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Campfire Audioが到達“デュアルプラナードライバ”「Astrolith」の衝撃サウンド

Campfire AudioのユニバーサルIEM「Astrolith(アストロリス)」

かつて、有線イヤフォンの高級機と言えば「バランスドアーマチュア(BA)ドライバーを何個搭載しているか?」が注目されたものだが、最近ではBA、ダイナミック型、平面磁界型、EST、骨伝導など、様々な種類のドライバーを組み合わせるのが定番化。どんなドライバーが何個入っているかを聞いても、あまり驚かなくなってきた。

だが、久しぶりに「え!?」と驚くイヤフォンが登場した。9月27日に発売された、Campfire AudioのユニバーサルIEM「Astrolith(アストロリス)」(オープンプライス/店頭予想価格は315,000円前後)だ。

このAstrolith、ヘッドフォンでもトレンドになっているプラナーマグネティック(平面磁界型)ドライバーを、なんと2基も搭載しているという。しかも、プラナーマグネティックドライバー向けに新たに開発したチューニング技術も投入。プラナーマグネティックに全力投球したイヤフォンというわけだ。これはちょっと気になるではないか。

Astrolith

そもそもCampfire Audioとは?

最近ポータブルオーディオに興味を持った人はご存知ないかもしれないが、ポータブルオーディオの黎明期に、ハイクオリティなポータブルアンプやケーブルでマニアの心を鷲掴みにしていたのが米国のブランド、ALO audioだった。

そのALO audioを率いていたのが、“超”がつくポータブルオーディオマニアのKen Ball氏。初期の「ヘッドフォン祭」などのイベントにも頻繁に参加し、日本のマニアからの意見も積極的に取り入れるなど大の日本好き。

Ken Ball氏

そんなKen Ball氏は、やがてケーブルやアンプに飽きたらず、自分で理想とするイヤフォン/ヘッドフォンを作ろうと決意。そして2015年に立ち上げたのがCampfire Audio。ALOの製品を作っていたのと同じ米ポートランドのラボで、アンプやケーブルを作っていたエンジニアや職人達がイヤフォンという新たなジャンルに挑んだわけだ。

そしてマニアで研究熱心な彼らは、金属筐体や新しい技術を投入したイヤフォンを次々に発表。その中から大ヒットモデルのANDROMEDAなどが生まれ、Campfire Audioはいつしか高音質イヤフォンを手掛ける代表的なブランドの1つに成長した。しかし、近年では完全ワイヤレスのOrbitも開発するなど、チャレンジ精神に溢れたブランドである事は変わっていない。

大ヒットモデルのANDROMEDA

Astrolithが持つ2つの特徴

そんなCampfire Audioが、「数十年に渡る音響エンジニアリングの経験とプラナーマグネティックドライバーの特徴を組み合わせることで、 圧倒的なサウンドパフォーマンスを実現した」と自信を見せるのが、Astrolithというわけだ。

詳しく中身を見ていこう。特徴は大きく2つある。

1つは前述の通り“デュアル”プラナーマグネティックドライバーを搭載している事。1基だけの搭載であれば、Campfire Audioはこれまでも、14mm径のプラナーマグネティックドライバーを1基搭載した「Supermoon」や、12mmプラナーマグネティックドライバーを使った限定モデル「Moon Rover」を開発している。

Supermoon
Moon Rover

しかし、Astrolithは、低域から中音域までをカバーする最新世代の14.2mmのメインドライバーと、高域用としてブランド初となる6mmと小さなプラナーマグネティックドライバーの2つを、筐体に内蔵している。

そもそも、プラナーマグネティックドライバーの利点とはなんだろうか。

御存知の通り、通常のダイナミック型ドライバーは、振動板の真ん中にコイルが巻いてあり、磁力の反発で動作。振動板が前後に振幅して音を出すのだが、動くのが中央からなので、振動板全体を均一に動かすのが難しい。その結果、分割振動という動き方の違う部分が生じてしまい、それが歪となって音に悪影響を及ぼす。

対して、プラナーマグネティックドライバーは薄くて平たい振動板に、模様のようにコイルを配置。それを磁気回路でサンドイッチして振幅させる。中央から動かすのではなく、振動板全体で動かすため、分割振動が発生しにくいとのが利点だ。

その結果、THD比(全高調波歪率)が非常に低くなる。Campfire Audioによれば、「我々のカスタムドライバーは、すでに非常に低い歪みレベルを特徴としているが、新しいプラナードライバーは、この数値を信じられないほど低いレベルにまで下げてる」という。

Astrolithに搭載しているプラナーマグネティックドライバー。左の列が14.2mmのメインドライバー、右の列が高域用の6mmドライバー。どちらも中央付近に、黒くて太いヘビのようなラインが見えるが、それが振動板で黒く見える部分がコイルだ。細い棒状のマグネットでサンドイッチしているのがわかる

2つ目の特徴は、外観で一目瞭然だが、筐体デザインの刷新だ。

例えば、前述のMoon Roverは、Campfire Audioの伝統的と言ってもファセットカットデザインの筐体に、プラナーマグネティックドライバーを搭載したモデルだが、Astrolithは、筐体の形状も、内部構造も、これまでとまったく異なる。つまり、デュアルプラナーマグネティックドライバーを搭載するために最適な形状や精度を追求した初のイヤフォンが、Astrolithというわけだ。

プラナーマグネティックドライバーを活かす新技術

デュアルプラナーマグネティックドライバーの中でも注目なのは、高域を担当する6mmのドライバーだ。

これまでのプラナーマグネティックドライバーよりも口径が小さいため、大型のプラナードライバーとは比較にならないほど高速に動作するという。これを活かしてツイーターに採用。「高音域の応答に集中させることで、超高速の過渡応答と高音域のディテールが実現した」という。

ただ、小さくて超高速に動作するドライバーユニットの特性を、イヤフォン筐体の中でしっかり発揮させるのは至難の業だ。そこで、Campfire Audio史上最少かつ最も精密に設計したというドライバーハウジングを開発。誤差を極限まで減らしつつ、繊細な処理も行なうことで、6mmドライバーを滑らかに調整しながら、その能力を発揮させる。これらの技術がPPR(Particle Phase Resonator)と名付けられ、6mmのドライバーと共に投入されている。

PPR(Particle Phase Resonator)

低域から中域を担当する14.2mmプラナーマグネティックドライバーは、前述のSupermoonにも採用された最新世代のもので、洗練されたメカニズムと最新のグリルパターンを特徴としている。

こちらも高精度なハウジングが必要であるため、新しい技術「Additive Acoustic Optical Inclusion(AAOI)」を使っている。

Astrolithの表側には、ステンレススティール製のフェイスプレートを使っているので、全体がステンレス製かと思うのだが、実は裏側は3Dプリントされた、黒っぽいけれど半透明の樹脂製シェルになっている。

表はステンレススティール製のフェイスプレート
裏側は黒い樹脂に見えるが……
実は内部が透けて見える

このシェル部分は、音響パフォーマンスを高めるように細部まで細かく設計された内部チャンバーを、透明な外装が包み込むような構造になっている。この構造がAAOIの特徴というわけだ。

なお、14.2mmと6mmのプラナーマグネティックドライバーは、クロスオーバー無しで組み合わされている。全体の周波数特性は5Hz~25kHz。インピーダンスは8.2Ω@1kHz。入力感度は94dB@1kHzだ。

イヤフォン側はケーブル着脱可能で、MMCX端子を採用。ケーブルはTime Stream Cableで、入力側が3.5mmのものと、4.4mmバランスのもの、2本を同梱する。付属のイヤーピースはシリコンとフォームタイプだ。

ケーブルはTime Stream Cable
3.5mmと、4.4mmバランス、2本のケーブルを同梱する

ハイレベルな解像度と音色の統一

では音を聴いてみよう。

その前に装着感だが、ハイエンドイヤフォンとしては筐体がそれほど大きくないため、装着しやすく、またイヤフォンの重さでズルズル抜けてくるという事もない。前述の通り、耳に触れる内側部分は3Dプリントされた滑らかな樹脂製であるため、耳穴周囲にフィットし、安定性も高い。この部分はステンレスではないので、装着時に耳がヒヤッとする事もない。冬場の利用も安心だろう。

DAPは、Astell&Kernの「A&ultima SP3000」を使う。このDAPは4.4mmバランス出力を備えているので、今回はバランス接続で試聴する。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生。冒頭、ピアノやアコースティックベースの音が出る段階で、トランジェントが良く、非常にハイスピードなサウンドに驚かされる。量感のある低域が出ているのだが、その低音の解像感がとにかく高く、ベースの弦がブルブルと震える様子や、弦がブルン、ベチンとぶつかる鋭い音も、非常に細かく、鮮烈に描写される。

続くボーカルも、息をのむほど生々しい。口が開閉する様子が細かくわかるというレベルを遥かに超えており、歌い出す直前の「スッ」と息を吸い込む小さな音や、声と声の合間に、口の中で舌が動くかすかな音まで聞き取れる。眼の前に実在する歌手に、頭を近づけながら聴いているような、リアリティのある描写だ。

微細な音までハッキリ聴き取れる解像度の高さは、プラナーマグネティックドライバーを採用した効果だろう。

微細な音の描写は、BA(バランスドアーマチュア)ドライバも得意とするところだが、響きが金属質になりがちなBAに対して、プラナーマグネティックドライバーの方が音に色付けが少なく、自然な音だ。また、中低域の解像度でも、プラナーマグネティックドライバーの方が上だと感じる。

もう1つ、素晴らしいのは音色と解像度の統一感だ。「KICK BACK/米津玄師」を聴くと、ベースラインがしっかり重い低音で炸裂しながら、その低音の中に、弦が震える細かな様子が見える解像度の高さも兼ね備えている。同時に、コーラルやボーカル、SEなどの中高音はクリアに突き抜け、キレ味抜群だ。

ハイブリッドイヤフォンでは、低域をダイナミックユニットが担当する事が多い。しかし、中高域をBAやプラナーマグネティックドライバーが高解像度に描写しているのに、低域のダイナミック型の解像度が不足し、イヤフォン全体で聴くと、高域と低域の描写力がマッチしていない製品も少なくない。

しかし、全てプラナーマグネティックドライバーで再生するAstrolithは、低域から高域まで高解像度で、ハイスピードなサウンドで揃っている。ドライバーの方式の違いから来る音色の違いも無いため、全体としてのまとまりの良さもある。

再生に使っているA&ultima SP3000は、旭化成エレクトロニクスのハイエンドDAC「AK4499EX」と、デジタル信号処理用のチップ「AK4191EQ」を内蔵。1つのDACチップの中でデジタルとアナログを分離するのではなく、2つのチップを用意してチップのレベルで分離。“デジタル信号処理”と“デジタル音声のアナログ変換だけ”という役割分担をする事で、非常に情報量の多い再生ができるのだが、Astrolithで聴くと、SP3000の強みが完全に引き出されており、「SP3000の音って、こんなに凄かったんだ」とDAP側の魅力も再確認できる。

ソースやプレーヤーの粗も見えてしまうイヤフォンとも言えるが、それらにこだわれば、音質の向上にしっかり応えてくれるイヤフォンがAstrolithだ。

Campfire Audioが導き出した1つの答え

プラナーマグネティックドライバーにこだわり、その良さを引き出すために筐体や内部も一新。結果的に「プラナーマグネティックドライバーのポテンシャルを最大限に引き出したイヤフォン」がAstrolithと言える。

その完成度は非常に高く、明らかに今までのイヤフォンでは聴けなかった音が楽しめる。様々なドライバーを採用し、それらの組み合わせも試した末に、Campfire Audioが導き出した1つの答えが、Astrolithなのだろう。

市場では、完全ワイヤレスイヤフォンが定番になっているが、Astrolithを聴くと、有線イヤフォンでしかたどり着けない境地がある事を実感する。同時に、イヤフォンはまだまだ進化できる事を証明するような意欲作だ。

山崎健太郎