トピック

スピーカー開発に活用される3Dプリンタ

UEのBluetoothスピーカー開発ラボをレポート

完成までの工程を追った、「UEブーム Bluetoothワイヤレススピーカー&スピーカーフォン(WS700)」

 話題を目にする機会が増えてきた“3Dプリンタ”。フィギュアなど、好きな造型を誰もが簡単に作れる装置として注目を集めているが、AV機器メーカーでも活用しているところがある。Ultimate Earsブランドで、小型Bluetoothスピーカーを発売しているロジクール(米Logitech)もその1社だ。

 以前、同社のカスタムイヤモニターの製造工程を取材し、今後の展開として3Dプリンタの導入が部分的に開始されているとレポートしたが、同社はBluetoothスピーカーやヘッドフォンなどの開発においても、この3Dプリンタを積極的に活用しているという。

 カスタムイヤモニターに続き、その製造現場も取材した。

 米国のワシントン州・キャマスにある、米LogitechのLogitech Audio Labsが、その開発拠点となる。

ワシントン州・キャマスの郊外にあるLogitech Audio Labs。ゴルフ場が目の前という、緑豊かな立地だ
ラボの中を歩いていると、壁全部が黒板になっている場所があるなど、ユニークな作りになっている
WS700以外のUEスピーカーや、ユニバーサルモデルのイヤフォン最上位UE900なども、このラボで開発された

開発で何より重要な“試作機”

 1つの製品を例にとって、3Dプリンタがどのように活用されているか見てみたい。主役となるのは、5月から発売されている「UEブーム Bluetoothワイヤレススピーカー&スピーカーフォン(WS700)」という円柱形のワイヤレススピーカーだ。

円柱形の「WS700」
気軽に持ち運ぶためのフックも備えている

 価格はオープンプライスで、直販価格は19,800円。6色のカラフルなバリエーションと、IPX4相当の耐水性能が特徴で、NFCにも対応。360度に音を広げる設計で、室内だけでなく、プールサイドや自転車のボトルホルダに入れるといった利用提案もされている。

ラボを案内してくれた、Logitechの商品開発担当バイスプレジデントであるパトリック・二コレット氏

 Logitechの商品開発担当バイスプレジデントであるパトリック・二コレット氏によれば、持ち運びしやすい円柱形のサイズや、耐水性を持たせて屋外でも使える事、多少手荒に扱っても大丈夫な耐久性の高さなどをコンセプトとし、開発がスタートしたという。そのため、製品を覆う布状の素材の吟味や、円柱形の筐体内にどのようにユニットやバッテリを配置するかなど、開発には様々な苦労があったそうだ。

 昨今、このような形状で、タフさを売りにするBluetoothスピーカーが増加しているが、WS700の特徴は、表面を覆う素材に、バックパックやハイキングシューズなどで使われているもの採用した事。引っ掻いたり、こすったりしても傷がつきにくく、水がかかっても浸透せず、汚れも落ちやすいという。さらに、耐衝撃では、1.5mの高さから落としても大丈夫。なんでも「離れた場所にいる友人にスピーカーを投げ渡して、落としてしまうようなケースも想定して開発した」とのこと。素材の選定までには、220以上ものマテリアルを検証したというから驚かされる。

スピーカーを覆う素材は、汚れにくく、水もはじく特殊なものを採用。ラボではケチャップをかけたり、水をかけたりと、その耐久性を実践してくれた

 企画を経て、まずはメカニカルエンジニアが、どのようなパーツを構成していけば、このようなシンプルなフォルムのスピーカーを開発できるか考え、様々なプロトタイプを作る。音質を高めるためには、内部に空気の通り道を確保する必要があるが、大きくとりすぎるとスピーカー自体も大きくなって利便性が低下してしまう。また、あまりに複雑な構造になってしまうと、最終的に工場で組み立てる際に作りにくいスピーカーになってしまう。そういった点も考慮しながら、試作を重ねていく。

WS700のために作られた大量の試作機
バッテリやユニット、基板がギッシリ詰まっている
1つのパーツでも、様々な素材や形状が試されているのがわかる

 続いて音響エンジニアが、小さな筐体からベストな音を出す事に注力する。小さなスピーカーでは音圧を出しにくいため、筐体をバスレフにするか、パッシブラジエータを採用するかなどを検討していく。WS700には最終的に、1.5インチのフルレンジユニット×2基と、パッシブラジエーター×2を搭載した。360度に音を放出し、どの角度から聴いても変わらない音質を実現するため、ユニットの配置にも気を配ったという。

 こうして試作したスピーカーはサウンドチェックに回され、様々な人に試聴してもらい、フィードバックを得て、その意見を参考に再度試作する……という作業を繰り返す。この工程については後述する。

ユニットの厚みや振動板の素材なども最適なものを求めて試行錯誤したという

 DSPエンジニアは、ユニットやパーツがギッシリ詰まった筐体を前に、残されたわずかなスペースにアンプやDSPをどのように配置していくかを検討する。WS700の出力は10W×2ch。バッテリの持続時間は15時間を目標として定めたため、電力効率の改善や内蔵バッテリの調整にも苦労したという。担当エンジニアに当時のことを聞いたところ、「最初の段階では10時間の連続駆動が目標だったのですが、途中で15時間に変更になり、その時は正直青ざめました」と笑っていた。

 こうした開発の中で、何度も登場し、重要になるのが“試作機”、つまりプロトタイプだ。「失敗は成功の母」と言うが、より良い製品を作り上げるためには、多数の試作機が必要となる。その試作機を生み出しているのが、ラボの地下に置かれた3Dプリンタだ。

3Dプリンタで試作機を作り、“手で触る”事が重要

 3Dプリンタは、簡単に言えば三次元の形状データを入力、それに従って、ABS樹脂などの材料を硬化させつつ積層させ、形を作っていくもの。“断面図を何度もプリントして立体にしていくプリンタ”と考えるとわかりやすいだろう。ラボにはレジンを素材としたタイプのプリンタも置かれており、パーツによって使い分けているという。

地下に置かれた3Dプリンタ
Stratasysの「Objet Eden350V」というモデルだ
こちらもStratasysの「FDM Vantage」
素材を紫外線などで硬化させながらプリントしていく

 最大の特徴は、複雑な形状の物体を、正確に素早く作れる事だ。型を作って材料を流し込むのとは異なり、量産には向かないが、逆に型が無くとも1個から作れる手軽さが強みでもある。

 3Dプリンタを覗き込むと、様々な形のパーツが生み出されている。これは実際の製品に使われるパーツではなく、試作機を構成するためのもの。例えばこれでヘッドフォンを作れば、実際に作らないとわからない装着感の良し悪しを判断できる。さらに、最終的にプラスチックで作られる製品の場合、ABS樹脂で作った試作機は製品版に近いものとなるため、耐久性を計測する落下テストを、事前に高い精度で試せるといった利点もあるという。

 また、1つの試作機を構成する全パーツを3Dプリンタを用いて作っているわけではなく、特性に合わせ、その他の機械でもパーツを作り、それらを組み合わせる事が多いそうだ。

3Dプリンタで作られた試作機用のパーツ
恐竜の頭部は“これだけ精密な形状も作れる”というデモ。小さな歯まで再現されているのがわかる
左の赤いものが、3Dプリンタで作ったパーツで構成したヘッドフォン
カナル型イヤフォンの最上位「UE900」

 また、3Dプリンタで作られた試作機は、試作機を複数作る時の“ベース”にもなる。つまり、3Dプリンタで作ったパーツから型をとり、その複製を作るのだ。こうすれば、複数の試作機が素早く作れる。試作機は削ったり、改造したり、組み替えたりしながら、アイデアを練る叩き台になるため、数が必要とされる事もあるわけだ。

 もちろん設計にはコンピューターが使われるが、「試作機に触れて、触りながら、どうすればより良い製品になるかを頭で考えるのは非常に重要な工程」だという。実際に3Dプリンタ近くの部屋には、アイデアを練るための大きな工作テーブルが置かれており、壁には様々な工具が設置されていた。最新3Dプリンタのすぐそばに、昔ながらの“工作部屋”があるのは面白い光景だ。

 なお、このラボではヘッドフォンやスピーカーだけでなく、イヤフォンも開発されている。具体的には、カナル型イヤフォンの最上位「UE900」もここで作られたという。当然UE900にも試作機があるわけだが、それを挿入し、テストするための、耳の形を再現した透明な型も発見した。これに試作イヤフォンを挿入すれば、透明なので、耳の内部でイヤフォンがどう接触しているかなどを視覚的にチェックでき、装着感を高められるそうだ。

3Dプリンタで作ったパーツを型として使い、多くの試作機を構成。アイデアを練るための工作ルーム
US900の装着感を追求するための透明な耳型。ここにUE900を挿入し、どのように耳と触れているかなどをチェックする
ボタン類の押し心地を計測する特殊な機械

 別の部屋には、金属ブロックからパーツを削りだす切削機械も用意。WS700の場合は、持ち心地などを確かめるため、リジットな素材を製品と同じサイズになるまで削り、実際に手で持ってみて、“持ち心地”をテスト。違和感があれば1mm削り、再び手に持って……という作業も繰り返したという。

 地下の開発室にはほかにもユニークな機械が置かれていた。右の写真は“ボタンの押し心地”計測器。頻繁に触れる製品のボタンは、その押し心地の良し悪しが、製品の評価にも繋がりやすいもの。“心地よい押し心地”を求めて試行錯誤が行なわれていた。

金属ブロックからパーツを削りだす装置
WS700と同じサイズや重量のものを作り、持ち心地などをチェックする

無響室でスピーカーからの音だけを検証

UE900の音をマイクでチェックする装置

 スピーカーで重要なのはやはり音質。ラボでは、スピーカーユニットの特性を計測するための機械も設置されている。具体的には、ユニットにレーザーを当て、動きを細かくチェック。ここでの結果を反映し、新たな試作機が作られるという。イヤフォンも、再生音をモニタリングする機械が設置されていた。

 また、壁や床一面に特殊な形状の吸音材を配置し、反射音や残響音などを徹底的に排除した無響室も完備。内部にスピーカーを設置し、どのような音が放出されているかをチェックできる特殊な部屋だ。特に無指向性であるWS700の場合は、どのように音が広がっていくかも計測される。

大型の無響室も用意されていた
無響室の床下。突起状の吸音材が配置されているのがわかる。その上の網の上を歩く。まるで古代遺跡の盗掘防止トラップの上を冒険している気分だ
無響室の天井と壁

 無響室にはダミーヘッドも置かれており、ヘッドフォンやイヤフォンのテストにも活用されている。

無響室にWS700を置いたところ
ダミーヘッドも用意されていた
これでヘッドフォンの周波数特性などを計測する

 こうした機械的な計測も重要だが、それだけでは良い音は生み出せない。人の耳でチェックするブラインドテストも頻繁に実施されているという。試聴室にライバルとなる他社製品を集め、スピーカーが見えない状態にして、様々な人に聴き比べをしてもらい、フィードバックを得る。それを元に、音質を改良した新しい試作機が作られていく。

ブラインドテストを行なっているところ

ラボにはその他、様々なテスト設備が

 ラボではほかにも、USBのパフォーマンスをチェックする場所、Bluetooth機能が正しく動作するかを検証する部屋、ボタンの耐久性や、耐水性をテストする部屋などが用意されている。Bluetoothの検証部屋には、無線LANルータやパソコン、電子レンジなど、一般家庭にあるものが置かれており、それらが動作していても無線接続できるかなどが検証されていた。

 下の写真は、WS700に搭載されているDACをテストしているところ。DACチップは他社から購入しているものが、採用前には必ず、チップのスペックシート通りの性能が出ているかをテストするという。様々な波形の音を入力し、音質だけでなく、電気の流れ全体を把握。電力の効率的な利用も追求しており、それを突き詰める事で連続再生時間が長くなっていく。ホワイトノイズを再生し、実際に15時間動作するかを検証した設備も置かれていた。

USB周りのチェック環境
DACの性能などもここでチェックされる
電子レンジや無線LANルータなどが置かれた部屋。様々な機器と併用しても、Bluetooth機能に問題が出ないかを検証する

 ユニークなところでは、静電気が流れた際に動作に影響が出ないかをテストするための部屋も存在した。各国によって基準は様々だが、「それらをさらに上回る基準を課している」とのこと。こうした厳しいテストをクリアし、製品が完成へと近づいていく。

静電気をあえて流し、動作に問題が出ないかもチェック
電波暗室なども用意されている

まとめ

 ピュアオーディオ用の大型・高級スピーカーでは、職人が時間をかけて手作りしている事がクオリティの高さを示す一例としてアピールされる事がある。一方で、一体型Bluetoothスピーカーなどは、サイズが小さく、低価格であるため、なんとなく「手軽に作られているのではないか?」というイメージを抱きがちだ。

 だが今回、Logitechのラボを見学した限りでは、3Dプリンタなどの最新技術を用いた試作機や、無響室など大型の実験装置を使った測定、そしてそれらを元に、人間が自分の手と頭を使って試行錯誤していく工程が、適材適所、その特性に合わせて合理的に採用されているのが実感できた。WS700は、カラフルかつポップな見た目とは裏腹に、付帯音が少ないクリアかつストレートなサウンドが持ち味で、良い意味で“真面目な音”を出すスピーカーだが、その背景が垣間見えたように思う。

 また、工程の中でも、3Dプリンタは従来は困難だった複雑な形状のパーツを手軽に作り出せるため、今後のAV機器開発に与える影響も小さくないようだ。音が良いだけでなく、驚くようなデザインのスピーカー/ヘッドフォンの登場に期待が高まる体験だった。

(山崎健太郎)