざしを集めたことだろう。

「楽譜通り弾くよりも自分の好きに、自由に弾く方が好きだったみたいです。作曲をし始めたのもその頃ですね。小学校の頃教室にオルガンあったりしましたよね、それを色々弾いてたら当時の担任に、今度の朗読会で音楽をつけてみない? と頼まれまして。『やまなし』という詩に4つシーンがあって、それぞれに曲を付けました。当時、承認欲求が強かった自分は、思う存分弾いて、うざがられてたんじゃないかな(笑)」。

「中学時代は、クラシックギター部に入部して合奏ギターを経験しました。新堀ギターが提唱した合奏用ギターがありますけど、あれを使って複数人で演奏するんです。中高一貫で5年間続けました。当時、早川正昭さんという方が編曲された、日本の民謡をバロック風にするアレンジが合奏ギター界で流行ってまして、それを真似て自分も『犬のおまわりさん』をバロック風にアレンジして部活動で演奏したりしてました。ちなみに僕が指揮している映像が今でもYouTubeに上がっていますよ(笑)」。

“毎週オリジナル曲を提出する”過酷な課題

その後、西木氏は東京音楽大学に進学するが、そのキャンパスライフは予想以上に大変な日々だったという。

「中高一貫の進学校でしたから、周りに音大を目指す人は一人もいませんでした。その分、音楽室をピアノの練習に使わせてもらったりと、いい環境が整っていました。しかしすんなりいくわけはなく、結局一浪の末入学する事になった東京音楽大学の作曲コースは日本中から作曲を志す生徒が集まるコースですから、いざ入ってみると周りの能力が高すぎて……」。

「自分は趣味で作曲をやっていたくらいで、音楽理論は大学入試の為に初めて勉強しました。周りを見れば、絶対音感の持ち主や、既に編曲やオーケストレーションなどバリバリに出来る人間がたくさんいるんです。一方僕の場合は、一浪して2年目に受験した時、1年目からの成長を踏まえ伸びしろがあると認められてギリギリで合格出来たと後々知りました。やっと東京音大に入れても、劣等感はすごかったです」。

しかし「劣等感に塗れながらも、大学の課題は楽しかったです」と言う西木氏。特に印象に残っている授業があるという。

「1年の時に、毎週必ず提出を求められるハードな課題があったんですよ。古い海外アーティストなどの曲を1曲完コピして、それと似せたオリジナルを書きつつ、手書きの譜面を提出するという。それが毎週あって、1回でも落とすと留年確定、というものでした」。

作曲どころか耳コピも素人である筆者には、音楽大学とはいえ、1週間でそれをこなすのも、それを1年続けるのも、難易度が高すぎてクラクラする。

「ただ、卒業したら、仕事はそれくらい過酷だという話なんです。1回でも与えられた仕事を落としたら、信頼を失って次の仕事はもらえない、だから1年の頃からやっておけ……ということだと思います。また、その課題をこなす事で、自然と聴いておくべき昔の偉大なアーティストの楽曲に触れる事になるんですよね」。

驚くことに、西木氏は「大変でしたが、その課題が好きだったんです」と語る。

「出来の良し悪しに関わらず、徹夜で仕上げたものを授業前にしっかり準備完了し教室に向かう、その時間が好きだったんですよね。厳しい授業なので脱落していく人も周りにはいましたけど、僕は課題をこなすという作業自体が好きだったんです。出来は悪いので、作った曲を聞いても先生は褒めてくれないんですけど(笑)」。

人に依頼されて、要望にあったものを作る、厳しいスケジュールや限られた予算の中で、0から曲をいくつも生み出すことは想像も出来ないほどのプレッシャーだ。学生時代から、過酷な授業で職業作曲家を疑似体験し、その過程を楽しめるという適性を発揮していた西木氏。今の活躍も納得である。

あのゲームメーカーがキッカケで、ゲーム音楽の世界へ

そんな西木氏が“ゲーム音楽の仕事”を初めて意識したのは、あの老舗ゲーム会社がきっかけだった。

「大学3年生のとき、任天堂の主催するゲームセミナーに参加する機会があったんです。ニンテンドーDSの開発機材を貸与してもらい、1年かけてDSのソフトを同年代の大学生でチームを作って制作するんですよ。自分はサウンド要員として入りまして、初めてそこでゲーム音楽を強く意識しましたね。以前から通学中ファイナルファンタジーの曲を聴いたり、身近にゲーム音楽があったんですが、まさかゲーム音楽を作る側を目指すとは思いもしなかったです。そのセミナーを契機に、任天堂に入ってゲーム音楽を作るという未来もいいのかも? と思って就活をするんですが、残念ながら任天堂は最終面接まで進んで落ちました」。

第一目標は叶わなかったが、大手ゲームメーカーのコナミに入社することになった西木氏。最初はモバイル関係の部署に配属され、「ビーマニ」の楽曲をガラケー向けの16和音で打ち込む仕事などを担当したそうだ。

「いわゆる内蔵音源時代のゲーム音楽のような、データに制約のある制作を求められ、正直当時はかなり悪戦苦闘していました。あまりに怒られるので会社に行くのが嫌になるくらいに。一方、担当はモバイル系でしたが、僕の配属された部署はそれ以外にもメタルギアや幻想水滸伝などのコンシューマー向けや、ビーマニなどのアーケード向けなど、社内の色々なサウンド担当が一つに集約されたようなところだったのです」。

「モヤモヤした期間がしばらく続いた」という西木氏。しかし、転機が訪れる。「アーケードの部署の方がどうやら入社時の僕のデモテープの曲を気に入ってくれていたようで、部署の垣根を超えて『クイズマジックアカデミー7』の作曲の仕事をやってみない? と声をかけてくれました。上司にはモバイルの仕事に影響が出ないように、と釘を刺された上でその仕事に参加する事になり、それが僕の初めての作曲の仕事にもなりました。更に作曲だけでなく、幸運なことに生楽器のレコーディングも行う事が出来ました」。

「そうなると、どうやら“音大出身のオケが書けるやつがいるらしい”という噂が部署内で広がる事になり、その後ウイニングイレブンに収録される国歌のオーケストラアレンジをする事になったり、新規RPGの音楽を一部頼まれたりするようになりました」。

その後、『クイズマジックアカデミー7』に続き『8』、『9』と次々に担当した西木氏。本来のモバイルよりも他の部署の仕事が増加。そんな中社内の特殊な事情によりキッズ向けアーケードの部署に正式に異動が決定、そこでモンスター烈伝オレカバトルというタイトルに関わることに。オレカバトルではメインコンポーザーとして150曲近くのバトル曲を作曲する事になる。

本来やりたかったという作曲の仕事がメインになり、社員作家としてこれからさらなる飛躍を……というタイミングで、重大な決断をする。

「実は、就職後しばらくして、作曲の仕事にもこなれ始めた時に、ふと、30歳までには独立をしなければ、という考え方が固まり始めたんです。社内の落ち着いて作曲に集中出来る恵まれた環境も居心地が良かったのですが、若い内に外に出て、もっと厳しい環境で自分を磨きたいという気持ちが年々大きくなったんですよね。結局1年ほど引き止められた後、ギリギリ30歳で独立しました」。

「フリーになってからは、大変でしたよ。自分にとっての大ヒット作がない状態でしたから。なんのツテもない中、コナミ時代にちょっとした繋がりがあった音楽事務所のイマジンに連絡をとったりして、細々と仕事を頂いたりしました。田中公平さんの下で、『GRAVITY DAZE 2』の打ち込みをやる事になったのですが、憧れの人だった公平さんの譜面を見るのは本当に楽しかったですし、劇伴制作のスピーディーすぎる現場に痺れたりもしました」。

そして、西木氏にとって運命を変えることになる作品との出会いが訪れる。

「そんな繋がりのあったイマジンに、スクウェア・エニックスさんから『OCTOPATH TRAVELER』の話が持ち込まれたとき、所属では無かった自分にも声を掛けて頂いたんです。作家資料として僕の作品も候補に入れて頂いたんですが、スクウェア・エニックスの方が、オレカバトルのバトル曲を聴いて、一番いいって僕を選んでくれました。メロディー重視の、ゲーム音楽ド直球なところを気に入ってもらえたんです」。

『OCTOPATH TRAVELER(オクトパストラベラー)』紹介映像 総集編

ファンにはお馴染みの「バトルエクステンド」(イベントシーンの曲からシームレスにボス戦の曲へと繋がっていく演出)は、スクウェア・エニックスからの提案だったそうだ。

「定番曲をライブで演奏する時、ライブver.として長い前奏があって、気持ちが昂ったところでいつものイントロに入る、みたいな演出がありますよね。CDに収録される時Extend ver.なんて表記されたりしている、そういう演出を入れられたら面白いよね、とアイディアをいただいたんです」。

「そこでOCTOPATH TRAVELERでは8人分の、それぞれのキャラテーマをモチーフにしたイントロを作って、それを同じバトル曲に遷移させる事によって、インタラクティブな形で『Extend ver.』を作る事にしたんです。しかも、3種類のボスバトル曲に繋がります。そうする事により、オクトパストラベラーらしい音楽演出を実現出来るだけでなく、ボスバトル曲自体は何度もゲームの中で聞いて頂ける事になるので、8パターンのボス曲を作るよりも、省エネかつ、そのボスバトル曲を強く印象付けられる効果にも繋がりました。」。

西木氏は具体的に、キャラクターの曲からの遷移で説明してくれた。

「実を言うと、このバトルExtendは作曲してる立場からすると、そこまで綺麗に繋がって無くて、やろうと思えばもっと綺麗に繋がるように音楽的に調整出来る余地のあるものなんですよね。でも、初めて聴いたお客さんは『すごく綺麗に繋がってる! どうやってるの?』って喜んでくれました。そこで気付いたのは、ユーザーさんが求めているのは、音楽的に巧く繋がっていることではなく、8人それぞれのテーマの曲からボス曲に繋がるときのカタルシスだと分かったんです」。

「ユーザーの操作によって、任意のタイミングでボス曲に遷移しますが、巧く繋げるためにはExtend部分の曲(前に流れてる曲)を起伏少なく、コード進行やリズムも一定にしないといけません。しかし、起伏を無くすと、キャラテーマの変奏である事が伝わりづらくなっていくとともに、音楽的にもつまらないものになってしまいます。『OCTOPATH TRAVELER1』の頃は、割と前半の曲の起伏は抑えて作っていました。1の反響を得て、綺麗な繋がりを少し犠牲にしても、もう少しキャラテーマの雰囲気をExtend部に盛り込んでもいい事が分かり、2ではキャラの個性やメロディーをもう少しわかりやすい形で盛り込むように作りました」。

「そういったゲームならではのインタラクティブミュージックってとても難しいところがあり、シームレスに音楽が遷移したところで、ユーザーが嬉しくなかったら意味が無いと自分は考えています。どんなに綺麗な遷移や革新的な技術を盛り込んだところで、そもそも曲の内容が印象的じゃないと喜んでもらえないですし、作り手の自己満足になってはいけないと考えるようになりましたね」。

続く『OCTOPATH TRAVELER II』では、同じロケーションで昼の曲と夜の曲がそれぞれ用意されている。サウンドトラック曲数は膨大だ。

「昼も夜も捨て曲は無しにしたかったんです。最初は、夜バージョンは昼の曲からトラック数を減らして、簡易的に表現する案もあったのですが、違うアレンジとして楽しんでもらいたくて。例えば荒野の曲ですと、昼バージョンではギターで演奏しているメロディーを夜では生の口笛でレコーディングしたりしました。荒野の“ウェスタン”といえばやはり口笛ですよね! それを実現するためにわざわざこの曲の為だけにレコーディングをしたんです。夜っぽさを出しつつも、曲としての聴き応えを残したかったのです」。

夜明けのアネモス

クロマチックハーモニカ奏者・南里沙氏へ「夜明けのアネモス」を提供するなど、ゲーム以外にも活躍の場を広げている西木氏。アーティストへの楽曲提供では、また楽曲作りのスタンスも変わるのだろうか?

「このアルバムでは他の提供作家の皆さんが大御所の方ばかりで恐縮しましたが、なんとか自分の味を出そうと思って頑張りましたね。僕の場合、とにかくメロディーが魅力的な曲を書いた時が一番お客さんの反応がいいんですよね。夜明けのアネモスもとてもメロディーが立った、ある意味ゲームっぽい音楽になっています。やろうと思えば、ゲームっぽくない曲も書けますが、自分の持ち味としてそこは外しちゃいけないんだと気付きました」。

SUPERIORは「制作用としても、実用に耐えうる」

音楽制作について深い洞察と、受け手の満足度を大切にする姿勢にプロフェッショナルの矜持を感じる。そんな西木氏は、普段どのような音響機器を使用しているのだろうか。

「あまり機材面には深入りはしていないんです」と笑う西木氏だが、選んでいる機材にはプロとしての確かなこだわりがある。

「現在使っているのは、ヘッドフォンがAKGのK271 MK2と、モニタースピーカーはGENELECの8020Aです。8020Aは個人的には少し地味っぽく聞こえる印象なんですが、これで慣れてしまってるのもありあえてこれで作るようにしてます。派手な音のスピーカーで作ると、地味なスピーカーで聴いたときに、その分地味になってしまいますよね。地味な音のスピーカーで作り込めば、どんな音響機器で聞いても派手さをキープできるので選んでいます」。

自宅では、あえて防音などもしていないリビングで作業しているとのこと。これにも理由がある。「いい環境で聴いてウットリしちゃうと、それはそれで危ないなって。整っていない環境でもメロディーやアレンジが魅力的に聴こえるように気を付けています。ただ、けっして手を抜いてるわけではなく、最終的にはちゃんとスタジオに入っていいスピーカーでエンジニアと最終調整はしてますよ(笑)。8020Aだけでなく、例えば外出した時にSONYのワイヤレスイヤフォンで聞いてみたり、最終的に音楽を聴く人たちの気持ちを想像しながらチェックするようにしてます」。

「そんな環境なので、例えば夜とかスピーカーから音を出せないシーンもありますよね。事情があって、最近ヘッドフォンの使用を控えているのですが、たまたま手元にあった数千円のイヤフォンでひとまず作業をしていたんです。それで今回、qdcのSUPERIORを使ってみたら、密閉感があってヘッドフォンに近いサウンドで、ローもしっかり出ていることに驚きました。このイヤフォンのサイズでヘッドフォンのようなローの帯域が担保できてるのはすごいなと。だから実際に制作でも使いました」。

qdc「SUPERIOR」を制作でも使ったという

「奥行きはしっかり感じられますし、遠すぎない程度に定位も明確に示してくれて、かつローも出ています。モニター機としても使える性能だと思いますね。ミックスに関してはやはり最終作業としてスピーカーで確認する必要はありますが、前段階のアレンジ作業や、軽いMIXチェックくらいなら全然問題ないんじゃ無いでしょうか」。

制作用としても、実用に耐えうると西木氏が認めるSUPERIOR。真空成膜技術による複合膜採用のダイヤフラムや、独自の同軸デュアル磁気回路とデュアルキャビティ構造によって高められた磁束密度などにより、高周波の滑らかの再生音をはじめ、優れたトランジェント、低歪みなサウンドが実現している。

SUPERIORのカラーバリエーションは3色、Piano Black、Vermilion Red、Azure Blue。写真はVermilion Redだ
Piano Black

「分離感も、イヤフォンのそれではないです。ヘッドフォンのような性能だと思いますね。この音で14,300円は本当に安いなと思います。デザインもセンスがいいですし、イヤーピースもいっぱい種類があって、しっかりしたキャリングケースも付属してて。だからという訳でもないですが、あえて欲を言うならL/Rが分かりづらいのは気になりました。本体とケーブルの接続部の辺りに、赤や青の印があるとありがたいですね」。

ちなみに、ケーブルは着脱可能。互換性の高いカスタムIEM 2pinコネクター(0.78mm)を採用しているので、好みに合ったリケーブルも楽しめる。別売で、SUPERIOR向けの4.4mmバランス接続用ケーブル「SUPERIOR Cable 4.4mm」(5,500円)も用意されている。

4.4mmバランス接続用ケーブル「SUPERIOR Cable 4.4mm」で、さらにサウンドのグレードアップも可能だ

もともとqdcは、アーティストがライブステージなどで使用するプロ向けのカスタムインイヤーモニターを手掛けており、中国国内シェアは7割を超える。日本のリスナーに“一段階良い音で聴いてもらう”ために、アユートからqdcへ提案してSUPERIORが誕生。大ヒットモデルになり、後にグローバルでも展開するようになった。駆動力が十分でないヘッドフォンアンプでも鳴り易いように作られているなど、エントリーユニバーサルIEMとして使いやすいと同時に、西木氏のようなプロも満足するサウンドクオリティを両立している。

“日本的なゲーム音楽”を進化させる

西木氏の言葉からは、ゲーム音楽への真摯な愛を感じる。そして、話題はゲーム音楽の未来にまで発展していく。

「(OCTOPATH TRAVELER制作時)スクウェア・エニックスさんから、昔のゲームのようなメロディが分かりやすい曲を書いてください、というリクエストがあったんです。こういった発注って作曲家によってはムッとする人もいるかも、なセンシティブな要求なんですよね、~みたいな、っていう言葉は。でもむしろ僕としては“任せて下さい”という気持ちでした。僕は、求められた課題に対応して作ることが好きなんです」。

「今のゲーム音楽って映画音楽みたいであまり面白くないよね、昔みたいに印象に残らないよねって話は制作スタッフともしていて……。グラフィックにしてもドット絵で表現されていた、熱中できるあの感じを、今のゲームでも出したいという想いが制作チーム全体にありました」。

ドット絵のゲームに熱くなっていた筆者にも、非常によくわかる。とはいえ、2024年の今、全てのゲームがHD-2Dという訳にはいかない。グラフィックやゲームシステムと同じように、音楽も絶えず進化を求められる。

「魅力的なゲーム音楽を今のゲームでも実現する方法については、まだ自分の中で答えは出ていないです。そもそも、それを考えるには一旦これまでの総括をしなきゃいけないと思うんです。今は、共通語としてみんなで語れる名曲が生まれていません。MONSTER HUNTERの『英雄の証』ですら20年前の曲です。FFシリーズやドラクエシリーズのように幅広い層が知っている曲が生まれてこないのは、きっとゲーム音楽がリスナーの期待を裏切り続けてきたこともあるのではと思っています。僕自身も昔のように熱中して聴ける曲を作りたいと常に考えているのですが……」。

「昔のゲーム音楽には、あえて想像の余白が設けられていました。それが、ファンの人がアレンジする同人音楽だったり、YouTubeなどの“演奏してみた”で愛されている要素だと思うんです。最近のゲーム音楽は、何でも出来るようになって、それこそ海外で生録とかもしますが、制限が取り払われた分、お客さんのためになることと、作り手の自己満足とを、本当に見誤らないようにしなければならないと思います。何が求められているのか、お客さんの声をもっと聞くべきだと思うし、少なくとも僕はリスナーの方の感想がとても気になります」。

スーパーファミコンやPlayStation直撃世代の1人として、深く同意するしかない。あの頃のゲーム音楽は、内蔵音源で音数は少なく、音質的にはショボかったかもしれないが、何百回と聴いても飽きず、所構わず口ずさみ、今もメロディーを空で歌える曲も多い。あの熱に侵されたようなハマり方には、“子どもだったから”では説明できない何かがあった。

「海外でオケをレコーディングしたり、音作りにこだわったりとかももちろん大事です。ただ、それはもっと上のレイヤーなんです。音楽ってレイヤー分けされているなと考えていて、音楽知識の程度によって、届く魅力の違いはありますが、知識の有無にかかわらず魅力が伝わるのが名曲だといえるでしょう」。

「まずメロディーの良さがあって、アレンジの良さがあって、音の豊かさがある。一番ダイレクトに届くのはメロディーの良さ、そして音楽自体の魅力です。心配なことに、今はクリエイター側がもっと下の階層ばっかりを気にしている……。例えばミックスの技術とか、プライグインがどうだとか、ソフト音源のクオリティの優劣とか。メロディーや音楽の内容がなにがしろにされてないか、常に気を付けたいなと個人的には思っています」。

ハードの刷新に伴って、映像表現が格段に進化していくゲームと、メロディーの良さは果たして両立出来るのか。西木氏に聞いてみた。

「やはり制作側とのコミュニケーションが大事だと思います。昨今のゲーム制作において、実は音楽ってプライオリティがかなり下がっているんですよね。例えばRPGだったら、まずゲームとしての面白さがあって、そこからストーリーの魅力や、ビジュアルの良さ、ストレスの無いUIなど、色々あってその後に音楽の良さ、って感じで判断されているように感じます。ストーリーの面白さがあって、ゲームとして面白くて、ビジュアルが良くて、UIにストレスがなくて、最後に音楽も良いみたいな感じですね」。

「昔は、ビジュアルと音楽は対等でした。ドット絵のような表現力の少ないビジュアルを補完する意味で、音楽は重要な役割を担っていたんです。現代は、『いわゆる映画的にしたいから、音楽はBGMに徹してね』と要望されたら、サウンドはそれに添って作るのが妥当です。音楽制作側から、そんな状況の中でも音楽がそのゲームにとって必要不可欠であり、かつその世界観を何倍にも広げるような魅力を備えているものを作り、積極的にアピールしていかないと、未来は厳しいと思いますね」。

西木氏は、今後の抱負について熱を込めて語ってくれた。

「ゲーム音楽をもっと盛り上げたいですね。一時期、海外のクオリティの高いAAAタイトルが日本にガンガン入ってきた時期に、ゲーム音楽もハリウッド的な映画音楽のような方向に流れてしまった時期がありました。最近になって、日本人の作るゲーム音楽がやっと昔のアイデンティティーを少し取り戻してきたように感じています。海外の方が喜んでくれるのは、実は日本的なゲーム音楽を作ったときなんですよ。そのアイデンティティーを忘れずに、かつ一方でアップデートもしていく必要があります」。

「最新の技術、新しいサウンドを求めていくことは大事ですが、それと同時に過去をしっかり振り返ることも同じくらい大事かなと思います。昔のゲーム音楽が好きで愛してくれていた人たちが、何を好いてくれていたのか、それを丁寧に分析する必要があります。愛されてきた要素を元に、懐古主義ではない今のゲームにも合う音楽の形態を探し続けること……。ゲーム音楽自体の魅力が高まれば、制作側もそれを進んで入れたいという話になっていきますから、手を取り合って進めていきたいですね」。

作り手の方がこんなにもゲーム音楽を深く考え、大切に愛してくれている。そのことを思うと、彼らの作る音楽を少しでも本来の音で、再現性高く受けとめたい。そう思う方は、きっと私だけではないだろう。SUPERIORは、現実的なエントリープライスでありながら、作り手も認める音質のイヤフォンだ。いい音で聴いたら、ゲーム音楽をもっと好きになれる。数千円のイヤフォンもいいけれど、せっかくなら、ちょっと背伸びをしてみるのはいかがだろう。

なお、西木氏の最近の作品として、OCTOPATH TRAVELERの初のオーケストラコンサート「オクトパストラベラー オーケストラコンサートーTo travel is to live-」のためにアレンジされた楽曲を収録したアルバムが発売中。西木氏完全監修し、厳選した楽曲を全曲新規オーケストラアレンジで収録している。

OCTOPATH TRAVELER Orchestral Arrangements -To travel is to live-

『OCTOPATH TRAVELER Orchestral Arrangements -To travel is to live-』PV

西木氏のサイン入り「SUPERIOR」を1名様にプレゼント!

本記事の公開を記念して、西木氏サイン入りの「SUPERIOR」を1名にプレゼントする。

応募方法は、アユート Audio事業部とAV WatchのXアカウント「@aiuto_audio」「@avwatch」の両方をフォローして、AV Watchの、この記事のポストをリポストするだけ。応募期間は記事公開から2週間、4月15日23時59分まで。奮って参加して欲しい。

橋爪 徹

オーディオライター。音響エンジニア。2014年頃から雑誌やWEBで執筆活動を開始。実際の使用シーンをイメージできる臨場感のある記事を得意とする。エンジニアとしては、WEBラジオやネットテレビのほか、公開録音、ボイスサンプル制作なども担当。音楽制作ユニットBeagle Kickでは、総合Pとしてユニークで珍しいハイレゾ音源を発表してきた。 自宅に6.1.2chの防音シアター兼音声録音スタジオ「Studio 0.x」を構え、聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。ホームスタジオStudio 0.x WEB Site