ミニレビュー

今こそシングルBAの上質な音を、ワイヤレスで楽しむ。qdc「NEPTUNE BTX」

オーディオは面白いもので、“一番高価な製品”が“自分にとって最高の製品”とは限らない。イヤフォンの場合でも、お店には数千円の手頃なモデルから、50万円近い製品まで様々な選択肢が存在する。でも50万円のモデルを買えば一番気に入るのか? と言うと、そう単純ではない。聴き比べると、案外2、3万円のモデルが心に残ったりする。これが難しくも面白いところだ。

NEPTUNE BTX

自分にとって、そんな“メチャクチャ高価ではないけど、なんか大好き”というイヤフォンが、qdc(Shenzhen Qili Audio Application)の「NEPTUNE」。ロングセラーの人気モデルなので「ああNEPTUNEね」と知っている人も多いだろう。

この有線イヤフォンが発売されたのは、2017年。価格はオープンプライスで、発売当初の実売は27,800円前後(現在もあまり変わっていない)。安いイヤフォンとは言えないが、超高級品と比べれば、買いやすい価格帯と言える。

好きなイヤフォンなのだが、最近面倒な事が発生した。スマホを買い替えたら、イヤフォン端子が無かったのだ。「ハイレゾプレーヤーで聴けばいい」と言われればその通りなのだが、スマホで楽しみたい事もある。どうしようかと考えていたところ、今年の3月に、Bluetoothイヤフォンバージョンが登場した。

「NEPTUNE BTX」という製品名で、イヤフォン部分はNEPTUNEと同じ。そこに、Bluetoothケーブル「BTX Cable」がセットになっている。セットでの価格はオープンで、実売は36,297円前後。なお、ケーブル単体も14,445円前後で発売されている。

そんなわけで、筆者が今、通勤などでメインに使っているのが「NEPTUNE BTX」だ。

NEPTUNE BTX

惚れ惚れするシェルの美しさ

NEPTUNEも、NEPTUNE BTXも、共通する最大の特徴は“シェルの美しさ”だ。

鉱物の一つであるマイカ(雲母)が使われているフェイスプレート

まるでリゾート地の海を切り取ってきたような、光の加減でいろいろな表情を見せる“青”に惚れ惚れする。

このフェイスプレートには、鉱物の一つであるマイカ(雲母)が使われている。様々な青が組み合わさリ、光沢とグラデーションも特徴だが、鉱物を使っているため、一つとして同じデザインは存在しないそうだ。カスタムイヤフォンでもないのに、“自分だけのデザイン”というのは、なかなかオーナー心をくすぐってくれる。

シェル形状がカスタムイヤフォンライクなので、一見すると「バランスドアーマチュア(BA)ユニットがいっぱい入ってるんだろうなぁ」と思いがちだ。しかし、実はBAは1基しか入っていない。今では珍しい、フルレンジのシングルBAイヤフォンなのだ。

このイヤフォンはケーブル着脱が可能なのだが、端子がqdc独自の2pinとなっている。このため、市販の、例えばMMCX端子のBluetoothケーブルなどは使えない。「スマホで使いたいけど、どうしようかな」と悩んでいた理由はここにあったわけだ。

シングルBAとは思えない音

NEPTUNEを気に入って使っている理由は、もちろん“音がイイ”からだ。

聴いてみると驚くのだが、シングルBAとは思えないほどワイドレンジで、低域から高域まで、バランス良く耳に入ってくる。最も印象的なのは、音の“自然さ”だ。特定の部分が強かったり、弱かったり、低域と高域で音色が違ったりする事もない。誇張・強調がまったく感じられない。

では、「モニターライクな、無味乾燥な音なのか」というと、そうでもない。むしろ、穏やかな、ホッとする音で、むやみに解像度を追求したカリカリサウンドではない。アコースティック系の曲や、シンプルな女性ボーカル+ピアノといった曲を聴くと、人の声や、アコースティックギターの響きが自然で美しく、見た目に負けじと、音にも惚れ惚れする味わいがある。特に女性ボーカルは一級品なので、ぜひ一度聴いてみて欲しい。

シングルBAのシンプルなイヤフォンだ

複数BAにダイナミック型の大口径ユニットを追加したハイブリッドイヤフォンのように、ズシンと響く低音とか、モリモリと溢れ出てくるような中低域の音圧、スーパーツイーターの切り込んで来るようなシャープな描写……といった派手な特徴は無い。ただ、聴いていると「いいわぁ~これ」と幸せな気分になってくる。

マルチウェイではなく、シングルBAにした事のメリットもある。異なるドライバーから発生する、異なる周波数成分の干渉を受ける事がなく、シングルBAの音を汚さず、自然なまま耳に届けられる事だ。音を聴くと、確かにその良さがわかる。

また、BAドライバー自体にもこだわりがある。このイヤフォンに最適なサウンドになるように、BAドライバメーカーにカスタマイズを依頼した特注品を使っているそうだ。

内部をよく見ると、qdcマークが入ったBAドライバーが見える

マルチウェイBAや、ハイブリッドイヤフォンを料理に例えると、沢山の高級素材を用意して、それぞれの持ち味を活かし、なおかつ味が喧嘩しないようにうまく調和させ、豪華な一皿を作り上げる、有名シェフのフランス料理のようなものだ。

それを聴いた後で、NEPTUNEを聴くと、超シンプルな“出汁スープ”を飲んでいるような気分になる。だが、決して味気ないとか、貧乏くさい味ではない。シンプルだがメチャクチャ美味しい。シンプルだと思いながら飲んでいると、その奥に様々な旨味がある事に気づく。

豪華なコース料理も毎日食べた事はないが、きっと飽きてくるだろう。久しぶりに卵かけご飯を食べると、「なんて美味しいんだ」と感動するかもしれない。NEPTUNEは言うなれば“超美味しい卵かけご飯”みたいなイヤフォンだ。

EQモードの音作りも“絶妙”

ワイヤレスケーブルの「BTX Cable」には、リモコン機能と音声通話機能がついている。ここまでは普通だが、「EQ(イコライザー)機能」もついているのはポイントだ。

ケーブルの途中に2つのユニットがある。左がリモコン、右はバッテリーだ

リモコンのボリューム「UP」と、中央の「○」ボタンど1秒同時押しすると、EQモードが「スタンダードモード」、「ベースモード」、「ボーカルモード」と切り替わる。

スタンダードは、そのままの素の音。ベースモードは低域を強くしたモード、ボーカルモードは逆に低域を抑えめにして、ボーカルを聴き取りやすくしたモードだ。

この手の機能は、変化の幅が大き過ぎて使いにくい事が多いのだが、NEPTUNEを作ったメーカーのBluetoothケーブルだけあり、EQモードの音作りも実に“絶妙”だ。変化の幅はとても控え目で、けれども聴き比べると違いはわかるというギリギリのラインを攻めてくる。

ベースモードでは低域の量感が増えるが、NEPTUNEらしい自然さは崩れないレベルで、好感が持てる。ボーカルモードも同様だ。ただ、もともと低域がモリモリ出てくるタイプのイヤフォンではないので、ベースモードの方が活用シーンが多くなりそうだ。

Bluetooth 5.0に対応し、コーデックはSBC、AAC、aptXをサポート。プロファイルはA2DP、AVRCP、HFP(HSP)に対応する。連続再生時間は最大約4時間、待受時間は最大約100時間。充電時間は約1.5時間だ。

特に大きな不満は無いのだが、欲を言うとバッテリの持続時間をもう少し伸ばして欲しいところ。モバイルバッテリで簡単に充電でき、スマホとペアリングする際に残量もスマホの画面に表示されるので、気をつけていれば問題はないが、6時間くらいになってくれると安心感が増しただろう。

充電はUSB経由で行なう

有線接続のNEPTUNEと、ワイヤレスのNEPTUNE BTXを比べると、ワイヤレスの方が情報量は落ちる。ただ、NEPTUNEのナチュラルなサウンドの良さは、ワイヤレスでも十分わかる。音も、特定の部分がキツかったり、派手だったりしないので、YouTubeで長時間の動画をボーッと眺めるような時にも使い勝手が良い。

シェルの形状も、遮音性が高いので、喫茶店でSpotifyを小音量で聴きながら、仕事をするような使い方にもマッチする。やはりBluetoothイヤフォンの使い勝手の良さは、一度使うと手放せないものがある。

市場を見れば、もっとワイドレンジだったり、低音がドカドカ出たり、凄いイヤフォンは沢山ある。だが、“NEPTUNEでしか出せない音”も確かにある。自分にとって基準点のようなイヤフォンであり、飽きのこないシンプルなサウンドは、オーディオの1つの立派な到達点とも思えるものだ。

山崎健太郎