トピック
樋口監督、AKMでデジアナ分離 & 64bitの「シン・オーディオDAC」に目覚める
- 提供:
- 旭化成エレクトロニクス
2023年3月31日 08:00
数々のビッグタイトルを手掛け、国内はもちろん、海外のファンからも人気を集める映画&特技監督の樋口真嗣氏は、常日頃、一冊の小さなノート“野帳”を持ち歩いている。頭の中で生まれたひらめきやイメージを野帳にスケッチすることで、アイディアを整理したり、構図やシーン展開をスタッフと共有したり議論したりするわけだ。
大ヒットを記録した『シン・ゴジラ』も、『シン・ウルトラマン』も、監督のアタマの中で生まれた沢山のひらめきやイメージが、映像や音に具体化されることで、映画という1つに作品に仕上がった。見方を変えれば、監督のミッションは、頭の中のイメージ(アナログ)をカタチ(デジタル)にするための“変換”とも言える。
オーディオビジュアルの世界にも、樋口監督のような“変換”を生業とする職人が存在する。その代表が、光や音のアナログ信号をデジタルに変える「ADコンバータ(ADC)」や、その逆の「DAコンバータ(DAC)」と言われる小さな半導体だ。スマホで音声を記録する時も、サブスクの音楽配信をスピーカーやイヤフォンで聴くときも、この小さな半導体が、中でせっせと働いている。
実は先日、旭化成エレクトロニクス(AKM)から「これまでにない画期的なDACソリューションが完成したので、聞きに来ませんか?」という報せが届いた。
旭化成エレクトロニクスといえば、“AK”の型名で数々のハイエンドオーディオ機器に搭載される高級DACチップを開発するなど、定評あるオーディオ用ICを多く輩出してきたメーカーだ。
“画期的”とは、一体どのような内容なのか? 自宅スタジオでもガッツリとオーディオビジュアルを愉しみ、「DACでどれだけ音が変わるのか、興味津々」と話す樋口監督と共に、変換職人の中枢に潜入することにした。
旭化成の半導体には約40年の歴史。ADコンバータはカメラやマイクにも
今回訪れた旭化成エレクトロニクスは、その名の通り、旭化成グループのいち企業だ。
旭化成は、苛性ソーダやアンモニアといった基礎原料から裏地に使われるベンベルグ(繊維)、“サランラップ”で有名な包装フィルム、オーディオ用の半導体を扱う“マテリアル”のほか、戸建住宅で有名なヘーベルハウスや建材の“住宅”、医薬品や医療装置を提供する“ヘルスケア”の3領域を手掛ける総合化学メーカー。昨年2022年には創立100年を迎えた、長い歴史を持つ。
そんな旭化成のLSI事業の成り立ちは、テレビドラマの「おしん」や映画「南極物語」が話題を集めた、1983年にまで遡る。半導体事業を本格展開するために設立された旭マイクロシステムがその前身で、当初は通信用LSIの輸入販売がスタートだった。
その後、自前でLSIのデザインセンターを開設。1986年に旭化成マイクロシステムと改称し、研究、設計、製造、販売の全部門を集中。その後、約40年に渡って各種センサーやICを手掛けてきた。“化学”と“半導体”は一見関係が無さそうに見えるが、半導体はその製造過程において、ガスや薬品が欠かせない。半導体事業を起ち上げたのは、彼らが持っていた化学の知見や素材製造のノウハウを生かせるという側面もあったそうだ。
そんな同社半導体製品の中でも、高い支持を集めているのがオーディオデバイスだ。
ADコンバータやDAコンバータはその筆頭で、音楽のデジタル化が本格的に普及した1980年台後半からグローバルに展開。具体的には、アナログ信号をデジタル信号に変換する「ADコンバータ」は、マイクやレコーダーなどへ。そしてデジタル信号をアナログ信号に変換する「DAコンバータ」は、完全ワイヤレスイヤフォンやポータブルヘッドフォンアンプ、ポータブルオーディオプレーヤー、ハイエンドオーディオ機器などへ幅広く採用された。
開発・製造技術もトップクラスで、2007年には32bit DAC「AK4397」を世界でいち早く量産。2014年には、新たなアーキテクチャーと「原音重視」という思想のもと「VELVET SOUND」ブランドをリリースした。製品全体の累計出荷数量は35億超、2,500社以上に採用。競合ひしめく半導体業界において、高品質なオーディオ用ICを輩出する国産メーカーの地位を築いた。
デジタルマーケティングマネージャーの中村祐太氏は「ADコンバータは、世界でも高いシェアを占めており、映画やドラマの収録に使われる業務用カメラやマイク、レコーディングスタジオにあるミキサーなどに使われています。おそらく、樋口監督がこれまで撮影で利用した機材にも、我々のADコンバータが入っていたのではないかと思います」と話す。
録音機器、再生機器のどちらでも“心臓部”と言えるほど大事なADコンバータ、DAコンバータ。製品の音質に寄与する部分も大きいので、どんな風に作られているのか、気になるところ。オーディオデバイスの開発信条は「原音重視」。何も足さず・何も引かず、原音 が持つ情報を“あますことなく、すべてを表現する”ことを信条としているそうだ。
そのための具体的なアプローチは2つ。1つは「VISIBLE TECHNOLOGY」で、数値として表すことができる部分(VISIBLE)……つまり、半導体の性能を高める技術の追求。音質に影響を及ぼす歪みやノイズを徹底的に排除することで、THD+NやS/Nなどのスペック向上を目指す。
もう1つは「SENSIBLE TECHNOLOGY」。これは“聴こえないとされる領域までも原音と向き合うこと”を指しており、スペックだけでは表せない感性の部分(SENSIBLE)を探求する事で、豊かな音楽表現の実現を目指す。
そして、この2つのアプローチを昇華させたのが、冒頭で“画期的”と記したDACソリューション、VELVET SOUNDにおける最上位の称号”VERITA”を冠した「AK4499EX」と、「AK4191」というわけだ。
旭化成のシン・オーディオDACは、デジアナ分離/64bit処理がキモ
AK4499EXとAK4191の特徴は、“デジアナ分離”という2チップ構成であることだ。
他社製品も含め、通常のDACチップは、デジタルフィルタとΔΣ(デルタシグマ)変調器のデジタル回路部、そしてD/A変換を担うアナログ回路部が1チップにパッケージングされている。その上で、旭化成は、性能と音質がベストになるよう研究・開発を続けてきた。一方で、1チップ内にデジタルとアナログの回路が混在する以上、相互干渉の影響を完全に防ぐのが難しいというのも事実だった。
オーディオデバイスの開発に携わり、音質面のクオリティコントロールを担当するマイスター・佐藤友則氏は「我々が32bit DACを開発した時に気が付いたのは、デジタル回路の規模は小さい方が音質的に有利だということでした。ですから、我々のシステム構成では、回路規模やノイズ、音質のバランスを考慮して、デジタルフィルターの深さ(阻止値)を120dBではなく、あえて100dBにとどめています。その上で、デジタルノイズのアナログ回路への干渉を防ぐために、デジタル回路の周辺を“囲う”など、様々な手法を実験しましたが、まだまだ改善の余地はあると感じていました。ならばいっそ、『回路を物理的に切り離してしまえ!』となったわけです」と話す。
オーディオデバイスのほぼすべての回路設計に携わるエキスパート・中元聖子氏も、2チップ構成を採用した理由を「シンプルに、もっと音を良くしたかった」と語る。
「デジタル回路の規模と音質はトレードオフの関係にあります。回路規模が大きくなると高度なデジタル処理ができる一方で、ノイズ源も増え、アナログ回路への影響も大きくなります。この問題を根本的に解決すべく、行きついた結論が分離でした」(中元氏)。
ただし、デジタル回路とアナログ回路をセパレートすれば、それだけで単純に音が良くなる訳ではない。
「回路を分離できたメリットを最大限に生かし、前段のデジタル回路、そして後段のアナログ回路のそれぞれで、最高のパフォーマンスが出せるよう手を尽くしました。デジタル回路の64bit演算も分離による効用の1つです。32bit演算で十分では? という考えもありますが、我々の経験上、演算分解能を高めなければ演算誤差が蓄積され、聴感上に影響を及ぼします。既にレコーディングやハイレゾ音源においても32bitが登場し始めている中、やはり32bit演算では足りないと思いました。そして、アナログ回路を混在させないことで、64bit演算に理想的なデジタル回路の設計が可能になったのです」(中元氏)。
つまり、理想的なデジタル回路とアナログ回路を組み合わせることで、性能と音質を兼ね備えた“最強”のDACソリューションが誕生したわけだ。
実際、分離の効用と回路の最適化は、スペックにも如実に表れている。前段のAK4191は、THD+Nが-153dB、S/Nが156dB。後段のAK4499EXは、THDが-124dB、S/Nが135dBをマーク。同社の従来チップと比べ、歪み・ノイズ性能がケタ違いにレベルアップした。
ハイスペックなDACというと、AV Watch読者なら、最近の高級機には各オーディオメーカーが作り上げた“ディスクリートDAC”が搭載されている事をご存知だろう。AK4499EX + AK4191は、2チップ構成だからこそ、それと競合するのではなく、ユニークな使い方も可能だという。
「音質にこだわるオーディオ機器の仕様に“ディスクリート”がありますよね。物量を投入して、抵抗やアンプをズラリと並べたボードを度々拝見しますが、例えば、そのアナログ部分を我々のLSIに置き換えることで、バラツキ抑制や製造工程の簡略化をお手伝いできます。逆にフィルターやΔΣ変調部分をAK4191に任せて、後段のアナログ部分はメーカーが自由に設計する事も可能です。我々のデバイスの強みは、最初から最後まで“オーディオ専用”に開発している点です。汎用DSPやFPGAに比べ、LSIは音のクオリティコントロールがし易い。論理回路が再合成することによる音の変化もないので、開発のリソースを音作りに集中できる環境を提供できると思っています」(佐藤氏)。
違いにコーフン。樋口監督「こんな音聴いちゃったら、元に戻れない」
では、新しいDACソリューションのサウンドはどんな仕上がりになっているのか。同社のオーディオルームに用意されていたデモ用の評価ボードを使って、樋口監督にその音を体感してもらった。
まず最初は、新チップで実現した64bit演算と従来の32bit演算のデジタルフィルタの違いを聴いた。
なお、AK4191の前段に、32bit演算と64bit演算のデジタルフィルタ処理を手動で切り替えることができる外部回路(FPGA)を実装したボードを接続している。この際、AK4191本来のデジタルフィルタはバイパスさせているが、外部回路でのフィルタもAK4191のフィルタも、「f特などは全く同じ」(中元氏)になっているという。
聞いたのは、ヴァイオリンとチェロ、ピアノ、パーカッションを組み合わせたシンプルな音源(192kHz/24bit)。
「オレの耳でも、聴き分けられるかな?」と心配気味の樋口監督だが、いざ32bitと64bitのデジタル処理された音を聴き比べると、「なんか違うじゃん!」と目を見開く。「32bitのデジタル処理は、楽器が横に散らばっていて、それらが平面 にある感じしかしないけれど、64bitは明らかに楽器の配置が手前・奥みたいに前後の距離感が出てる」と、大コーフン。
オーディオマイスターの佐藤氏は、「違いを感じ取っていただけて、安心しました。前後感という描写は、私たちも再生する音源からしっかりと引き出したいと思っている要素の1つです。それから、ビット数が増えることの利点に、低い周波数の音の再現性があります。32bit演算に比べると、64bit演算で表現できる解像度は約43億倍にもなる。その効用が、先ほどの楽器の前後感であったり、微妙なホールトーンの余韻を再現できるといった違いとして表れてくるのではないかなと考えています」と話す。
続いて、一般的なDACと、2チップ構成のDAC(AK4499EX+AK4191)を聴き比べる。音源はマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」だ。
楽曲の再生直後に聴こえてくるヒスノイズから、印象が違って聴こえる様子で、樋口監督は「音がとにかく細かいし、奥行きも感じる。シンバルのアタックも、新しいDACの方が聴いていて気持ちがいい。音量をもっと上げたくなっちゃう」と、音の違いに開眼。
曲を聴き終え、満足したと同時に、「ああ、どうしてくれるのよ。こんな音聴いちゃったら、元に戻れないじゃん……家で聴けなくなっちゃうよ」と、頭を抱えていた。
今回紹介したDACソリューション「AK4499EX」「AK4191」は、昨年9月に量産出荷を開始され、前述のSP3000以外にも、ShanlingのポータブルDACアンプ「H7」や、S.M.S.LのUSB DAC「D400EX」に、この新しいDACが搭載されていて、既に国内でも購入可能な状態だ。
佐藤氏によれば「今は多くのオーディオメーカー様から関心を頂いている状況です。ポータブルプレーヤーや据え置き型のハイエンドモデルまで、今後も国内外から採用機器が発売されると聞いています。メーカー様からの反応や意見を踏まえつつ、今後はデジアナ分離タイプのラインナップ展開等も、積極的に検討して行けたらと思っています」と明かす。
試聴中、樋口監督は「ステレオだけじゃなくて、マルチでも聞いてみたい。このDACが入ったAVアンプは無いの?」と尋ねていたが、ポータブル機器やオーディオ機器だけでなく、デジアナ分離/64bit処理のDACを搭載した拘りのAVアンプ製品の登場にも是非期待したいところだ。