レビュー

Technics「SL-1500C」はコスパ最強&本気のレコードプレーヤー

入門機とは思えないほどの安心感を与えてくれるSL-1500C

Technics「SL-1500C」

Technics(テクニクス)がブランド復活を果たしてから4年余りが経つ。

その間に製品数は着実に増えているが、なかでも目を引くのがターンテーブルの充実ぶりだ。この2年ほどの間にアンプやスピーカー以上に速いペースで製品を投入しており、ミドルレンジの「SL-1200G/GAE」と姉妹機「SL-1200GR」、ハイエンドの「SL-1000R/SP-10R」という順番でハイファイグレードの製品を揃えてきた。

そして、一連の流れの締めくくりともいうべき、定価10万円のエントリー機「SL-1500C」が満を持して登場。先行発売されたDJ向け仕様の「SL-1200MK7」とモーターなど多くを共有するが、SL-1500Cはハイファイ用途に焦点を合わせたメインストリームのターンテーブルとして注目すべき存在だ。

DJ向け仕様のレコードプレーヤー、Technics「SL-1200MK7」。SL-1500Cの兄弟モデル

良い音でレコードを聴きたいが過剰な装備はいらない。そんなレコードファンに向けて機能を絞り込んでいるが、性能面での妥協は最小限に抑えているように見える。

たとえばSL-1200GやSL-1200GRは、ストロボスコープやスライド式ピッチコントローラーなどシリーズ共通の装備を載せているが、SL-1500Cはその両方を省いてシンプルな外見になった。

SL-1500C
正面
横(右側)
背面

回転精度に不安のない現代のダイレクトドライブ式プレーヤーには、いまやどちらも必須の機能ではないし、レコードを聴くときにピッチを微調整する聴き手は多くないはずだ。それらの装備を省いても大半の音楽ファンは不満を抱かない。むしろシンプルなデザインに惹かれる人はかなり多いのではないかと思う。

SL-1500Cの操作ボタン(左下部)
右下部はTechnicsロゴだけのシンプルなデザイン

その半面、使い勝手を左右する部分ではあえて機能を追加している。MM型カートリッジ対応のフォノイコライザーと、内周部でアームを上げるオートリフトアップがその好例だ。

また、上位機種はいずれもカートリッジレス仕様だが、SL-1500CはオルトフォンのMM型カートリッジ「2M RED」(13,000円)が付属する。カートリッジやフォノイコライザーの選択に悩む必要がないし、購入後すぐに使える手軽さは入門機の重要な条件の一つだ。

オルトフォンのMM型カートリッジ「2M RED」を付属する

最近は入門用プレーヤーというと、さらに低価格の製品を思い浮かべる読者が多いと思う。しかし正直なところ、ハイファイの基準に照らすと不安を抱かざるを得ない製品が多いのが現実だ。

モーターやアームなどパーツごとの性能もさることながら、プレーヤー全体としての性能のバランスや動作の一貫性が犠牲になっているケースも少なくない。

一方、SL-1500Cはそうした不安をほとんど感じさせない。ダイレクトドライブモーターの基本構造は上位機種と共通し、Blu-rayで培った回転制御技術を活かしていることもあって回転はきわめて安定している。

S字型トーンアームの基本構造と仕上げも上位機種とほぼ共通し、必要最小限の調整機構もそなわる。完成度の高いパーツを組み合わせ、システムとして使い勝手と音を追い込むことで、入門機とは思えないほどの安心感を与えてくれるのだ。

プラッター下にあるコアレス・ダイレクトドライブ・モーター
スタティックバランスのユニバーサルS字形トーンアーム

もちろん、細部を見ると上位機種と同等というわけにはいかない。

ローターとヨークをプラッター側に一体化したり、キャビネット素材をABS樹脂(ガラス繊維混入)に変更するなど、コスト削減を図った箇所は複数に及ぶ。インシュレーターは軽量な樹脂製で、振動吸収材として特殊素材などを使わず、内部にはシンプルなスプリングが入っている。これらの簡略化が基本性能にどう影響を及ぼすのか、実際に音を聴いて確かめてみる必要がある。

ちなみにローターを一体化したモーター構造はかなり以前にも採用しているが、今回の設計は新しい1200シリーズのコアレスモーターがベースで、回転精度や信頼性にはなんの不安もないと言える。

アルミダイキャスト製のプラッター
ローター磁石。プラッター裏は共振抑制のデッドニングラバーも貼り付けた2層構造になっている

組立も設置も操作も、簡単&シンプル。アームリフター調整を忘れずに

2M REDがあらかじめシェルに取り付けられていることもあり、組立と設置は短時間で完了する。

カウンターウェイトをはめてから、カートリッジをシェルに固定して針圧を調整。針を落とした状態でトーンアームが床と平行になるようにアームの高さを調整し、針圧に合わせてインサイドフォースキャンセラーを設定すれば、基本的な作業は終わる。レコードプレーヤーを使った経験があれば10分もかからず音が出せる状態になるはずだ。

もちろん未経験でもマニュアルにしたがって簡単に調整できる。アンプ側にフォノイコライザーがない場合は、リアパネルのスイッチをライン出力側に切り替えておくことを忘れないようにしたい。

背面にある外部出力スイッチ

調整時に見逃しがちなのがアームリフターの高さ調整である。手動で針を上げてアームをアームレストに載せたとき、リフターが下がってしまう場合があるのだが、そんなときはアームリフター根元のネジを緩め、数ミリ程度低い位置に設定すればよい。オートリフトアップでアームを上げた場合はロック機構がはたらくので、アームレストに載せてもリフターが勝手に動いてしまうことはない。

アームリフトの根元の調整ネジで高さ調整が可能

起動時間はSL-1200GRと同じ0.7秒と短く、スタート/ストップボタンを押せば瞬時に停止する。起動トルクはSL-1200GR(2.2kg・cm)より少しだけ小さい1.8kg・cmだが、その差を実感するのは難しく、もちろん実用上はその差が影響を及ぼすことはまったくない。

基本操作はシンプルでスイッチ類の配置もよく考えられている。レコードを扱うからといって特に神経質になる必要がないのはテクニクスのターンテーブルの長所の一つだ。

回転を止めた状態で針を落とし、ハウリングマージンをチェックする。内部フォノイコライザー、外部フォノイコライザー両方で確認したが、再生時の音量に対して十分な余裕があり、きわめて優秀だ。インシュレーターはスプリング式だが、振動遮断効果は上位機種とほぼ遜色ないレベルで、こちらも問題なし。プラッターを回した状態でもモーターに由来するノイズやサーフェスノイズはきわめて小さく、ハイファイ再生の基準を余裕で満たしている。

筐体を軽く叩いてハウリングをチェック。振動抑制のインシュレーター性能も問題ない

演奏や録音の特徴もはっきり聴き取ることができる

まずは付属の2M REDと内蔵フォノイコライザーの組み合わせで、レコードを何枚か聴いてみた。

音質に不満があればカートリッジかイコライザーアンプをすぐ変えてみようと最初は考えていたのだが、ジャズ、オーケストラ、ヴォーカル、ピアノという具合に編成やジャンルを変えて聴いても、普段私が聴いているレコードの再生音と比べて極端に劣る部分は少なく、演奏の中身にそのまま集中することができた。

10万円以下のターンテーブルの場合、普段聴いている音との差があまりに大きく、いったん耳をリセットして別の基準で聴くしかないというケースが多かったのだが、今回はその認識をあらためる必要があった。

詳しく聴き込んでいけばたしかに解像度やダイナミックレンジにそれなりの違いがあるのだが、周波数バランスや音色表現に関して極端な偏りがなく、演奏や録音の特徴もはっきり聴き取ることができるのだ。

2M REDはオルトフォンの2Mシリーズではエントリー機の位置付けだが、誇張のない低音と抜けの良い中高域のバランスが良く、音色の描き分けも意外なほどキメが細かい。良い意味で聴き映えのする音とも言えるが、低音の強調感がないので、どんなジャンルの音楽を再生しても比較的すっきりした見通しの良い音を引き出す点に好感を持った。重量感やスケール感を狙うと少し期待外れと思うかもしれないが、内蔵フォノイコライザーとの組み合わせで聴く限り、低音不足を感じることはないはずだ。

イコライザーをオフにし、2M REDの出力をアキュフェーズのフォノイコライザーに入力した音も聴いてみると、誇張や演出の少ない音調がこのカートリッジの持ち味であることに気付く。

キャロル・キッドやジェニファー・ウォーンズのヴォーカルを外部イコライザー経由で聴くと声の中低音域に良い意味での緩やかな感触が生まれ、低音に芯が出てくる。内蔵イコライザーはカートリッジの個性も意識しながら最終的にフラットなバランスを目指しているようにも思えるが、少なくともこの価格帯のプレーヤーに内蔵するイコライザー回路としてはかなり本気で作り込んでいるという印象を受けた。

GOLD/キャロル・キッド
The Well/ジェニファー・ウォーンズ

レコード再生の奥深さを実感できる1500Cのポテンシャルは相当に高い

次にカートリッジをオーディオテクニカの「VM750SH」(50,000円)に交換し、内蔵イコライザー経由で編成の大きな録音を聴いてみた。

小林研一郎指揮ロンドンフィルによる「ストラヴィンスキー《春の祭典》」では、冒頭のファゴットの旋律が静寂のなかから鮮明に立ち上がり、デジタル録音のSNの良さと遠近感豊かなステージ再現力を引き出す。

10万円のプレーヤーに組み合わせるカートリッジとしては少々高めの選択肢になるが、音数が増えたときの細部の描写やフォルテシモのスケールの大きさは2M REDでは聴けなかったもので、ピアニシモの木管楽器と弦楽器の質感も柔らかく上質になる。

オーディオテクニカのカートリッジ「VM750SH」

カートリッジ交換で音が生まれ変わるのはレコード再生の醍醐味だが、ターンテーブルの性能がある基準を満たしていないと、カートリッジごとの音の違いを引き出しきれないこともある。

今回、内蔵フォノイコライザーでここまでの違いを引き出すことができたのは予想外だったが、外部フォノイコライザーに切り替えるとさらに精妙なレベルまで音の違いを引き出すこともできる。価格差が大きすぎるので詳細は触れないが、実はさらにグレードの高いMM型やMC型のカートリッジを取り付けても個々のカートリッジの特徴を聴き取ることができたので、SL-1500Cのポテンシャルは相当に高いのかもしれない。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」&組曲「火の鳥」/小林研一郎指揮ロンドンフィル

VM750SHは、付属カートリッジよりも一歩踏み込んでハイファイ志向の強い音が欲しくなった場合の有力候補になりそうだ。オルトフォンの2Mシリーズのなかでグレードアップを図るのも良いアイデアだが、音質傾向が異なる他社のカートリッジの音を聴いてみるのも良い経験になる。

いずれにしてもこのクラスのカートリッジを交換する楽しみを味わうには、基本性能に不安のないターンテーブルを選ぶことが肝心だ。SL-1500Cならその条件を満たすが、さらに上を狙うならSL-1200Gや他社の製品がたくさん揃っている。ハードウェアを変えたときの音の変化はデジタル以上に大きく、レコード再生の奥の深さを実感するはずだ。

ちなみに本機のトーンアームに適合するカートリッジはシェル込みで14.3〜20.7gだが、付属の補助ウェイトを追加すると18.7〜25.1gまで広がる。

これはSL-1200GRと同じ仕様で、適合範囲はかなり広い。重量級のカートリッジとシェルの組み合わせではこの数字を少し超える例もあるが、今回手持ちのカートリッジ(約10モデル)で試したなかでバランス調整の範囲を超えていたのは1機種のみだった。

カートリッジのグレードアップの前にぜひ試して欲しいこととして、付属ラインケーブルの交換を挙げておきたい。アース線は付属のもので構わないが、信号ケーブルはオーディオグレードのラインケーブルまたはフォノケーブルへのグレードアップをお薦めする。特にカートリッジ出力を外部フォノイコライザーにつなぐ場合は確実な音質改善効果が期待できる。L/R端子の間隔がそれほど広くないのでプラグ部分の径が太いケーブルは使えないので、その点だけは注意が必要だ。

付属のPHONOケーブル(品番:K4EY4YY00003)。オーディオグレードのケーブルに変えるだけでも音質改善が期待できるだろう

テクニクスはほぼ半世紀にわたってダイレクトドライブ式のターンテーブルを作り続けてきた。ブランドがいったん途切れてしまったのは残念だったが、復活後に登場した製品群には以前にも増して強いこだわりが感じられる。

今回のSL-1500Cはその代表例と言えるだろう。同社のハイファイ向けターンテーブルのなかでは最も安価な製品だが、エントリー機だからといって安易なダウングレードはあえて避けている。この先さらに安価な製品を求める声が高まるかもしれないが、ハイファイ製品としては少なくともこのクオリティを堅持することを望みたいものだ。

山之内正

神奈川県横浜市出身。オーディオ専門誌編集を経て1990年以降オーディオ、AV、ホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在も演奏活動を継続。年に数回オペラやコンサート鑑賞のために欧州を訪れ、海外の見本市やオーディオショウの取材も積極的に行っている。近著:「ネットオーディオ入門」(講談社、ブルーバックス)、「目指せ!耳の達人」(音楽之友社、共著)など。