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“漫画が生まれるまで”をYouTube配信、Netflixアニメ化。MILLION TAGの挑戦
2021年8月24日 08:30
集英社のYouTubeチャンネル、「ジャンプチャンネル」において配信されている「MILLION TAG」という番組をご存知だろうか。アイドルを目指して、若者が歌やダンスの練習に打ち込む姿を放送し、視聴者がデビューまでを追体験しながら応援するような企画テレビなどで存在するが、その“漫画バージョン”と言っても良いのがこの「MILLION TAG」だ。
この企画を主催しているのは、漫画誌アプリ「少年ジャンプ+」。少年ジャンプ+では、次世代のスター漫画家を発掘するべく、新漫画賞「MILLION TAG」を設けたのだが、そこでの優勝を目指して、漫画家志望の参加者と集英社の編集者がタッグを組み、文字通り二人三脚で様々な課題に挑戦。その模様をYouTubeで番組として配信してきた。
そして先日、ついに優勝者が藤田直樹氏と、編集者・林士平氏のタッグに決定。最終課題用として作成した連載ネーム『BEAT&MOTION』が、今後「少年ジャンプ+」で連載されるほか、単行本発売も決定。さらに驚くことに、Netflixがこの企画に参加し、同作品のアニメを制作。全世界への独占配信する事も決定した。
生み出された作品も当然素晴らしいのだが、YouTube配信されているMILLION TAGの番組自体も非常に面白いものだ。漫画家が悩みながら作品を描いていく姿だけではない。サポートする編集者と漫画家が、どんな話し合いをしながら作品のテーマや内容、キャラクターを決めていくのか。
そして、漫画の下書きである“ネーム”を編集者がチェックし、より面白いものにするためのアイデアを出したり、読者が読みながら迷子にならないようにコマ割りを整理したり……と、普段なかなかお目にかかれない“漫画の編集者とはどんな仕事をしているのか”もよくわかるのが番組の魅力だ。
少年ジャンプ+は、どのような狙いでこの「MILLION TAG」を実施したのか。そして、“まだ連載もされていない作品のアニメ化”という、ある意味、大胆な企画にNetflixが参加した狙いとは何か。少年ジャンプ+の細野修平編集長と、Netflix アニメプロデューサー 小原康平氏に話を聞いた。
ジャンプ+とNetflixのタッグは“偶然”から
細野編集長は、ジャンプ+とNetflixがタッグを組んだ経緯を「実は、まったくの偶然なんです」と語る。
細野編集長(以下敬称略):MILLION TAGの企画自体は、以前から実施しようと進めていました。それとはまったく別に、Netflixさんとは“何か一緒にできるといいですよね”という相談はしていました。その際の雑談の中で“実はMILLION TAGという企画を進めているんです”とお話したところ、アニメ化に関してやらせて欲しいという話になったのです。
MILLION TAGの企画はもともと、“ジャンプグループの編集者と一緒に漫画を作るという事は、こういう事です”と世の中に伝えたいと思って作った漫画賞です。そこから生まれた作品が、Netflixさんによってアニメ化され、全世界の人に見ていただけるというのは、凄く良い事だなと考えたのです。
Netflixの小原氏は「MILLION TAG企画とNetflixの親和性の高さがポイントだという」。
小原:常々、集英社さんとは親しくお付き合いをさせていただいているのですが、MILLION TAGのテーマである“新人を育てて、新しい作品を作っていく”という精神性が、NetflixのDNAと親和性が高いと感じました。
Netflixでは、“既に人気になっている漫画をアニメ化する事が多い”と思われているかもしれませんが、実際はそうではありません。例えば、アメリカの方で生まれた“ストレンジャー・シングス”という作品は、(原作も)なにもないところからスタートして、大きな作品になりました。大きな作品でなければ映像化しないというのではなく、魅力があれば積極的にやらせていただくというのがNetflixのDNAでもあります。
漫画家と編集者は、どんな打ち合わせをしているのか
こうしてスタートしたMILLION TAG。細野編集長は大事なポイントとして、「僕らの持っている力とはなにか」を考えたという。
細野:「もともとMILLION TAGは、ジャンプ+のブランディングをやろうと考えてスタートしました。そこで“僕らの持っている力とはなにか”を考えた時に、やはりそれは“編集部の力だよね”という話になり、今ならばそれを動画で見せようと、YouTube番組というカタチにしました。
大事なポイントとして「編集者と漫画家さんのやりとりをみてもらおう」というのが一番でした。“ジャンプグループでは、しっかりと打ち合わせします”、“漫画家さんをサポートしますよ”というところを見ていただきたかったのです。
出版社を“魅力的なコンテンツを生み出す場所”と考えた場合、編集者というのは非常に大事な存在です。もちろん、編集者無しでもやっていける漫画家さんもいらっしゃると思いますが、作品をブラッシュアップする時に、編集者がいた方が、より良くなる可能性が高いというのはあるのかなと思っています。
細野:MILLION TAGを配信してみて、他の編集者がどんな打ち合わせをしているのか、普段はあそこまで見えませんので、「こんな風にやっているんだとか」、「こんなに真面目にやっているんだ、偉いな(笑)と思ったりもしました」。業界内からも、「打ち合わせの中身がよくわかった」、「編集者の仕事がわかった」なんて反響もいただき、やってよかったなと思いました。
番組を見ていて感じるのは、漫画家だけでなく、編集者もそれぞれキャラクターが“立って”おり、編集者としてのこだわり、漫画家との付き合い方、アドバイスをする時に大切にする事なども違っているという事だ。編集部として、新人編集者に“漫画家との付き合い方”をどのように教育しているのだろうか?
細野:編集部では通常、班体制をとっていまして、班長が新人編集者を教育するというカタチです。しかし、1つのやり方が正しいというわけではないと、常に伝えています。先輩編集者から学び、そして“自分にとってうまいやりかたを見つけていく”というのが多いですね。
“漫画家が前面に出る漫画賞”の狙い
細野編集長によれば、ジャンプ+ではMILLION TAGだけでなく、多様な才能を集めるために、他にも様々な漫画賞を実施している。“お仕事漫画賞”や、“他誌で落ちてしまった作品をあえて募集する企画”などもあるそうだ。
細野:その一つに、紙の原稿のみで作品を受け付ける“アナログ漫画賞”というのを以前やったところ、想像していた以上に集まり、特に10代の子の投稿が多かった事に驚きました。デジタル・ネイティブの世代は、iPadでアップルペンシルで描いているんじゃないかと思っていたので、若い子が多く集まったことは意外でした。
そういう経験も経て、MILLION TAGは“あなたが前面に出ますよ”という漫画賞をやったら、今までと違う参加者が集まるのではないかと考えたのです。
結果的には、非常に成長する可能性を持った人が集まってくれました。3カ月ほどで4つの締め切りがあり、しかも作品に順位をつけられ、評価されるというのは、あまり前例のない事ですから。この企画を経て、6人の作家さんは すごく成長されたと感じています。MILLION TAGというカタチでなくても、このやり方は使えるんじゃないかなと思っています。
また、番組を配信する事で、作り出した作品以上に、作家さんに対してファンがついたというのもありますね。ただ、(作品だけでなく自分自身のキャラクターを前面に出すというのは)全ての漫画家さんができる事でもないですし、それを出すことのメリット・デメリットは常にあるなとも思っています。MILLION TAGの番組作りも、どうしたら最良のカタチなのかを悩みながら作っていました。
才能をテストする場としての“漫画”の魅力
このMILLION TAGから生まれた『BEAT&MOTION』。気になるのは、どのようなカタチでアニメ化されるのかという事。シリーズ作品なのか、長編アニメ映画なのか? いつ頃見ることができるのか。小原氏によれば「まさに、作品にとって最良のアニメ化は、どんな形式が良いのか検討させていただいている段階」だという。
Netflixに限らず、集英社の漫画はこれまでも多数、テレビアニメや劇場用アニメになっている。それらと比べ、Netflixでのアニメ化される意義について細野編集長は、「私もNetflixの作品は沢山見ていて、特にDEVILMAN crybabyが好きです。Netflixさんは、クオリティの高いものを作っていただける事はわかっていましたし、それを全世界の人に見ていただけるというのはスゴイ事だと思っています」と評価する。
細野:漫画が世界に広がる際も、最近ではアニメがとても重要になっています。Netflixさんを含めた映像配信サービスが増加した事で、日本とあまり時間をおかずに、世界でも流行る事が増えています。そういった事を考えると、Netflixさんのようなパートナーは非常にありがたい存在ですね。
小原:Netflixでは、漫画原作のアニメが非常に人気があり、Netflixにとっても漫画というのは非常に重要なものと考えています。漫画家と編集者タッグチームは、クリエイティブの源泉、そこに全てのクリエイティブが凝縮されているように感じています。
細野:才能をテストする場として、漫画というのは非常に適していると思います。例えば、ジャンプ+では読み切りショート作品を年間300本以上掲載していますが、これだけの本数はページ制限ある紙の漫画誌ではできません。才能というのは試さないと結果は出てきませんので、“沢山試せる”という意味で、漫画には可能性があり、それはこれからもっと大きくなっていくと思いますね。
MILLION TAGを楽しんだ一視聴者として、気になるのは、優勝タッグ以外の5組の今後だ。いずれも才能がある人ばかりで、これからの成長が楽しみな作家ばかりだったので、ぜひ今後も生み出す作品を読んでみたい。
細野編集長は「もちろん、彼らはMILLION TAGが終わったので、以降、漫画を描かないという事はありません。読み切り向けのネームがジャンプ+にまわって来たりもしていますので、いずれ連載する可能性もあると思います」と笑顔を見せる。
さらに、細野編集長はMILLION TAG以外のNetflixとのタッグについても、「Netflixさんは大変魅力的なパートナーと感じておりますので、また何か一緒にやらせていただく可能性はあります」と語り、小原氏も「自由に発想を広げて、集英社さんと一緒にできる事を考えていきたい。引き続きいろんな事で、コラボレーションできたらいいなと思っています」と語った。