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Neptuneの再来、qdcが“あえてシングルBA”を追求した傑作「FRONTIER」を聴く。SUPERIORとの違いは?

qdc新イヤフォン「FRONTIER」エメラルド

AV Watch読者なら「印象に残っているイヤフォン」が1つはあるはず。私の場合は、2017年にqdcから登場した「Neptune」が印象深い。今では人気ブランドに成長したqdcだが、当時はまだ知名度は低かった。鉱物のマイカ(雲母)をフェースプレートに使ったデザインがとにかく美しくて興味を持った。シングルBAのみのシンプルなイヤフォンなのに、不思議なほどバランスの良い音で、特に女性ボーカルが美しくて虜になった。今でも所有していて、たまに聴いている。

懐かしの「Neptune」

このNeptune、当時3万円を切る価格で、“本格的なイヤフォン世界へのエントリーモデル”としても人気を集めた。現在では、そのqdcから、より低価格な「SUPERIOR」(スーペリア/14,300円)が登場。新たなエントリーイヤフォンとして定番になっているのは、ご存知の通りだ。

SUPERIOR

そんなqdcから、日本の代理店であるアユートと共同企画した新イヤフォン「FRONTIER」が7月12日に発売される。なんとこのイヤフォン、あのNeptuneと同じシングルBAなのだという。しかも、価格も実売19,800円前後とリーズナブルだ。

筐体は透明度が高く、内部のユニットが透けて見える。フェースプレートは、角度によって色が変化し、内部も透ける「トランスルーセント・ミラー・グラデーション」仕上げで美しい。まるで“Neptuneの再来”のようではないか。これは聴かずにはいられない。早速、試聴機をお借りした。

「FRONTIER」アクアマリン

透けて見える、内部の“こだわり”

FRONTIERの外観から見ていこう。カラーはアクアマリンとエメラルドの2色。どちらも透明度の高い筐体と、トランスルーセント・ミラー・グラデーションのフェースプレートを採用しており、手で触るたびにキラキラと光を反射して美しい。まるで砂浜で宝石のカケラを触っているようだ。

「FRONTIER」のカラーは2色。左がエメラルド、右がアクアマリン
アクアマリン。透明度の高い波打ち際のように、筐体の内部が見える

形状はカスタムIEMライクな有機的なフォルム。シングルBA搭載イヤフォンだけあり、現代のイヤフォンとしては小ぶりで、装着しても耳に収まりやすい。密閉度が高く、耳穴の周囲に均等にフィットする。形状的な完成度の高さは、多数のカスタムIEMも手掛けるqdcならではのクオリティだ。

筐体の中が透けて見えるのが面白くて観察していると、2つの事に気がついた。

1つは、BAユニットの固定方法がユニークな事。ノズルの根本近くに、銀色のBAユニットが見える。

このBAはフルレンジ仕様で、FRONTIER向けにカスタマイズされたものらしいのだが、注目は後部。普通のイヤフォンでは、BAユニットが宙に浮いているように固定されるものだが、FRONTIERの場合、BAの後部が、その背後にある薄くて大きなキャビティに直接接続されているのだ。

イヤーピースの根元部分、筐体の中に注目。BAユニットの後部が、キャビティと結合されている

なんでも、BAの背面に小さな排圧用の穴が開いており、その穴が、内部のキャビティに直結しているそうだ。こうすることで、まるでダイナミック型ユニットにおける、振動板の後ろの排圧調整をするような効果が、BAでも得られ、低域の再生能力や感度が向上しているという。

筐体内部のフェースプレート側に、薄くて大きなキャビティパーツが透けて見えている

「なるほど、そういう構造になっているのか」と、内部をさらに観察していたのだが、そこで2つ目の発見があった。前述の、薄型キャビティは、フェースプレートに沿うように広がっているのだが、その後部に小さな穴が開いており、その穴が、シェルにも貫通して開いているのだ。

キャビティ後部に穴が開いており、その穴がシェルも貫通している

これも排圧調整のための工夫の1つ。高インピーダンスでノイズを抑えながらも、感度を高めて音量を取りやすくする事で、BAらしい高解像度なサウンドと、シングルBAでは不足しがちな低音の強化を追求しているそうだ。

感度は106dB SPL/mW、周波数応答範囲は10Hz~30kHz。インピーダンスは52Ω。

ケーブルは着脱可能で、フラット2pin(0.78mm)を採用している。

フェースプレートが透けているので、内部の2ピンプラグが見えている

ケーブルは、伝導性の高い高純度無酸素銅(OFC)を4芯構造で使ったもので、SUPERIORで使われているものと線材は同じだという。プラグはL字のモールドで、ステレオミニが標準となっている。

4.4mmのバランスケーブルは付属しないが、SUPERIOR用に発売されている4.4mmバランスケーブルが、そのままFRONTIERでも使えるので、バランス接続したい時はこのケーブルを別途購入すると良いだろう。このケーブルは持っているので、後で、バランス接続の音も聴いてみよう。

ケーブルは、SUPERIORで使われているものと線材は同じ

付属品はオリジナルキャリングケースとケーブルクリップ、クリーニングツール。特徴的なのはイヤーピースで、シングルフランジのsoftFITシリコンイヤーピースに加え、qdcのユニバーサルIEMでは初となるフォームタイプのイヤーピースも3サイズ付属する。密閉度をより高めたい、低音を増強したいという時はフォームタイプを選ぶと良いだろう。

付属品一覧
qdcのユニバーサルIEMでは初、フォームタイプのイヤーピースも付属する

Neptune、SUPERIOR、そしてFRONTIERと聴き比べる

左が「FRONTIER」、右が「Neptune」

温故知識で、まずはNeptuneを聴いてみよう。再生に使うDAPは、Astell&Kernの「A&ultima SP3000」で、ステレオミニ接続で使っている。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生。NeptuneはシングルBAなので、低音が不足するのではと思われるが、実際に聴いてみると、冒頭のアコースティックベースはしっかりと重い音が出ており、ベースの筐体で増幅された中低域の肉厚な響きも、しっかりと張り出してくる。

もちろん、地鳴りのような重低音は出ない。しかし、明瞭で抜けの良い中高域に対して、ハイスピードで余分な膨らみのない、タイトな低音が出せており、全体としての満足度は高い。バランスとしては、ややハイ上がりにはなるのだが、今聴いても、シャープで見通しの良いサウンドだ。

このイヤフォンが好きな理由は、BAにありがちな、音の硬さや、高域の強調感が無く、音がナチュラルで、響きも滑らかである事。女性ボーカルの、吐息も細かく描く解像度の高さと、人の声のホッとする温かみが同居している。ここが大きな魅力だったのだ。

ただ、最新のワイドレンジなイヤフォンに慣れた耳で聴くと、「もう少し解像度が欲しいなぁ」とか「とはいえ、もう少し低音に深さが欲しい」と、注文も付けたくなってくる。自分の耳が、肥えてしまったという事なのだろう。

左からFRONTIER、SUPERIOR

同じ曲を、新たな定番エントリーイヤフォン・SUPERIORに切り替えると、一気に世界が変わる。

SUPERIORは、10mm径フルレンジダイナミック型×1基のみを使ったイヤフォンだが、さすがダイナミック型だけあり、ベースの量感、迫力はNeptuneより大幅にアップ。「ズォーン」と深く沈む低音に“重さ”が感じられるようになる。音の全体のバランスとしては、やや低域寄りで、迫力が強めのサウンドだ。

SUPERIORが良く出来たイヤフォンだと感じるのは、これだけパワフルで、厚みのある中低域を再生しながら、高域がそれに埋もれず、しっかりと細かなディテールを聴き取れる事だ。

その高域も、無理に強調しておらず、ダイナミック型らしい、しなやかさと質感の良さを兼ね備えている。

また、中低域がパワフルなので、小音量でのリスニングでも満足度が高く、駆動力の低いDAPで再生しても、楽しめる音を出してくれるところも評価している。

傾向としては、モニターイヤフォン寄りではなく、リスニング寄り。音楽の美味しいところを、より美味しく聴かせてくれる。「そりゃ定番イヤフォンになるよな」と、改めて納得できる完成度だ。

FRONTIER

では、お待ちかねのFRONTIERを聴いてみよう。

BAのシングルというユニット構成はNeptuneと同じなので、「Neptuneと似た、ハイ上がりなサウンドなのかな?」と想像しながらイヤフォンを装着したのだが、音が出た瞬間に、予想がいい意味で裏切られ、「グフフ」と、ニヤけた笑いが出てしまう。

まず、圧倒的に進化しているのが低音だ。「月とてもなく」のベースが、Neptuneよりも低く、重くなった。押し出しも強く、パワフルな低音になったのだが、低音の輪郭はシャープで、余分な膨らみのないタイトさは維持している。これはNeptuneと同じ傾向だ。

この低音の進化は、前述の独自キャビティ技術と、リアキャビティのマイクロホールの効果だろう。BAのハイスピード感を維持しつつ、それに負けない低音が実現できている。

中高域も大きく進化した。まず、音が広がる音場が、Neptuneよりも圧倒的に広く、SN比も良く、音のクリアさも大きく向上している。アコースティックギターの弦の動きや、ダイアナ・クラールが歌い出す直前に「スッ」と息を吸い込む微細な音も、FRONTIERの方が遥かに明瞭で、ドキッとする鮮烈さがある。

嬉しいのは、これだけ分解能が高く、高音がクリアになったが、エッジを無理に強調している感じが無く、高音がナチュラルだという事。Neptuneの魅力をちゃんと踏まえつつ、あらゆる面で大きく進化したのがFRONTIER。文句無しに素晴らしい。聴きながら思わず、「これだよコレ!」とテンションが上がってしまう。

「米津玄師/KICK BACK」のように、細かな音が詰め込まれたような楽曲との相性は抜群だ。疾走感のあるベース、ドラムの低音を、しっかりと重さがありつつ、タイトな音で描写してくれるので、安定感がありつつ、疾走感もマシマシになり、聴いていて気持ちよさがハンパではない。

中高域の分解能が高いので、ボーカル、SE、コーラス、ギターなどが飛び交っても、1つ1つの音が、ゴチャつかず、スッと聴き分けられる。

FRONTIERは音場が広く、分解能が高いため、イヤフォンで魅力的に再生するのが難しいクラシックも、難なく再生してくれる。広大な空間に、ヴァイオリンの音が広がり、消えていく様子が生々しい。弦が細く震える様子が目に浮かぶほど、細かな音まで描写されている。実売約19,800円という価格が信じられないほど、2桁万円するイヤフォンとも十分に戦えるポテンシャルを持ったイヤフォンだ。

バランス接続でさらに進化

ステレオミニ接続でもかなり満足したのだが、聴いていると、グレードアップもしたくなってくる。

そこで、線材などはFRONTIERと同じである、SUPERIOR向けの4.4mmバランスケーブル「SUPERIOR Cable 4.4-IEM2pin」を用意。FRONTIERを4.4mmバランス接続で聴いてみた。

バランスケーブルでも聴いてみる

バランス接続にすると、同じ音量であっても、個々の音の輪郭がハッキリとし、音場もより横方向に拡がり、奥行き方向も深くなる。微細な音の描写力が高いイヤフォンだからか、バランス接続による変化も聴き取りやすい。

「マイケル・ジャクソン/スリラー」も、バランス接続のほうが、冒頭の足音が響く空間の広さや、「グァワシャーン!」と響くカミナリの鮮烈さなどがより明瞭だ。ステレオミニ接続よりも、中低域のアタックが強くなり、マイケルの楽曲のビートも、よりメリハリが強くなる。パワフルでハードな曲も難なく鳴らせる、万能イヤフォンに進化した。

SUPERIORとは方向の違う、攻めたステップアップイヤフォン

例えば、SUPERIOR(14,300円)で有線のポータブルオーディオに興味を持った人が、FRONTIERを聴くと、「イヤフォンって、こんな音の方向性もあるのか」と、衝撃を受けるだろう。ユニットの方式による違いや、内部構造の工夫など、イヤフォンをより深く知りたいというキッカケになるかもしれない。

SUPERIORは“誰もが気に入る、リッチで美味しいサウンド”ならば、FRONTIERは“ナチュラルでシャープ、気が付かなかった音楽の魅力を描く”イヤフォンと言える。SUPERIORの方が万人受けする音かもしれないが、ポータブルオーディオの魅力にハマった人が聴くと、FRONTIERの只者でないサウンドの魅力に気がつくはずだ。

FRONTIER

ポータブルオーディオ初心者だけでなく、マニアもFRONTIERには要注目だ。最近は、ESTや平面型、MEMSドライバーなど、様々な方式のユニットが登場。BAドライバーはなんとなく“昔の方式”のようなイメージがあるが、FRONTIERを聴くと、「BAにはまだこんな可能性が秘められていたのか」と驚くはずだ。

筆者はNeptuneファンだったこともあり、その進化版とも言えるFRONTIERのサウンドは大好物だ。4.4mmバランス接続にして、仕事そっちのけで毎日聴きまくっている。

仕事柄、様々なDAPも試聴するのだが、FRONTIERは素直で、余分な膨らみも無いため、接続したDAPによる音の違いがわかりやすい。音楽を楽しませてくれるイヤフォンでありつつ、機器の性能をモロに出すモニターイヤフォン的な側面も備えていると感じる。

そういった面でも、これから有線ポータブルオーディオを本格的に楽しみたい人が手にすれば、末永く付き合える相棒になってくれるだろう。自分が好きな音がわかりはじめたら、ぜひ一度FRONTIERを聴いてみて欲しい。

山崎健太郎