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大河原克行のデジタル家電 -最前線-

構造改革報道を完全否定するシャープ

「資産売却でなく、赤字を消すのが基本姿勢」


シャープ奥田隆司社長
(8月2日の決算説明会)

「複合機事業や空調機器事業の売却、亀山工場分離を検討している事実はない」――。シャープは、一部報道にあった構造改革に関する報道を完全に否定した。

 お盆休みで「ネタ枯れ」とも言われるこの時期だが、先週後半からシャープに関する報道は過熱していた。

 複数の新聞、テレビがシャープの構造改革に関するニュースを、それぞれの取材に基づいて相次ぎ報道。その内容は、亀山工場を別会社として分離することや、複合機事業および空調機器事業を売却すること、公表されている5,000人の人員削減を1万人規模に拡大すること、鴻海グループによるシャープへの出資比率を9.9%の予定から約20%にまで引き上げること。さらには、鴻海グループへの中国およびメキシコのテレビの組立拠点の売却や、主力取引銀行であるみずほコーポレート銀行と三菱東京UFJ銀行による600億円を超えるつなぎ融資の実施や、500億円規模の増資案の浮上、グリーンフロント堺内の薄膜太陽電池工場の売却検討、東京・市ヶ谷のシャープ市ケ谷ビルおよび千葉県千葉市のシャープ幕張ビルの売却などと多岐に渡った。

 シャープ市ヶ谷ビルの売却を検討しているといった一部内容はシャープ自らが、すでに明らかにしていたものだが、そのほとんどがシャープ側からは正式に発表したものではなく、報道が先行した格好だ。まさに、シャープネタのオンパレードだった。

複合機事業については、「事業売却」と報道された シャープ市ヶ谷ビルは売却を検討中。このお盆休みに浜松町のシーバンスに引越した

■ 2年連続で2,500億円を超える最終赤字に

 シャープが先ごろ発表した2012年度第1四半期業績は、売上高が前年同期比28.4%減の4,586億円、営業損失は前年同期の35億円の黒字から、マイナス941億円の赤字に転落。経常損失は6億円の赤字からマイナス1,038億円の赤字。当期純損失はマイナス492億円の赤字から、マイナス1,384億円の赤字となった。また、2012年度通期業績見通しは、売上高が4月公表値に比べて2,000億円減の2兆5,000億円、営業損失が1,200億円減のマイナス1,000億円の赤字、経常損失が1,200億円減のマイナス1,400億円の赤字、当期純損失が2,200億円減のマイナス2,500億円の赤字と発表。3,760億円という過去最大の最終赤字となった2011年度に続き、2012年度も低迷を続けることになる。

 こうした動きを受けて、シャープの株価は38年ぶりの安値を更新。これが、鴻海グループによるシャープ本体への出資においても、買い取り価格の見直し検討へと発展するなど、起死回生策と位置づけるこの取り組みが難航する悪いサイクルに陥っている。

 さらなる構造改革が求められるであろうという流れのなかでの連日にわたる報道だっただけに、夏季休暇期間中ではあったものの、シャープ周辺には、ピリピリした雰囲気が漂った。

大阪市阿倍野区長池町のシャープ本社

■「検討している事実はない」と否定するシャープ

 では、今回の一連の報道に、シャープはどんな回答を示したのか。

 答えを先にいえば、その多くを否定した格好だ。

 シャープによると、「複合機や空調機器の売却、亀山工場分離という見出し自体、まったく事実とは異なる。検討しているという事実もない」と完全に否定した。

 また、堺やイタリアの薄膜太陽電池工場の売却についても「検討していない」とし、鴻海精密工業が20%に出資比率を引き上げる報道にも「そのような事実はない」と完全否定した。

 さらに、シャープ市ヶ谷ビルについては、浜松町のシーバンスに8月中旬までに移転。「集約により空いた社屋など、可能なものは売却する」としたものの、「幕張ビルは研究開発部門もあり、売却の検討はしていない」とこれも否定した。


■ キャッシュフローを阻害することは行なわない

 シャープは、構造改革に取り組む基本的な姿勢を次のように説明する。

亀山工場

「シャープが抱える最大の課題は、各事業の収益力をいかに高めるかということ。資産の売却および圧縮は検討するが、事業の伸長や、将来のキャッシュフローを阻害するようなことは行なうつもりはない。複写機事業や空調機器事業、亀山工場は、キャッシュフローを生み出す部分である。資産を売るのではなく、赤字を消すというのが基本的な考え方である」

 特に分離を検討していると報道された亀山工場の場合、次世代液晶とされるIGZOの量産を開始したところ。同社では、これを液晶事業再生の柱に位置づけており、近い将来の収益の柱と捉えている。

 実際、シャープ・奥田隆司社長も、「Windows 8が年内に発売される予定であり、IGZOの特徴を生かした中小型液晶パネルに対して多くの引き合いがある。2012年度下期から13年度にかけては新たなモニターやUltrabookなどの需要が拡大すると見込んでいる」と操業率の向上と、亀山工場で生産する中小型液晶事業の拡大に意欲をみせる。

 つまり、一連の報道にあった事業売却や分離は、収益性を高めるというシャープ再建の基本方針に逆行することになると位置づけ、シャープは反論および否定しているのだ。


グリーンフロント堺

 一方、液晶パネル生産および太陽電池工場を持つグリーンフロント堺(堺工場)については、土地に関しては流動性が確保されることを前提に売却を検討していることを明らかにしながらも、工場施設そのものについては姿勢が異なることを示す。

 堺工場が主軸となる大型液晶事業についてはオフバランス化することをすでに表明。鴻海グループが37.61%を出資した液晶パネル生産のSDP(シャープディスプレイプロダクトから堺ディスプレイプロダクトの社名を変更)では、パネル生産でのコスト競争力が高まったことや、80型などの大型パネル生産の強化により、稼働率が上昇している成果につながっていることを強調する。

 SDPには、7月12日付けでシャープおよび鴻海グループが46.48%を出資していたが、8月に入り、凸版印刷と大日本印刷のカラーフィルター事業をSDPに統合し、それぞれが9.54%を出資。これによりSDPに対するシャープの出資比率は37.61%に下がり、すでにシャープの連結対象から外れ、オフバランス化している。

 だがその一方で、薄膜太陽電池工場については、「最新鋭の設備であり、今年度中に7割方の償却が終わる。今後は、稼働率向上を検討していくことになる」とコメントし、売却の意向がないことを強調する。

 また、課題事業と位置づけているテレビ事業については、本部機能を、栃木工場から奈良に移転。「栃木工場はすでに生産も縮小しているが、これはテレビ事業を縮小するわけではない」としながら、「鴻海との協業によりコストを削減するなど、テレビ事業に積極的に取り組んでいく」とした。

 一部報道では、栃木工場と同じくテレビの組立を行なう中国・南京の工場と、メキシコの工場を、鴻海グループに売却する可能性も指摘されているが、「鴻海グループとは全体の協業のなかで、ベストの形を検討している。単発的に海外のテレビ工場の話をしているわけではない」とし、包括的な提携のなかで模索していく余地があることを匂わせた。

グリーンフロント堺

■ 鴻海グループとの買い取り価格の見直しについては協議中か?

 鴻海グループとの資本提携については、シャープ本体への出資を巡り、買い取り価格の見直しが議論されている模様だ。

 当初は1株550円で合意していた買い取り価格は、8月17日の終値で184円と約3分の1にまで下落。これが鴻海グループの出資に待ったをかけている。シャープとしても調達資金を維持したいという思惑があり、両社の攻防が続いている模様だ。

 シャープでは、8月3日に、鴻海グループ・郭台銘会長と会議を行なった事実を認めながらも、「価格の見直しに合意した事実はない」とする。

 「株価の件だけでなく、事業の提携も含めて様々な協議を行なっている。中国市場向けの携帯電話事業についても順調に進んでおり、前倒しでの年内発売を予定している。お互いの立場で、ベストの着地点で合意し、できるだけ早く発表したい」と、買い取り価格を含めて協議を行なっていることを示す。

 だが、調達資金を確保するために、鴻海グループの出資比率を9.9%から20%程度に引き上げるといった事実はないとし、買い取り価格の見直しによる調達資金の減額には、借入額のミニマイズや、債権の流動化などによって補完する姿勢を示している。


■ 銀行側の理解を得た構造改革

 もうひとつのポイントは、主力取引銀行であるみずほコーポレート銀行と三菱東京UFJ銀行による長期資金の調達や、600億円を超えるつなぎ融資の実施などの財務戦略である。

 奥田社長が「前例のない構造改革」と位置づける2012年8月2日発表の構造改革施策については、「銀行側の理解を得られている。いま立てているストーリーを確実に実行することが大切」とする。

 そして、「資金の安定調達を図るため、主要取引金融機関にバックアップ体制を検討してもらっている」とコメントする。しかし、シャープでは、その金額については明らかにはしていない。

 シャープは、2期連続の大幅な赤字計上が見込まれるのに加え、2013年9月には、2,000億円の転換社債の償還期限を迎える。これが長期資金の安定調達に取り組む最大の理由となっている。

「事業で利益を出し、将来への成長性を示すことで、様々な選択肢が出てくる」と、2013年度の転換社債償還に向けての業績回復が重要であることを示している。

 また、銀行側の理解を得ているとする構造改革では、現在56,756人の社員を、2013年3月末までに約5,000人を削減し、約51,700人とする計画を含めている。

 一部報道では、1万人規模の削減へと拡大する可能性を示唆しているが、「人数の追加については検討していない」とし、「労働組合と話をしており、希望退職における条件面について検討している段階。組合との調整後、できるだけ速やかに従業員に伝える。再就職支援も検討している」などとコメントしている。


■ 完全否定の裏側には?

 こうしてみると、シャープは一連の報道に関して、その多くの内容を否定することになった。

 しかし、ひとつの企業に関して、これだけの数々の報道が、新聞およびテレビで一時期に集中して報道されることは異例である。

 各紙の取材ルートを特定することはできないが、こうした場合には、金融機関筋や証券アナリスト、そしてシャープ関係者といったところが、まずは想定されるニュースソース。これが、記者がネタを拾う上での常套手段となっている。

 その点で、これだけの記事が出たことは、金融機関や証券市場において、現時点でのシャープの構造改革が「手緩い」という印象を持たれていることの裏返しだとみることもできよう。

 また、シャープの再生には、金融機関の支援だけでなく、鴻海グループの思惑が大きく影響する点も、今後の構造改革を加速する「芽」になりそうである。今回の報道は否定したものの、それで構造改革策が出揃ったとは言い切れないだろう。

(2012年 8月 20日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など