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Netflix初のHDRアニメ「シドニアの騎士」を、東芝の4K有機EL「REGZA X910」で体験
2017年1月20日 21:37
映像配信サービスのNetflixは、ポリゴン・ピクチュアズと制作したアニメ「シドニアの騎士」のHDR版を1月1日から配信している。これを記念し、東芝初の4K有機テレビ「REGZA X910」で同作品を表示し、HDRの効果やこだわり、魅力について紹介するトークイベントが20日に開催された。
「シドニアの騎士」HDR化の経緯
Netflixでは、オリジナルドラマ「火花」などを含む10タイトルを既に4K/HDRで配信しているが、1月1日からは初のHDR対応アニメとして「シドニアの騎士」を提供している。
同作品は既にSDR版が全世界配信されているが、「Netflixは昨年からHDRに力を入れており、世界でも人気のあるシドニアの騎士をHDR化したいと考えた。劇場上映されるアニメでHDR対応の作品は幾つかあるが、TVシリーズのアニメでは初ではないか」(Netflixのエンジニア メディアエンジニアリング&パートナーシップ 宮川遥氏)という。
HDR版の製作にあたっては、Netflix側がポリゴン・ピクチュアズに話を持ちかけ、HDR化の作業はNetflix側が担当。HDR用に再度カラーグレーディングする必要があるため、ポリゴン・ピクチュアズが、作品を16bitのTIFFファイルの連番として出力、それをロサンゼルスのポストプロダクションで、Netflixのエンジニア立ち会いのもとHDR化。最終的に12bit/カラースペースDCI-P3、RGBのIMFファイルとして作成された。
ロサンゼルスで作業が行なわれたのは、「昨年の早い時期の作業であったため、国内でHDR方式のDolby Vision(ドルビービジョン)でグレーディングができる環境が、モニターも含めて存在しなかったため」(宮川氏)だという。
HDRの効果により映像のリアリティが増しているだけでなく、放送を想定したSDR版のカラースペースはRec.709だったのに対して、HDR版はDCI-P3の色域を使ったことで、再現できる色の量も増加。「白いけれど色がある、黒いけれど色があるような場面も、表現力が向上している」 (宮川氏)という。
実際に見比べてみる
比較には、X910シリーズの65型「65X910」を使用した。X910は、東芝映像ソリューションが3月上旬に発売予定の、同社初4K有機テレビ。詳細は既報の通りだが、55型の「55X910」と、65型「65X910」をラインナップ。価格はオープンプライス。店頭予想価格は55型が70万円前後、65型が90万円前後。
4K解像度の有機ELパネルを採用。自発光である有機ELデバイスの特性を活かした、黒色の締りと、新開発の映像エンジン「OLEDレグザエンジン Beauty Pro」を組み合わせて、暗部と明部の階調表現力、コントラスト表現力などを高めてる。当然HDRにも対応してる。
パネルスペックは全白で約700nit、通常の映像だと400nit程度だが、黒色の表現力が高いため、ハイコントラストな映像表現が可能。映像の局所的な黒つぶれと白とび(色飽和)を抑制し、映像全体のコントラスト制御と組み合わせることにより、自然で豊かな階調表現を実現する「ローカルコントラスト復元」も搭載する。
なお、X910シリーズを購入し、5月15日までにNetflixの視聴登録をすると、プレミアムプランが6カ月間無料で利用できるキャンペーンも実施される。詳細は3月上旬までに東芝のWebサイトに掲載する予定。
今回の比較視聴は、映像メニュー「アニメプロ」、「アドバンスドHDR復元プロ」機能はOFFにして表示した。
比べてみると違いは一目瞭然。トンネルを抜けて宇宙空間へと飛び立つシーンや、地下で暮らしていた主人公・谷風長道が、光に溢れる街に出て、地上を見渡すシーンなどを見ると、HDRの方が圧倒的に臨場感が高い。
例えば、トンネルを抜けて飛び立つシーンでは、暗いトンネル内の突起などの細かなオブジェクトがHDR版では黒つぶれせずにしっかり見え、画面全体の情報量が多く、リアリティが増している。奥へと続いているトンネルの“深さ”の印象がまったく違う。
飛び出した宇宙空間も同様。有機ELらしく、黒の締まりは深く、どこまでも奥へと広がる宇宙の“壮大さ”が伝わってくる。そこに散りばめられた星の小さな光や、バーニアの噴射の強烈な光も、HDRの方が鋭く、強い。宇宙の奥行きが深く、近くにある光が鮮烈に感じられるため、画面の奥行き感が増して、まるで立体映像を見ているような印象だ。
エレベーターで地上へ降りるシーンでは、窓の外の光に包まれた町並みが、目を細めたくなるほど鋭く明るいのに、しっかりとそこにビルの輪郭などの形状が描かれているのがわかる。SDRは、ビルのディテールが白く飛んでしまっている。かといって、白トビしないよう調整すると、SDRではエレベーター内の暗部がつぶれ気味になってしまうだろう。HDRではそれが両立できている。
ポリゴン・ピクチュアズで「シドニアの騎士」のプロデューサーを担当する石丸健二氏は、HDR化された作品を初めて観た際、「光がとても明るくなったと感じた。何度も何度も観ているコンテンツですが、別のコンテンツなんじゃないかと思うほど情報量が多く、見えるディテールの多さにも驚いた」という。
吉平直弘副監督は、「白と黒がぜんぜん違う。白トビ、黒もぐりしていた部分が全部見える。SDRの狭いレンジで一生懸命中間階調を出したり、コントラストで苦労していたが、HDRでそれらが表現でき、本来作りたかった映像に近づいたという喜びを感じている。ライティングは感情や状況を伝える演出手段でもあり、その手法としても、今後いろいろな事ができるなという可能性を感じる。アニメの作り手としてHDRはありがたい存在」と笑顔を見せる。
X910を手掛けた、東芝ソリューション開発センター オーディオ&ビジュアル技術開発部の山内日美生グループ長は、「コンテンツの美しさをいかに引き出せるかを、映像エンジンと画作りで追求した。有機ELは自発光デバイスであるため、黒は本当に漆黒、ピーク輝度は800nit程度まで出せ、ダイナミックレンジも格段に広がっている。映像エンジンで特に注力したのは、演算のビット精度。それが少しでも落ちると、暗部の階調の悪さとして出てしまうので、精度を落とさず、RGBのガンマをしっかり整え、ある特定の色がおかしくならないようにも気を配った。そういった部分が映像エンジンの腕のふるいどころだった」という。
吉平副監督は、「黒が黒いというのは偉大。暗闇に引き込まれることができるので、宇宙に旅立つ際の高揚感と同時に、“なんだか暗くて怖い”という感じも伝えられるようになった」と、メリットを語った。
一方、宮川氏は「レグザのような素晴らしいテレビが登場すると、コンテンツ製作側やNetflix側も気が抜けない。気を抜くと(悪い部分が)すぐに見えてしまうので、高いクオリティのコンテンツを今後も製作していきたい。強いインパクトを利用者の皆さんに与えられる技術は、今後も採用していきたい」という。
石丸氏は、「以前は“良い映像は劇場で”というのがあったが、今では“家のテレビが一番良い視聴環境”になりえると思っている。こうしたクオリティの映像が楽しめる環境が家にあるというのは凄い事。アニメのHDR化が今後進む事で、業界的な広がりも出てくると考えている。そうして得られた製作費で、良いものを作り、皆さんに見てもらう環境が整っていくというのは、素晴らしい事」と、今後の展開への期待を語った。
3DCGでアニメ作品を作るポリゴン・ピクチュアズは、通常のアニメを作るスタジオと比べ、HDRなどの技術の進歩に対応しやすいスタジオという側面もある。石丸氏は、「我々は絵の情報量、動きの情報量、動きの良さなどで勝負している会社なので、こういう技術がどんどん進む事はプラスになる」と語り、吉平副監督も「プリプロダクションの段階から、どのような空間で、どんな時に逆光などを使って光のまぶしさを視聴者に感じてもらおうかなど、その段階から照明の演出を考えられるようになる。はやくそうした作品を作りたい。今後はこれが標準になって欲しい」と語る。
山内氏は、「サービス、そしてコンテンツがリッチになり、テレビの方で表現できないところが出て来ると、それが宿題になり、開発のモチベーションが上がる」と、テレビの進化における、ハイクオリティなコンテンツの重要性を指摘。
宮川氏は、「ポリゴン・ピクチュアズのような素晴らしいコンテンツ、そして東芝のように素晴らしいテレビを作っていただいて、Netflixはより良くなる一方で、嬉しいです」と語り、場内の笑いを誘った。
その一方で、HDR対応により、製作時のコストや時間が増えてしまうのではないかという懸念もある。石丸氏は、「特に今はHDRとSDR環境が混在する過渡期。両方に対応するものを、平行して作るのはコスト的に難しく、基本をどちらに合わせるのかというジャッジをしなければならない事になる。極力、どちらでも対応出来るようにイメージしながら作品を作り、最終的な出来上がりを考えていくしかない」と、問題点を指摘する。
同時に石丸氏は、「3D映像が劇場でビジネスになり、お金がかけられるようになり、3D版が作れるようになるのと同じで、シドニアの騎士が評価され、その評価の積み重ねによって、最近では“お金をかけてでも、より良いものを作って欲しい”という依頼がスタジオにも増えてきた」と語り、HDR対応のハイクオリティな作品を作り、視聴者に届け、それがまた新しい作品へと繋がる“輪”の構築が出来つつあるという。
吉平副監督は、「常時HDRで強い光を出す必要はない。ここは眩しさを感じてもらうシーケンス、ここは暗いところに目をこらしてもらうシーケンスといった、メリハリ、時間的な演出でコストを抑えながらHDRを効果的に使う方法もある」と語る。そうした手法はコストだけでなく、「アニメファンの中に“不気味の谷”のようにCGが苦手だという人がいるように、HDRも“ちょっと合わない”と感じる人もいるかもしれない。そうした部分はケアしていきたい。3Dの立体視映画がずっと飛び出し続けていないのと同じで、効果的に、ここぞという時に使っていくというやり方もある」とアイデアを語った。
HDRと有機ELで「どこまで没入感を味わってもらえるか
Netflixのグレッグ・ピーターズ社長は、会員数が全世界で9,300万人にのぼった事を報告。また、今年はアニメや実写など、オリジナルコンテンツ製作に60億ドル以上を投資する計画であり、「我々はオリジナルコンテンツを作り、送り出す、世界でも有数の規模の会社になっている」と説明。
同時に、4KやHDRといった新しい技術や、ハイクオリティな映像など、質にもこだわっている姿勢をアピール。「シドニアの騎士は、宇宙空間の暗さや、太陽の光の強さなど、HDRの効果を見せる格好のコンテンツ。そして、これは始まりにすぎない。ポリゴン・ピクチュアズがHDRで手がける新作のBLAME!(ブラム)は、今年の半ばに、Netflix独占配信でお届けできる予定。私も待ちきれなくて、ワクワクしている」という。
この「BLAME!」は、人類が「違法居住者」として駆除・抹殺される暗黒の未来を舞台にした作品で、1997年~2003年に講談社「アフタヌーン」で連載されたSF漫画が原作。原作は「シドニアの騎士」と同じ弐瓶勉氏で、瀬下寛之監督とのコンビによるアニメ化も「シドニアの騎士」と同じ。同作に続くコラボレーション作だ。
吉平氏は「BLAME!」のワークフローについて、「シドニアの騎士を拡張したくらいの、光と影の表現をやりたいと当初から考えていた作品。そのため、データがクリップアウトしないように、社内的なデータラインを作り、レンダリングからコンポジット、全てリニアで作り、EXRへの書き出し、それをポスプロに入れるまで、データを欠損しない形で納品する。HDRもいろいろなガンマで表示した際に、どのように見えるか、プレビューで確認しながら作っている」とのこと。
ピーターズ社長は、「最新の技術やフォーマットを活かした素晴らしい作品を作るためには、最先端のテレビを作るパートナーとの繋がりも必要になる。我々は長きに渡り、テレビメーカーとも関係を築いてきた。東芝さんとも素晴らしパートナーシップを築けている」とし、東芝映像ソリューションの池田俊宏常務取締役を紹介。
池田氏はNetflixについて、「映像の先端技術を、業界に先駆けて取り入れていただき、テレビメーカーにとっても素晴らしいパートナーになっている。また、製作サイドにもそういった場を提供し、そこから生まれた日本発の作品を世界に届ける機会も提供している。それは素晴らしい事」と賞賛。
HDRについては、「人間が目で見るものを、そのままディスプレイに再現させる技術。光と闇の魔術師と呼ばれるフェルメールの絵画に“デルフトの眺望”という作品があるが、私はその絵の前で1時間ほど立ち止まって没入してしまった経験がある。その体験をテレビの世界にも持ち込みたい。HDRと有機ELを組み合わせ、東芝の技術でどこまでお客様に没入感を味わっていただけるかが、X910シリーズのテーマ。そして、家庭だけでなく、コンテンツ製作の現場でも、ほとんどのプロダクションでレグザを民生用のモニタとして使っていただいている。製作の皆さんとも価値を共創していきたい。今年も有機EL以外にも、続々とそうした製品を作っていきたい」と語った。