本田雅一のAVTrends |
地デジ化完了後のコンテンツ配信を考える
さて、今年もいよいよ終わり。この連載も最後の更新となるが、今回は「地デジ」を取り上げることにする。来年、2011年7月24日に地上アナログテレビ放送が停止され、地上デジタルテレビ放送のみになるが、改めて地デジというものを考えつつ、今後のコンテンツ配信のトレンドを占ってみたい。
もっとも、将来はこうなるといった予言めいたコラムを書くつもりはない。ひとつの議論の出発点として、来年、そして再来年のことをいっしょに想像してみよう。
■ 地デジ議論をあえて蒸し返す
地上デジタルテレビ放送、いわゆる地デジの導入はすで決まっていることであり、時計を巻き戻して、やっぱり地デジ化に金を使いすぎるのは愚かなのではないか? とやり直すことはできない。いまだに2011年7月の停波は無理なのでは? という意見もあるようだが、いずれにせよ電波帯域の用途が決まっている以上、地アナは立ち退き引退を余儀なくされる。
2003年12月1日の地上デジタル放送開始セレモニー。小泉純一郎 内閣総理大臣(当時)や麻生太郎総務大臣(当時)らが参列 |
が、地アナ最後の年末に、地デジ議論をあえて蒸し返したい。地デジ化はすでに既定路線で後戻りができなかったとしても、その後の事について、議論の種にはなるだろう。そもそも、なぜ地デジ化が進んだのかを知らない方もいると思うので、ごくごく簡単におさらいしておきたい。
簡単に言えば地上波のテレビ放送をデジタル化し、電波帯域の利用効率を高め、従来はVHFとUHF、ふたつの帯域を割り当てていたテレビ放送をUHFのみにしてしまおう、という行政施策だ。これにより、VHFのすべてのチャンネルとUHFチャンネルの一部が空き、他の目的に使えるようになる。
空いた周波数は地上デジタル音声放送(地上デジタルラジオ)、道路交通システム、携帯電話などに使われる。今後、高速なワイヤレス通信回線は重要度を増していくと考えられるので、電波帯域を空けて新たな用途に使うために放送用電波帯域を整理するというのは、国策として理にかなったものだ。
かつて、地デジには様々な反対議論があったが、ほぼ黙殺されてきたと言っても過言ではない。大義の前には、どんな意見もチリのようなものだと思ったか思わないかはわからないが、とにかく地デジを導入しないという方向には、決して向かう事はなかった。消費者にしても、地上波がハイビジョンになるなら、それがいいなぁと漠然と考えていた人が多かったと思う。
しかし、その背景では様々な議論があった。もう過去形なので、当時の議論はここでは持ち出さない。ここで持ち出したいのは“結果論”としてではあるが、地デジが放送事業者や消費者の負担を伴ってまで大々的に行なった事業としては、いまひとつ将来性に欠けると思われる部分だ。
これは“そもそも”論であり、役所に難癖を付けるという種のものではないが、どうにも残念な気持ちがあるので、一緒に考えてもらいたい。
■ 意外にボロい地デジ
地デジは写りが良く、ハイビジョンで、音も良いと聴かされていただろうが、実はそれほど良いものではない。本音を言えば、これから何年もの間の将来を背負っておくにしては、かなりボロだと思う。地デジの議論が始まった1997年当時は、今の状況を想像できなかったという声もあるかもしれないが、敢えてその声を無視して話を進めよう。
まず、映像は16.85Mbps(実際には13Mbps程度の放送が多い)のMPEG-2で、フルハイビジョンではなく、1,440×1,080ピクセル/60iの解像度とフレームレートになる。より高いビットレート(映像レートで20Mbps以上)のBSデジタルでさえ、MPEG歪が散見されるというのに、本当に13Mbps程度で大丈夫か? という疑問が当時からあった。
実際に放送を見れば明らかだが、画質はかなり厳しく、マラソン中継など背景が激しく動くような映像だと、そもそも映像と言えないような、完全に崩壊した映像になっていることもある。そこまで激しくない普段の番組でも、ブロック歪や色情報の滲みや欠落などがあり、ほぼ静止した画像の際にはハイビジョンらしい解像感を見せるものの、総合的に見て高品位とは言いづらい。
音声もAACの192~256kbpsと、AACとしてはビットレートは高めだが、BSアナログ放送では非圧縮のリニアPCM音声が使われていた事を考えると、実は劣化している。また、ケースバイケースで15kHzから上の帯域をカットしていうケースもある。なお、5.1チャンネル放送のレートは320~384kbps。これらのビットレートは、すべてBSデジタルでも同じである。
音声に関しては、満足ではないにしろ水準以上になっているが、映像に関しては、コーデックを急に変えてH.264にするわけにもいかず、根本的な解決は難しい。初めてデジタルハイビジョンテレビを買った直後は、映像が美しいと感じるだろうが、部分的には今まで見たことがない絵の崩れ方を目撃することになる。意外に地デジの画質はボロなのだ。
■ 地デジ普及、地デジ準備を進めているうちに
前述したように'98年に今の状況を予測することはできない。たとえば放送について根本的に見直し、インターネットを使って放送を行なえないか? と問われても、ハッキリとできると断言する人はいなかった。
だが、結果論から言えば、アナログ停波直前の現在、1080p映像も含めインターネットでのストリーム配信が可能になってきた。もちろん、インターネットを用いずに高速アクセス回線を通じて通信事業者が直接映像ストリームを流せば、もっと安定した映像の配信が行なえるだろう。
かつては“クラウド型”のコンピューティングスキームは存在しなかったし、これほどCPUパワーやストレージのコストを安くできるとは全く想像できなかった。家庭へ引き込むアクセスラインの高速化や、バックボーン回線の容量に関しても、大まかなビジョンしか見えていなかった。
いずれはコストが下がるにしても、時間はそれなりにかかるという考えが多かったというのもある。クラウド型のビジネスモデルが生まれると、コンピューティングパワーとストレージコストの低廉化はあっという間の事だったが、クラウド前に後の事を予想した人はごく少数だったろう。
だから政府の役人を責めても仕方がないのだが、地デジ化のための予算が、すべて通信網に投入してアクセス回線とバックボーンの強化支援に充て、NGN経由での映像配信にしようとした方が、有益だったのでは?という気もしている。ネットワークでの放送など、たいしたことはないだろうと思うかもしれないが、そんなことはない。むしろ柔軟性が高く、コンテンツに合わせて多様な選択肢を採れるネットの方が、高音質・高画質も実現できるだろう。
Ustream |
電波での放送となれば、ルールがかなり厳密に決まっているので手が出しようがないが、インターネットでの配信ならば、UstreamやSilverlightの映像配信機能を使い、帯域幅にさえ余裕があれば超高音質での放送ができてしまう。音声に関して言うならば、もうインターネットを通じた放送の方が、デジタル放送よりも高音質になることは間違いないと思う。割り当てる電波帯域と放送方式を決めてしまうと、放送できるデジタルデータの帯域は固定化されるが、インターネットであれば端末の性能次第だ。
UstreamやSilverlightを使えというのではなく、どのように配信していくかといったことを話し合いながら、地デジ化の代わりに地上波をネットの中に溶け込ませればと思うと、ちょっと残念な気がしている。
こういう事を書くと、必ず法律問題や放送事業者への免許の話が出てくるが、電波行政に関する議論は別にして、純粋にエンドユーザーとして考えてみて欲しい。コンサート中継であれば画質を多少落としてでも、高音質で楽しみたいという人がいるだろう。多くの人は2チャンネル音声だろうが、中にはサラウンドの再生環境を持っている人もいるに違いない。多様なニーズに対してサイマルでストリームを発信することも可能だ。
地デジへの大移民は来年7月に完了する予定だが、しかし、時代はすでに変わりつつある。2010~2011年というタイミングは、映像配信ビジネスの基盤が変化するちょうど狭間にあるのかもしれない。来年は様々な意味で、映像コンテンツの発信・流通に大きな変化が訪れそうだ。