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Netflixの快適なモバイル視聴への取り組みと新機能を米国本社で見た

映像配信サービスNetflixにおける開発部門の中心拠点である、米カリフォルニア州ロスガトスの本社。様々な映像配信サービスがユーザー獲得に向けて競争する中で、同社における快適な視聴や画質向上などに関する様々な側面からの取り組みを、各部門の担当者に聞いた。

Netflixのロスガトス本社を訪ねた

利用継続に重要な「パーソナライゼーション」

映画やドラマなどの数やバリエーションが増え続ける一方、ユーザーが視聴に費やせる時間は大きく増加しないため、重要になってくるのが「どれだけ自分に合った作品を素早く探せるか」というレコメンド/パーソナライゼーション機能。特に各社のオリジナル作品がサービス差別化のカギになってきた中で、あらかじめ観たい作品が決まっているよりも「今まで知らなかった面白い作品が何かないか」と探した時にすぐに出会えることが、サービスの継続利用にもつながる。

Netflixのテレビ視聴画面(アメリカで視聴した場合)

プロダクト担当バイス・プレジデントのトッド・イェリン氏は、「パーソナライゼーションは、カオス(のように多種多様のコンテンツ)に秩序をもたらすもの」と説明。“レコメンドの間違いの例”として挙げたのは「ユーザーがロマンチックコメディ作品を観た時、次にNetflixを開くと画面上がロマンチックコメディやラブロマンスだらけになること。これは賢くない。1つはそういった作品だとしても、それ以外のジャンルでも興味のありそうな作品を、一人一人に対して提案し、使いやすいような体験をしてもらう」との方針を説明した。

トッド・イェリン氏

こうしたおすすめの基準としては、本人の視聴履歴だけでなく、似た傾向の他のユーザーが観た作品を勧められる場合もある。その一方で「年齢や性別といった情報は、(作品の選別には)役に立たない場合が多いので収集していない」という。

おすすめされた結果が満足であれば、「サムズアップ」、気に入らなければ「サムズダウン」を押すと、今後の結果に反映される。また、観た後に好みではなかった場合、視聴履歴からその作品を削除すると、おすすめの内容も変わってくるという。

そのほかのポイントとしては、どんな作品を提示するかだけでなく、各作品の見せ方にも違いがある。その例が、作品名とともに表示される画像(イメージ)。「作品の内容を正しく伝え、誤解させない」という重要な役割を持つのがイメージの役割だが、人によって好みや見方が分かれるポイントでもある。Netflixでは広告代理店らと協力しながらイメージを制作して、画像のパターンは1種類だけではなく、いくつものパターンを用意して、使う人によって表示される画像が違うという。

Netflixは、オリジナル作品とそれ以外の作品の全てにおいて、同じタイトルでも複数の画像を用意しており、特にオリジナル作品には1作品に10~20のパターンがあるとのこと。これほど多くの種類を用意するのも理由がある。それは、最初に配信側が最適と判断していたイメージよりも、実際には多くのユーザーが別のイメージを選んで視聴するといった結果が出たからだという。実際にどの画像をどれだけの人が選んだかという数字の分布を見せられると、確かに1つに絞り込むのは難しいのが分かり、それよりもできるだけ作品とユーザーのマッチングの機会を逃さない方が、観る側にとっても有益になりそうだ。

1つのタイトルでも画像が違うとユーザーの選択が分かれる

イェリン氏は、日本のユーザーの視聴スタイルについても調べていることを説明。例えば風呂に長時間浸かって映像を楽しむスタイルは、他の国や地域にはない特徴とのことで「生活のエンジョイの仕方を知っている」と説明。こうした利用形態を、実際に日本の家庭などへ訪問して実態調査していることも、ユーザーを知る上で重要な取り組みの一つとして挙げている。

ジップロックなどの袋に入れて風呂で観るスタイル

「すぐ探して観られる」モバイル向け機能の進化

プロダクト・イノベーション担当ディレクターのキャメロン・ジョンソン氏は、スマートフォン/タブレットなどのモバイル機器で便利に利用できるように「探す時間を少なく、観る時間を多く」するための取り組みを紹介。「スマートダウンロード」などの新機能について説明した。

キャメロン・ジョンソン氏

モバイル向けには専用の映像エンコードを行なうことで、画質を保ちつつ少ないデータで送る工夫と、外出先でデータ使用量を抑えつつ使う設定を実装。こうした最適化によって、6時間の映像を1GBまでの通信に抑えて視聴できる。

モバイルデータ使用量の設定

2018年夏よりAndroid端末で採用したのは「COMING SOON」機能。Netflixで今後2週間に配信開始される作品の名前や動画が観られる。配信予定作品に「REMIND ME」を有効にすると、その作品が配信開始されたときにすぐ観られるようになる。iPhone向けも数カ月以内に提供予定としている。

COMING SOON

「VERTICAL SLIDESHOW」機能は、今年の初めにiPhone向けに採用されたもの。作品をタップすると、縦画面のままで作品のトレーラーが観られ、素早く作品の内容を知ることが可能。Android向けにも年末から来年にかけて提供予定としている。

VERTICAL SLIDESHOW

もう一つ、特徴的な新機能が「自動ダウンロード(SMART DOWNLOAD)」。'16年より提供開始されたダウンロード機能は、飛行機などのオフライン時も視聴できるようにしたものだが、それがさらに進化。連続ドラマなどを視聴する際に、1話をダウンロードして観ると、その話を自動で削除して次の作品を観られるというもの。視聴以外の操作を減らしながら、ストレージの空き容量を確保できる。当初Android向けに提供し、今後数カ月以内にiPhoneでも利用可能になるという。

自動ダウンロード

ダウンロード機能は、日本だけでなくグローバルで多く利用されているという。ジョンソン氏自身も、別荘へドライブするときなど、通信環境が悪い場所へ行く時に、あらかじめダウンロードしてから子供を車の中で楽しませるために使っているとのこと。

配信ネットワークから見た快適な視聴への取り組み

快適に視聴するためには、コンテンツ配信ネットワーク(CDN)も重要となる。コンテンツ・デリバリー部門のケン・フローランス バイス・プレジデントは、Netflixが展開する「Open Connect」を軸に説明。

ケン・フローランス氏

これまでの西田宗千佳氏の記事にもある通り、Netflixは映像エンコーディングを、全てAmazonのクラウドサービス「Amazon Web Services(AWS)」で行なっている。配信は、世界中にあるISP(インターネットサービスプロバイダー)やIX(インターネットエクスチェンジ)に配置しているサーバーから行なう。インターネットの基幹ネットワークに負荷をかけずに配信するネットワークを、Netflixは「Open Connect」と呼んでおり、現在はトラフィックのうち98%がOpen Connectで視聴されているという('17年の西田氏取材時点では95%だった)。

世界各国にあるサーバー

ストレージとしては、HDDとフラッシュドライブがあり、HDDにはほぼ全てのコンテンツを収め、データ量は1.4エクサバイトに及ぶ。一方フラッシュドライブには特に人気のコンテンツを収めており、容量はストレージ全体の7%程度だが、Netflixのトラフィックの60%がフラッシュドライブから配信されているという。

HDDとフラッシュドライブの活用の違い

視聴環境に応じた画質で配信するアダプティブストリーミングも採用。1つの作品に50パターンのビットレートで配信可能となっており、使用する回線に合わせて自動で調整できる。

ビデオ・アルゴリズム ディレクターを務めるアン・アーロン氏は、低いビットレートでも高い画質で観られるようにするためのエンコーディング技術の進化について説明した。

アン・アーロン氏

アーロン氏が入社した2011年時点では、どの作品も同じSD解像度で1,050kbpsの「One-Size-fits-all」だったが、2015年には、アニメやアクション作品など、タイトルごとにエンコードのビットレートを変える「Per-title encoding」を採用。「完璧ではないが、楽しめるクオリティ」で視聴できるようになったという。

さらに、2018から導入している「Per-shot encoding」は、1つの作品内でも動きの激しいシーンや静かなシーンなどに、それぞれ最適なエンコードを行なうもの。カメラの視点が切り替わるタイミングなどで、異なる画質を適用。新たにVP9コーデックを採用したことも合わせて、同じ画質で配信する場合でも従来比で帯域を64%抑えたという。

2018年から「Per-shot encoding」を採用
VP9コーデックと合わせて帯域を削減
左がPer-title(MPEG-4 AVC/H.264)、右がPer-shot(VP9)でエンコードした映像の例
Per-shotエンコードのAV1。720pで207kbpsとのことだが、スマホ画面で内容が十分に分かる画質で観られる
Per-titleエンコード動画(会話シーン/250kbps)をキャプチャしたもの
Per-shotエンコード動画(会話シーン/245kbps)のキャプチャ
Per-titleエンコード動画(屋外シーン/250kbps)のキャプチャ
Per-shotエンコード動画(屋外シーン/245kbps)のキャプチャ

エンコードの変化によって画質が劣化していないかどうか判断するための測定基準としては、人間が実際に観て判断する方法もあるが、全ての映像を確認するのは難しい。そこで、機械学習を用いて自動化する取り組みも進行している。オープンソースのVMAF(Video Multimethod Assessment Fusion)という測定も活用している。このような検証を重ね、従来だと750kbpsの画質が、270kbpsで実現。データ量4GBで26時間の映像を観られるという。

画質測定の手法

さらに、今後期待される新たなコーデックとして「AV1(AOMedia Video 1)」も紹介。ロイヤリティフリーのコーデックで、同じくデータ量4GBの場合で33時間まで視聴可能になると見ている。

コーデックによるデータ量の違い

日本のユーザーなどに直接実態調査も

コンシューマーインサイト担当バイス・プレジデントのアドリアン・ラヌース氏と、シニア・UXリサーチャーのシバーニ・シャ氏は、ユーザーの行動を実際にリサーチしてサービス改善につなげる取り組みを説明。

アドリアン・ラヌース氏
シバーニ・シャ氏

Netflixではユーザーなどの一般消費者を招いて、実際に使用しながらフィードバックを得る取り組みを続けている。これにより、データの集計ではわからないことも分析できるという。

ロスガトスの社内には、調査のためにリビング風の部屋を用意して、担当者と一般消費者がソファに座ってやり取りしながら、その人がどの部分に満足しており、不満があるかなどを聞き取る。天井にはカメラやマイクがあり、片側の壁はマジックミラーとなっているため、反対側の部屋では2人のやり取りとスマホ画面を見ながら、一般消費者がどのようにふるまっているかが分かるようになっている。

ユーザーと対話しながら調査する部屋
ミラー越しの部屋でユーザーのふるまいとスマホ画面を同時に確認できる

こうしたユーザーとのやり取りを含め、ユーザーや地域ごとに様々な使われ方の違いが表れているという。例えば日本ではNetflixのスマホ利用の延びがグローバルに比べて高く、ユーザーのほとんどがスマホで観た経験があるが、他国ではそこまで高い結果ではないという。

テレビや映画などを観る動機についての日本の傾向は、「時間つぶし」や「寂しい」ことを理由に何時間もテレビをオンにしているケースが多いという。また、Netflixではユーザーごとに視聴履歴などのプロフィール設定ができるようになっているが、他国に比べてその設定をしていない人の割合が高いという。

2015年の日本でのサービス開始以来、モバイル向けサービスの改善を続けてきた結果、テレビなどの補足として使う立ち位置から、モバイル単体でもよい体験ができるようになり、外でも使いやすくなったという反響が、リサーチの結果からも出ているという。

モバイルで大きな進化であるダウンロード機能は2016年より提供されているが、アンケートでは、実際は6割のユーザーがダウンロードをまだ使っておらず、そのうち48%は同機能があることを知らなかった。ただ、知らなかった人の8割は「ぜひ使いたい」という意向だったとのこと。新機能の実装と、実態調査を合わせて行なうことで、ユーザー体験の向上を今後も続けていくという。

社内外の様々な場所を訪問。写真は、MOBILE AUTOMATION LABという、端末ごとの動作を監視する場所。800以上の端末で、正しく観られるかをチェック。Wi-Fiだけでなく基地局に見立てたアンテナもある
Netflixボタン搭載の様々なリモコン
広大な敷地を移動するために、電気自動車のカートも
技術・工学エミー賞などの様々なトロフィー
壁に描かれたアート