レビュー

驚異の完成度、イヤフォンにおける一つの到達点。Meze Audio「RAI PENTA」

成熟したイヤフォン市場。お店は多くの製品で溢れ、もはや“ちょっと音が良い”程度では注目されない状況だ。音が良く、デザインもカッコよく、さらに上質で、使ってるだけで幸せな気持ちになるような製品。据え置きコンポやヘッドフォンには幾つか該当する機種があるが、イヤフォンではなかなかお目にかかれない。そんな中、注目の製品が4月末に登場した。ルーマニア・Meze Audioの「RAI PENTA(ライ ペンタ)」だ。

Meze Audioの「RAI PENTA」

Meze Audioとは

Meze Audioは2009年に生まれたメーカーだ。設立したAntonio Meze(アントニオ メゼ)氏は、それ以前に10年ほど、様々な産業ジャンルでプロダクトデザインを担当してきた。フェンダーのギター「ストラトキャスター」を愛する音楽好きでもあり、ギターと同じように愛着を持って使えるヘッドフォンが市場に無かったため、“それなら自分で作ろう”とメーカーを立ち上げた。この“愛着を持って使える製品”というのが、Meze Audioの大きな特徴と言える。

2015年発表した木製ハウジングのヘッドフォン「99 Classics」が、レトロでエレガントなデザインと、音の良さで話題に。イヤフォンも精力的に手がけている。2018年末には、同社ヘッドフォンの1つの到達点的と言える、実売約46万円(税込)の「Empyrean(エンピリアン)」を発売。価格もスゴイが、音やデザインも凄まじいモデルだ。

99 Classics
Empyrean

そんなMeze Audioが次に投入したのが、開発に3年を費やしたというイヤフォンの究極モデル「RAI PENTA」だ。ユニバーサルタイプで、価格はオープンプライス。店頭予想価格は128,000円前後(税込)と、安いモデルではないが、他社のハイエンドやカスタムイヤフォンの高級機と比べると、そこまで高価でないのがポイントだ。

イヤフォンの究極モデル「RAI PENTA」

アルミブロックからの削り出し筐体は、音質にも寄与

ユニット構成は、4基のバランスド・アーマチュア(BA)型ドライバーと、1基のダイナミック型ドライバーを組み合わせたハイブリッドタイプ。市場にはもっと多くのドライバーを搭載した高級機が存在するが、必ずしも“ドライバー数の多さ=高音質”とは限らない。重要なのは、ドライバー自体の性能や、それを活かす使いこなし、ハイブリッド構成の場合は音色の統一なども大切なポイントだ。

アルミブロックからの削り出し筐体

RAI PENTAのハウジングは、1つのアルミブロックから精密CNC加工による削り出しで作られている。この際に、ハウジング内部の構造を、ドライバーに合わせて最初から設計している。ここに、複数のドライバーをバランス良くチューニングして配置。すべての周波数において調和のとれたサウンドを目指したそうだ。

ドライバーから発せられた音は、ハウジングや音導管、イヤーピースを経由して鼓膜まで届くため、これらも音質に影響する。RAI PENTAの場合、音導管もメタル製だ。5基のドライバーがシームレスに働くように、音導管を非常に緻密に設計・製造しており、各ドライバーから流れる空気の量を最適化したという。

内部構造。ハウジングは、1つのアルミブロックから精密CNC加工による削り出しで作られている
非常に緻密に設計・製造された音導管

さらに、「PES」(PRESSURE EQUALIZATION SYSTEM)と名付けられたポートを筐体に用意。筐体内のエアフローをコントロールするもので、内部チャンバーの気圧を、ドライバーユニットの前後で適切に制御している。この穴も、単なる丸い穴ではなく、花びらのような複雑な形状で、別の場所にも穴がある。試行錯誤の末に辿り着いたポートなのだろう。

「PES」と名付けられたポート

こうしたこだわりと工夫により、一般的なマルチドライバーのイヤフォンで使われるフィルターも使用しない構造となっている。これらの技術は「Mezeハイブリッドペンタドライバーテクノロジー」と名付けられている。

ユニバーサルタイプならではの美しさ

筐体の形状は丸みを帯びたソフトなエッジが特徴で、解剖学的アプローチで作られたそうだ。装着してみると、耳への収まりは良好。大量のBAを搭載したハイエンドイヤフォンは、どうしても大型化して、耳から飛び出るようなサイズになりがちだが、RAI PENTAの場合はそこまで大きくないので収まりがいい。見た目的に“マニアックに見えない”のも、ポイントと言えるだろう。

滑らかなフォルムであるため、どこか特定の1点が耳に触れつづけるような感覚も無い。耳掛けタイプの付属ケーブルで使っているが、安定感もあり、小走りしたくらいではまったくズレない。

イヤーピースはシリコン×4、ダブルフランジ×3、コンプライフォーム×1。この中のダブルフランジは、通常のダブルフランジ×1に加え、より耳穴に深く挿入できる、ディープインサーションダブルフランジ×2という構成。ユニバーサルタイプのイヤフォンは、イヤーピース選びが快適さのキモなので、イヤーピースの種類が豊富なのは嬉しい限りだ。

形状は丸みを帯びたソフトなエッジが特徴

筐体にはMeze Audioのロゴが削り出しで表現されており、表面には耐久性を高めるアルマイト処理が施されている。実際に手にすると、金属らしいひんやりとした冷たさがあるが、アルマイト処理されているので肌触りは優しく、耳に装着しても冷たくてビックリするような事はない。触っているだけで筐体の剛性の高さがわかり、加工の精密さも伝わってくる。イヤフォンというより、細工の細かいジュエリーに触れているような気分だ。

再生周波数帯域は4Hz~45kHzとワイドレンジだ。入力感度は110dB SPL/1mW。インピーダンスは20Ω。歪率は0.1%以下だ。インピーダンスを低くし、感度も高めている事で、様々なデバイスでドライブしやすいという。高級イヤフォンの中には、ポータブルアンプと組み合わせないと使いにくい製品もあるが、RAI PENTAの場合は心配なさそうだ。

ケーブルはMMCXで着脱可能。付属ケーブルは高純度銀メッキ加工された銅製ケーブルで、20本のリッツ線で編まれた4芯仕様となっている。

ケーブルはMMCXで着脱可能
付属ケーブルは高純度銀メッキ加工された銅製

MMCXプラグはロジウム加工済み。入力端子は3.5mmで、6.3mmへの変換アダプターや、航空機用の変換アダプターも同梱する。価格を考えると、バランス接続ケーブルなども同梱して欲しかったところだが、逆にこのイヤフォンを購入する人は、既に好みのMMCXバランスケーブルを持っているケースも多いだろう。MMCXなので、Bluetoothケーブルなどと組み合わせやすいのもメリットだ。

入力端子はステレオミニ
ケーブルの分岐部分にもロゴマーク

また、アップグレードケーブルとして、2.5mmプラグと、4.4mmプラグのバランスケーブルも別売する。いずれもケーブルの素材は、高純度銀メッキ加工された銅製ケーブルだ。

Meze Audioのメタルロゴが入った、EVA製保護ケースも付属。高級モデルだけあり、ケースのデザインと質感は上々だ。

付属のイヤーピースとキャリングケース
パッケージ

音を聴いてみる

プレーヤーはAstell&Kern「A&ultima SP1000」(Stainless Steelモデル)を用意。付属の3.5mmケーブルで接続し、「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生した。

冒頭アコースティックギターの音が出た瞬間に、「あ、これはヤバイやつだ」と思わず口元がニヤける。筐体の剛性がメチャクチャ高いので、余分な響きが無く、非常にシャープに1つ1つの音が出る。ただ、それだけでは「無味乾燥で素っ気ない音」になってしまう。しかし、RAI PENTAはそうではなく、必要な響きや、音の表情はしっかり出ており、味わいが深い。つまり、シャープでクッキリとした情報量の多い音ながら、ホッとさせるような自然な音の魅力も兼ね備えているのだ。

1分過ぎにアコースティックベースが「ヴォーン」と入ってくると、この印象はさらに確かなものになる。芳醇なベースを音圧豊かに、肉厚に描きながら、本当に低音が細かく見通せる。ドライバーがキッチリ動き、音が正確に出て、その音が余計な響きをひろったり、どこかでぶつかったりせず、そのままスッキリと耳に入る。実に見事な音だ。

低音が地鳴りのように「ズォーン」と響いても、筐体がビクともしておらず「ワハハ、この程度、なんてことないわ」と言っているかのような余裕を感じる。それなのに、音の響きは殺されず、たっぷりと出ているのがスゴイ。筐体の剛性だけでなく、前述のPESポートも効果を発揮しているのだろう。

また、注意深く聴いていると、まったく筐体の響きが乗っていないわけではなく、ほんのわずかに、金属質な音色も感じる。しかし、それが余計な味ではなく、全体のシャープなサウンドに磨きをかけるような隠し味として機能している。

「手嶌葵/The Rose」では、呆れるほど音場が広い。凛とした、静かな、夜の海のようにどこまでも広がる音場に、ヴォーカルがスッと立ち上がる。雑味の少ないシャープな描写に、ゾクッとする声の色気もプラスされる。

同じ傾向の「坂本真綾/Million Clouds」も素晴らしい。職場から帰宅しながら聴いていたが、夜の街に音が無限に広がり、風景と溶け合うような感覚で、歩きながらトリップしそうになる。聴き続けたいあまりに、地下鉄に乗らず、そのまま歩いて帰ってもいいんじゃないかというような気分になる。

4基のBAと、1基のダイナミック型を組み合わせたハイブリッド型だが、異なる方式のユニットを使っているにも関わらず、低音から高音まで、音色の繋がりの良さにも驚かされる。前述のように、全帯域がシャープであるため、「低音がボワッとしてるのに、高域はカリカリ」といったミスマッチ感も無い。かといって全帯域がBAのようにシャープでカリカリなのかというと、ダイナミック型らしい自然さ、音の質感の豊かさは中高域からも感じられる。ぶっちゃけ聴いていると、方式の違いはまったく気にならない。

豊富な低域を味わいながら、細かな音も聴き取れるので、ビートが強い曲とのマッチが凄い。例えば「CORNELIUS/BEEP IT」や、「Daft Punk/Get Lucky」などは最高だ。音圧がパワフルで、キレキレなビートの波に圧倒されていても、その中央にファレル・ウィリアムスのボーカルがしなやかに立ち上がり、ビートの乱打の中でも、声の精細な表情がバッチリ聴き取れる。

「マイケル・ジャクソン/スリラー」も気持ちいいだろうと再生してみたら、冒頭のドアが「ギギギッ」と開く効果音がリアル過ぎてギョッとしてしまった。

Meze Audioらしく、高域が美しく、なんというか気品も感じられる。「宇多田ヒカル/花束を君に」のような女性ボーカルが情感豊かで、魅力的だ。BAを使ったイヤフォンなのに、このしなやかさは、ある意味、BAらしくない音だ。

空間描写が広く、精密であるため、クラシックや映画/アニメなどのサントラにも最適だ。「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」では、無数の音が雪崩のように押し寄せてくる中でも、ストリングスの艷やかな弦の細かな音が、キッチリと分離して聴こえる。

「澤野弘之/機動戦士ガンダムUC サウンドトラック」の2曲目「UNICORN」もハマる。宇宙空間を思わせる広大な音場に、22秒から1分にかけてグワッと盛り上がっていくが、音のカタマリが押し寄せるのではなく、細かな音の粒が無数にあつまった熱風が吹き寄せてくるようだ。

ここで、ケーブルを交換。2.5mm 4極のバランスケーブルに変更してみると、広大だと思っていた音場が、さらに広くなり、そこに立ち上がる音像も、より立体的でリアルになる。1つ1つの音の細かさにも磨きがかかり、聴こえ過ぎてゾクゾクする。これはやはりバランスケーブルで聴くべきイヤフォンだ。

音質を端的に表現すると、「モニターライクなサウンドながら、旨味たっぷりのリスニング向けでもある」という感じだ。相反するような要素を、高次元でまとめている。「リスニング向け」というと、「おだやかでゆったりした音」をイメージすると思うが、そうした「ホッとする音」の側面は確かにある。それでいて、切れ味鋭い刀でバッサリやられるような、非常にシャープな描写も併せ持っているのがRAI PENTAの魅力だ。おだやかで味わい深く、それでいて物足りなくない。

結論

個人的な話だが、モニターヘッドフォンの場合、描写力の高さに驚き、「これは凄い」と関心して購入する事が多い。一方で、美音が魅力のリスニング向けヘッドフォンは、「いい音だったなぁ」と、試聴した時の心地よさを何度も何度も思い出し、恋い焦がれるような気持ちが抑えきれなくて買ってしまう。“理詰め”で買うか、“惚れて”買うか、という違いがある。

RAI PENTAの場合は、その2つが困った事に同居している。「うわすげっ!!」という驚きと、「うわー(惚れ)」という心酔が同時に襲ってくるので、対処のしようがない。おまけにデザインもカッコ良いときている。この完成度の高さは、ここ数年のイヤフォンの中でも、トップクラスと言っていいだろう。不満点も特に無いが、強いて言えば10万円を超えるモデルなので、Bluetoothケーブルを同梱するなど活用シーンを拡大できるオマケも欲しいところだ。

価格帯からすると、カスタムイヤフォンを既に作った人や、他社の高価なユニバーサルイヤフォンを持っている人が、購入を検討する製品かもしれない。カスタムイヤフォンのユーザーは、「今さらユニバーサルなんて」と思うかもしれないが、これは一度聴いてみてほしい。また、「最高のイヤフォンが欲しいからカスタムを作りたい」と考えている人も、ユニバーサルのハイエンドモデルという方向性に触れる価値はあるはずだ。

多数のドライバーを内蔵し、巨大化し、使いにくくなりがちな高級イヤフォンに、一石を投じる存在だ。マニアがいろいろ買った末にたどり着く“イヤフォンの一つの答え”のようにも感じた。

(協力:テックウインド)

山崎健太郎