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Bluetoothヘッドフォンの完成形!? JBL「TOUR ONE M3」。マイカ振動板で驚きの音質、超強力NC

JBL「TOUR ONE M3」とトランスミッター「Smart Tx」

以前までは、Bluetoothヘッドフォンには「ワイヤレスとかノイキャンが便利だけど、音質を追求するならやっぱり有線ヘッドフォンだな」という印象を持っていた。ただ、昨今のBluetoothヘッドフォンの進化は著しく、「もうそんな区別を気にしなくてもいいかも」と思わせてくれる製品も登場している。JBLの新フラッグシップ、Bluetoothヘッドフォン「TOUR ONE M3」(49,500円)が、まさにそれだ。

このTOUR ONE M3、Bluetoothヘッドフォンとして多機能で、ANCも超強力。ヘッドトラッキング機能も搭載するだけでなく、なんとディスプレイ付きのトランスミッター同梱モデル「TOUR ONE M3 Smart Tx」(57,200円)もラインナップするなど、おそらくガジェット的な方向から注目される事が多いヘッドフォンになるだろう。

ただ、誤解を恐れずに言えば、それらの機能は“オマケ”だ。TOUR ONE M3は、音楽を楽しむヘッドフォンとして最も重要な、音質面で、要注目のヘッドフォンになっている。

TOUR ONE M3。カラーは左からモカ、ブラック
本体カラーに合わせて、キャリングケースの色も異なる

振動板から進化

というわけで、機能面の注目ポイントが大量にあるのだが、それは後半にまわして、まずは音質に重要な、ベーシックな部分から見ていこう。

ヘッドフォンにとって重要な心臓部とも言えるドライバーユニットのサイズは40mm径。前モデル「TOUR ONE M2」は、振動板の素材にPU(ポリウレタン)とLCP(液晶ポリマー)を組み合わていたのだが、TOUR ONE M3はこれをマイカ(雲母)のドームに変更している。

マイカ(雲母)のドームを振動板に採用した

マイカとは鉱物の一種。鉱物で振動板? と不思議に思われるかもしれないが、このマイカは非常に薄く、それでいて弾性のあるプレートに分割できるため、振動板の素材に利用できる。

薄くて軽いだけでなく、マイカが含んでいる軽くて小さな元素は、結合原子間距離が短く、電子を共有する結合力が強いため、剛性も高い。振動板の素材として適しているわけだ。他社の製品では、プロ用モニターヘッドフォンにもマイカの振動板が使われていたりもする。

このマイカを振動板に使うことで、前モデルと比べて、特に高域においてより伸びやかなサウンドになっているそうだ。

さらに、BluetoothのコーデックはSBC、AACに加え、LDACに対応。96kHz/24bitのハイレゾ品質を、ワイヤレスで楽しめるようになっている。LC3にも対応済みだ。

ANC性能も向上

アクティブノイズキャンセリング(ANC)性能も「リアルタイム補正機能付ハイブリッドノイズキャンセリング2.0」に向上した。

まず、電子的なノイズキャンセル用として、左右で各5個、合計で10個のマイクを搭載。その内の8個をANCに使っている。これで、外のノイズなどを効果的に集音できるわけだ。

ハウジングの各所にマイクの穴があるのがわかる

ノイズと逆位相の音を生み出すために、リアルタイムに補正をするわけだが、その時のフィルター計算を強化し、新たにリアルタイム適応にも対応。ユーザーのヘッドフォンの装着具合などに合わせて、ANCのレベルを自動的的に調整してくれる。前モデルと比較しても、ほぼ全音域で最大約13dBのパフォーマンス改善を実現。他社のフラッグシップと比べても、優れたパフォーマンスになっているそうだ。

もちろん、周囲のノイズレベルに合わせてANCレベルを自動調整するアダプティブノイズキャンセリングを使うことも可能だ。

イヤーパッドの形状も改良された。従来は楕円形だったが、長方形に近い形状にする事で、イヤーパッドが耳をすっぽりと覆えるようになった。ハウジングの深さもより深くなっており、音が響く空間も改良されている。

イヤーパッドは長方形に近い形状になった
イヤーパッドを取り外すと、耳まわりの空間が広く設けられている事がわかる

実際に装着してみると、パッドの改良により、耳まわりとイヤーパッドの密着度がかなり上がっている。隙間が出来がちな耳の裏側や、下方向もピッタリフィット。当然ながら、密閉度も上がることでパッシブのノイズ低減性能も高まった。前述の電子的なノイズキャンセルと組み合わせて、総合的により“静かなヘッドフォン”になったわけだ。

装着したまま、音楽は流さずに、外を歩いたり電車に乗ってみた。

幹線道路沿いを歩くと、驚くほど車の音がしない。一般的に、ANCが強力と言われるヘッドフォンであっても、「グォオオ」という車のエンジン音は綺麗に消せるが、タイヤと道路が擦れる「ズシャー」というロードノイズは消しきれず、耳に入ることが多い。

しかしTOUR ONE M3は、ロードノイズすらほぼ消え、「シュー」と通過する車が巻き起こした風の音程度にしか聞こえない。ロードノイズが残っていると、目を閉じても「あ、3台通り過ぎたな」と台数がわかるのだが、TOUR ONE M3ではもう台数が曖昧で「何台か通過した」という事しかわからない。

ANCの強さを実感したのは、背後からパトカーが、スピーカーで「振込詐欺が発生しています、こんな電話にご注意ください」と呼びかけをしながら近づいてきた時だ。車の音がほぼ聞こえないので、姿が見えない段階では「女の人が拡声器を持って、振込詐欺への注意を叫びながら自分の足でダッシュして近づいてくる」ようなビジュアルが脳裏に浮かんでしまい、ちょっと笑ってしまった。

ノイズがより多い地下鉄でも効果は絶大だ。

トンネル内の反響音や、車体が揺れる音など「グォオオ」という凄いノイズが地下鉄には響いているが、TOUR ONE M3はその大半を綺麗に消してくれる。驚いたのは、加速中のモーターが発する「クゥーーーン」という音も、かなり小さくなり、消えて「ンーーー」というかすかな音しか残らないこと。

レールの継ぎ目を越える時の「カタンカタン」という音も、ANCで低減され「タタンタタン」という小さな音になる。その音も、音楽を流すとまったく意識に入らなくなる。他社のハイエンドBluetoothヘッドフォンと比較しても、TOUR ONE M3のANC性能は負けていないどころか、超えている面もありそうだ。

また、音楽を再生しながらANCのON/OFFを切り替えても、音の変化が少ない。ONにすると、低域が少しパワフルになるくらいで、大きなキャラクターの変化も無い。この点も優秀だ。

使用感の面では、イヤーパッドも改良も効いている。前モデルはPUレザーだったが、TOUR ONE M3では高品質なプロテインレザーになった。パッドの内部にあるクッションも、前モデルより柔らかいスポンジになり、薄いけれど遮音性に優れている。パッシブノイズ低減や、低音の向上にも寄与しているのだろう。肌触りも良好で、装着していて気持ちが良い。「確かにハイエンドモデルだな」というラグジュアリー感があるのも良いところだ。

肌触りの良い高品質プロテインレザー。クッションもより柔らかくなった

新空間サウンド

機能面の強化は、空間サウンドが進化した事。前モデルよりも、計算能力の高いチップセットを搭載し、アルゴリズムも最適する事で、残響などさらにリアルで正確に再現できるようになっている。モードは従来と同じ、音楽、映画、ゲームの3モードから選べる。

「JBL Headphones」アプリで空間サウンドの設定が可能

さらに、ヘッドトラッキング機能を新たに搭載した。これは、ヘッドフォンの中に搭載したセンサーで、装着したユーザーが、首をどっちの方向に動かしたか?を検知する機能。この情報も活用して、空間サウンドの臨場感をさらに高めることができる。

ヘッドトラッキング精度を高めるための、キャリブレーション機能も備えており、アプリから使える。

ヘッドトラッキング精度を高めるためのキャリブレーション

実際にアプリでキャリブレーションをした上で、「映画」モードを選び、スマホのNetflixアプリで映画「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」を鑑賞してみたが、かなり面白い。

自分の眼の前にスマホを置いて、TOUR ONE M3から音を聞いているのだが、そのまま首を右に動かすと、聞こえている音像は自分から向かって左方向……つまり、スマホがある方向へと移動する。通常のヘッドフォンは、首を動かしても音が聞こえてくる方向は変わらないが、ヘッドトラッキング情報を使った空間サウンドでは、まるでヘッドフォンを装着しないで、スマホからの音を聞いているような感覚にしてくれるわけだ。

映画の鑑賞中、人間は動いていないようで、無意識に首をかたむけたり、曲げたりしている。そうした動きにも追従して、音が聞こえる方向を再現してくれる事で、しばらく映画を見ていると、“ヘッドフォンで聞いている事”を忘れていく。閉塞感が減る事で、長時間ヘッドフォンを使っていても、負担が減るというわけだ。

なお、空間サウンドで「映画モード」を選ぶと、音に響きが加わり、空間描写自体も広くなる。さらに低域も増強してくれるので、映画のカーチェイスシーンで、うなるエンジンや、重厚なBGMがさらに深まり、映画館っぽいサウンドで楽しめる。

進化したJBLの低音、よりクリアになった中高域

Google Pixel 9 Pro XLとLDACで接続、Amazon Musicのアプリから、ハイレゾを中心に聴いてみる。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生する。冒頭、ピアノとアコースティックベースからスタートするのだが、これがかなり良い。

まず驚くのは、強化されたANCで、本当に静かになった空間から、ピアノやベースの音がスッと立ち上がる時のトランジェントの良さ。SN比が良く、ベースの低域はもたつかず、音の輪郭も非常にシャープだ。

特に進化したと感じるのが中高域。JBLというと、「低域がパワフル」とか「迫力のある音」という印象を持つが、TOUR ONE M3ではピアノの響きが空間に広がっていく様子や、ダイアナ・クラールが歌い出す瞬間に「スッ」と息を吸い込む細かな音まで、細やかに描写する。歌手が目の前にいて、その口元に顔を近づけながら聴いているような生々しさにドキドキする。

音色もナチュラルで、色付けも少ない。アコースティックギターの音も、弦が震える金属質な音と、ギターの筐体で増幅された木のあたたかみのある響きが、しっかり描き分けられている。

音楽全体のバランスも良好で、抜けの良い中高域を再生しつつ、アコースティックベースはズシンと低く沈み、安定感のあるサウンドを下支えしてくれる。中高域で感じられた解像度の高さが、低域でも展開されており、ベースの弦が「ブルンブルン」と細かく震え、激しく爪弾いた時は、どこかにぶつかった「ベチン」という音まで聴き取れる。迫力と情報量が同居した見事なサウンドだ。

これだけ低域のクオリティが高いので、エレキギターとベースがうなりを上げる「KICK BACK/米津玄師」を聴くと最高だ。地獄のそこから響いてくるような重くて深いベースのカタマリに圧倒されつつ、その中にあるベースラインやドラムの音は鋭く、細かに描写してみせる。

まるでモニターヘッドフォンのような情報量の多さと、リスニング用ヘッドフォンとしての迫力と旨味のあるサウンドが両立できている。

前述の空間サウンドではなく、普通の2chで聴いている状態でも、密閉型ヘッドフォンながら音場もそれなりに広く、あまり閉塞感が無いのも良い。内部構造やハウジングを再設計した効果もあるのだろう。

USB有線接続で、さらに高音質に

Bluetoothでも上記の通り高音質だが、TOUR ONE M3は嬉しいことに、有線接続にも対応している。USB-Cのケーブルと、3.5m - USB-Cの変換ケーブルを同梱しており、USB-Cケーブルでパソコンなどを有線接続した場合は、ロスレスで96kHz/24bitのサウンドが聴ける。

実際にノートPCとUSB-Cで接続し、Amazon Musicのアプリで「排他モード」を選びつつ、ハイレゾのロスレスのサウンドを楽しんでみたが、「手嶌葵/明日への手紙」を聴くと、、声の生々しさ、細かなニュアンス、ピアノの音が広がっていく空間の広さといった細かな部分が、より高いクオリティで聴ける。「LDACも良いけど、やっぱり有線接続は格別だなぁ」と唸ってしまう。お気に入りの曲を、さらに良い音で楽しみたい時に、有線接続にするという気軽なグレードアップ手段が用意されているのは嬉しいポイントだ。

また、細かい点だが、PCと有線接続している時でも、TOUR ONE M3とスマホをBluetooth接続して、スマホの「JBL Headphones」アプリから各種設定ができるようになっている。

なお、3.5mmのケーブルの場合は、例えばゲーム機やテレビのイヤフォン出力などを接続し、アナログ音声をデジタルに変換し、TOUR ONE M3で再生することもできる。

トランスミッターも便利

冒頭で書いたように、Tour One M3に「Smart Tx」というトランスミッターを付属した「JBL Tour One M3 Smart Tx」(57,200円)というモデルも用意されている。

トランスミッター「Smart Tx」

このSmart Txが何かというと、超カンタンに言えば、TWSの人気モデル「Tour Pro 3」のディスプレイ付き充電ケースの、あのディスプレイ部分だけを分離して、ヘッドフォンでも使えるようにしたもの……だ。実際に、Tour Pro 3の充電ケースと比べてみると、ディスプレイサイズはまったく同じ。もちろん、イヤフォンを収納する部分がないため、Smart Txのサイズは約55×35cmとコンパクト。ポケットにひょいと入れて持ち運べるサイズ感だ。

Tour Pro 3の充電ケースと比べてみると、ディスプレイサイズはまったく同じ

使い方としては、Smart TxがTour One M3のリモコンとなり、スマホから再生している楽曲をSmart Txの画面に表示したり、そこから再生、一時停止、音量調整、曲送り/戻しなどが可能。ANCのモード切り替え、アンビエントサウンドコントロール、空間サウンドコントロール、イコライザー設定などなど、アプリを使わないとできないような細かな操作もSmart Txから可能だ。

再生制御だけでなく、ANCのモード切り替えなどの設定変更も可能だ

さらに、Smart Txはトランスミッターでもあり、USB-C端子を両サイドに備えている。充電は両サイドの端子が使え、トランスミッター用はディスプレイ正面向かって左側の端子を使う。この端子に、例えばテレビのイヤフォン出力を接続すると、テレビの音を、Smart Txからワイヤレスで飛ばして、Tour One M3から聴く事ができる。Tour One M3とSmart Tx間の接続はLC3コーデックで行なわれる。

USB-C端子を両サイドに備えている
テレビのイヤフォン出力に接続、テレビの音をヘッドフォンにワイヤレス伝送できる

また、Auracastにも対応しているので、例えば、Tour One M3をAuracastの親機にして、別途用意したTour Pro 3やTour One M2にも音をワイヤレスで配信し、シェアしながら聴くといった事も可能だ。

試していて、便利だと感じたのはNintendo Switchとの接続。SwitchはBluetoothに対応しているのだが、実際に使ってみると、ちょっと遅延が気になっていた。そこで、Switchのイヤフォン出力とSmart Txを接続し、Tour One M3で聴くと、見事に遅延が抑えられ、快適にゲームができた。

Nintendo Switchと接続し、低遅延でゲームが楽しめた
「JBL Headphones」アプリからSmart Txの設定変更も可能だ

Bluetoothヘッドフォンの1つの完成形

TOUR ONE M3を使っていて感じるのは“完成度の高さ”だ。

市場トップクラスのANC性能に加え、LDACのワイヤレス接続では、モニターヘッドフォンのような情報量の多さと、リスニング用ヘッドフォンらしい迫力と旨味のあるサウンドが両立できており、ワイヤレスでも非常に満足度の高い音楽鑑賞ができる。USB-Cで有線接続すれば、さらに高みを目指せるのもポイントだ。

さらに、ヘッドトラッキングで進化した空間サウンドは、映画やゲームなどと相性が良く、ホームシアターヘッドフォンのような感覚で、エンタメコンテンツを、サウンドもリッチに楽しみたい時にも活躍してくれる。

Smart Txも、ヘッドフォンの新たな周辺機器としてユニークだ。「スマホがあるのに、わざわざリモコン兼トランスミッターを持ち歩くの?」と疑問に思う人もいるかもしれないが、TWSのTour Proシリーズが「充電ケースにディスプレイって必要なの?」という疑問を、「実際に使ったら超便利だった」というユーザーの声が覆すことで、大人気モデルになったように、スマホを使わなくても各種操作ができるという利点は確実にある。

例えば、満足に動けないような満員電車の中で「ちょっと操作がしたいな」という時に、お尻のポケットのスマホに手を伸ばさず、胸ポケットのSmart Txでササッと操作できた時などに、恩恵を感じるだろう。

とはいえ、不要な人もいるとは思うので、ヘッドフォンのみのTOUR ONE M3(49,500円)と、Smart Tx付属のTour One M3 Smart Tx(57,200円)という2モデルが用意されている事も評価したい。

ヘッドフォンのみの価格であれば、他社のフラッグシップよりも手の届きやすい価格になっており、ANC性能の高さ、音の良さ、機能の豊富さ、装着感の良さと、あらゆる面で文句のつけられないクオリティを実現している。使ってみると、「Bluetoothヘッドフォンってここまで進化したんだ」と、驚くはずだ。

山崎健太郎