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価格が5倍違うのでは!? と思えるハイエンドサウンドになるオペアンプ。DACの実力を引き出す旭化成エレクトロニクス「AK4911/12」

写真中央に配置されている黒いチップが「AK4911」

AV Watch読者なら、DAPやネットワークプレーヤーなど、デジタル・オーディオ機器を選ぶ時に、搭載されているDACチップを調べる人は多いだろう。

どのブランドの、どのグレードのDACが使われているか気になることろだが、実は、オーディオ機器を開発しているメーカーに取材をすると、「DACチップ自体も大事だが、その周囲にどんなパーツを使い、どんな設計をするかが音にとって重要」と語るエンジニアは多い。

つまり、優れたDACチップがあったとしても、それだけではダメで、その性能やサウンドを活かすパーツと組み合わせる必要があるわけだ。

高音質なオーディオ用DACを手掛けるメーカーと言えば、“AKM”こと旭化成エレクトロニクスがお馴染み。

同社はVELVET SOUNDというブランドを2014年に立ち上げ、技術的な面からスペックを追求するだけでなく、“原音重視”“情報量と力強さの両立”も目指し、耳でも追い込んだDACチップを続々と開発。

2022年には、1つの到達点と言えるデジタル・アナログを“チップレベルで完全セパレートする”という、「そこまでやるか」的なDAC「AK4499EX」(AK4191EQとセットで使用)を開発。S/N 138dB (Mono mode)、THDが-124dBという驚異的なスペックを実現し、大きな話題になった。

旭化成エレクトロニクスのVELVET SOUND
VELVET SOUND製品の歩み

だが、DACチップの性能が高まる一方で、DACから出力されたアナログ信号を受け取り、増幅してラインアウトへと出力するオペアンプの性能は従来からあまり変わっておらず、オーディオ機器全体で見た時にオペアンプの性能がボトルネックに。また、オペアンプ自体の選択肢も少なく、オーディオ機器を開発するメーカーが、自分達の音作りをしづらいという声も増えた。

高性能化するDACチップ。オペアンプが、ボトルネックになっていた
ボトルネックを解消する高性能なオペアンプを開発した

そこで、他ならぬ、旭化成エレクトロニクス自身が、これを解決するオペアンプを作ろうと立ち上がった。そして生まれたのが、この記事の主役となる「AK4912/11」だ。

写真中央より少し下に見える、黒い大きなチップがDACの「AK4497S」。中央よりも上、左右に配置された黒い小さなチップが今回の主役「AK4911」だ

今回、このオペアンプを用いた評価ボードのサウンドを聴くことができたが、結論から先に言うと、「今まで聴いていた音はなんだったのか」と言いたくなるほど、大きな効果が感じられた。同時に、この驚異的なオペアンプ完成の裏には、旭化成エレクトロニクスの2人の若いエンジニアの活躍があった。

旭化成エレクトロニクスを取材した

驚異的なスペックと、オーディオ的なこだわり

「AK4912/11」の特徴を見ていこう。なお、「AK4912」「AK4911」という2製品の違いは、チップの中に搭載しているオペアンプの個数。AK4912は2ch、AK4911は1chが入っている。

オペアンプがどんな音なのかも重要だが、それよりもまず大事なのは、特性の良さだ。具体的に、AK4912/11には3つ大きな特徴がある。

1つ目は、低ノイズ・低歪みであること。前述のように、システムにおけるボトルネックにならないよう、フラッグシップのDACの実力を出し切るために、ノイズは0.96nV/√Hz、THD+Nは-150dBと、オペアンプとしては類を見ない数値を実現している。これにより、「よりクリアでAKMらしい音を実現できるようになっている」という。

2つ目は、高電圧・高駆動力。オペアンプに加えられる電源電圧を、従来よりも高いところまで対応できるようにしている。具体的には50Vまで対応している。他社の一般的なオペアンプが36V程度、ハイスペックなものでも40V程度である事を踏まえると、驚異的な数値だ。

音楽再生時に50Vになる事は無く、一見オーバースペックにも見えるが、そこまで対応できる性能を持つことで、音質面での“余裕感”につながるそうだ。

さらに、オペアンプが駆動できる電流量も、市場に存在する製品よりも圧倒的に大きな±100mAまで対応させた。電流を沢山流せるため、音がパワフルになる利点があるほか、ハイエンドDACが出力する大きな電流にも対応できる。こちらも“音の余裕度”に効いてくる部分だ。

ここまでは特性の話だが、3つ目は、オーディオファンがニヤリとする、マニアックなこだわりポイント。それはICのパッケージだ。一般的なオペアンプは8ピン、つまりICチップから8個の足が出ているレイアウトだが、AK4912/11は同じサイズで、ピンが2倍多い16ピンレイアウトになっている。

前述の通り、オペアンプが2ch入ったAK4912、1ch入ったAK4911の2モデルがあるが、通常、1チップ(8ピン)に2chのオペアンプを内蔵した製品の場合、入力された電源を、内部でチャンネルA、チャンネルBという感じに、2つに分けて使用する。

しかし、AK4912は16ピンを備えているため、チャンネルA、チャンネルBへ、チャンネルごとに独立した配線で電源を外部から供給できる。この段階から、非常に“オーディオ的な思想”で作られているのがわかる。

左は一般的な、1チップ(8ピン)に2chのオペアンプを内蔵した製品。内部で電源を分岐している。右がAK4912。16ピンを備え、チャンネルごとに独立した電源を外部から供給できる

「2ch分をワンパッケージにしたAK4912でも、AK4911のように1chずつワンパッケージしたオペアンプのクオリティを出したいという狙いもありました。電源供給から分離することで、混じり気の無い、スピード感のある音を実現しました」(オーディオマイスター佐藤友則氏)。

豊富な残りのピンは、“同じ機能を持ったピンを2つ搭載する”というカタチになっている。基板にハンダ付けする時は、2つのピンを1つに結合するようなカタチで、基板のピンとハンダ付けする。

こうすることで、外にある基板のピンから、ICへのリードのワイヤー数が増えることになり、インピーダンスを下げ、高音質化できるという。これもまた、オーディオ的な発想と言えるだろう。

左がAK4911、右がAK4921のピンレイアウト。その下にある写真が、8ピン用の基板に、16ピンのチップをハンダ付けしたところ。オペアンプ側の2ピンを、基板の1ピンにまとめるようにハンダ付けされている

それでありながら、AK4912/11は、一般的な8ピン・オペアンプを搭載するプリント基板のパターンにも、そのまま搭載できるレイアウトになっている。従来の基板に大きな変更を加えず、オペアンプだけ「AK4912/11」に載せ替えることも可能だ。オーディオメーカーにとっては、採用しやすいオペアンプでもあるわけだ。

また、AK4912/11の底部には銀色の放熱タブというパーツを取り付けることで、オペアンプの発熱を効率的に処理し、動作の安定性も高めている。

御蔵入りしかけたオペアンプを完成させた、若き2人の才能

特徴だけを見ると、AK4912/11がすんなり開発された印象があるが、実際に完成するまでは、大きな挫折や苦労があったという。それもそのはず、旭化成エレクトロニクスとしてはオペアンプへの初挑戦となるが、オペアンプ自体は他社から既に様々な製品が登場している、いわば“枯れた技術”の製品。

設計を担当した川端玲氏は「後発なのに、最初から世界トップクラスの製品を作らないと製品化できないという条件がありました」と振り返る。

中央の左右に配置されているのがAK4911

そもそも、AK4912/11の開発がスタートとしたのは2022年の夏頃。“旭化成エレクトロニクスのDACと言えばこの2人”と言える、オーディオデバイスのほぼすべての回路設計に携わるエキスパート・中元聖子氏と、その音をチューニングするオーディオマイスター佐藤友則氏も参加し、初のオペアンプに挑戦することになった。

左から、オーディオデバイスのほぼすべての回路設計に携わるエキスパート・中元聖子氏、AK4912/11の設計を担当した川端玲氏

佐藤氏は、「市場にある様々なオペアンプのICを研究しながら、我々で電源を作り、電圧を高くする方が音が良いという実験も行ないました。それを踏まえて、対応する電源電圧は±20Vでいいのか、50Vを目指せばさらに良くなるのではと、目標とするスペックを決めていきました。また、昨今の半導体は小型化して、電圧も下がってきていて、高い電圧に対応できる製品がディスコンになっている現状もあり、(高い電圧に対応できるオペアンプを作れば)需要があるのではという判断もありました」と語る。

だが、そのスペックを満たすオペアンプを設計するのは、一筋縄ではいかない。中元氏は、「50Vという要求スペックは、我々設計者にとっては難題でした。電圧が高いと、耐圧の高い素子を使わなければならない、そうした素子はサイズが大きく、扱いにくい。作ったとしても、(パッケージに実装できる)ダイサイズに収められるのかわからない。マイスターの佐藤と『本当に50Vが必要なの!?』みたいなやり取りを何度もしました」と笑う。

プロセス的なトラブルや、素子の特性合わせなどで開発は難航。試作品も作られたが、音質面でも目指したものにはならず、御蔵入りしかけていたそうだ。

そこに、入社したばかりの、若き2人の才能が参加する。最終的にAK4912/11の開発担当となった田中拳氏と、前述の設計担当・川端玲氏だ。

左からAK4912/11の開発担当・田中拳氏、設計担当・川端玲氏

川端氏は、高い要求スペックを実現するため、「回路アーキテクチャーを新たに開発しました。また、何も考えずに作ってしまうと、計算上、発熱が500度になってしまうのですが(笑)、そうならないよう、トレードオフになる面積と発熱について、細かい部分まで1つ1つ検証して、妥協せずに設計しました」と振り返る。中元氏も、「出力電流を100mA流す回路まわりなど、かなり開発に貢献してくれました」と評価する。

開発担当の田中氏は、佐藤マイスターの弟子とも言えるポジション。「学生時代から音楽は好きでしたが、本格的なオーディオに触れた経験は無く、iPhoneにLightning - ステレオミニの変換ケーブルを刺して、有線イヤフォンで聴くくらいでした。ですので、入社して、試聴室で大きなスピーカーとハイエンドなオーディオ機器を聴くだけで、うまく言葉にできないけれど、とにかく何を聴いても“凄い”という状態でした」と苦笑する。

だが、佐藤マイスターの元で経験を積み、試行錯誤を繰り返すことで、「スペックだけ良くても、綺麗な音にはなりますが、それだけでは何か物足りない音になるというのは、オーディオに慣れていなかった私でも実感できました。(スペック的には十分なレベルを満たしているので)従来のオペアンプと、よりノイズが少ないオペアンプを聴き比べても、両方クリアな音にはなります。しかし、ノイズや歪みなどのスペック向上を実現しつつも、音が冷たくない、温かみのある、聴いていて楽しめる音を目指しました」と語る。

「最初は“こんな音にしたい”、“この部分を改善したい”と、狙った音を言語化するのが難しかったです。開発時は、私が対策を考え、チューニングし、佐藤さんに試聴してもらい、フィードバックをもらって改善するという繰り返しでした。その時にも、音の言語化について、正確に意思の疎通ができる必要がある。佐藤さんがこれまで試聴に使っていた曲をひたすら聴いて、佐藤さんの意見と、自分のこうだと感じた意見をすり合わせていきました」という。

田中氏によれば、16ピンを備え、電源供給レベルから2chを分離したり、インピーダンスを下げるアイデアには、AKMの高音質DAC開発で培った知見も応用しているそうだ。

左から田中拳氏、オーディオマイスター佐藤友則氏

新たな才能だけではない。このように音質面で“この部分を変えると、音質はこう変わる”、“ここが足りない時は、ここに手を入れる”という蓄積された膨大なノウハウ。そして、それが企画・開発から、設計へフィードバックされ、改良されていく体制。これこそが、旭化成エレクトロニクス・VELVET SOUNDの強みと言えそうだ。

オペアンプの効果を聴いてみる

では、AK4912/11の音を聴いてみよう。

用意してもらったのは、2台のDAC兼ヘッドフォンアンプ。1台はステレオDACチップ「AK4497S」と、他社の一般的なオペアンプを搭載。もう1台が、AK4497Sと、AKMのオペアンプ・AK4911を組み合わせたもの。オペアンプ以外の基板やチューニングはまったく同一にしている。

AK4497SとAK4911を搭載したDAC兼ヘッドフォンアンプ
AK4497S

再生ソースはDAPを使い、そこから同軸デジタルで2台のDAC搭載ヘッドフォンアンプに入力。ヘッドフォンを使って、ホリー・コール「I Can See Clearly Now」や、「サン=サーンス:組曲 動物の謝肉祭」から「14.終曲」などで聴き比べた。

AK4497Sと、他社の一般的なオペアンプを組み合わせたものと比較試聴した

正直、試聴する前は「DACは同じだから、オペアンプだけ変えてもそこまで違いは出ないのでは?」と思っていたが、“AK4497S + 一般的なオペアンプ”を聴いた後に、“AK4497S + AK4911”を再生すると、まるで世界が違う。細かく聴いて違いがどうこうというレベルではなく、音が出た瞬間にわかるほどに違う。「いやいや、ホントにこれDACチップは同じなの!? 違いはオペアンプだけ?」と思わず確認したくらいだ。

まず大きく違うのは、空間の広さだ。

ホリー・コールの歌声が広がる空間の横方向の広さ、奥行きの深さ、クラシックのホールの大きさが、AK4911と組み合わせた方が、明らかに広い。試聴には密閉型ヘッドフォンを使っているのだが、一瞬、「あれ、開放型だっけ?」と、ハウジングを指で触って確認してしまうくらい、広々とした空間で、開放的な気分で音楽に包まれる。

驚くべきことに、空間が広くなったことで、スカスカした音になったかというと、その逆。「I Can See Clearly Now」冒頭のアコースティックベースは、AK4911の方が肉厚な描写で、パワフルな低音がグイグイと前に出てきて気持ちが良い。低音の深さや、トランジェントも、AK4911の方がキレがあり、スピード感のある低音になる。

これだけパワフルな音が、前へ張り出す“熱いサウンド”になっているのに、続いて登場するホリー・コールの歌声が、スーッと広がっていく空間の広さも一般的なオペアンプと比べ、AK4911の方が優れているのだ。空間の広がりと密度感、熱気と透明感、こうした相反しそうな要素が、見事に両立されている。

また、音の質感描写もAK4911の方がナチュラルだ。オーケストラのヴァイオリンの響きや、ホリー・コールの歌声に注目すると、AK4911の方が、ヴァイオリンの響きがウォームで、人の声も、口の中の湿度まで伝わってくるような生々しさがある。本当に口元を覗き込んでいるような、情報量がありつつ、響きが硬質だったり、不自然に強調したような音にならず、どこまでもナチュラルなのだ。

中元氏は「本来、DACの性能が向上すると、音はドライにならず、ナチュラルになっていくはずなんです」と語る。

確かに、高性能なDACを搭載した製品で、聴くと確かに情報量は凄いのだが、クールで無機質で、神経質な音と感じる製品もある。AK4497S + AK4911の組み合わせは、そうした傾向が無く、アナログのようなナチュラルさがある。AK4911と組み合わせた時に、マイナスに感じる部分が無いのも見事だ。逆に言えば、AK4911というオペアンプと組み合わせたことで、AK4497SというDACチップの、本来の実力を体験できた……ということなのかもしれない。

次に、ハイエンドDACである「AK4498EX」と、デジタル処理部「AK4191」を使った評価ボードに、AK4911を組み合わせたシステムで、スピーカーでも試聴した。

ハイエンドDAC「AK4191 + AK4498EX」に、AK4911を組み合わせた評価ボード

スピーカーで聴くと、先ほどヘッドフォンで感じた、AK4911の“空間の広大さ”、“低域の沈み込みの深さとキレの良さ”が、より明確に体感できる。アコースティックベースの肉厚な中低音が体を包み込み、キレのある低音がズンズンとお腹に響き、心地よくて思わず目を閉じる。余裕のある、ドッシリと安定感のある音に、身を任せるような感覚だ。

小さなオペアンプを変えただけで、まるで、電源やアンプにお金をかけた、ハイエンドオーディオシステムを聴いているような“余裕のある音”が楽しめるのは驚きだ。先ほどのDAC兼ヘッドフォンアンプも、目隠しをして「価格が5倍違うDACアンプです」と言われたら、「なるほど」と信じてしまいそうな別格感がある。

DACだけでなく、オペアンプの型番にも注目しよう

登場したばかりのオペアンプなので、AK4912/11を搭載したオーディオ機器がお店に並ぶのはもう少し先になるだろう。ただ、1人のオーディオファンとして、今後製品を選ぶ時は「DACだけでなく、オペアンプにAK4912/11が搭載されているか?」をチェックしたい、そう感じる取材だった。

同時に、AK4912/11のポテンシャルは、メーカーによるオーディオ機器の作り方にも変化をもたらすかもしれない。

例えば、こんなことがやりたいのに、既存のDACチップではできないから、ディスクリートDACを作るしかなかったメーカーが、AK4912/11と出会ったことで、「これならば、既存DACとオペアンプの組み合わせでも、理想の音を追求できる」と考えることもあるだろう。

オーディオ機器の音が、DACチップだけでは決まらず、その周辺も含めた回路とパーツが重要な事は、オーディオメーカーこそが実感しているからだ。

一方で、高いスペックを活かし、オーディオ以外の用途も考えられる。佐藤氏は、「電源電圧の±20V対応は、録音用機器でも需要があるのではないかと考えています」と、AK4912/11の可能性を語る。再生だけでなく、音楽制作でも、音質の向上に寄与できるポテンシャルを秘めているわけだ。

このAK4912/11、26年度中(27年3月)にはeコマースで、一般ユーザーにも販売する予定とのこと。自作派の人にも、気になるオペアンプになりそうだ。

また、近いところでは、6月4日~6月7日にウィーンで開催される「HIGH END VIENNA 2026」、それから6月19日~6月21日に東京国際フォーラムで行なわれる「OTOTEN 2026」にも出展される。革新的なオペアンプと、それによって引き出されるハイスペックDACの真の実力。イベントで、ぜひ体験して欲しい。

山崎健太郎