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B&W実力派エントリー「600 S3」と「マランツM1」「DENON HOME AMP」で最強オーディオ入門

5月、米Polk Audio「ES15」、デンマークDALI「OBERON 1」、英B&W「607 S3」という3社のエントリーの2ウェイスピーカーを聴き比べ、それぞれの魅力をリポートした。こういういちばん安い製品こそ、そのメーカーの思想が色濃く反映されることがわかって、個人的にもとても面白い試聴体験だった。

しかしながら、3モデルの中でもっとも本格オーディオ指向で、もっとも値段の高かったB&W 607 S3(と言ってもペア132,000円だが)は、このとき使ったネットワークCDレシーバー「M-CR612」ではその実力が十分に引き出せていなかったのではないか……との思いが残ったのも事実。「いやいやこのスピーカーの実力、こんなもんじゃないでしょ」と。

B&W「607 S3」

そんな話をAV Watchの山崎編集長にすると、「ぼくも同じ思いを抱いていました。それじゃ、今音の良さで話題のコンパクト・ネットワークアンプ、マランツMODEL M1で607S3を鳴らすという企画をやりましょうか。トールボーイの『603 S3』(ペア382,800円)も用意して両方聴いちゃいましょう」ということで、D&Mの試聴室へ。

トールボーイの「603 S3」
マランツ「MODEL M1」

鳴らすのはマランツ「MODEL M1」と「DENON HOME AMP」

試聴室にはマランツ「MODEL M1」(154,000円)の隣に、なんと発表されたばかりでまだ聴いたことのないデノンの新製品「DENON HOME AMP」(121,000円)も設置されていた。

左から「DENON HOME AMP」、マランツ「MODEL M1」

M1は発表以来大きな注目を集め、初回ロットはアッという間に完売してしまったという。横幅約22cmの小さなボディで大型スピーカーを朗々と鳴らすその圧倒的な駆動力に多くのオーディオ・音楽好きを驚かせたからだろう。また、ネットワークオーディオ機能「HEOS」の搭載やHDMI ARC端子の装備など現代の音楽ソース環境にピッタリ合致した、隙のない商品企画の勝利でもあったのだと思う。

DENON HOME AMPは、マランツと同じグループの製品らしく、同じデジタルアンプ・ソリューションを採用し、ほぼ同じ寸法の筐体でHEOSやHDMI ARCなど同一の機能を有する。値段はM1のほうが3万円程度高いが、これは採用された電子部品や筐体に用いられた材質などでM1のほうがDENON HOME AMPよりも高価なものが奢られた結果だという。M1との音の違いがますます興味深い。

DENON HOME AMP

B&Wの実力派エントリー「607 S3」と「603 S3」

では今回の主役である607 S3と603 S3の概要に触れておこう。

607 S3

607 S3は、剛性が高く、内部損失の大きい(=クセの少ない)13cmコンティニュアムコーン・ウーファーと、25mmチタン・ドームトゥイーターを組み合わせたバスレフ型2ウェイ機。凝った構造のバスレフポートが背面に設けられている。横幅が165mmとたいへんコンパクトなので、置き場所を選ばないのが本機の大きな魅力だ。

銀色のユニットが13cmコンティニュアムコーン・ウーファー

以前の企画で、2006年に登場した、ケブラーコーン・ウーファーを採用したほぼ同じ価格の「CM1」と聴き比べたことがあるが、17年の時の経過による音の違いは予想以上で、音場表現と解像感、S/N感等で最新の607 S3が大きく凌駕することがわかった。もっとも「聴きやすさ」はCM1のほうが勝る気にしたが、まあとにかく607 S3は現代的な魅力が横溢する傑作コンパクト・スピーカーであることは間違いない。だからこそドライブするアンプの質、実力の高さが重要となる。

603 S3は、600シリーズ最大サイズのフロアスタンディング型3ウェイ機で、15cmコンティニュアムミッドレンジ・ドライバーと、25mmチタン・トゥイーターに2基の16.5cmペーパーコーン・ウーファーを組み合わせたバスレフ型。非常にゴージャスなつくりの本格派スピーカーで、価格はペア382,800円と、607 S3の3倍近い。

603 S3

まずこのフロア型の603 S3をセッティングしてもらって、マランツMODEL M1とDENON HOME AMP両モデルの音を聴き比べてみよう。

両モデルともに先述の通りネットワークオーディオ機能HEOSを搭載しているので、サブスクのAmazon Music Unlimitedを使ってハイレゾファイルを聴いてみる。

ドゥービー・ブラザーズの『運命の掟(Livin’ on the Fault Line)』(1977年)の192kHz/24bit/FLACファイルからタイトル曲を聴いてみた。間奏でヴァイブラフォンが入って4ビートとなるジャズ的なエッセンスに満ちた聴き応え満点の楽曲で、ぼくはオーディオ機器のチェックによく使っている。

M1、HOME AMPともにハイスピードなサウンドで、この難曲をみごとにこなすことがわかった。さすが練りに練られたクラスDアンプだなと感心させられる。603 S3は非常にワイドレンジで、情報量が多く、立体的なサウンドステージの表現を得意とするスピーカーだが、両モデルともにその魅力を十全に引き出してくれることがよくわかった。

なお、M1とHOME AMPの比較では、M1のほうが音数が多く、音場の奥行が深い。ここに値段差が表れていると思った次第。

ただし、M1で603 S3を鳴らすとやや高域がきつく感じられるが、HOME AMPで鳴らすと音がいくぶんマイルドに感じられて、聴きやすい印象。イケイケで攻めるM1、穏当な音調を訴求するHOME AMPという感じだ。これは限られた条件の中で、マランツ、デノンの両サウンドマネージャーがどのような音にまとめるかを熟慮した結果なのだろう。

次に内田光子がクリーブランド管弦楽団を弾き振りした『モーツァルト:ピアノ協奏曲25番』の96kHz/24bit/FLACファイルを聴いてみた。両アンプともに内田のピアノの精妙な響きを見事に浮彫りにするが、M1のほうがその余韻が生々しく、響きが減衰していくさまがよりリアルに感じられる。ただし、弦楽の、とくにヴァイオリンの強奏時の音色の優しさ、聴きやすさはHOME AMPのほうが上回る印象もある。

右上がマランツ「CD 50n」

マランツ「CD 50n」を用意してもらって、ステレオサウンド社から発売されたSACD『石川さゆり/REFERENCE RECORD』から「朝花」を再生してみた(CD 50nはSACD非対応なのでCD層を再生)。

この演奏は断然M1が良かった。立体的に広がる音場感の豊かさやヴォーカルの生々しさ、鮮度感などHOME AMPを大きく上回ることがわかった。HOME AMPは全体に音のタッチが柔らかいが、ローレベルの表現がいくぶんあっさりしていて、音場の広がりもM1の後塵を拝する印象だ。

一方ポール・ルイスが弾いたベートーヴェンのピアノ・コンチェルト『第5番<皇帝>』の第2楽章をCDで聴くと、HOME AMPの再生がぼくにとってはより好ましかった。弦5部のハーモニーの溶け合いがとてもスムーズで、ピアノの繊細なタッチが耳に優しいのである。M1は比較すると高域優先のエネルギーバランスで、弦、とくにヴァイオリンがヒリつくイメージなのだ。ただ、音場の深さと立体感はHOME AMPを上回ることもわかる。603 S3の情報量の豊かさを上手に引き出すのはM1だが、ソノリティの豊かさでHOME AMPが好ましいというのが、このピアノ・コンチェルトを聴いてのぼくの感想だ。

本領を発揮した607 S3

607 S3

では、スピーカーを607 S3にスイッチして、M1とHOME AMPで鳴らしてみよう。このコンパクト・スピーカーの真骨頂は、やはり価格の枠を超えたハイエンドライクな情報量の多さだと思う。このアンプ2モデルで聴いて、やっと本領が発揮されたと実感できた。

ドゥービー・ブラザーズ『Livin’ on the Fault Line』のAmazon Music Unlimitedのハイレゾファイル(192kHz/24bit/FLAC)をM1、HOME AMPの<HEOS>を用いて聴いてみたが、ペア13万円台のスピーカーとはとても思えないスケールの大きな再生音が楽しめた。

音がスピーカーに張り付くことなく、スムーズに空間に広がっていくのである。M1とHOME AMPを比較すると、M1のほうがいっそう切れ味指向。トランジェント感がよく音場が立体的に広がっていく。HOME AMPは比較するとより凝縮感のあるサウンドで、音像のまとまりがとても良い印象だ。

内田光子のモーツァルトのピアノ・コンチェルトは、M1のほうがワイドレンジだが、603 S3を聴いたときと同様、ヴァイオリンの音色が少しヒリつく。HOME AMPは、M1と比較するとナローレンジな印象だが、弦の響きがいっそうスムーズで聴きやすい。ぼくの好みをいうと、ドゥービー・ブラザーズはM1で、内田光子はHOME AMPで聴きたいと思う。

最後に先述した石川さゆり姐さんの「朝花」をマランツCD 50nで再生してみたが、607 S3はM1、HOME AMPの持ち味をくっきりと描き分け、その実力の高さに改めて驚かされた。

M1はヴォーカルの表情が豊かで、音色が明るくパリッとした音調。603 S3同様、音場が立体的に広がっていく。HOME AMPで聴くとヴォーカルに優し気な風情が加わる。若やいだ声に聴こえるM1に対して、年齢相応の声質に聴こえるのも面白い。パリッとした音調のM1に比べると、日本的叙情に満ちたウェットな表情がうかがえるのである。性能の高さでM1、音づくりの巧さでHOME AMPということになるのだろうか。

いずれにしても、607 S3、603 S3ともにアンプを奢ることで「化ける」スピーカーだということがよくわかった。昨今出来の良いアクティブスピーカーがたくさん登場しているが、やはり趣味のオーディオの醍醐味は、気に入ったパッシブ・スピーカーに好みのアンプを組み合わせて音を練り上げていくことにあるのではないかと改めて実感した今回の取材だった。

DENON HOME AMP

しかし考えてみたら、607 S3とM1やHOME AMPを組み合わせても30万円以下なんだな、このペアだけで他に何を買うことなくサブスクのハイレゾがこんなすばらしい音で聴けるわけで、1970年代からオーディオに親しんできたぼくは、ちょっとガクゼンとしています。いい時代になったものです。

山本 浩司

1958年生れ。月刊HiVi、季刊ホームシアター(ともにステレオサウンド刊)編集長を務めた後、2006年からフリーランスに。70年代ロックとブラックミュージックが大好物。最近ハマっているのは歌舞伎観劇。