ミニレビュー

約2.5万円のゼンハイザー「HD 560S」、軽量で高音質な開放型の魅力

「HD 560S」

気軽に外出・遠出できない日々が1年以上続き、リモートワークにより毎日通勤で使っていたワイヤレスイヤフォンやDAPに触れる機会も激減。その一方で、自宅でスピーカーや有線ヘッドフォンを使う時間が多くなった……筆者と同じような状況の人は多いだろう。

今までイヤフォン/ヘッドフォンにおいて“屋外で使う事”を重視していたので、特にヘッドフォンでは音漏れが少ないヘッドフォンばかり手にしてきた。しかし、自宅で使うのであれば音漏れは気にならない。となると、あまり聴いて来なかった開放型ヘッドフォンに興味が出てきた。

そんな折、ゼンハイザーから25,000円前後の開放型ヘッドフォン「HD 560S」が登場。ハイエンド機には全然手が出せない筆者でも、頑張れば手に届く価格帯で“開放型”。どんな音なのか非常に気になるので、借りて体験してみた。筆者と同じように、あまり開放型に触れて来なかった人に、その魅力を紹介したい。

AV Watch読者にとっては“おさらい”的な話になるが、ヘッドフォンには、密閉型と開放型がある。ドライバーユニットは、振動板が前後に振幅して音を出す。振動板の前面から出た音は耳に届くのだが、当然、振動板の後ろに向かっても同じように音が出る。そのユニット背面の音を、樹脂や木材などの密閉したハウジングで覆って漏れないようにしたのが密閉型。逆に、ハウジングをメッシュなどにして外に出るように設計されたのが開放型だ。

一般的な利点として、密閉型はハウジング自体が楽器の筐体のように共鳴するため低音が出しやすい。また、当然ながら外の騒音などのノイズが耳に入りにくい。そのため、ノイズキャンセリングヘッドフォンも密閉型が基本だ。

開放型の利点は、ハウジング内に音がこもらないので抜けが良く、開放的な音場が出せる事。頭の中に音がこもるような頭内定位が苦手という人にもマッチする。またハウジング自体が軽量なので、軽くて長時間装着しても疲れにくいヘッドフォンを作れるといったメリットもある。一方で、外のノイズが耳に入りやすいのがデメリットとなる。音漏れも激しいので、電車やバスなどの中ではマナー的に使いにくい。

以上のような違いがあるため、屋外での使用をメインとしたポータブルヘッドフォンの多くは密閉型。屋内利用が多い開放型は、高級機に多く、家電量販店などでは“奥の方”に置かれている事が多い。

ハウジング部は塞がっておらず、ここから音が漏れる
密閉型(右)の場合はハウジングが完全に塞がっている

HD 560Sは、そんな開放型ながら、そこまで高価でないところがポイントだ。箱を空けてみるとヘッドフォン本体と、余裕のある長さ3mの6.3mm標準プラグケーブルと3.5mmステレオミニ変換アダプタ、注意書きの書かれた紙が入っている。ケーブル片出しで取り外し可能。ケーブルのヘッドフォン側には溝があり、差し込んだ後に右にひねると固定される。

同梱物はヘッドフォン本体、6.3mm標準プラグのケーブル、3.5mmステレオミニ変換アダプタ
ケーブルは取り外せる

重量は約240gで、着けてみると重さはあまり感じない。筆者の場合はヘッドバンドを頭頂部から少し後ろの位置にするとホールド感もほどよく快適に着けられた。イヤーパッドとバンドの内側はソフトなベロア地で、装着感はしっかり目ながら、締め付けられる様な感覚はあまり感じず、しばらくすると、ほどよく外の音が聴こえることも相まって、ヘッドフォンを着けている感覚がなくなってくる。

スピーカーで聴いている感覚の音。プレーヤー/アンプで印象が激変

PCに接続したデノンのアンプ「PMA-60」で音を流してみると、同じアンプに繋いでいるスピーカーと“ほぼ同じ聴こえ方”がする。一瞬、スピーカーが鳴っているのかと錯覚して、ヘッドフォンを挿し忘れたか確認してしまった。

いつも密閉型ヘッドフォンで聴いている時は、頭の近くで音が鳴っている感覚があるが、HD 560Sでは、自分の前方60cmくらいの場所に置いてあるスピーカーから聴こえている感覚だ。部屋の中に音が拡がっていく、スピーカーでいつも聴いているような音がヘッドフォンから流れてきたので衝撃を受けた。

HD 560Sに搭載しているドライバーは、人間工学に基づいて開発された独自の「E.A.R.」という技術が使われている。これは、ユニットを最適な角度に配置する事で、プロ用のレコーディングスタジオや高音質なスピーカーを設置する際の“トライアングルポジション”(理想的な音の定位を再現するための三角形の頂点)で試聴する環境を創り出すというもの。実際に体験すると、確かにE.A.R.の効果を感じる。

音はモニターライクでどんなジャンルの音楽を流してもしっくりくる。トランペットが吹きすさぶジャズは高域が心地よく音が抜けていき、低域が魅力のEDM調の曲ではキックが力強く迫力のある音で楽しめる。中域は解像度が高く、ボーカルがしっかりと前に出て息づかいも鮮明に聴こえる。

「Aimer/cold rain」を聴いてみると、女性ボーカルがくっきりと聴こえ、後ろで流れるピアノがそれを引き立てているように感じる。ドラムのキックも主張し過ぎず、曲全体にアクセントを付けているように聴こえて心地良い。EDM調の「Reol/第六感」ではがっつりとしたキックや力強い女性ボーカルがグイグイくる様子もしっかり感じられる。

ウォークマン「NW-A100」に替えて同じ曲を聴いてみると、低域の力強さが増してガラッと印象が変わる。「Aimer/cold rain」はピアノの低音側がボーカルに被さり気味に聴こえ、若干メインのボーカルが隠れてしまったが、「Reol/第六感」では低域がより厚くなり、迫力が増した。ほかの曲でもけっこう聴こえ方が変わったので、プレーヤーやアンプの特徴がわかりやすいヘッドフォンなのだろう。

しばらく聴き続けていても、音に圧迫感のようなものがなく、リラックスしてずっと聴き続けられる。筆者は、密閉型のヘッドフォンやイヤフォンを着けて作業をしていると、どうしても1時間ほどで頭の中に音が反響している感覚になって、途中で外してしまうのだが、HD 560Sではスピーカー同様に音楽を聞き流しながら作業に集中できた。スピーカーで音が出しづらい夜用などに1台あると作業がはかどりそうだ。

「外の音が聞こえること」も今は便利。家での使い勝手の良さが魅力

ほどよく外の音が聴こえるのも、現在の筆者の環境に合っている。家では家族によく声をかけられるのだが、仕事の会議であれば「会議があるから声をかけないで」と伝えておけるが、コロナ禍で合えない友人達とのボイスチャットは長時間に渡ることも少なくないので、そのときに家族のことを無視するわけにいかない。

「なにか呼ばれてるな」と思ったときにすぐに反応できれば、急にドアが開かれた音に驚くこともないし、宅配便のインターホンにも気づける。通話用に骨伝導イヤフォンの購入を考えていたが、開放型のヘッドフォンもアリかもしれない。

周りの音を遮断して曲をじっくり楽しめる密閉型とはまた全然違った魅力を持っている開放型のHD 560S。約25,000円と、今まで手頃なワイヤレスイヤフォンなどを使っていた人からすると少しひるむ金額かもしれない。筆者も同価格帯のヘッドフォンを購入する際には何度も試聴しに行ってしばらく悩んでいたが、高級機には「それだけの価値があった」と実感できる魅力がある。今回借りたこのHD 560Sも、買ってしまいそうだ。

お店で試聴も難しい状況ではあるが、聴く機会があれば、密閉型ヘッドフォンやイヤフォンとの“聴こえ方の違い”は、すぐに体験できると思う。

開放型は“クラシックやジャズを広い音場で”というアピールされる事が多いが、オーディオ初心者の筆者が実際にHD 560Sを体験してみると“作業の邪魔にならず、いい音でずっと聴いていられる”事が、最も魅力的に感じられた。それでいて、モニターライクな音質で、どんな音楽も楽しませてくれる。カジュアルにも、本格的な音楽鑑賞にも、どちらにも活用できる1台と感じた。

野澤佳悟